第298話 神殿と大神官長
「その様な訳がありましてセレス様には是非とも口添えをお願いしたく……」
「えっと……」
ゆっくりと街中を行く馬車の中、向かいの席に座っているセレスが困惑の表情でこちらに視線を向けてくる。
正直セレスのような子にそんな表情をさせてしまうことに対し良心がチクチクと痛む。
せめてもとばかりに心の中でごめんなさいと謝罪を入れつつ、少し前の事を思い出していた。
あの後、急ではあったが神殿へと赴くことになった。メムが重要案件と言ったこともあるが、それ以上にレーヌが行った方が良いと後押しした為だ。
折角レーヌとの直接話せる時間なのに良いのかと問うも、彼女は大丈夫と笑顔で返してくれた。
『私も行くから!』
『あ、ならセレスちゃん誘いましょ。えーと……あ、まだ城内にいるわねー』
だが直後に言われた言葉と、それに乗っかる形でウルティナが付け加えた言葉であれよあれよという間にこうなってしまった。
現在この馬車の中には自分とレーヌ、レディーヤにセレス、そしてウルティナと錚々たるメンバーが揃っている。
なお突然の事にも関わらず護衛の王室騎士団の人達には頭が下がる思いだった。
……あんまり自分には良い顔されなかったけど。
「レディーヤさん。この子外に出しても良かったんですか?」
「そうですね……急な話でしたがこうして外出用の準備は整ってますので。それに目の届く範囲の方が安心できますから」
「私だってたまには外に出たいもん」
そう言いこちらの右腕に抱きつくレーヌとそれを信じられない様子で見るセレス。
何だろう、視線が痛い。別に冷ややかな感じではないけど……。
「あの、女王陛下とヤマルさんはどの様なご関係で……」
あー、そう言えばこの中でこの状態のレーヌを知らないのはセレスだけか。
どう言ったものかと悩んでいると、こちらより早く隣の本人が声高らかに口を開く。
「おにいちゃんです!」
「近所のって感じのだけどね」
「つまりロリコもがっ?!」
余計なことを言いかけたウルティナの口を左手で素早く塞ぐ。
我ながら最高の動きが出来たのではなかろうか。理由を考えると悲しくなってくるけど……。
「まぁ詳細は省くけど私的なときはこんな感じだよ」
「そうでしたか……。あの、やっぱりヤマルさんがサイファスさんに捕まったときにですか?」
「あれ、知ってたんだ? そうだよ、その時に偶然知り合ってね」
確か女王になる前にちょっと脱走したレーヌを巡っての逃走劇がそもそもの始まりだった。
しかしそっか、サイファス経由で捕まったのだからセレスがそれ知ってても不思議ではないか。もしかしたら他の救世主組の面々もその事は知ってるかもしれない。
「知り合う……ヤマルさんの知り合う人って特別な人多いですよね?」
「え、そんなこと……」
無いよ、と回答しかけるも、残念ながらそう言い切れない。
そもそも目の前にいる人らが女王、王室従者筆頭、伝説の魔女、聖女と言う面々。
では普段のメンバーと言えばこの国にいない獣人と亜人。それと戦狼と(元)災厄の魔王兼自称勇者。
出自で言えばドルンはドワーフ随一の鍛冶師の息子だし、エルフィリアはエルフのリーダーでもある村長の娘。
そう考えるとコロナが一番自分に近しいかもしれない。この国では珍しい獣人もあっちの国ではたくさんいる。
エリート集団である"トライデント"の元メンバーとは言え、あちらでは同じ立場の獣人がごろごろいるのだから。
(いやいやまてまて、もっといるだろ普通の面々! 『風の爪』の皆とか『フォーカラー』とか!)
あれ、もしかして自分もそろそろ普通じゃない組に足突っ込んでたりしないだろうか。
いや身体能力とか悪い意味で普通じゃないのは分かってるけど……。
「おにいちゃん、さっきから面白い顔してるね」
「脳内で色々と愉快な事考えてるんでしょうねー。そっとしときましょ」
何かとても失礼な事を言われた。
◇
「ようこそいらっしゃいました、女王陛下」
「いえ、こちらこそ突然の事ですみません。今日はよろしくお願いしますね」
(これがお仕事モードのレーヌかぁ)
前にも少しだけ見たことはあるけど、女王陛下スマイルで初老の人とあいさつを交わしている。
あの後馬車は何事もなく順調に進み神殿についた。元々連絡は行っていたのだろう、神殿の前では神官と思しき人たちが並びこちらを……正確には自分以外を出迎えたと思う。
正直馬車から降りた時に明らかに妙な視線を感じた。敵意の様なものでは無かったと思うけど、さりとて普通の視線でも無かったと思う。
(まぁいつもの事か)
その視線にあえて気付かないように振る舞っていると、初老の男性が自然な動作で皆を神殿へと招く。
「では皆さま、こちらへ」
彼を先頭にし後を付いていく様に全員で中へと入っていく。
王室騎士はどうやらここまでらしく、ここからは神殿騎士と交代だった。近づく神殿騎士の中に以前セレスの相談の際に出くわした女性の騎士もいた。
そしてさも自然な動作で自分とセレスの間に入ってくる。そこまで警戒しなくても良いだろうに……信用無いなぁ、俺。
(しっかし……流石女王&聖女パワーと言ったところだなぁ)
神殿の中では表で出迎えた神官たちとはまた別の神官が通路の左右に分かれ頭を下げている。中には彼女らに向けて祈りを捧げる者までいた。
そして突発的だったせいか、信者と思しき一般の人達も混じっている。流石に神殿騎士や神官がこちらに近づかないよう注意を払ってはいるものの、普段見ることがないであろうレーヌとセレスのツーショットが物珍しいのかその視線はずっとこちらに向けられ続けていた。
(でも良かったのかなぁ)
歩きながらふと考える。
本日は表向きの用事としてはレーヌの礼拝と言うことになっている。
一応神殿はギルドと同じ国の公的機関の為、こうして彼女が来ることはなんら問題無い。もちろん来なくても問題はない。
にもかかわらずこうして神殿側が出迎えるのは、ひとえに『女王陛下は神殿を蔑ろにしていない』とアピールするためだろう。
しかも神殿内でも影響力のあるセレスを伴っての礼拝だ。
(まぁ元々レーヌは信徒らしいけど)
エンドーブルに来る以前から、そしてそちらに行ってからも現地の神殿……と言うか教会には行っていたみたいだし、礼拝自体彼女にとっては普通の出来事なのだそうだ。
流石に女王として王都に来てからはその時間も無くなり神殿に足を運ぶのも今日が初めて。一応名目上は自分のための付き添いと言うことになっているけど、もしかしたら半分ぐらいはここに来る口実が欲しかったのかもしれない。
しかしこうして多数の人を巻き込んだ目的が『自分の神の山への通行許可』である。
レーヌとセレスの両面から口添えがあれば、門前払い待ったなしの自分でも可能性があるのではないかと言うアイデアだ。
思いっきり権力を使ってる気がするんだけど、と彼女に苦言を呈すも……
『おにいちゃん、権力はこういう時こそ使うんだよ!』
とてもいい笑顔でサムズアップする
レディーヤが何も言わないから多分国政部分でもそれほど影響はないのだろう。ただしこうして彼女の行動一つで巻き込まれた人はたくさんいるのだが……。
(……まぁいいか。深く考えてもどうにもできないし)
もはや賽は投げられた。
巻き込まれた面々も、護衛の仕事が出来た、お偉いさんを出迎えて箔が着いて皆ハッピーって思っておこう。そうじゃないと罪悪感で胃に穴が空きそうだ。
そんな事を考えていると、隣を歩いていたウルティナに肩を軽く突かれる。
「(どうしました?)」
「(いやー、なんかこう……厳かな空間って肩が凝らない? 大きな音出したくなると言うか)」
「(大人しくしててください。
「(ぶー……)」
魔術師ギルドで大歓迎を受けるウルティナもここではその威光は残念ながら無い。神殿での彼女の知名度はせいぜい模擬戦の時の解説お姉さんぐらいだろう。
もちろんこれはウルティナが伝説の魔女だと言うことが認識されていないだけであり、された場合は魔術師ギルドの時と同様の事が起こるのは想像に難くない。
ふくれっ面のウルティナを宥めつつ歩を進めしばらくすると礼拝堂と思しき広い部屋に到着した。
(あれがここの教義の神様とかかな)
部屋の奥、祭壇の上には石造りで出来た女神像と思しきものが来た者を出迎えるように鎮座していた。
その手前には礼拝台が設置されており、そして部屋の左右には長椅子がいくつも並べられていた。
知識面だけでしかないが、欧州の教会の中の写真がこの様な感じだった気がする。世界変われど同じ人と言う種であるなら似たような結果にたどり着くのかもしれない。
そんなことを考えていると先頭を歩く男性が振り向き彼が指定する椅子へと促された。
当たり前ではあるがまずはレーヌが右側の最前列の椅子へ座り、続いてセレスは神殿側の人間なのでそのまま礼拝台の隣へと歩いていく。
そしてレディーヤはレーヌの一つ後ろの椅子へと案内された。主従関係か、はたまた最上位者と同じ席は駄目と言うことかは不明なものの、特に何も言わず彼女はレーヌの真後ろへ。
続くウルティナはレディーヤの隣へ案内された。やはりこの場における上位者が前と言うことなのだろう。
それに倣い自分もウルティナの隣へ、と思っていたところで不意に呼び止められる。
(あー、もしかしてもうひとつ後ろかな……)
今までの経験からすると隅っこの方に追いやられるか……いや、いくら何でもそこまで露骨な事はしないか。
とりあえず彼の指示に従い椅子に座ると、隣には見慣れたレーヌの姿。
(………………?)
はて、何故自分がこの席に?
普通ならば同格の人物、もしくはレディーヤの様な付き人、ないしは神殿騎士みたいな護衛では?
プライベートであればレーヌの隣なのは分かるが、ここは神殿でありレーヌは女王として来ている。
それなのに自分が隣に座っても良いのだろうか。
もしかしてレーヌが何かしたか、と勘繰るも、彼女もきょとんとしており何もしていないことは明白であった。
そんなこちらの戸惑いをよそに、いきなり自分の両頬が左右に伸ばされる。
「(師匠より前なんて生意気ー)」
「(いひゃいいひゃい)」
後ろから延びてきたウルティナの手で頬をつねられるも大声を出すわけにもいかず、じっと我慢の子を貫く。
こっちだって良く分かってないんだから勘弁して欲しいのにと心の中で嘆いていると、案内してくれた男性とは別の人が姿を現した。
その人を一言で言えば『一目で分かる神殿のお偉いさん』だろう。素人目でも分かる豪奢……と言うよりは正装とおぼしき法衣に身を包んだ老人。
白基調の金縁に彩られた服に身を包み、白く長い顎髭が特徴の痩躯の男性だ。
彼が現れた為改めて姿勢を正す。なおウルティナはまるで出てくるタイミングが分かっていたかのように手を離していた。
「(あの方が大神官長様です)」
「(トップが出てきましたか……)」
そして入れ替わる様にレディーヤが後ろからそっと教えてくれた。
ここに来る前の馬車の中で神殿での階級については教えてもらっている。地球の各宗教では色々と役職があるが、この世界ではかなり簡易的になっており個人的にはありがたかった。
今前にいる『大神官長』が全ての神殿を総括するトップである。言うなればギルド長だ。
その下に主に各地の神殿をまとめる『大神官』、その下に『神官長』がおり、最後に一般職員に当たる『神官』がある。
一応これ以外にも『神官見習い』があり、別枠としてセレス専用の『聖女』、そして神殿専用の戦力である『神殿騎士』。
これらが神殿の全役職なのだそうだ。
「女王陛下、よくおいでくださいました。心より歓迎いたします」
「こちらこそ急なお話を引き受けてくれてありがとうございます」
にこやかな笑みを浮かべ大神官長とレーヌが挨拶を交わす。
社交辞令なんだろうけど、そう思わせないやり取りは子どもである彼女がするにはいささか不思議な光景に思えるが……それでもこの界隈ならこれが普通なのかもしれない。
そしてそれが出来るぐらい、彼女は女王として成長していると言うことなのだろう。
「それでは始めさせていただきます」
大神官長の言葉に背筋を伸ばす。
正直どの様にしていいか分からなかったので基本は大人しく静聴し、何かしら動作が必要な際はレーヌを横目で盗み見てやり過ごす。
別な意味で中々緊張はしたものの何とか無事に済ませることが出来た。
大神官長が聞かせてくれた話の内容としてはよくある『清く正しく生きましょう』をありがたみのある言葉に置き換えたようなものだ。
変な宗教で無かった事と何事もなく礼拝が無事終わったことにいつも以上に胸の中に安堵感が募っていく。
しかし……
「大神官長、少々お時間よろしいですか」
レーヌがそう声を掛けると大神官長は分かっているとばかりに頷きを返す。
「えぇ、もちろん。込み入ったお話の様ですし、私の執務室にて伺いましょう」
まるで前以てそうすることが決められているかのようにトントン拍子に話が進み、気付けば大神官長の執務室。
応接室と兼任のこの部屋は流石に王城のレーヌの部屋やボールド家の一室には劣るものの、少なくとも素人目には貴族を迎え入れる程度には豪奢であると思う。
そして再び促されるままに案内された席へと着席。流石にこの場ではレディーヤはレーヌの後ろに控えるように立つも、またしても自分は彼女の隣に案内される。
なお今回はウルティナもレーヌ同様に同じ卓へとついた。丁度二人に挟まれる形である。
少しして出されたお茶や菓子もレーヌと同等のものを用意した辺り、目の前に座っている大神官長はウルティナが誰なのか分かっているのかもしれない。
ちなみにセレスも同席してもらっている。彼女は大神官長の隣に座る形だが、あれは同等の地位と見做しているのか……いや、首は突っ込むまい。
「女王陛下。それで私にお話と言うのは如何なるものでしょうか」
そんなことを考えていた次の瞬間、大神官長のこの一言で場の空気が変わったのが鈍い自分でも感じ取れた。
ピリピリとした肌を刺すような独特のこの感じは貴族やそれに準ずる者たちが出す雰囲気そのものである。
そしてこの感覚が『今からが本当の開始』だと言うことを思い出させてくれる。
これからここは交渉の場。権謀術数が渦巻くこの場において、自分よりもずっと歳も経験も重ねた目の前の大神官長相手に勝利しなければならない。
すなわち、中央管理センターへの道の通行許可を手に入れること。
(しかしどうしたもんかなぁ……)
この場において自分に味方してくれる人は多い。レーヌは元よりウルティナだって中央管理センターの事を聞きたがっている以上こちらに付くだろう。
レディーヤはこの場においては口出しはしないだろうが基本はレーヌに従うし、セレスには一応口添えはお願いはしてる。
その口添えが大神官長にどこまで効くか分からないし神殿に属する彼女が無理のない範囲でどこまで協力してくれるかは不明だが、流石に聖女であるセレスが気にかけていると言う部分はそれなりに影響はあるはずだ。
しかしお偉い人間の圧力……もといお願いだけで何でも罷り通るものでもない。
それが許されるのならこの国は上に立つ人間が好き放題にやれてしまう某世紀末状態になってしまうし、そもそもレーヌが命令一つ出すだけで何でも片がついてしまう。
つまり最低でも向こうからの何かしらの要求があるはずだ。そもそも蹴られてもおかしくない要求らしいし、どれほどの無理難題が出されるか分かったものではない。
小さく息を飲むと同時に隣のレーヌが自分に代わってその願いを口に出す。
「はい。こちらのヤマルさんが神の山に行くことを望んでいます。つきましては神殿が管理している森の道の通行許可を彼に与えていただけませんか?」
レーヌの言葉に大神官長は口元を押さえ『ふむ……』と一言小さく漏らす。
すかさずレーヌがセレスにお願いするよう目配せをするが、その前に動いたのは大神官長だった。
彼の口がゆっくりと開き、そして……
「良いですよ」
何かあっさりと要望が通ってしまった。
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~おまけ・出立前レーヌの応接室にて~
ヤマル「でも良かったの? レーヌが一緒なのは心強いけど、折角今日は一緒にゆっくりできたのに」
レーヌ「うん。それにね、こうしておにいちゃんのお手伝いが出来てるって感じがして嬉しいよ」
ウルティナ「あらあら、いじらしいわねー。あたしの時はおっちゃんの王様だったから羨ましいわ」
レーヌ「私はウルティナ様とお話しできてとても光栄ですよ。おとぎ話の英雄の方と一緒なんて夢みたいですし……わぷ?!」
ウルティナ「ヤマル君、この子貰って帰りましょう!」
ヤマル「ダメに決まってるでしょ……。ほら、レーヌが窒息する前に離してあげてください」
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