第297話 世界の中心にあるもの


 この世界の中心には高い高い山がある。

 地球で見るような山脈ではなく円錐台の形状をした縦長の山だ。山頂は雲の上まで突き抜けており、それほどの高さにもかかわらずあの形なのは自分からすれば不思議でならない代物である。

 その高さや世界の中心にあることから、旅行く者には方角の目印として重宝されている。


 その山がメムが言う『中央管理センター』のことであった。


「そこにマザーって人がいるの?」

「ハイ。マスターに召集をかけています」


 話を要約すると実はあの山は山では無く古代遺跡の一種であり、その中にいるマザーって人?が自分を呼んでいるとのこと。


「召集の要件って何なの?」

「伝えられていマセン。私の様な末端のロボットではマザーとの専用ラインが確立されていないため、全体用の受信回線のみとなっておりマス」

「つまり行かなきゃ分からないってことか……」


 うーん、と悩んでいると不意に左右の服の袖が小さく引っ張られる。


「おにいちゃん、何話してるか分からないんだけど……」

「ヤマル君、何話してるかもっと詳しく」


 何だろう、同じ事をしているはずなのに片方から邪心しか感じられない。

 とりあえず二人を引きはがし、一旦応接室のテーブルの上を空けて貰えるようレディーヤにお願いをする。


「師匠、世界地図持ってます?」

「あるわよー」


 自身の知識の為ならば普段は絶対に聞かないであろう弟子の頼みも素直に受け入れるのはとてもウルティナらしいと思う。

 でもさも当たり前のように胸元に手を突っ込んで丸めた地図を出すのは如何なものか。ほら、レーヌが真っ赤な顔しているし……。


「はい、生温かい地図をどーぞ」

「生温かいは余計ですよ……」


 にっこりと笑顔を浮かべるウルティナの言い様にげんなりしつつ、テーブルの上に渡された世界地図を広げる。

 流石に現代日本に置いてある様な詳細な地図では無いものの、国境線や大きな街の位置はしっかりと描かれている地図であった。

 以前も確認したが、この世界……いや、この大陸か? ともあれ今居る場所は丸みを帯びた三角形の様な形をした土地を三国がほぼ等分に割っているような状態だ。

 右側を頂点、左側を底辺とした正三角形に近い形である。この中で左下が人王国、左上が獣亜連合国、そして右側が魔国の領土だ。

 そして地図の中心には今話に上がっている山と、それをまるで守るかのように取り囲む巨大な森林地帯が描かれている。


 とりあえず置かれた地図が見えるように四人と一機がテーブルを取り囲んだ。


「おさらいだけど、まずメムの言ってた中央管理センターはここで合ってる?」

「ハイ、合ってマス」


 地図の中心、大きな森に囲われた山を指すとメムが肯定の意を返す。


「メムちゃん。つまりここは丸ごと遺跡ってことでいいかしら?」

「現代の皆様視点で言えば遺跡と言って良いと思いマス」


 その言葉に息を飲むのはレーヌとレディーヤの今を生きる現地組。

 まぁあんなに目立つ形で堂々と遺跡が鎮座しているとは思わなかったのだろう。この世界の象徴的な側面もあるし、生まれた頃からずっとそこにあると言うものは得てして『そう言う物』と認識されてしまう。


「直線距離はそこまでってところかなぁ。隣国行くよりは近いだろうし」

「後で行ったときの話教えなさいよー」

「あれ、師匠は行かないんですか? 何か飛び付きそうな話ですけど」


 彼女にとってこんな面白そうなことに参加しないのは意外でしかない。

 嬉々として着いてくると思っていただけに思わず聞き返してしまった。


「行きたいのは山々だけどねー。山だけに」

「レディーヤさん。この山と周辺情報知ってたら教えてくださいだだだ!!」

「あたしのハイエンドジョークを流すんじゃないの」

「分かりましたからヘッドロックするの止めてください!」


 締め付けられる痛みと頭に当たる胸の感触で感情の処理が追いつきそうにない。

 ジタバタともがいているとようやく気が済んだのか、何とか解放してもらえた。


「ふー……それでは改めて教えてもらって良いですか?」

「え、えぇ……こほん。まずこの山と周辺の森林地帯はどの国も支配しておりません。もちろん我が国もです」

「森や山に近付こうとすると強い魔物が出るって聞いたことあるよ」


 咳払いを一つし説明を始めるレディーヤと、仲間に加わりたかったのかレーヌが補足とばかりに追加の情報を出す。

 この辺は以前何かの機会で聞いた気がするけど……どこだったかな?


「レーヌ様が仰ったように強い魔物が生息してるため、と言われております。そのためこの区域は未開の地域ですね」


 ここを押さえれば他国との外交とかに有利そうなのに、それが出来ていない以上はよっぽど強い魔物がいるんだろう。

 まさかカレドラクラスじゃないよな……と不安を感じていると、それまで黙っていたメムがあっさりと回答をぶちまけた。


「恐らく守護兵ガーディアンデスネ。中央管理センターは中枢にあたりますから、昔から警護は厳重デシタ」

「……あの、がーでぃあんって言うのは……」

「私が看護ロボットであるように、警護の為のロボットになりマス。現代でも動いているとなるとどの様になっているか不明デスガ、総じて高い戦闘力を持ったロボットデス」


 つまり金属の兵隊がわんさか跋扈してるのか。

 ますます行くのに尻込みしてしまいそうだ。


「となるとどうやって行ったものか……」


 危険と隣り合わせなのは冒険者の常だが、排除できる危険であるならそうした方が絶対に良い。

 そもそもチカクノ遺跡でメムに伴われ攻撃してきたあのロボットは汎用機。その時でも苦労したのに、戦闘用にチューニングされたロボットとか考えるだけでも滅入ってくる。


「少し話が取っ散らかってきたわねー。ちょっと順序だてしてまとめましょうか」

「あ、はい」


 色々と情報量が多すぎたせいか、ウルティナにそう指摘された。

 彼女の言う通り一旦まとめた方が良いかもしれない。


「現状この場にあるのはメムちゃんが持つ昔の情報とレーヌちゃん達が持つ今の情報ね。年代がかなり飛んでるからすり合わせる必要があるわね」

「とりあえずメムが出した情報は……」


 先ほどの言葉を思い出しつつ順に並べてみる。

 まずこの世界の中心の山が"中央管理センター"であり、ここにメム経由で自分を呼び出しているマザーと言う存在がいる。

 とりあえず現在気になっている点は二つなので、メムにその事を聞いてみることにした。


「この中央管理センターって何を管理してるの?」


 中央は間違いなく位置の話だろうから割愛。メムがいた場所も元は病院だったので、ここも何かしらの施設であることは間違いないだろう。

 問題はそれが何なのかと言うことだが……。


「現在のマスターの権限レベルではお伝え出来マセン。機密事項に抵触する恐れがありマス」


 残念ながら教えてもらうことは出来なかった。

 まぁ俺はメムの仮の主人マスターだし、その辺りは仕方ないだろう。

 では次の質問へと思っていたら、聞こうと思っていたことをレーヌが質問してくれた。


「メムさん。マザーさんってどんな方なの?」

「マスター、如何いたしまショウ?」

「うん、俺も聞きたかったから回答お願い」

「了解しまシタ。マザーは我々ロボットの総括であり頂点デス。マスター……マスターの指示を我々に伝えたりする役割がありマス」

「初めてメムに会った時応戦してきたのもそのマザーの命令があったから?」

「はい。その命令も昔出されたものデスガ」


 つまり全ロボットのリーダー格みたいなものか。

 と言うことは人では無く、マザーもメムの様なロボットと考えるのが無難だろう。


「レディーヤ、今の話分かる?」

「そうですね……。私達に置き換えるのであればメム様は騎士、マザー様は王国騎士団長みたいなものと考えればよろしいかと」

「そうねー。騎士団長は偉いけど、それでも基本方針や命令の決定権持ってるのはレーヌちゃんみたいな主人に当たる人だものね」

「その決定権を持っていたのが昔の人間なんだね。そしてその命令がマザーさん経由でメムさん達ロボットに伝わったと……」


 自分の中で必死に情報を整理しているのだろう。

 なるほど……と呟きながら自分の中で色々と納得させている様子が見て取れる。


「なら先ほどの守護兵と言うのは、騎士団で言えば王室騎士?」

「近衛騎士かもしれません。ともあれ練度の高い兵が霊峰を守っていると言うことになりますね」

「ちなみに呼ばれた俺が近づいた場合攻撃される可能性は?」

「情報は共有されているので大丈夫カト。ただし正規ルートから外れない方がよろしいデスネ」


 正規ルート?と問いただすと、メムが地図上のある個所を指す。

 それは王都側へ向いた山の外郭から森を突っ切り最寄りの街までの道だ。しかもよく見れば細い線の様な形で森に道が描かれている。


「ここが中央管理センターまでの道デス。年月が経ち森が成長したことでかつての道幅は無さそうデスガ、今も道そのものは残っているようデスネ」

「……あれ、でもそれならこの地図変じゃない? レディーヤさんがさっきこの森は未開の地って言ってたけど、それなら何で山まで突っ切れる道が分かってるの?」


 守護兵がいるせいで誰も開拓していないならそもそも道があっても地図に残されることは無い。

 師匠が自分で作った地図だからか?とも考え問いただしてみるも、どうやらこの地図は市販品(それでも精度の高い最高級品とのこと)らしい。

 つまりこの道の情報については確実に開拓された証でもある。


「ヤマル様。その質問の回答ですが例外的にその道のみ人王国の領地となっております。……正確には神殿の管轄になりますが」

「神殿ってセレスがいるあの神殿?」

「はい。昔からあの山は神の山として崇められ、そこに通ずる道は神殿によって管理されています」

「なら少しは安心できるかな」


 昔から人の手が加わってて、しかも管理されてる場所なら街道より安全であるかもしれない。

 今まで遺跡関連はヤヤトー遺跡やカレドラの住まいなど中々きついところにあっただけに、この事実には正直ほっと胸を撫で下ろす。

 しかし安堵するこちらに対し、レディーヤの顔はどこか困惑気味の様子だった。どうしたのかと声を掛ける前に、彼女の方からその事について話してくれた。


「その、これから話すのは『今』の時代の情報です。先ほども言いましたがここは神殿にとって神の山、つまり聖域となっており、神殿の許可なくこの道を通る事は基本出来ません」

「許可があれば良いの?」

「そうですね。ですが下りるのも基本は神殿内でも限られた者になります。信徒でもないヤマル様では下りるまでにどれほどの時間が掛かるか分かりません」

「うへぇ……」


 自然のしがらみが無くなったと思ったら人間社会のしがらみが出てきてしまった。

 しかし勝手に入るわけにもいかないだろう。森の中は守護兵がいるそうだし、この道を無許可で侵入したら何を言われるか分かったものではない。


「とりあえずダメ元で神殿行ってようかな。もう少し詳しい話も聞きたいし……」

「そうですね。それがよろしいかと」


 でもまた何か一悶着ありそうな予感がし、心の中で深くため息をつくことになるのだった。






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~おまけ・王国の騎士団~


レーヌ「今日はおにいちゃんに王国騎士団について教えてあげるね!」

ヤマル「うん、よろしくね」

レディーヤ「(すいません、レーヌ様がどうしてもと……)」

ヤマル「(いえ、教えたがる気持ちは良く分かりますから)」

レーヌ「おにいちゃん?」

ヤマル「あ、何でもないよ。それじゃお願いします」

レーヌ「うん! まず王国騎士団のトップには王国騎士団長がいるよ。そしてその下に近衛騎士団、王城騎士団、常用騎士団の三つの騎士団があるの」

ヤマル「んー、どう違うの? 上下関係があったりするとか?」

レーヌ「主に働く場所かな? 近衛騎士は貴賓や貴族の護衛、王城騎士はこのお城の警備全般、常用騎士は色々だけど国としての施策で色んな場所に派遣したりするよ」

レディーヤ「騎士は基本的には貴族のご子息の方が就くことになります。もちろん中には令嬢の方もいらっしゃいますね」

レーヌ「権限って意味合いでの騎士団ごとの上下関係は無いはずだけど……」

レディーヤ「ですがより良い環境が良い騎士と言う目安にはなっているのも事実ですね。その為『近衛騎士 > 王城騎士 > 常用騎士』の構図が出来上がっているみたいです」

ヤマル「なるほどねぇ。あ、じゃあ街にいる兵隊さん達は?」

レーヌ「兵士さん達は庶民の出の人で構成されてるよ。位置付け的には常用騎士団の下……かな」

レディーヤ「そうですね。騎士団は基本その構成上人員が兵士隊より多くありません。ですので騎士団が動く際は人手を解消するために兵士隊が追従する形になります」

ヤマル「(兵士の人の胃に穴が空きそうな光景だ……)」

レーヌ「後は別の指揮系統で王室騎士団がいるよ。こっちは私みたいな王族専用の騎士だね」

レディーヤ「それと紛らわしいですが神殿騎士団もありますね。こちらは信徒の中から選りすぐっている構成ですので、騎士団と言うよりは傭兵に近い感覚かと」

ヤマル「騎士団一つとっても色んなのあるんだね。凄い参考になったよ、ありがとね」

レーヌ「えへへー、どういたしまして!」

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