第302話 神の扉
「それじゃ行ってくるね」
宿に戻り改めて準備を整えたところで皆に声を掛ける。
全員が大なり小なり心配そうな顔をしているのはしょうがないか。自分だって皆と別れて行動するのは不安だし。
「ホントについていかなくてもいいの?」
「正直言えばついてきて欲しいけど、チカクノ遺跡の時みたいにコロナ達の姿見てドンパチする可能性は十分あるからね。早めに戻るつもりだけど距離考えると最短でも明日かなぁ。場合によってはもう少しかかるかもね」
聞いた話だと神の門まではここから歩いて数時間。
大神官長らが行く場合は神の門まで行って帰ってくる形らしいので日帰りで済んでいるが、今回は呼び出しを受けている以上行って戻っては考えにくい。
一応鞄の中には七日分の携帯食料は用意してある。水の心配をしないで良いのはこういう時には本当にありがたい。
ただ保存食はアレがなー……と思っていると、エルフィリアが一歩前に出てこちらに小さな包みを差し出してきた。
「あ、あの……ヤマルさん、これ私とコロナさんで作りました。お昼にでも食べてください」
「お弁当作ってくれたんだ? エルフィもコロもありがとね」
差し出された包みを有難く受け取りカバンの一番上に収める。
携帯食は保存性と容量の少なさと引き換えに味がそこまで良くない為、貰ったお弁当は非常に有り難かった。
日持ちの都合上今日中に食べるべきだろうけど、一食でも美味しい食事になるのはそれだけでも張りが出ると言うものだ。
「まぁ皆はちょっと長めの休暇と思ってゆっくりしてるといいよ。んじゃドルン、後はよろしく」
「あぁ。ヤマルもくれぐれも気を付けるんだぞ」
「うん、無理は絶対にしないよ」
大丈夫とは思うけど、一応後の事はドルンに任せておいた。
現状では恐らく一番落ち着いているし、感情よりも理知的に動けるドルンが一番適任と思ったからだ。
「じゃ、いってきます」
全員に見送られ宿を後にする。
表に待たせてたメム達を引き連れ、大通りを進み目指すは街の北東にある教会だ。
道中街の人にめっちゃ見られたけど見なかったことにする。大丈夫、王都ではこの様な状態など日常茶飯事だった。そして今日までもエルフィリアを始めとする物珍しさの視線に晒されるのはいつものことだ。
だから道行く人が信じられないものを見る目をしていても極力気にしない……。気にしないったら気にしない。
自分が向こうの立場なら多分見るのは分かってるから責めもしない。
「こうして街を歩くのは初めてかもしれませんネ」
「あれ、そうだっけ?」
「ハイ。私たちがいた街以外では城内が行動範囲でしたし、例外は地震があったあの時ぐらいではないでショウカ」
「あー、何か初の地震でドタバタしてた時か」
水道管の為に地面掘り返したりしたときの事だ。何だか懐かしく感じる。
まだあの時はドルンもエルフィリアもいない時期だったしなぁ。
そんな他愛もない会話をしていたらすぐに目的の場所へと到着した。
教会の前にはすでにセーヴァやセレスを始め本日のメンバーがそろっていた。
本日共に向かうメンバーは自分とメムと汎用ロボ三機。ここに神殿側のメンバーとしてこの街の大神官と神官長がそれぞれ一人。後はセレスとセーヴァ、そして神殿騎士が五名の合計十四名だ。
異例の規模であると同時に神殿所属者以外が神の扉前に行くと言うだけあり、その注目度は自分が思っているよりも高いものとなっている。
「おはようございます。お待たせしました」
挨拶を交わしながら皆がいる場所へ近づき、本日同行するメンバーにそれぞれ一言ずつ交わす。
この街に来るまで一緒だった面々は気軽に挨拶を交わしてくれたが、大神官らはどうも神の御使いと言う部分だけ伝わっているらしく随分と丁寧な挨拶を返された。
苦笑しつつ何とかそこまで偉い人間では無いと説明していると、ふと視界の隅に今朝方話をした老神官の姿が入ってくる。
おそらくは見送り組の一人であったのだろう。何か信じられないものを見るような表情をしている彼に対し営業スマイルで小さく頭を下げる。
すると何か神様にあったかのように拝まれた。なんでや。
ともあれメンバーが全員揃ったところで一同北東の街門から外に出て神の扉の下へと向かう。
正面に聳え立つ神の山はまさに圧巻の一言だ。そこにあるだけで見るものに圧を感じさせそうな雰囲気がある。
そして視線を下げると麓に広がるのは深い森だ。
山を囲むように広がっている為、右を見ても左を見ても木々がずっと伸びている。
「あれが参道の入り口ですね」
街と森の間はそれほど空いていないため三十分ほどあるいただけですぐに入り口が見えてきた。
視線の先には森の一か所だけが左右に切り開かれたかのように開けている。
そしてその森の入り口にはここが協会とばかりに石柱が二本配置されており、そこに二名の神殿騎士の姿があった。
「ようこそお出で下さいました。お話は伺っておりますのでどうぞお通り下さい」
近づくと顔パスレベルであっさりと見張りの騎士が道を開けてくれる。
先導する護衛の神殿騎士に続き全員が森の中へと足を踏み入れた。
「ここが参道ですか……」
「はい、聖女様。人間であればこの道を逸れない限りは何も起こり得ません。今は神の御膝下であるこの森をご堪能下さいませ」
セレスが物珍し気に周囲を窺い、自分も同じように左右に広がる木々に目を向ける。
まず目を引くのはこの森にある木はどれも幹が太く、そして背が高い。しかし木と木の間隔はそれなりの距離がある。
おそらく守護兵が通るのに問題無い程度のスペース確保のためだろう。しかしそのスペースを逆算すると、守護兵は間違いなくゴーレムクラスの巨体と推察できた。
未来兵器を持ったゴーレムとなんて戦いたくないなぁと思いつつ、自身の後ろにいるメムの方に顔を向ける。
「そっちは大丈夫?」
「ハイ、現在のところは問題ありまセン」
視線の先には汎用ロボに担がれているメムの姿。
足元は元は舗装されてたと思しき跡はあるものの、すでに年月の経過のせいか土がむき出しになっていたり所々に左右の森の木の根が伸びてきていた。
街道に比べては歩き辛いものの、程度としては日本の登山道に近いかもしれない。
その為メムだけでこの道を歩くのは至難の業のため、現在は見ての通り汎用ロボによって担いで運ばれていると言う状態であった。
そして苦労しているのはメムだけではない。
あまり長距離移動に慣れていないセレスもこの道には苦戦していた。修道服と言う歩くのにあまり適していなさそうな恰好も拍車をかけているのだろう。
こちらは彼女にいつも付き従っている女性の神殿騎士がサポートに回っている。
それ以外のメンバーは慣れているのか特に問題無く行進出来ている。
特に意外だったのが大神官と神官長の二人だ。双方それなりの年齢に達してはいるのだが、もはや慣れたとばかりに足取りが軽い。
この辺りは経験者との差と言ったところだろう。
そして参道を歩くこと数時間。何回かの休憩を挟みながらもついに森を抜けた。
目の前には見上げると首が痛くなりそうな神の山こと中央管理センターが視界いっぱいに映りこんでいる。
自分以外にもここに来るのが初めてなメンバーもそれぞれ感嘆の声を漏らしたり周囲を見やったりと反応は様々であった。
「御使い様、聖女様。あちらが神の扉です」
そして大神官が指すその先には遠目でも分かるほどの巨大な扉。
台形の形をしたその扉は見た目は上下開閉式の城門を近未来化した風体であり、むしろ扉と言うよりはシェルターと言った方がしっくりきそうである。
そしてその左右に佇むのが守護兵なのだろう。
番人にしか見えない鋼鉄のロボット兵。こちらの見た目も今まで戦ったゴーレムに近しく、全体的には丸みを帯びたずんぐりむっくり体系であった。
「ではもう少し近くまで寄ってみましょう。私に続いてください」
そして先導を護衛の神殿騎士から大神官と神官長に交代。
彼らに付き従う形で扉の方まで進んでいく。
近くによるとより一層扉と守護兵の大きさが良く分かる。目算にして双方ともに全長十メートル程だろうか。
こんな金属で出来た巨大ロボと言って差し支えないものが二体もあると、それだけでこの場で悪さをしようとする気がなくなりそうだ。
そして目算二百メートルほどまで近づいたところで変化が訪れた。
『ココハ資格無キ者ハ立入禁止デアル。早々ニ帰ラレヨ』
声を出したのは果たしてどちらか。守護兵の声と思しきものが聞こえると同時、先導していた二人がその歩みを止める。
「我々が近づけるのはここまでです。これ以上近づくと神兵が動いてしまいますので」
その言葉に少し嫌な予感がし、即座に気になった質問を投げかける。
「動く……とは攻撃を仕掛けられると言うことでしょうか?」
近づいたら発砲された、なんてシャレにならない。
流石に人間の味方を一応はしているらしいので無いとは思うものの、どうしてもその辺りははっきりさせておきたかった。
「あまりにしつこいとそうなるらしいですね。無理に扉に近づきすぎたり傷をつけようとすれば相応の対処が取られると聞いております。私の知る限りではその様な事をした愚か者はいませんがね」
「左様。ここは我らがマザイ教にとっての聖地。この場に立つ以上不心得者は事前に間引いております故」
偉い人二人が若干気になる単語を発したものの、とりあえず穏便にする分には痛い目は見ることはないのだろう。
そして見たところあの守護兵以外に特別な物は見受けられない。インターホンも監視カメラも特に見当たらず。
ならばあとはあの守護兵に話しかけてここからどうするかを聞くべきと判断する。先ほど喋ったと言うことは多分会話は出来る……はずだ。
「それで御使い様はこれからどの様な事をするのでしょうか」
そして大神官の一言で皆の注目が自分へと集まる。
今回の目的である中央管理センターへの召集だが、信仰心の高い彼らからすればどの様な事が起こるのか興味が尽きないと言った様子だ。
「とりあえず近づいて話しかけてみます。セーヴァ、悪いけど何か起こったら援護お願い」
「分かりました、任せてください」
あの守護兵二体を見ても何も問題無いと言わんばかりに返すセーヴァはとても頼もしい。
保険も得たことだしさて行くかと歩みだそうとしたその時、誰かが服の裾を小さく引っ張っていたのに気づいた。
振り向けばそこにはコロナ達と同じように心配そうな表情を浮かべているセレスの姿。どうかしたのかと問う前に、彼女はその場で祈る様に両手を組むと小さく何かを呟く。
すると足元から淡い光が舞い上がり、それらがゆっくりと自分に吸い込まれていった。
「これは……? 何か体がぽかぽかする感じだね」
「少しの間になりますがヤマルさんに魔法で加護を付与しました。どうかお気をつけて」
「ん、ありがと。それじゃ行ってくるね」
笑顔を返すとセレスもようやく笑顔を見せてくれた。
ただ後ろにいるいつもの女性の神殿騎士から般若顔をされたのは理不尽ではなかろうか。今のやりとりは社交辞令でしょうが……それぐらい目を瞑って欲しい。
ともあれ今度こそメム達ロボット組を引き連れて神の門へとさらに歩み寄る。
近づくこちらに守護兵はすぐに気づいたようで、門の前に立ちはだかるかのようにその巨体を横へと一歩踏み出していた。
『再度警告スル。資格無キ者ハ立入禁止デアル。警告ニ従ワナイ場合、強制的ニ排除スル』
うわぁ……喋るゴーレムとかいたらきっとこんな感じなのだろう。
獣亜連合国で
しかし何もせずにはいそうですかと回れ右をするつもりは無い。一度その場で立ち止まり、改めて守護兵の顔を見上げはっきりと用件を伝える。
「マザーからこちらに来るように召集が掛ったためやってきました!」
『……オ前ハ我ラノ"マスター"カ?』
「一応は……と言ったところかもですが。メム!」
名を呼ぶとメムが自分の前に出て守護兵と対峙する。
同じロボット同士の為か、二機は向かい合ったまま言葉を発さずじっとお互いの顔を見て……いや。
(通信か……?)
何かお互いの目がチカチカしているし。
程なくしてやり取りが終わったのか、立ちふさがっていた守護兵が二機とも元のいた扉の左右へと戻っていく。
「どうだった?」
「マスターの事は伝えまシタ。マザーに問い合わせるので待って欲しいとのことデス」
「あー、そう言えばメムは回線持ってないって言ってたもんね」
しかしここまで来るのにも呼ばれてからそれなりに時間は経っている。カーゴとか空飛ぶ車両が普通にある時代の産物からすると大遅刻と言っても差し支えない程だ。
……融通効くといいなぁ。せめてメムぐらいには会話は成り立たせたい。
そんなことを考えていると、どこからともなく周囲に聞きなれない女性の声が響き渡る。
『ようこそ中央管理センターへ。マスター権限があることを確認しました。対象の方のみ中へお進みください』
そして次の瞬間、バシュンと何かの気体が漏れ出たような音がすると同時、神の扉と呼ばれていた入り口がゆっくりとせり上がっていく。
今の声がマザーだろうか。とりあえず中に入れ……ってことだよな。
「マスター、私の案内はここまでデス」
「あれ、メムは一緒に行かないの?」
「管轄が違うため通行権限がありまセン。命じられたことはマスターをこの場まで案内することデス」
むぅ、そうなると本当に自分一人か。
しかし現在中に入れるのが自分だけしかいない以上我が儘も無理強いも出来ない。
半分ぐらいこうなるんじゃないかと思っていたが、どうやら悪い予感は当たってしまったみたいだ。
「分かったよ。それじゃ行ってくるけど帰りがいつになるかわからないから皆と一緒に街に戻ってくれ……あー、帰りどうしよう」
森の中には守護兵がいるからいいとして、森から街の三十分はどうするか。
今の自分なら短時間なら何とかなりそうだが、なるべく一人で外を移動するのはなるべく避けたいところでもある。
「私に連絡していただければ迎えに行きマス。もし通話が出来ない場合はマザーに依頼して私に連絡するのは如何でショウカ。受信は出来ますのでそれでも迎えに行けマス」
「あー、そっか。普段レーヌとの通話だから忘れてたけどメム経由だったね……。了解、それじゃ終わったら連絡するから皆にはそう伝えておいて」
「了解しマシタ」
そう言うとメムは汎用ロボと一緒にセーヴァ達の下に戻っていった。
とうとう一人になったなぁと少しの寂しさを感じつつ、いざ神の扉の方を見据える。
すでに扉は開き切っており、その先には明らかに人工の明かりと思しきものが左右から光を照らしている。通路そのものはここからでも分かるぐらい明かりによってはっきりと見えているのに、奥行きがあるせいか先までは見通せないでいた。
エルフィリアがいればもっと色々情報が貰えたのにと思いつつ、自分を鼓舞するために両頬を軽く叩く。
「っし、行くか」
ベシンと自分の頬から軽快な音を響かせ、一人中央管理センターへと入っていった。
◇
(……ついに見つけた)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます