第296話 女王の部屋の来客者


「えへへー」

「何かすごい上機嫌だね」

「うん! だっておにいちゃんとこうして普通に話せるのも久しぶりだもん」

「まぁ普段誰かしら周りにいるしね」


 苦笑を漏らしつつ目の前……もとい膝上にいる少女にそう返す。

 現在自分はこの少女……と言うかこの国で一番偉い人、つまり女王であるレーヌの部屋にやってきていた。それも応接用の部屋では無くその隣の私室の方だ。

 そして二人きりで(正確には忍者みたいな護衛がどこかから見てるらしいが)こうして取り留めのない話をしながらまったりと過ごしている。


 事の発端は午前の救世主組会議が終わり、そのまま皆と昼食をとって少ししてからの事だ。

 今日はこれで終わりと思っていたらウルティナに『次に行くわよー』と唐突に言われ、そのまま引きずられるように皆と別れた。そして連れて行かれた先が以前コロナと一緒に招かれたレーヌの部屋だった。

 中に入るとそこには予想通りレーヌと従者であるレディーヤの姿。自分が聞いてないだけで皆でお茶会かな、と思っていたらどうやらウルティナの行動はお膳立てだったらしい。

 普通であればレディーヤがお茶を淹れ他のメンバーで歓談をするところなのに、何故かレーヌに手を引かれあれよあれよと言う間に隣の私室に連れて行かれた。

 なお元々そう言う手はずだったのか、ウルティナとレディーヤの女性二人がとてもにこやかに『いってらっしゃーい』と手を振っていたのは見逃さなかった。


「おにいちゃん、どうしたの?」

「あ、ううん。何でもないよ」


 別にこうしてお膳立てしなくてもレーヌとであればコロナ同様普通に接して話が出来るのは知ってるだろうに。

 ちょっと違和感を感じたものの、ただのお節介かなと判断し一旦二人の事は横に置いておくことにした。


「しかし何か甘え癖ついてない? 会うたびに悪化してるような気がするんだけど……」

「だって今甘えれるのおにいちゃんしかいないもん。普段は立場あるし」

「レディーヤさんは? あの人ならいつも一緒だし公私分けれると思うけど」

「レディーヤは確かに良い人なんだけど、普段一緒にいすぎるせいかちょっと厳しくて……」


 あー……公私共にいつもいるせいか、公で影響出ないか危惧してるってとこか。


「ならラウザ様は? 一番甘やかしてくれそうじゃない?」

「お兄様ならそうしてくれるけど、次期領主であり貴族なのが……。特定の貴族と仲良くしすぎるのは女王として公平性疑われるかもなんだって」

(不憫な……)


 一番レーヌを溺愛してるであろう人物が、その立場上出来ないなんて……。

 頭の中で真っ白に燃え尽きたラウザの姿が容易に想像できた。今度会ってもこの話は黙っておいた方がよさそうだ。

 しかし話を統合すると、特定の貴族派閥に属さずに、レーヌとの友誼を結んでいて、尚且つ王都にいるのが自分しかいないと言うことになる。

 レーヌの婿の座を狙う貴族の人もいるだろうに、未だ自分がこうしているあたりそちらの方はあまり進んではいないようだ。


「中にはおにいちゃんに近づいちゃ駄目って言う人もいるけどね」

「まぁそりゃねぇ……。平民が女王であるレーヌと仲良くしてるのは貴族的には面白くないだろうし」


 脳裏に過るのは先日の模擬戦の時のこと。

 コロナが戦ってるときに自分は後からやってきたレーヌ達と一緒にいたが、近くにいた男性貴族の面々からは中々しんどい視線を向けられているのを覚えている。


「レーヌはその辺いいの?」

「もちろん! だっておにいちゃんは私の特別だもん」

「はは……ありがと」


 彼女からの純粋な好意に思わず頬が緩む。

 少し誤魔化すようにレーヌの頭を軽く撫でると、彼女は嬉しそうに足を小さく揺らす。


「ちなみにレーヌの特別じゃなかったら?」

「不敬罪になるんじゃないかな。レディーヤ達以外にはこの状態も見せられないよね」

「まぁ……そだね」


 一国の女王を膝の上に乗せて頭を撫でるとか首が飛んでもおかしくは無いだろう。もちろん物理的に。


「あ、そうだ。レディーヤから聞いたけど、おにいちゃんが私の為に凄いもの贈ってくれるんだって?」

「あー、伏せられてないのかな。クロムドーム家経由で行く手はずになってるよ」

「うん、その辺は聞いたよ。式典するぐらいの凄い物だから、今はお勉強中なの」


 どうやら降って湧いた式典の手順について急遽女王としてのやり方を学んでいるらしい。

 流石に物が物であり格式ある式典の為代役を立てるわけにもいかず、今はそちらに注力しているそうだ。


「竜の盾だっけ。実物は見てないけど、レディーヤが凄いって教えてくれたよ。あんなに興奮気味に話す姿は初めて見たかも」

「へぇ、あの人が……ちょっと見てみたかったかも」


 常に冷静沈着な大人の女性ってイメージがあるせいか、あまりその様子は想像できない。

 ただ彼女を以てしてもその様な状態になるぐらいのものを進呈したのだと言うのは間違いなさそうだ。


「でも……竜の盾って、おにいちゃんはドラゴンと戦ったの?」

「へ?」


 どことなく不安そうなお面持ちでレーヌがこちらを見上げてくる。


「戦いはしてないよ。と言うか戦ったら間違いなく無事じゃ済まないだろうし……」

「でも危なかったんじゃないの?」

「まぁ不安はあったけどね。ちょっと待ってね」


 そう言ってカバンからスマホを取り出しカメラアプリを起動させる。

 実はデータの中にカレドラと一緒に撮った集合写真がいくつかあったりする。大きすぎるカレドラの体を納めることは中々苦労したものの、最終的には彼に伏せてもらうことで何とか撮る事に成功したのだ。

 その中の一枚を画面に映し、手をレーヌの前に回しては彼女にそれを見せてみる。


「はい、ドラゴンに会った時に撮ったやつだよ。俺達が小さくなっちゃってるけど、この後ろに写ってるのがその時に会ったドラゴンだよ」

「うわぁ……私ドラゴン見たの初めて。凄く大きいね。それに強そう」

「間違いなく強いね。でもこのドラゴンは理知的だったよ。普通に会話も出来たし、こうして一緒に写真撮ってもらえるぐらい気さくな人(?)だったし」


 しかし改めて写真を見ると本当にすごい絵面だと思う。

 何せ人間が自分しかいない。

 日本に帰ってこの写真を知り合いに見せたところで、どこかのテーマパークとかに思われてしまいそうだ。


「後は……あー、そう言えばこのドラゴンの頭に乗って空飛んだよ」

「え、おにいちゃんってこのドラゴン手なずけたの?!」

「ううん、ちょっと成り行きと言うか無理矢理乗せられた感じかなぁ」


 あまり思い出したくない事ではあるが、稀有な体験と言うことで話題の一つとしては面白いかもしれない。

 そう思い話をしてみたのだが、どうやら殊の外興味を示せたようで彼女の目はものすごく輝きに満ちていた。


「いいなぁ。ドラゴンに乗れるのもだけど、私も空を飛んでみたいなぁ……」

「レーヌならマルティナさんあたりに頼めば担いでもらえるんじゃないかな。あの人魔法で空飛べるはずだし」

「コロナさんも飛べるよね」

「あれは飛ぶってよりか跳ぶだけどね。静止状態で浮けないし」


 《天駆》で縦横無尽に空を翔るコロナの姿はもはや王都では有名だ。でもあれは飛ぶでは無く発射に近いので、レーヌが望むような飛び方では無いと思う。


「でもおにいちゃんいいなぁ。私もドラゴンに乗って飛んでみたいなぁ」

「その時は全力で止めるね」

「え、何で?!」


 そりゃあんな恐怖体験をこの子に味わわせるわけにはいかない。

 しかしそんなことを知る由もないレーヌからすれば『ドラゴンに乗って空中遊覧』のイメージしかないようで、しきりに何で何でと詰め寄られてしまう。


 そんな彼女を何とか宥めつつカレドラとの思い出話に花を咲かせる。

 中々ゆっくりと時間を取れないレーヌではあったが、こうして忙しい中時間を割いてくれた。その事実は素直に嬉しいものであり、そんな彼女の為にも今日の残りの時間は全てあげることにした。



 ◇



「いやー、若いって良いわねー」

「ウルティナ様も十分すぎるぐらいお若いですよ。むしろ是非秘訣を教えていただきたく……」

「あっはっは、ありがとー。でも秘訣はあるけどちょっと無理かなー。あ、教えても実践できそうにないって意味だからね」


 野丸とレーヌが隣の部屋で楽しんでいる頃、応接室ではウルティナが出された紅茶とお菓子に舌鼓を打っていた。


「でも貴女が淹れたお茶は美味しいわね。さすが王室付き侍女ロイヤルメイド筆頭かしら」

「ウルティナ様にそう言っていただけるのは光栄ですね。家族にも自慢出来そうです」


 かの有名な伝説の魔女からお褒めの言葉を授かった。その事実は王国民であればそれだけで栄誉ある事である。

 レディーヤが嬉しそうにそう微笑むと、ウルティナも彼女にしては珍しく微笑みを返した。


 しかしそれも束の間のこと。

 すぐにいつも通りの凛然とした表情に戻ったレディーヤがまっすぐウルティナを見据え話を切り出す。


「それでウルティナ様がわざわざお出でになったのはどの様なご用件でしょうか?」

「んー、たまには弟子の労いと可愛い女王様への点数稼ぎに……ってのはついでね。本題はこれ」


 そう言うとどこからともなくウルティナがネックレスを二つほど取り出す。

 金縁に赤・青・緑の三色の小さな魔石が一つにくっついたような魔石がついたそれは一見すればただのアクセサリーにしか見えない代物だった。


「とりあえずこれを貴女とあの子に。肌身離さず、それこそ何時如何なる時も身につけておきなさい」

「これは……アミュレットでしょうか?」

「あら、慧眼ね。その通りよ。あたし手製の対物対魔対呪のやつだから、よっぽどのことが無い限り守ってくれるわ」


 もちろん回数制限はあるけどね、と付け加えた後、ウルティナは手を伸ばしお菓子を一つまみしてはそれを口へと放り込む。

 彼女としては現在レイスが狙いそうでかつ中に入られると色々と面倒そうな人物がこの二人だった。

 人王国のトップとそれを支える侍女長。どちらかがレイスの手にかかれば影響が大きいと判断したからだ。

 先日この二人に近しいメイドに取り付いてたのは対処したため、いわばこれは予防策も兼ねている。


「ありがとうございます。ウルティナ様の物であれば大変価値のある物でしょう。ですが私もレーヌ様もこれに見合う対価は現在持ち得ておりません」


 だがそれを知らないレディーヤからすれば、彼女からの品は国として何か協力してほしいとの要請ととれるものだった。

 一国のトップであるレーヌではあるが、現在のところ影響力は他の貴族の方がまだ強い。

 表立って反対する者はそういないものの、レーヌ自身まだまだ経験も権力も微々たるものなのだ。


「対価はいらないわよ。それはあげる。むしろそれを身につけることが対価かしらね」

「そうなのですか?」

「そうなのよ。ちょっと終わったって思ってた問題が浮上しちゃってねー」


 やれやれといった感じで紅茶を飲むウルティナの姿はとても面倒だと言わんばかりの様子。

 この人にこんな感じにさせる問題とは一体何だろうとレディーヤは考えるも、目の前の天才がそう思う程の事など理解できないと判断する。


「ほら、前にヤマル君が変な魔物と遭遇した件があったでしょ? アレ絡みなのよねー」

「えぇ、存じています。未だ謎が多いお話ですよね。国としてはギルドに情報は開示していますが、その後の目撃情報は無いと聞いています。……まさか犯人について何かご存じなのでしょうか?」

「そ。と言っても多分あたし以外じゃ対処出来ないし……まぁこれについてはこっちの落ち度でもあるのよね。だからあたし達の方で解決しておくつもりよ」


 ウルティナとしても負の遺産をこの時代に持ち込んだことには責任を感じている。むしろ片づけたはずの問題が未だに残っていた事実は、彼女を動かすには十分な理由であった。


「……国として何か出来る事はないのでしょうか」

「無いわね。むしろ何かするより何もしない……と言うか何も起きないのが一番大事よ。その為のアミュレットだし。でも、そうね……」


 少し考える素振りを見せたウルティナはゆっくりとカップをソーサーに戻す。


「気を付けるべき人物ならいるかも。特定の人物って意味じゃなくって、こういう人がいたらって程度だけどねー」

「具体的には?」

「ある時を境に性格が急変したり過激になった。理知的に物事を進めるのに、目標が達成したら急におざなりになったとかかしら」

「……それではまるで」


 そこでレディーヤは言葉を飲み込む。

 彼女の頭の中にはとある人物の姿が思い描かれていた。直接的な関係こそなかったものの、同僚や部下から似たような話を聞いていた。

 前国王の第一王妃。野丸達が呼ばれるようになった直接的な原因を引き起こした人物。

 彼女の起こした惨事は今もなお傷跡として残りこの国を蝕んでいる。


「もちろん人の性格なんて判別し辛いのもあるから無理ない程度でいいわよ。単に機嫌が悪いってこともありえるし」

「しかしそれが長く続くと、ですか」

「目安程度だけどね。例えばだけど貴族社会なんて面倒の塊だし、その辺で心変わりなんて普通にあるでしょうしねー」

「それは……」


 その様な事は無い、なんて言えるほど貴族社会は清廉潔白な人物が殆どいないのをレディーヤは知っている。

 権力闘争や様々なしがらみから考え方や性格が曲がってしまうのは残念ながらままあることなのだ。

 実際レディーヤ本人も貴族社会の中で揉まれた人間。曲がりこそしなかったものの、そういった側面を持つ場面に遭遇したことは一度や二度ではない。


「まぁそこまで深く考えなくても……あら?」

「ウルティナ様、どうかなさい――」


 不意に何かに気付くウルティナと、その様子に気付くレディーヤ。

 しかしレディーヤが言葉を最後まで言い終える前に部屋の扉が三度ノックされる。


「どちら様ですか?」


 この部屋へ来れる人物はそう多くはない。そもそもこの場所に立ち入る事が出来る人はレディーヤの様な王室付き侍女、もしくは王室騎士ロイヤルナイト等に限られる。

 その上、今日の午後はレディーヤによって急用でもない限りは訪ねないようにと手を回していた。

 それにも関わらず一体誰がやってきたと言うのだろうか。


 レディーヤが訝しんでいると、声を掛けられた扉の向こうからその名が告げられる。

 それは彼女からすれば意外な来客であった。



 ◇



『レーヌ様、ヤマル様。よろしいでしょうか』

「レディーヤ? いいですよ」


 レーヌとスマホを見ながら話していると、扉の向こうからレディーヤに声を掛けられた。

 二人して顔を見合わせると、レーヌが入室の許可を出す。


「失礼します。ヤマル様、お話したいと言う方がいらっしゃっていますが……」

「え、俺に?」


 一体誰だろう。今日ここに自分がいることを知ってる人はそう多くない。

 何せ自身ですら来る予定が無かったのだ。精々知っているのはウルティナとレーヌ、レディーヤに他のメイドぐらいだろう。


(自分と会うだけであればこんなところまで来る必要性はないよなぁ。街中で適当に声を掛ければ済むはずだし)


 そもそも女王であるレーヌの部屋までやってきてわざわざ自分を呼ぶ意味が分からない。

 しかしレディーヤがこちらに伺い立てる態度を取っていると言うことは、勝手に追い返すような人では無いと言うことなのだろう。

 ……本当に誰だろう。


「えーと、レーヌが良ければ俺も構わないけど……」

「私も良いですよ」


 ある程度一緒にいたことで満足したのか、レーヌが問題無いと許可を出す。

 そしてレディーヤに案内される形でその人物?が姿を現した。


「あれ、メム?」

「マスター、お邪魔シマス」


 現れたのは医療ロボットのメム。チカクノ遺跡で発見し、その後色々あったものの現在は考古学研究班と医療班への協力を行っている。

 ほぼ毎夜スマホ越しにレーヌと話せているのも、メムとの通信機能を使ってのこと。

 なのでこの場に来れるし居ること自体は不思議ではないが……。


「どうしたの、急用?」

「ハイ、最重要案件により通話ではなく直接お伝えシマス。マザーよりマスターに召集がかかりマシタ。中央管理センターまでお越しくだサイ」

「…………え?」



------------------------------------------------------------------------------------------------


~おまけ~


(カレドラとの集合写真を見てて)

レーヌ「あ、この人前にもいたよね」

ヤマル「ん? あー、ミーシャさんか」

レーヌ「綺麗な人だよね。前に少しだけ話したけど、ミーシャさんって言うんだね」

ヤマル「レーヌもその内会うことになるんじゃないかな」

レーヌ「そうなの?」

ヤマル「多分ね。今すぐとかじゃないと思うけど、将来的に何回かは会うと思うよ」

レーヌ「ミーシャさんかぁ……魔国の人で私と会うとなると使節の人や外交官だったりするのかな?」

ヤマル「そこは会ってからのお楽しみってことで」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る