第300話 人と似て非なる者達


「……って感じだから現地には皆を連れていけないんだ」


 その夜、夕食後皆が集まっているのを見計らい昼間の事を話した。

 現在自分がマザーに呼ばれてること、その為に中央管理センターである神の山に行くこと、そして現地にはコロナ達を連れて行けないこと。

 話を聞いた皆の反応は予想通り戸惑いを隠せていない様子だった。


「あの人の言うこと疑う訳じゃないけど、獣亜連合国や魔国だとあの山ってどう言う認識なの?」


 とりあえずこの何とも言えない空気を変えるため、あの時知ることが出来なかった事を皆に聞いてみる。

 こちらの質問に最初に答えてくれたのはコロナだった。


「私のところだと近づかないようにって言われてるよ。トライデントにいた時からもあの山には行かなかったしね」

「それって何かで決められてるとか?」

「うーん、法律とかそう言うのはないよ。ただ物凄く強い魔物が出るから近づかないようにって昔から言われてたのと……後行こうとすると嫌な予感がするの」


 そのまま話を聞くと、コロナが言う嫌な予感とは第六感みたいなものではなく、まるで体に染みついているかのように拒否反応を起こすそうだ。

 山を見ている分にはなんら問題無いのだが、明確に山に行くと思った瞬間から胸の中に言い知れぬ不安が膨れ上がっていくらしい。

 しかもこれはコロナだけではなく、彼女の知っている獣人や亜人全員に共通しているとのことだった。


「俺らドワーフも大体一緒だな。俺は鍛冶だが知り合いには鉱夫も普通にいる。昔からあの山を掘るべきではなんて話もあったが、コロナが言ったように嫌な予感がしていつも頓挫してるな」

「やっぱドルン達もそうなんだ。ドワーフのイメージ的にはもっと現実を見た上で危険だからやめたって感じするのにね」

「そういうのもあるがあの山だけは別格だな。何せどの世代でも十人中十人が嫌な予感するって言うんだぞ。何かあると考えるのは普通だろ?」


 確かに全員が本能的に訴えられるような感覚があるなら何かしら思うのは当然か。

 実利的なドワーフが"勘"を重要視する程ならよっぽどの事とみてよさそうだ。


「エルフはどうなの? ずっと森にいたんだからあまり関係ないのかな」


 そしてこの中では一番縁遠い人間ではない種族であるエルフ。

 いつからかは知らないが少なくとも二百年前の大戦時にはすでに森にいたのは知っている。表に出ない種族である以上、神の山については予想通りの回答をエルフィリアは口にした。


「そうですね……基本的に森から出ないのでその様なお話は聞かないですね。村の人達が木の上から山が見えたと言うお話自体はありましたけど、コロナさんやドルンさんみたいに嫌な予感と言うのは無いです。ただ……」

「ただ?」


 目を伏せ気味にエルフィリアがぎゅっと自身の胸を押さえる。

 ……コロナさんや、真面目なお話し中だから羨むような眼をしないでください。


「ヤマルさんが神の山……でしたっけ。先ほどそのお話をされて私も行くのかなぁって思った瞬間から、こう胸が息苦しくなるような感じがします。多分これがコロナさん達が感じてるのと同じものかと……」

「獣人や亜人の子達は漏れなく、ってことなのね。一部ならともかくコロナちゃんやドルっちが言う様に種族単位で同じように感じてるのは妙ねぇ」


 ちなみに自分やウルティナの人間組はその様な不安なことを感じたりするのは今のところはない。

 それが人間だからか召喚者だからかは不明だが、神殿の面々が問題無く神の山に行けているため恐らく前者で間違いないだろう。


「ちなみにマー君のとこはどうなのー?」

「そうだな。あくまで聞いた話程度ではあるが、我らの場合は不安と言うより威圧の様なものを感じると言った具合らしいな。近づきがたい雰囲気を感じるらしいぞ」

「それはブレイヴさんも?」

「我の場合は少し違うな。威圧の様なものはあまりないが、代わりに気が逸れるような感覚に見舞われる。行こうとしても気乗りしないとでも言えばいいか」

「どちらにしても魔族も種族単位で近づきたくないって部分は共通してるわねー」


 理由は不明……でもこれも世界の理の様なものなのかもしれない。

 魔法や古代科学がある世界なんだから、このような法則がこの世界にあると割り切ってしまうべきだろうか。


「ちなみにその状態で戦ったりとかは出来るの?」

「出来るっちゃあ出来るがパフォーマンスは下がると思ってくれ。俺みたいな鈍足はともかく、足の速いコロナや魔法を使うエルフィリアが常にそっちに意識を持ってかれるのはまずいしな」

「そうだね。その状況下で戦ったことは無いけど、普段通りは難しいかも」

「となると皆はお留守番になるか。どちらにしても山には入れないから、行けても最寄りの街までなんだけどね」


 名前は忘れたけど参道から少し離れた場所にある街が神の山に一番近い最寄りの街である。

 国から見れば主要街道から外れ僻地にあたるのだが、神の山が最も近くで見れる土地であるためマザイ教の信者を中心としてそれなりに栄えているそうだ。


「ちなみにポチちゃんはどうなの?」

「あー……どうなんだろ。マザイ様って神様が魔物倒したらしいから、ポチも近づかない方が良いと思うけど……」


 念のためポチに聞いてみたが、意外な事にポチはコロナ達が感じているような不安や威圧感は全く感じ無いとのこと。

 魔物は別なのだろうか……? 謎は深まるばかりだ。


「あたしとマー君も付き合えれば良かったんだけどねー。明日から出るからそっちはそっちでちゃんとしなさいよ?」

「そう言えばそうでしたね。戻ってくるの未定でしたっけ?」

「早めにはするつもりだけどねー。召喚石は預かるから、帰ってくるまで死なないこと。これ師匠命令だからね!」


 了解、と返すものの、次の行先には信頼のおける皆がいない。

 少なくとも森から先は完全に別行動になるため、今でも不安は拭えないでいる。


「それでヤマルの予定はどうなっているのだ? 勝手に行って勝手に帰ってくるではないのだろう?」

「神殿の人と一緒に行くのは確定ですね。少なくとも神の山と最寄りの街の間は彼らが同行してくれるみたいです。一応現地に行ったことのあるメンバーを組み込むみたいですので」

「コロナちゃん達はどうなるのー?」

「神殿側としては最寄りの街までの同行は大丈夫みたいですね。個人的にはそこまでは着いてきて欲しいけど皆次第かなぁ。調子出ないなら無理はさせれませんし「行く!」」


 こちらの言葉を遮り強く意思表示を示したのはコロナだった。

 彼女はそのままじっとこちらの目を真っ直ぐ見つめてくる。


「行く、行くよ! ヤマルが危険かもしれない所に行くのにじっとしてなんかいられないよ!」

「ま、そーゆーこったな。リーダーなんだから回りくどいことなんかしねぇで『着いてこい』って言やいいんだよ」

「その、ヤマルさんもたまには私達に我が儘言ってもいいと思いますよ?」

「わふ!」


 全員が問題無いと快く答えてくれた。

 ホントに皆は自分には勿体無い仲間だと思うも、そう言ってくれるのは本当に有難い。


「ん……じゃあ皆には最寄りの街までになるけど、いつも通りお願いね」


 それぞれが了解の意を示し、一旦この話は……あ。


「ごめん、ひとつだけ忘れてた。皆が行くならカーゴが出せるから、メム達はこっちで運ぶことになるよ」

「ん? あいつ……あいつ?」


 眉間にしわを寄せ問い返すドルンだが、彼が懸念している通り今回の旅はメムと汎用ロボ数体が同行する。


「メムと汎用ロボが二~三体だね。基本的には俺の命令が優先だから荷物扱いで大丈夫だよ。まぁ乱暴な扱いはご法度だけど」

「メムさん達が一緒だとカーゴの中の荷物置き場少し狭くなるんじゃないかな」

「僻地ではあるけど街道は整備してあるし、多少は荷物減らしても大丈夫じゃないかな。一応神殿側も同行するからそっちにお願いすることも出来るし」


 しかしこうしてみると中々愉快なメンバーになりそうだ。

 いつも通りの『風の軌跡じぶんたち』に希少な動く古代のロボット。ここに神殿のメンバーが加わるとか一体どんな取り合わせだと言いたくもなってくる。


「まぁ今日明日出立じゃないし、荷物関連は明日から「あーー!!」……なんですか師匠」


 急に大声を上げたウルティナにジト目を送る。しかし大声を上げるのは彼女にしては珍しい。

 上げる場合も大体何かしら(碌でもない)思惑があるときだが、今回ばかりは普通に驚いた様子だった。

 そんな彼女が何に対して驚いたかと言うと……。


「荷物で思い出した。ドルっち、あたしのとこの工房にある鍛冶道具どうするの? アレ無いとこの子たちの武具何も出来ないでしょ?」

「「ぁ……」」


 完全に忘れてた竜の素材とそれらで作った鍛冶道具一式。それを思い出した自分とドルンが同時に声を発す。

 現在はカーゴの後部のドアを入り口にウルティナが"門"をつないでいるが、彼女がいなくなるとこの開閉が出来なくなるのだ。

 竜武具や竜合金ドラグメイル武具が早々不具合を起こすとは思えないが、何かあった時では遅いのだ。この世界では冗談抜きで命を守る大切な物なのだから。


「……とりあえず朝一で運び出すしかねぇな」

「竜素材や鍛冶道具関連はカーゴ積んだままが良さそうだね。あれを置いて出かけるにはちょっと怖いし……」


 結局こちらの荷物は神殿に頼むことにし、翌朝ウルティナにどやされながら王城の門を叩く羽目になるのだった。



 ◇



「これをこうして……っと。よし、皆中に入って」


 あれから数日後。中央管理センターへ出発する日になった。

 朝一番に王城に出向き預けているカーゴを回収。そのままメムと汎用ロボを中へと入れる。


「カーゴはやはりいいデスネ。馬車には私は一人では登れませんノデ」

「まぁその足じゃね」


 汎用ロボと違い二足歩行ではないメムは特に段差に弱い。

 流石に真っ平らな地面でなければ進めないなんてことはないが、少なくとも馬車の荷台によじ登るなんて芸当は出来なかった。


「それじゃ悪いけど中央管理センターまではこの中だからね。コロナ達が入ってくるときもあるけど、その時は上手い具合に場所空けてね」

「了解しマシタ」


 メムらの了承を得たところでコンソールを操作しドアを閉めカーゴを浮かす。

 普段なら数名は中に入れるが今日は全員外で歩くことになっていた。

 さて行くか、と思ったところで不意にエルフィリアに服の袖を引っ張られる。


「ヤマルさん。レーヌさんが手を振ってますよ」

「え、ほんと?」


 エルフィリアが教えてくれた場所は確かにレーヌの私室の窓。

 ただ見上げたその先は自分ではその姿を確認することが出来ない。向こうからも同じと思うけど……いや、高いから見えてるのかな。

 とりあえずそちらに向け手を振り返すと、レーヌが嬉しそうな顔をしていたとエルフィリアが教えてくれた。


「よし、出発するよ」


 王城の正門を抜け、一路街の正面街門へ歩を進める。

 それなりに早い時間であるのだが、流石にメインストリートだけあり人の往来は多かった。

 カーゴを引く戦狼状態のポチを先頭に歩くと、こちらに気付いた街の人の何人かが手を振ってくれているのが見えた。

 彼らに手を振り返しながらふと先日旅立った二人の事を思い出す。


「ブレイヴさんいたらカーゴの上に乗ってポーズ取りそうだよね」

「確かにそうだねー。嬉々として『我をもっと見ろ!』みたいに主張してそうだよね」

「エルフィリア、上に立ってやってみるか? 少しは度胸つくかもしれねぇぞ?」

「い、嫌ですよぅ……」


 そんな何気ない談笑を交わし歩くことしばし。もはや見慣れた王都の街門が見えてきた。

 一時期は地震の影響でかなり寂しくなったこの場所だが、現在はそこまで大きな地震が無い事と皆が多少の揺れに慣れたのか活気を取り戻しつつある。


(小さい地震はあるけど……。対処法が広まって良かったよ)


 流石に耐震設計の建物などは望めるはずも無いが、少なくとも棚を倒さない工夫や地震が起きた時の対処法は国主導で市井に伝わったのはとても良かった。

 引っ越してしまった住民が戻ってくるわけではないけど、こうして一歩ずつ前に進んでいる。これもレーヌ達上の人間が頑張ってくれたおかげだろう。


「お、あいつらだよな」


 そんなことを考えているとドルンの一言によって意識がそちらへと向けられる。

 視線の先、街門の端には分かりやすい神殿の一団がいた。

 神殿の紋章を描いた幌馬車が数台。その近くには白を基調とした鎧を着こんだ騎士――神殿騎士が複数名。

 そんな彼らと一緒にいるのは白い法衣を着た神官職と思しき人だ。パッと見ただけでも十人以上は優に超える大所帯だ。


「……何か大事な感じだな」

「まぁ流石に今回はね。向こうにとっても色々と気を遣うんでしょ」


 神の御使いと目されている自分の安全確保も彼らが命じられた事。だがそれに付け加えてさらにもう一つ気を付けなければならない事がある。


「あ、セレスさんもいたよ」

「ほー。アレが噂の聖女様ってやつか」

「そう言えばドルンは会うの初めてだっけ」


 そう、今回はセレスも同行するのだ。

 神殿側としてはセレスも自分を守るための護衛みたいなものとは言っていたが、多分神の山で何かしら事が起きるのを狙っているのかもしれない。

 ともあれこちらに来てから彼女が街の外に出るのは初めての事らしい。重要人物であることは疑いようがないため、どうしても大事になりかねないのだろう。

 そして……。


「あ……」


 小さく声を出すエルフィリア。

 その視線の先、セレスの隣には彼女と話しているとても見知った男性が一人。


「エルフィ、普通にだよ普通に。そんな顔してたら向こうも気にしちゃうからさ」

「は、はい……」


 今回の旅の同行者その二。

 視線の先には騎士団の正装を身を纏った元勇者でもあるセーヴァの姿があった。


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