第301話 たまには平和な旅路でも


「や、おはよ」


 手をひらひらさせながら近づくと、こちらに気付いたセーヴァが爽やかな笑顔を浮かべる。

 ほんとズルいよなぁ。カッコよくて強くて性格良くて勇者とかどんだけやねんと思ってしまう。

 それでも全く嫌な気にならないあたりがセーヴァの人徳なのだろう。


「おはようございます。今日からお願いしますね」

「ううん、お願いするのはこっちだからね」


 お互いに握手を交わし、他の皆もそれぞれセーヴァに挨拶をする。

 エルフィリアだけはやはりギクシャクしていたものの、セーヴァに二、三言何か言われてからは彼女も落ち着いたようだった。

 あれも勇者スキルかな。……いや、多分セーヴァの持ち前の人の好さだな、きっと。


「しかし話には聞いてましたが本当に浮いてますね」


 そんなことを考えているとカーゴを見たセーヴァが感心したかのように呟く。


「いいでしょ。中は揺れないから乗ってる分には快適だよ。セーヴァも乗る?」

「僕個人としてはすごく興味惹かれますけど今回はお仕事ですからね。その内機会があればお願いしますね」


 とても残念そうにしているセーヴァだが、仕事なら仕方がない。

 そう、今日のセーヴァは彼の言う通り仕事で来ていた。

 そもそも現在のセーヴァは騎士団のある部隊に所属している。本来であれば今回は自分達と神殿組で済む旅路なのだが、どうやら心配したレーヌが手を回してくれたようだ。

 大神官長との話の場にいた彼女も現地にコロナ達が行けないのは知っているので、こうして彼を貸し出す形を取ってくれたのだろう。

 彼一人だけなのも戦闘力の高さと騎士団としての出向人数の少なさ、そして自身とセレスに所縁のある人物だからである。


「皆さん、おはようございます」

「あ、セレスもおはよ。今日からしばらくはよろしくね」


 そして女性の神殿騎士複数名を連れてセレスもこちらへとやってきた。

 いつも通りの白基調の修道服でありあまり旅には向かなさそうな服であるが、彼女は基本馬車の中の為これでいいのだろう。

 と、ふと何と無しに彼女の顔を見てちょっとした違和感に気付く。


「……あれ、セレスって昨日ちゃんと寝れた?」


 ほんの少しだけであるが、眠そうな目をしていた。ぽやぽやと言う擬音が浮かんでそうな、どこか夢見心地に近しい雰囲気を出している。

 そして指摘されたセレスはちょっと照れたように頬を染めその理由を話してくれる。


「実は遠出と言うのは初めてでして中々寝付けませんでした……」


 あー、遠足を楽しみにしている小学生がなるあれか。

 普段は神殿、それも聖女として祀り上げられている彼女が外に出ることは稀である。以前コロナ達に頼んだ女子会のときも物陰に神殿騎士の護衛がいたぐらいだ。


「まぁ気持ちは分かるよ。俺も随分昔に通った道だし」

「そうなのですか?」

「うん、見知らぬ土地に行くのってワクワクするよね。と言っても外は魔物がいるから安全ってわけ……でもないか、これだけ戦える人いるし」


 護衛の神殿騎士複数名にセーヴァがいるだけで比較的安全な街道間ならお釣りがくる戦力である。

 そこに自分たちが加わる。魔物とて見境なく襲う手合いではないので、これだけ人数が居ればそうそう戦闘になる事はないだろう。

 もちろんそれでも襲ってくる魔物もいるにはいるので油断は禁物ではあるが。


「もし戦うことになっても僕や神殿騎士の皆さんが前に出ますので」

「と言うことなのでセレスは心配しなくても大丈夫だからね」

「ありがとうございます。でも私も魔法は使えますので、その際は遠慮なく言ってくださいね」

「うん、その時はお願いするね」


 この世界だとセレスの治癒魔法ばかりに目が行きがちだけど、彼女は他にも加護や補助の魔法も使える。

 ただそれを見た時が以前他の冒険者に一緒に追い回されてた時だったからなぁ……。あの時は本当に大変だった。


「ヤマル様、最終確認したいんですがよろしいでしょうか!」

「あ、はーい! それじゃまた後でね。コロー、ちょっと行ってくるからー!」


 神官に呼ばれ今回の道程の打ち合わせの最終確認をしに向かう。

 その後は現状では特に問題はなく、予定通りの時刻に無事出発することが出来た。



 ◇



「ふぅ、着いた着いた……」


 王都を出て十日程でようやく目的地である神の山の最寄りの街が見えてきた。

 正直今回の道中は非常に楽だった。もうびっくりするぐらい何も無かった。

 いや、実際何も起こさなかったが正しいかもしれない。


 まずエルフィリアが手持ちの魔道具の"飛遠眼フライングアイ"を上空に飛ばし広範囲を目視で確認。

 そして自分が《生活の風ライフウィンド》や《生活の電ライフボルト》で周囲の物陰を見極め、とどめにコロナとポチが気配察知を行う。

 さらにここに普段はいない神殿騎士達が守りを固め、極めつけにセーヴァとセレスがいるのだ。

 もちろんこの状態ですら襲ってくる魔物はいたが、すべて本隊に近づくことなく討伐された。

 同行者の神官たちも『こんな安全な道中は初めてだ』と言っていたぐらいだ。


 まぁ正確に言えばちょっとした出来事はあった。ただトラブルではない。

 例えば旅に慣れたセーヴァやセレスがカーゴの屋根に上ったり(上に登って見張りをしてた自分が羨ましかったらしい)、戦狼状態のポチに慣れてきた人たちがモフってきたり(やはり最初は分かってても怖かったとのこと)、カーゴのキッチンを使った食事に驚かれたり(特に体力を使う神殿騎士に温かいご飯は好評だった)、小休止時のトイレ作成は女性の神官達に物凄い感謝された(やはり苦労していたようだ)。

 今回のルートでは一日ごとに宿場町があったため野宿をする事は無かった。もしそうなった場合披露できなかったお風呂の出番があったかもしれない。


 ともあれ神殿の人達と友好を深めれたのは収穫だろう。今までセレス以外に接点が無かったため、こうして現場レベルで顔つなぎが出来たのは良かったと思う。




 そして街に入ったその日の夜。あてがわれた宿の自室にて。


(……明日から別行動かぁ)


 ベッドの中で天井を見上げながらふと考える。

 今までずっと皆と一緒だっただけに未知の場所に一人で行くのは何時振りだろうか。

 多分ラムダンとの最初の講習を終えた翌日の薬草採取ぶりぐらいかもしれない。採取自体は比較的王都の近くで何日も続けたから今回の様な冒険とは少し違うかもしれないけど、未知の場所に一人で出向くのは少し似ている。

 あの時は街の外がそのまま未知の領域だった。当時は魔法も使えず何時襲われるか分からない為ビクビクしながらも薬草を集めていた。

 その時と比べ今は状況も装備も経験も何もかもが違う。あの時に比べたら自分の環境は間違いなく良くはなっている。

 それでも明日から行く場所は本当に『未知』そのものだ。今まで誰も行った事のない場所に赴こうとしているのだからどうしても不安は募る。

 こういうとき皆がいれば本当に心強いと言うことを痛感する。明日はセーヴァやセレスが一緒だし、戦力的には申し分は無いのは分かっている。

 ただ一緒に過ごした時間の長さは何物にも代えれないものだ。コロナとセーヴァ、護衛されるならどちらかと言われたら迷わず自分はコロナを選ぶだろう。


(そもそも目的が不明ってのがなぁ……)


 今までの遺跡探索もそうだし自分が行く先々には必ず明確な目的があった。ギルドでのクエストは生きるための日銭を稼ぐ行為だし、他国まで出向いたのも召喚石を作る為であった。

 だからこそ時には危険を冒しながらも進むことが出来たのだ。


 しかし今回は目的が不明なのがどうにも落ち着かない。一応マザーと呼ばれるロボット?と接触することは目的にはなっているが、何故呼ばれたのかが分からない。

 危険であろうとも避けて通る事は叶わず、頼りになる皆がその時に近くにいないのは不安でしかなかった。

 頭では分かってはいる。結局はやらなければならないことに変わりはないことを。

 その為に可能な限りの準備も行った。もはや今やれることは他に何もなく、後は当日にならなければ何も分からない。

 ここでもっと割り切れれば精神的に楽なのだが、不安にさいなまれるのは自分に自信がない証拠だろう。


(少しは強くなったと思ったけど……やっぱまだまだか)


 この世界に来た当時の自分が今の自分を見ればきっと尊敬と羨望の眼差しを向けるだろう。これでも自分が多少なりとも成長した自覚はある。

 ただやはり足りない。一人で生きるには力が不足している。周囲の面々との乖離が分かるからこそ、未だ頼らざるを得ない現実をどうしようもなく感じてしまう。


(……だめだ、思考が逸れてる……)


 考えるならせめて明日をどうするかなのに、今更どうしようもない事に頭を悩ませている。

 昔からネガティブモードになるとどうしても思考が悪い方向へずれていく。もはや性分かもしれない。


(ダメだ、もう寝る。寝て忘れる。うん、決定)


 もはや堂々巡りでどうしようもないと諦めの境地に達しそう結論付ける。

 灯りを消し就寝モードに移行。明日の事は明日の自分がきっと何とかしてくれる。どうせ今日はもうやれることはないのだから。


 しかしいつも以上に寝付きが悪く、意識を手放したのはここから一時間以上過ぎてのことだった。



 ◇



 そして寝付きが悪いときほど眠りは浅いものだ、とぼやけた頭で意識が覚醒していく。

 感覚的にあまり寝れなかったのは分かった。そして目をゆっくり開けたことでそれが確信へと変わる。

 何せ窓から差すはずの日の光が無かった。


(ん~……)


 枕元に置いたスマホに手を伸ばしそれを手に取り画面を開くと時刻は四時半ちょっと過ぎ。

 この世界では夜中はやることが基本ない為就寝自体は早く、相対的に睡眠時間はそれなりには取れる。

 しかし普段より睡眠時間が少なかったことに変わりは無く、体は微妙な気だるさを発していた。病気とかでは無いと思うがどうにも頭がぼーっとする。

 二度寝するか、と再び目を瞑るも一度覚醒してしまった意識はそれを拒否。十分ほど頑張ってみたもののもはや無理と判断し大人しく起きることにした。


「ふぁ……」


 体は眠気を訴えているのに意識が阻害するこれはなんだろう、と思いつつも魔法を二つ展開する。

 使用したのは《生活の音ライフサウンド》と《生活の電ライフボルト》だ。現在ベッド脇の床の上でポチが丸くなって眠っているので起こさない為である。

 前者で自分から発生する音を全て消し、後者で室内の様子を把握する。


(えーと、荷物荷物……)


 ポチを起こさない為に明かりは点けない。代わりに《生活の電》が自分の目となる。

 レーダーもどきの用法により、現在頭の中には室内の構造がありありと浮かんでいる。流石に色がついたりしないし細かい部分までは分からない。

 最初に使用した際に思ったのはモノクロの線画と言う感じだった。黒い世界に白い線で人や物が輪郭として描かれているような感じだ。

 ともあれこれのお陰で目を瞑ってても日常生活は殆ど問題無かったりする。さすがにこのモノクロ世界で生活をするのは気が滅入ると思うので率先してしたいとは思わないが、こうして少しの間だけならさほど問題は無かった。


(装備は……持ってくか。物が物だけに置いていきたくないからなぁ)


 音もなく着替え防具を身に着けカバンを肩にかける。

 ……何か夜逃げみたいだな、これ。別に逃げないけど。

 最後に"転世界銃テンセイカイガン"を背負いさて部屋を出ようとしたところでふと視線に気づいた。

 寝ぼけ眼の段階はすでに無く、こちらをじーっと見つめるポチの姿がそこにはあった。もう、こちらの動きを監視してますと言わんばかりに。


「……いや、あのね。別に黙っていなくなるつもりは無くってね」

「…………」


 魔法を解除し何とか説明を始めるもポチの非難めいた視線は中々収まらず……。

 結局カバンの上にポチを乗せ(本人は二度寝)その状態で出かける事で許してもらえた。


 若干のトラブルはあったが外に出ると早朝のひやりとした空気が肌を刺す。

 日はまだ昇っていない為真っ暗かと思いきや、意外にもうっすらと見える程度にはなっていた。


「おー……」


 空が少しだけ明るくなってきたのもあるが、それ以上に目を引くのが神の山だった。

 雲の上まで突き抜ける程の高さを持つそれは上部から徐々に日の光を浴びてきており、麓のこの街までほんの少しだけではあるがその光を届けている。

 他にも早朝から働き出す人たちの生活音が少しだけ聞こえてきており、街そのものが目覚めているような感じを受けた。


 そして行先は特に決めていない為とりあえず神の山の方に向け歩き出す。

 この街は山を目当てに来る人が多いせいか大通りが北東から南西に伸びる形になっている。街の入り口もその二か所しかない。

 散歩程度のゆっくりした歩みで大通りを歩きながらここに来るまでに考えていたことを思い浮かべる。


(マザイ教の神様のマザイって多分マザーのことだよなぁ……)


 あの山に住んで?いるし、そもそもマザイとマザーって名前が似通っているし。

 名前が微妙に異なるのは聞き間違えたか長年で歪んだかその辺だろう。つまり今日は国教である宗教の神様に会うと言うことになる。

 そうすると神様が放った光の剣ってのも何となくではあるが予想は付く。メムレベルのロボットを産み出す科学力がある古代技術なら光線ビームだろう。

 銃の概念も光線の概念も未だに無いこの世界では確かに光の剣と見間違えても不思議ではなかった。


「っと、ここまでか」


 そんなことを考えていたら街の端っこ付近まで来てしまったようだ。

 この時間の街門はまだ開かれておらず、普通は門の前にいる衛兵の姿も今はない。くるりと踵を返すとこちらの視界に教会が目に入った。

 そのまま教会の正門前まで歩を進めるもまだ早朝の為門は閉じられていた。しかしそこにある建物は見上げる程立派なものであった。

 マザイ教聖地のお膝元であるためこの街の教会はかなり大きい。普段の信徒達だけではなく、今回の同行者であるセレスや神殿騎士達も寝泊まり出きる程に収容人数はあるらしい。出向と言う形であるセーヴァも今日はここで寝泊まりしてるはずだ。

 一応今日の集合場所はここなので下見できたのは良かったかもしれない。


「おや、お早いですね。ですが教会が開くにはまだ早いですよ」


 そうしていると教会の門を開け、中から人の好さそうな老神官が出てきた。

 手には箒を持っており、おそらく朝の掃除を行おうとしていたのだろう。こんな早くからご苦労様です、と心の中で言いつつこちらも挨拶を交わす。


「いえ、ちょっと目が覚めちゃったので朝の散歩です。すぐに宿に戻りますけどね」

「そうでしたか。……その恰好からすると冒険者の方ですか?」

「えぇ、まぁ」


 どうやらこの人は自分の事は聞いてないようだ。

 そこまで位の高そうな人には見えないので、上の人にしか話が行ってないのかもしれない。


 その後この人と少しだけ話をしたが存外に楽しい時間を過ごすことが出来た。気づいたら昨日から感じていた緊張感も随分和らいできた気がする。

 説法とか受けたことは今までなかったけど、聖職者に縋りたくなる人の気持ちが何となく分かった気がした。何と言うかすごく話しやすいのだ。


「っと、自分もそろそろ戻りますね。お仕事お邪魔してすいません」


 ふと空を見上げるともはやそこに夜の面影はなく、太陽が顔を出し街に日の光が差し込んでいた。

 流れとは言えそれなりの時間を拘束してしまった老神官に頭を下げつつ申し訳ないとばかりに謝罪の言葉を口に出すも、彼は問題無いとばかりににこやかな笑顔を返す。


「いえいえ、お気になさらず。あなたに神のご加護があらんことを」

「その神様に今日ちょっと会って来るんですけどね」


 苦笑を浮かべるそう答えると、目の前の老神官は「え?」と声を漏らしキョトンとした表情を浮かべていた。

 そのまま彼に頭を下げ「それではまた」とだけ言うと踵を返し、来た道をそのまま戻る事にするのだった。


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