第304話 中央管理センターその1 ~マザー~


「あー……うま」


 通路の風景を眺めつつ、エルフィリアとコロナが作ってくれたお弁当のサンドイッチを頬張る。

 こちらに来てから非日常の連続だったものの、今ではそれがすっかり日常となり、だからこそ二人の作ってくれたお弁当を食べると言う行為がその非日常になった日常に自分を呼び戻してくれる。

 何せ現在別のベクトルで非日常が展開されているからだ。


 十分ほど前の事だ。

 扉をくぐって中に入り少し歩いていたところ、前方より何か見慣れぬものが近づいてきた。肩に担いだ"転世界銃テンセイカイガン"を展開していつでも魔法を発動できるよう身構えていると、近づいてきたソレが以前見たとある物に似ていることが分かった。

 宙を浮き滑空するようにして近づくソレはまさに未来予想図でおなじみのタイヤの無い車。以前チカクノ遺跡で見たエアクラフターであった。

 エアクラフターが隣接するとドアが自動で開き、マザーと思しき声に乗る様に促される。


 そして現在、代わり映えの無い通路を無音無振動で移動しながらお弁当を食べていると言うわけだ。

 正直最初は乗る事に躊躇ったものの、歩きの場合通路を抜けるだけで即諦めが付く程の時間がかかると言われたため大人しく乗る事にした。

 しかし……


(落ち着かない……)


 大きさ的には乗用車程度なのだが、エンジンブロックとか色々と廃しているせいか中は思ったより広い。

 その上荷物運搬用のカーゴと違いしっかり椅子が備え付けられており、しかもクッションが効いている。

 だがその中にいるのは自分一人のみ。運転手のロボットがいるわけでもなく、どうやら自動制御のようだ。


 まさに科学文明の粋の極み。

 ……あー、剣と魔法の世界に馴染んでるな自分。空飛ぶ車はともかくクッション椅子に何故ここまで違和感を覚えるのだろう。

 初めてチカクノ遺跡に行ったときは乗合馬車の硬い椅子でお尻にダメージを受けていたと言うのに。


 そんなことを考えつつお弁当も食べ終わり、物珍しい人工通路も見飽きてきた頃。


「お」


 視界が開けると同時、巨大なバスターミナルのような場所にたどり着いた。

 見上げれば三階以上の高さがある室内ターミナルといった様子。広さからしてエアクラフターが十数台……いや、それ以上の大型の乗り物ですら乗入れが出来そうな場所だ。

 ただしこの場で動いているのは自分が乗るエアクラフターのみ。その事からすでにこの中に人はいなくなっており、また在りし日の中央管理センターがどれ程賑わっていたのかが思い起こされる。


 ターミナル乗降口とおぼしき場所には更に奥に続く通路が口を開け、その上部にはホログラムによって行き先の区画や施設の名前が記されていた。

 その中の一つである『中央区画』と表示された場所へエアクラフターが隣接すると、静かに地面に降りゆっくりとドアが開かれる。


『こちらで案内表示を出しますのでそれに従ってください』


 またもどこからともなくマザーとおぼしき声が届き、そして目の前にホログラムの矢印が浮かび上がる。

 エアクラフターから降りその案内に従い歩くこと数十歩、エントランスと思えるような広い空間に到着した。

 吹き抜け構造のそこは見上げればいかなる技術か、宙に浮かぶ《生活の光ライフライト》のような球体が柔らかい光を灯し、視線を下げれば観葉植物や椅子が通行の邪魔にならぬよう並べられている。


(しっかし……人はともかくロボットが一機もいないな)


 もしかしたら生き残りの子孫がいるのでは、と思った事もあったが、それは杞憂だとすぐに思い直している。

 そもそも誰かいるのであればわざわざ外部から自分を呼ぶ必要がない。メム経由で人となりは多少は知られているかもしれないが、それを考慮してもこの呼び出しは明らかに不自然だ。

 そしてもう一つの不自然はロボットが全くいないと言うこと。

 門番として分かりやすい守護兵はいたが、それ以外では自動で動くエアクラフターぐらい。

 これだけ大きな施設なのだから、もっとメムのようなロボットがその辺りを歩いているのでは?なんて予想もしてたのに完全に外れた形だった。


(と言うか自分以外誰もいないと広すぎて本当に不気味だなぁ……)


 何かしらラジオとか音楽あたりでも流してくれれば少しは気はまぎれるのに……と思いながら次の案内はどこだろうと周囲を見渡していると、遠くの方から何か動くものが見えた。

 何か薄緑色で微妙に発光していてちょっと宙に浮いてるような……え、何アレ。怖っ?!


『私です。正確には端末の一つです』


 慌てて臨戦態勢を取ろうとしたところでどこかにあるであろうスピーカーよりその様な事が告げられる。視線の先に見えるものとは別のところから声が聞こえるのは妙な感覚だった。

 正体が分かったことに安堵はするものの、せめてもう少し早めに教えて欲しかった。危うく《軽光》魔法展開するところだったし……。

 一応心の中の警戒は解かずそれが近づくまで待っているとその詳細が見えてくる。

 見た目は宙に浮いた薄緑色の人型幽霊ってのがしっくりくるかもしれない。目だけある髪の長いのっぺらぼうの女性が全身タイツを着ていると言うか……もう少しまともな見た目は無かったのだろうか。

 それともこれが当たり前の時代だったのかもしれない。


 その様なことを考えているとすぐ目の前までマザーがやってきていた。


「お待たせいたしました。私がこの中央管理センター統括のMOTHER-A.I.です。以前のマスター達からはマイと呼ばれてましたので、宜しければその様にお呼び下さい」





 マザーことマイに促されエントランス内にある椅子に向かい合うように座る。

 しかしMOTHER-A.I.でマイか。名前を聞いて神殿が呼ぶマザイの名の理由も何となく分かった。

 恐らく初代大神官長はMOTHER-A.I.が聞き慣れなくてその様に耳に残ってしまったんだろう。崩して読めばマザイにならないこともないし。


 そんなことを考えていたら不意にマイから声がかかる。


「……あの、何か?」

「あー、いえ。思っていた見た目と違っていたもので。もっと人間っぽいのか二足歩行のロボットが出てくるとばかり」


 慌てて考えていたこととは違うことで場を濁そうとしたが、こちらの思いに反しマイはなるほどと言った様子を見せる。

 しかしのっぺりした顔なのに何となく表情が分かるのは高度な技術の賜物だろうか。


「実際私のこの姿はホログラムなんですよね。本体はこの施設そのもののようなものですし」

「そうなんですか?」

「はい。なので姿自体は変えることは可能です。この姿も当時のままですがこれにも理由がありまして……」


 それによるとどうも人間と同じような姿になるとぱっと見でマイだと見分けがつかなくなり、逆にロボットの様な姿や体を使うと量産機に紛れ込んでしまいかねないとのこと。

 その為昔の人はこのように一目でマイだと分かる姿にしたのだが、いかんせん自分の感覚では正直ちょっと怖いと言うか不気味と言うか……。


「姿変えることは出来ますか?」

「技術的に可能か不可能かなら可能ですが、現在出来るか出来ないかでしたら出来ません」

「んーと……?」

「端的に言えば今のマスターの管理ランクは最低のEクラスです。その為私に干渉する権限を現在は有していません」

「ごめん。管理ランクとかクラスとかもう少し詳しく教えてもらえる?」

「はい。実は今回お呼びしたことにも関係がありますのでご説明します」


 そう言えば色々とあったせいで呼ばれた理由のこと聞くの抜け落ちていたな……。

 とりあえず今は情報不足の為、大人しくマイの話を聞くことにする。


「まずマスターと言うのは我々人を補佐するものに対する命令権を持った人間の事になります。そのまま主人マスターと言った形ですね。そして管理ランクは我々に対する命令権の強さと思ってください」

「なるほど……それで自分はその管理ランクが低くてマイに対してアレコレ命令できないってことなのね……じゃなくってなんですね」

「マスター、管理ランクが低くてもマスターは我々より上の存在となります。無理に丁寧語で話さなくても大丈夫ですよ」

「そう? ならそうさせてもらうね」

「はい。お話を続けさせていただきますが管理ランクの高さで我々に対する命令や各施設へ入退場、設定や干渉の範囲が変わってきます。現在のマスターは先ほども述べた通り最低のEランクのため最低限のものとなっております」

「具体的には?」

「該当施設の末端に対する行動命令権などですね。マスターの場合でしたら今回案内をしました介護補佐ロボットがいましたが、それらに対する命令権になります。なお同じランクでも施設が変わった場合は権限対象外となります」


 んー、会社の役職みたいなものと考えれば良さそうかな。

 最低のEランクが例えば係長で、自分が所属する部署の係の部下――この場合元病院であるチカクノ遺跡所属メム達――に対してあれこれ指示が出せる。

 でも他の部署に行ったらこの係長の肩書も意味がなくそこで命令できなくなると言った感じか。


 そして目の前のマイはかなり上位権限が必要なんだろう。

 この中央管理センター統括ってことだし、社長に対する秘書ぐらいの立ち位置なのかもしれない。


「実は私がこの場に来たのもマスターの権限が低いためです。私が普段いる場所は機密区画に当たりますので。このエントランスでしたらマスター権限を有していればどなたでも入れますから」

「なるほどね。それで自分を呼んだ理由って? 自分の低い権限じゃここじゃあまり役に立つように思えないけど……」

「はい。実は私が持つ独自権限の裁量を越える事態が起きました。つきましてはマスターに判断と指示をお願いしたいのです」


 ……マイって多分かなりの強い権限を持ってるはずだよね。それ以上に必要な事態って……。


「……? でも自分じゃマイに命令とか出来ないんだよね?」

「はい。現在私に命令できるマスターはいません。そこでこの様な場合に備えた規則に従い、マスターの管理ランクを特例で最上位のAランクまで引き上げます」

「…………へ?」


 あれ、なんだろう。妙な既視感デジャブが……。


「これにより私への各種命令、および施設全域へのアクセス等が行えるようになります。機密に対する質問や閲覧も可能になります」

「いやいやいや待って待って。それ多分かなり重要な位置になるよね。何故自分?」

「マスター権限を持つ人間がいなくなってすでに久しいのです。今までは管理上は問題無く回せていたのですが、現在マスターと呼ばれるのは貴方だけ。今回全域に連絡を送った結果、それに応じたのがあなた一人しかいなかったのです」

「えぇ……」


 いや、そりゃ確かに外でメムの様な稼働状態が維持できている個体はないだろうけど……えぇ……。


「昔はここにもたくさんのマスターいたんでしょ。その人たちの子孫とかそう言うのはないの?」

「そこはやむを得ない事情があり権限の継承もされることなく途絶えてしまいました」


 つまりいない、と。まぁその人達がいれば俺がこの場にいるわけはないか。

 ……しっかし、うーん……色々疑問がありすぎて情報が散らかってる感じがする。

 早めに戻りたいところだけどここは本腰を据えてしっかりと聞いた方が良いかもしれない。


「色々とじっくり聞くべき……かな。せっかくだししっかり教えてくれる?」

「分かりました。こちらも情報の共有やご説明したいことが色々あります。その為にも一度中央管理室までご一緒に来ていただけますか」

「また何か機密高そうな部屋だね」

「実際最重要区画ですね。しかしこの部屋がマスターへ説明する際に色々と都合が良いのですよ」

「了解、それじゃ案内お願いね」


 そして椅子から立ち上がり、先導するマイに付き従う様にその後を歩く。

 部屋に着くまでに頭の中で聞くべきことや知るべきことを纏めつつ、案内されるまま久方ぶりのエレベーターへと足を踏み入れるのだった。



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