第293話 講習・魔術師ギルドにて(午前の部)


「マスター! あれやっぱズルくないですかーー!?」

「くっ、【我が名に従いうわっ?!」


 室内に響き渡る怒号と悲鳴。

 所狭しと動きながらもなんとか魔法を展開しようとしているのは王都魔術師ギルドのメンバー達。


 そんな彼らを隅の方で観察している二つの影があった。


「何と言いますか……エグいですね」

「まぁねー。腐ってもあたしの弟子だしね」


 やや呆れ顔で目の前の惨状を見ているのはギルドマスターであるマルティナ。

 そしてその隣ではウルティナが得意気な顔で弟子の活躍に胸を張りドヤ顔をかましていた。


「気づいていると思うけど相性が最悪に近いからねー。皆それは理解してると思うけど、後でちゃんとその辺をマルちゃんからも言ってあげてね」


 現在二人がいるのは王都魔術師ギルド内の魔法訓練場。その中で一番広いスペースを持つ一室にいた。

 この場にいるのは彼女たちだけではない。

 周囲には実技に参加していない他のギルド員が詰めかけており、その視線の先で繰り広げられている模擬戦を注視していた。

 だが彼らはまるで信じられないようなものを見ているかのような表情をしている。


 その模擬戦には魔術師ギルドから複数名の魔術師が立候補していた。

 本日ウルティナが魔術師ギルドに来ることは伝わっていたため、彼女の心象に残ろうとした者、家の推挙があった者等、様々な思惑の下集まったいわゆる魔術師としての精鋭だ。

 そんな彼らがたった一人……戦狼を駆り光の武具を展開して戦う野丸に成すすべなく翻弄されている。


「以前の模擬戦の時にも思ったんですが、ヤマル君本当に強くなったんですね。ウルティナ様のお陰なんでしょうね」

「あたしのお陰もあるけど、色々よ。武器しかりポチちゃんしかりね」


 多対一戦闘にも関わらず所狭しとポチが駆け、縦横無尽に光の剣が飛び、死角からの攻撃を宙を浮く盾が防ぐ。

 何も知らない人が見ればなんだこれと言いそうな光景ではあるものの、ウルティナは元よりマルティナや何人かのギルド員達はこの光景が当然の帰結であると理解はしていた。

 ただし頭で理解していることと実際にやられ目の前で実演されることの差はかなりのものである。


「まぁこれで多少は頭の固い子達も柔らかくなるんじゃないかしらねー。研究は大事だけど魔法は実際に使ってこそだからね。フィールドワークも大事なのよ」

「そうですね。実際殆どの魔法が使用できていませんし……でも本当に相性の悪さがここまで響くものなのですね……」


 しみじみと二人が目の前の光景に対し色々と意見を述べ感想を語る。


 そもそも今回の模擬戦は双方『魔術師として戦う事』と銘打ってある。その為野丸は"転世界銃テンセイカイガン"を手に持ってはいるが、それを振るうことや砲身から鉄の矢やUAアンブレラアローを撃つ等、物的攻撃に対し制限が掛かっていた。

 そもそも普通であればいくらポチがいるとは言え野丸がここまで戦えるはずがない。魔術師にとって魔力と魔法はそのまま強さへと繋がるからだ。

 それをひっくり返しているのが先ほどから二人が述べている相性差である。


 魔術師にとって有視界内にいる近接系は相性が悪いのは有名な話だ。『風の軌跡』で言えばコロナと相対した魔術師は漏れなく両断されてしまうだろう。

 今回もある程度広さがあるとは言え、室内と言う制限が掛かっているのは魔術師にとって好条件とは言い難いものであった。

 実際ポチを駆る野丸の動きを相対している魔術師達は捉えることが出来ていない。


 そんな動きが素早い敵に対し魔術師が打つ手がないかと言われたらそういうわけでもない。範囲魔法を使えばいくら速かろうとも有効打は確実に当たる。

 力技なのは否めないが、この手法は古来より確立された立派な戦術の一つである。

 しかし野丸と戦っているギルド員達はその戦術が使えなかった。正確には野丸の手によって封殺されていた。

 それも二通りの手段によってだ。


 一つは野丸がポチを使い常時近接戦を仕掛けていることだ。

 魔術師に対し近接戦を仕掛けることは常套手段セオリーだが、現在野丸はポチを使った攻撃も封じられている為(戦狼の攻撃は危険と判断された)、近づくだけでは決定打に欠けている。

 "転世界銃"を振るうことは禁止されているが、魔法である《軽光剣ディライトソード》などでの攻撃自体は可能な野丸。だがいかんせん彼の近接能力はお世辞にも良いとは言えないレベルだ。

 しかしそれでも近づくことでその範囲魔法を封じることが出来ると野丸は気づいていた。すぐそばに味方がいれば攻撃を躊躇うと踏んでの事だった。

 また野丸はポチの速力と多対一の特性、すなわち近くに別の敵がいると言う事実を利用し、飛島に移るかの如く別の相手に接近戦を仕掛けてはまた別の相手へと移るという手段をとっている。

 魔術師達からすれば常に狙われる危険性がある上に有効な手法を使えないと言うジレンマを抱える状態になっていた。


 そしてもう一つの手段が飛び交う《軽光》魔法である。

 現状野丸は"転世界銃"の能力と《軽光》魔法の特性によりよほど無理をしない限りはほぼ無尽蔵で飛ばすことが出来る。

 先の模擬戦のような大型の魔物には決定打にはならなくとも、対人においてこの魔法はその真価を発揮していた。

 野丸と相対しているギルド員からすれば複数の空飛ぶ剣が追尾状態で迫ってくるのだ。対魔法防御用魔法である《魔法の衣マジックヴェール》を貫通するものではないものの、一撃ごとに魔法の耐久値は削れ、更に《軽光剣》は砕けるまでは何度でも襲ってくる継続性がある。

 そもそも通常の魔法は魔術構文の特性上、効果を発揮し終えた後は消えて無くなる。その為攻撃をし終えた後もまだ続くと言うのは多数のギルド員にとって未知の経験だ。

 《軽光剣》自体は下級魔術で撃ち落とせる程の耐久しかないものの、砕いたところで新しく追加された《軽光剣》が襲い掛かる。

 この常時飛び交う野丸の魔法の対処にリソースを割かれた結果、長文詠唱を必要とする強力な魔法や範囲魔法を構築できないでいた。

 事実、半数以上のギルド員は《軽光剣》を避けたり撃ち落とすことに必死である。


 結果、魔術師としての適性が一番無い人間にいいようにやられると言う地獄絵図が展開されていた。

 実際のところは野丸も無詠唱で放たれる魔法を撃ち落としたり防いだりと必死ではあるのだが、それに気づいている人間はあまりいなかった。


「実戦してないメンバーも多そうね。戦場じゃまともに魔法を使えない事なんてザラなんだから、臨機応変に動かないと良い的よー」

「その点については面目次第もありません……」


 そして最後に決定的だったのが実戦経験の少なさだ。

 魔術師ギルドは役割が細分化されており、強力な魔法を扱える魔術師は研究班に所属していることが多い。

 その為魔法を出せば強いが出すまでに対処されてしまうとその強みが活かし切れないのだ。

 この辺が逆に強いのが傭兵ギルドや冒険者ギルドに所属している魔術師達だろう。魔術師としての適性は彼らより劣るかもしれないが、実戦経験からくる対応力や柔軟性、魔法の取捨選択などは特に秀でている。

 事実、野丸自身もウルティナの師事もあり基本相手に攻撃させないように心掛けた戦いをしている。

 見れば舞う《軽光剣》の動きも術者に危害を加えるよりは詠唱を阻害する動きではあるし、完成された魔法も放たれる前に誘爆させたりとあの手この手で妨害をしていた。それは自身への弱点が明確に分かっているからこその行動だった。


「魔術師キラーと言えばコロナちゃんみたいな子の代名詞だったけど、条件付きでならヤマル君も立派に魔術師キラーよねー。魔法が途切れることなく飛んでくるとか笑うしかないわよね」


 あっはっは、とかなり他人事の様に笑うウルティナだが、マルティナからすれば頭の痛い話であった。

 現状王都のギルドを預かる者として、そのギルドの悪いところを指摘されている様でいたたまれない。


「とはいえそろそろ潮時かしらねー」


 何かに気付いたのかウルティナがそう呟く。

 そして彼女がマルティナに目配せをし、それに頷きを以て返したマルティナが審判に模擬戦中止の合図を送るのだった。



 ◇



「は~……面目ないです」


 模擬戦が終了しポチから降り、ウルティナたちの下に戻っての第一声。

 自分でも分かる。アレは駄目だと。

 肩を落としどうしたもんかなぁと思っていると、こちらに集まってきた魔術師ギルドの面々から何故か妙な目で見られた。


「…………?」

「いや、『?』じゃなくてね。ヤマル君凄かったじゃない。魔術師ギルドうちのメンバー複数相手で大立ち回りしてたし」

「あ~……傍目からはそう見えてましたか」


 マルティナの言葉を聞き皆の態度に合点がいく。

 確かに今思えば魔力の低い自分が複数のちゃんとした魔術師を相手取り戦ってるように見えたかもしれない。

 しかしそれは違うと自信をもって断言できる。


「正直防戦一方ですよ。と言うかむしろこれだけ好条件貰ってて一人も倒せてないんじゃ負けですって。実際もう数分すれば多分負けてたでしょうし」


 ですよね、とウルティナに問いかけると、彼女もこちらの言葉を肯定し小さく頷く。

 あのまま戦ってたら十中八九負けていたのは自分でも分かっている。その兆候は自分でも見てとれていたし、それを分かっていたからこそウルティナもあのタイミングでストップを掛けたのだろう。


「実際気付いてる人もいるかと。例えば……そちらの方とか」


 そう言い視線を向けた先にはつい数分前まで戦ってた魔術師ギルド員の一人。

 接点がないため名前は知らないが四十程の男性だ。そしておそらくは彼によって先の模擬戦は止められたのだと思う。


「そうなの?」

「はい。確かに彼の特異な魔法や戦術に最初は翻弄されました。しかし彼の魔法は一度たりとも《魔法の衣マジックヴェール》を突破することはありませんでした」


 そう、これが一番の問題点。

 相手の防御を突破できない攻撃力。自己の持つ魔法の汎用性の高さは自覚しているが、魔力の無さからくる明確な弱点。

 それを補うための"転世界銃"を始めとした付随品なのだが、今日はそれを封じられている。

 ポチの《魔法増幅ブーステッドマジック》や自分の《中央焦点撃セントラルストライク》はあるものの、前者は相手の数が多くポチも動きっぱなしな上に自分が他で手一杯だったため使用が出来ず、後者に至ってはそもそも今回の戦いにおいて魔法の特性が合っていなかった。


 結果、《軽光剣》をメインに据え、数で押していたわけなのだが……。


「《魔法の衣》であの魔法の剣が防げるのであればその間に詠唱が出来ると判断しました。その為範囲魔法やより強力な魔法を行使しようとしたのですが……」


 それに気づき止めに入ったのがウルティナと言う訳だ。

 仮にその魔法でこちらを仕留めることは無くても、その一撃で自分の攻略法は全員に露見し後は詰められるだけだっただろう。

 それに範囲魔法は封じたと思っていたが、どちらかと言えば詠唱の都合で使えなくしていたのが正しかった事が今分かった。

 彼の言い方から察するに範囲魔法の行使も視野に入れていたのだろう。味方が対象内に入ってても撃とうとしていると言うことは、それを防ぐ術があると言うことだ。

 おそらく《魔法の衣》で耐えれるぐらいの魔法を選択するつもりだったのかもしれない。多少火力が落ちても防ぐ手段があまりないこちらにとってはそれだけで痛手だ。


(やっぱ熟達の魔術師は羨ましいよなぁ……)


 多種の魔法による選択肢の多さ。しかし決め手はやはり開始早々のやり取りだろう。

 お互いに魔法しか使えないと言う制約上、開始した直後に彼らは無詠唱で《魔法の衣》を使用したのだ。

 魔法しか使わない模擬戦なので誰だってそうするのは分かる。即応重視で無詠唱なのも、それが出来る技量の面々であることも理解している。

 ただ分かってはいてもその時点でこちらの有効打がほぼ消えたのが痛かった。


「自分にもっと火力あれば《魔法の衣》を抜ける手段があったかもしれませんが、無い以上はもはやじり貧でした。何とか削って通すぐらいだったでしょうし」


 《中央焦点撃》なら《軽光剣》でも突破出来たかもしれないけど、その為に一人に対し数本を差し向けなければならなくなる。

 魔法のほとんどを阻害と防護に回していた以上現実的では無かった。


 そして彼と自分の説明を聞き、周囲のギルド員の数名がうんうんと頷いているのが見える。

 彼らは先の戦いでそれに気づいていた人達だろう。もしメンバー全員が彼らだったら拮抗すること無く負けていたかもしれない。


「なるほどね。デスクワークが長かったせいか、私も耄碌したかしらね……」

「マルティナさんは耄碌するって歳でもないですよね?」

「それでも最近はハンコを武器に書類と格闘してたからね。たまにはフィールドワークも出ないとダメね」


 苦笑しつつそう言うマルティナにどう声を掛けたものかと悩んでいると、不意にこちらの肩に誰かの手が後ろから添えられる。

 訝しげに見るとそこには見知らぬ……いや、自分が知らないだけで魔術師ギルドの面々が集っていた。まるで自分を逃がさないとばかりに半円状に取り囲んで……。


「まぁそれはそれとして、ヤマル君はこれからちょっと彼らに付き合って頂戴ね」

「……あの、皆さんはどういう……?」

「魔法の研究部門と魔道具の開発部門のメンバーよ。ヤマル君は今まで接点無かったら知らないのも無理ないけど、皆君の魔法や武器に興味があるんですって」

「それなら師匠の方が……」

「ウルティナ様にはウルティナ様ですでに頼んであるからね。それに……」

「ヤマル君。ごめーんね☆」


 てへぺろ、と可愛らしく舌を小さく出すウルティナのその右手には一枚の紙。

 それに目を凝らすとまず最初に『弟子貸出契約書』と言う文字が目に入ってきた。

 下には細々とした記述があるが、時間単位おいくらみたいなのが書かれているのはとりあえず理解できる。


「ほら、旅費はやっぱり必要って思わない?」

「弟子売り払わなくてもいいでしょうが……」

「あたしがこれやんなかったらきっとタダ働きになってたわよー。それにストッパーは一応つけておいたし」

「どっちにしろ自分はタダ働き確定なんですが……」

「まぁ武器連結費用と思ってあたしの為に頑張ってきなさいな。概算出すとすごいことになるわよ~」

「うぐ……」


 確かに性格はさておき魔術の祖としての腕前はこれ以上の人はいない。

 そんなウルティナが手掛けた魔道装具でもある"転世界銃"の価値は純粋な性能に加えプレミアがついてもおかしくはないレベルまで昇華されているかもしれない。


「じゃ、いってらっしゃーい」


 こちらが諦めるのを待ち構えていたかのようにガッシリと両脇をギルド員に掴まれる。

 まるで某国のSPに抱えられた宇宙人の様な体勢でそのままズルズルと引きずられていくのだった。






~おまけ~


エルフィリア「ヤマルさん、大丈夫でした……?」

ヤマル「あ、うん。大丈夫だったよ」

コロナ「あれ、なんか思ったよりケロっとしてるね。もっと大変な目にあったとばかり……」

ヤマル「まぁ師匠に比べたら、ってのもあるんだけど、あっちが師匠と交わした契約内容的にまだ楽出来たと言うか……」

ドルン「そこは俺の方からも頼んだ。"転世界銃"は色々と盛り込んであるからな」

ヤマル「まぁそんな感じで向こうも無茶はしなかったんだよ」

エルフィリア「えっと、それなら良かったですね……なのでしょうか?」

ヤマル「まぁ売られたことに変わりないけどね……」

コロナ「ちなみにどんな感じだったの?」

ヤマル「基本は魔法実演したり"転世界銃"使ったりかな」

エルフィリア「使っただけ……?」

ヤマル「何か交わされた契約を要約すると、『実演はする。実物も見せる。調べるのも構わない。だけど質問は認めない。自力で辿り着け』だったみたい」

ドルン「まぁお前の魔法も武器も向こうからしたら未知に見えたんだろう。前の模擬戦で散々見せたから調査対象になってもおかしくは無かっただろうしな」

ヤマル「お陰で出された指示に対してやるぐらいだったからね。まぁあれこれ考えたり喋ったりしなかっただけまだ楽だったってことね」

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