第294話 講習・魔術師ギルドにて(午後の部)
室内は異様な熱気に包まれていた。
それもそうだろう。これだけ多くの人がすし詰め一歩手前ぐらいに密集しているのだから。
(ギルドの人ってこんなにもいたのか……)
部屋の隅っこから人の多さに驚き、そしてウルティナのネームバリューを改めて実感する。
午前中は模擬戦とその後の自身の貸し出しであっという間に過ぎ去っていった。
そしてお昼を挟み、マルティナに案内された場所は魔道具開発部の研究室だ。
この場所は魔術師ギルドの魔道具部門の研究開発がされる場所であり、試作品を作る機具も一式揃っている場所である。
そんな普段なら研究に没頭してる人がいるはずの場所がまるで満員の通勤電車の様相を呈しているのは、本日この場でウルティナが魔道具を作成し、その風景を公開することになっているからだ。
そしてそれが決定した後の魔術師ギルドはマルティナ曰く『物凄かった』らしい。
見学者を決めるための選考会にはじまり見学個所の抽選は死力を尽くすに相応しい様相だったそうだ。権力・実力・財力・運などあらゆる伝手を駆使し、仮に見学者になれたとしても今度は場所決めで混沌と化す。
今自分たちがいる隅っこの場所など普通ならどう足掻いたところで作業風景は見えない。だが部屋の外周部に当てられた人達の努力により段差が設けられていた。
そのため現在この部屋は中心部に魔道具の作業台や機具が一つだけあり、それを囲むように階段状の席が設けられた形になっている。
いや、席と言うより場所と言った方が近いかもしれない。人数を限界付近まで増やした結果、椅子を配置する余裕すらなかったらしい。その為全席立見席状態となっている。
ともあれギルド員の涙ぐましい努力の結晶がこの人数と部屋の改装なのだろう。
余裕をもったスペースが確保されているのは部屋の中心にいるウルティナ達のところだけだ。
「ヤマル、見えない……」
「あー。でもこの場所からじゃ視線確保できても手元までは見えないよ」
左隣にいるコロナから不満の声があがる。
どうやら小柄なコロナでは段差の高さを差し引いても前の人が邪魔で視線が確保できなかったようだ。
ちなみに右隣のエルフィリアはギリギリ見えてるらしい。視線のラインが確保できればエルフの目なら朝飯前なのだろう。
どちらにしろ彼女は"
「……ここはヤマルに抱っこかおんぶか肩車をしてもらうしかないよね!」
「はい、台用意したよ」
何か言ってた気がするけど聞かなかったふりをし、《軽光》魔法で作成した台をコロナへと渡す。
彼女からものすごく恨めしそうな顔をされてしまったけど、そんなベタベタ引っ付くわけにはいかないのだからここは心を鬼に……おに……
「……あの、エルフィ。何か近くない?」
左でコロナが渋々と言った様子で床に台を置いている間に、エルフィリアが何故か密着してきた。
あの、貴女の体つきで密着されるのは精神衛生上あまりよくないんですが。何か柔らかいものが腕に当ってるし……。
「……その、ちょっと近くて」
「うん近いね。だから離れようね」
「む、無理ですよぅ……」
何が、と思うも次の瞬間には理解する。
彼女を挟んだ反対側には男性のギルド員がおり、こちらを気にすることなく食い入るように中央を見据えている。
しかし現在の状態では彼とエルフィリアはかなり至近距離にいた。普通に立てば肩が触れあう位の距離。
現在の室内環境からすれば向こうが寄ってきているわけではなく当然の位置なのだが、彼女からすれば赤の他人にここまで接近されることは苦手なのだろう。
初めて会った時に比べれば幾分かマシになってるとは言え、やはり根本的な部分が解決するにはまだ時間がかかりそうだ。
「なら俺と場所代わろっか。コロと俺が両隣なら大丈夫でしょ?」
「あ、そ、そうですね。それでしたら……ひぅっ?!」
急にビクリと体を強張らせるエルフィリアに釣られてこちらも驚いてしまう。
何事かと思うより早く、反対の左腕に腕が回されているのが分かった。
恐る恐るといった感じでコロナの方を見ると、彼女はとても清々しい程の笑みを浮かべていた。ただしその表情とは裏腹に何とも言えない圧力を感じる。
「……あの、エルフィと場所を……」
「…………」
「……何でもないです」
力強いコロナの笑顔の圧に負けた。
これもデートを延期された抑圧かと考えそのままにしておくことにする。しかし……
「何かコロと同じ目線なのは新鮮だね」
渡した台に乗ったことにより身長差がほぼ消えたコロナ。
本来であれば彼女が腕を回したところで精々肘程度ぐらいまでくれば良さそうなのだが、今はがっちりと二の腕に手を回している。
なお右腕の感触との差は……いや、これ以上は何も言うまい。
「そうだね。ヤマルと同じ目線なのは新鮮かも。ポチちゃんとも近いし」
「わふ」
言うまでも無いことだが今日も今日とてこの場所こそ我が居場所と言わんばかりにポチが頭の上に乗っている。
そしてコロナの言葉に同意するかのように、ポチも小さく首を縦に振り同意を示していた。
「そう言えばウルティナさんは何をするの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「私も詳しくは……」
そうか、ゴタゴタしてたせいか伝え忘れてたかもしれない。
二人に部屋の中心を見るように促し、今から何をするかを順を追って説明していく。
「んー、どっから話そうかな。切っ掛けは俺がコロに模擬戦で負けたことなんだけどね」
先日の自分とコロナの模擬戦は元々はウルティナとブレイヴの代理戦みたいなものだ。
結果自分の負けはウルティナの負けに繋がり、ブレイヴが勝ったということになったのだが……。
「まぁよっぽど師匠に勝ったのが嬉しかったのか、ブレイヴさんめっちゃ煽ってね」
「「あー……」」
何となくそのシーンが頭の中に浮かんだのか、二人が何とも言えない表情になった。
「一触即発とまでは言わないけど、何かしらやらかしそうな雰囲気してたから止めたんだよ。それでその時に出したアイデアがアレってわけ」
アレと視線の先にはウルティナとブレイヴとドルンの姿。
ブレイヴは傍らで腕を組んでいるだけだが、ウルティナとドルンは作業台の前で何やら準備をしている。
「魔道具……いえ、魔道装具ですか?」
「うん。ほら、ブレイヴさんて俺の《軽光剣》をすごく羨ましがってたじゃん。ドルンに作れないか聞いてたぐらいだし」
「そう言えばそうだったね。でも鍛冶の領分じゃないって断られたんだっけ」
「あの時はまだ師匠いなかったからね。まぁそれでブレイヴさんに光の剣作ってあげたらどうかって提案したのよ」
普通それだけでは勝者特権とか振りかざしそうではあったが、それより早くブレイヴにはこう伝えた。
現状世界最高峰の魔道装具を作れるのはウルティナだろうと。そしてブレイヴが望むであろう武器を作成できるのは他ならぬ彼女しかいないと。
普通であればブレイヴの言うことをウルティナが聞くなんて絶対に無いが、現状勝者の権利と言えば作ってくれるのではないか、と。
だが逆に言えば作れる可能性があるのがウルティナしかいないわけで、下手に彼女の機嫌を損ねたら変なものになるか、最悪作ってくれなくなるかもしれない。
そうブレイヴに言うと彼は物凄く悩み、結果物欲が勝ったためその矛を下ろした。
「まぁそれをお願いする際に今度は逆に師匠がマウント取りそうになったからまた大変だったんだけど……。ともあれ約束自体はその時に取り付けたんだよね。いつ作るかとかは聞いてなかったけど、今日丁度良いからってことでこの場で実演作成することになったみたい」
そしてその結果がこの部屋の惨状である。
作成するウルティナと何かしら手伝ったドルン、そしてブレイヴが中央に立ち、マルティナもギルド長特権かすぐそばで準備する様子を見ている。
他のメンバーは一律で周囲を囲むようにひしめき合う形だ。
ただ最前列にはいかにもギルド内のトップクラス勢っぽい人が陣取っているあたり、やはり権力的なものはこのギルドでもありそうだった。
「ヤマルはあそこ行かなくても良かったの? 弟子ってことで行けたと思うけど」
「うーん……やれなくはないけど近くで見ても俺じゃさっぱりだからね。それなら近くの場所は皆に譲った方が良いよ。俺は端っこで十分だし」
一応部屋に入らないって選択肢もあったけど、知らないところで話が進められるのが怖くて参加だけはすることにしたのだ。
「後は流れとしては午前中の俺みたいな感じになるみたい。実演するけど解説はしないんだって。だから皆まだ始まってないけど穴のあくほど見てるでしょ」
「つまり準備段階から見逃さずに……でしょうか」
「後は材料とか工具とかその辺の把握かもね」
しかし彼らが集めた情報はきっと虫食いの様な穴だらけになるだろう。残念だが素人目で見ても今の魔術師ギルドの魔道具とウルティナが手掛ける魔道具の間には埋めようがない差があるのは分かる。
そしてそんなことは俺以上に本職である彼らの方が理解しているはずだ。
それでも高みの一端を垣間見ることが出来れば指針にはなる。穴空き箇所も今は無理でも将来は出来るようになるかもしれない。
「光の剣の魔道具かぁ……どんなのになるんだろうね」
「使い手がブレイヴさんだからなぁ。素材からよっぽどのものじゃないと難しいかもしれないね」
剣である以上振り回すわけだが、ブレイヴが握るとなれば生半可な耐久性能では道具そのものを壊しかねない。
なので恐らく出すとすれば竜素材か竜合金だろう。ドルンが部屋の中央にいるのがある意味その証拠だ。
「っと、始まるみたい。静かにしておこう」
気軽に話せる自分らと違い接点が中々無い周囲の面々からすれば文字通り一字一句聞き漏らさないようにしているだろう。
集中力もさることながら中には鬼気迫る雰囲気を出している人もいる。
往々にしてその様な人らの邪魔になると碌なことにならないため、終わるまでは大人しくしておくことにする。
そして準備が整ったのか、ウルティナがぐるりと周囲を見渡しその口をゆっくりと開いた。
「……あたしが始めた頃にはこんなに数が増えるとは思ってなかったけど、中々感慨深いものがあるわねー。さて、あたしがウルティナ=ラーヴァテインよ。この場に居るのであれば知らない人はいないでしょうけどね」
若干の茶目っ気と共にウインクをするウルティナはいつも通りといった様子。
ただその声を聞いただけで感激し、中には涙を流す者さえいた。まるで神様が降臨した宗教団体の構図のようだ。
「今日は知らせた通り魔道具の作成の実演をするわね。何を作り、どの様な効果を発揮するかは教えるけど、そこに至る道はあなた達で辿り着きなさい」
そう告げるとまず彼女は本日何を作るかを説明し始める。
予想通り今回作るのはブレイヴ用の魔道装具だった。作成前の情報として、まずブレイヴがどの様な魔道装具を求めたのかを話始める。
「我が求めたのは光の剣だ。最近で言えばそこのヤマルが使用していた魔法の剣があるだろう? あの様な刀身が発光する剣を所望した」
「追加で悪いが鍛冶分野で無理と伝えたのは俺だ。金属の光沢ならまだしも、光る剣であれば可能性があるのは魔道具の分野だと思ったからな」
追加情報と言うことで、ドルンが鍛冶の観点からは発光する武器の作成が不可能であることを告げる。
ブレイヴの言葉で数名がこちらを見たものの、午前の部にて実物を見た人も多いためか今回はその程度に留まった。
「と言うわけで今日作るのは光の剣の魔道装具よ。それじゃ早速作るから邪魔はしないようにね」
言うや否や、ウルティナが作業台の上に今日作る道具の材料と作業用具を並べる。
そして彼女が見慣れぬ道具を手に取ったところで、その視界が遮られてしまった。
(見えない……)
理由は単純。前の席の人がさらに前の人を避けるように背伸びをしその作業風景を見ようとしたため、視界が塞がれてしまったのだ。
左隣の見ればコロナも同じようで首を横に振り見えない事を伝え、右隣のエルフィリアもやはり同じように見えないことをジェスチャーで伝えてきた。
ただエルフィリアは胸元にある"飛遠眼"を飛ばすかと身振り手振り聞いてきたが、それについてはやんわりと断りといれておいた。
彼女とてあまり魔道具に詳しくないため、見ること自体は可能だろうけど理解できない以上上手く伝えれないと思ったからだ。
……まぁ気になったら後で直接聞けば良いし。
そして大人しく待つこと数十分。
時折息を飲む声か感心する声が聞こえてきたものの、基本的にはウルティナの魔道具作成音のみが部屋に響き渡る。
一体どんな魔道装具が出来るのだろうかと思っていると、不意にその時は訪れた。
「さて、こんなもんかしらね」
ふぅ、とウルティナが小さく息を吐くと、これまで我慢してきたのを解放するかのように周囲から歓声と拍手が沸き上がった。
流石に出来上がった完成品は気になるため、自分とエルフィリア用の台を生成し目線を上げる。もちろんコロナの分も忘れずに追加した。
「……剣?」
その形状を見たコロナから疑問の声があがる。
現在ブレイブが満足そうに持っているのが作成した魔道装具なのだろう。ただコロナが言う様にその形状は剣とは程遠い。
アレを一言で言うなら黒い棒だろうか。魔術師ギルドとしてなら太めの
ただし短杖と決定的に違うのは魔石の位置だろう。
杖であればおおよそ魔石は先端に取り付けるものだが、ブレイヴが手にしている魔道装具は赤い魔石が中央やや上付近に取り付けてあった。
「杖に近い物なのでしょうか……?」
「でもはっきりと剣と言ってたからなぁ……」
土壇場でウルティナが意地悪したと言う可能性も無くはないが……。
しかしこちらの心配は杞憂であると伝えんばかりに、ブレイヴから笑い声が聞こえてきた。
「ククク……良い、良いぞ……! 見るがいい、これが我が勇者の剣……その名も"ブレイヴ・ブレイバー・ブレード"だッッ!!!!」
高らかに手に持った魔道装具を掲げ何ともダさ……もとい個性的な名を告げるブレイヴ。
しかしその直後、隣にいたウルティナからの鋭い肘鉄が彼の脇腹に直撃し、ブレイヴはなすすべなくその場に崩れ落ちた。
「魔道装具"ビースリィ"。こいつの言った名前は正式名称じゃないから、そこだけは良く覚えておくように」
大の男が細身の、それも魔術師の一撃によって倒される。
こちらからすれば見慣れた光景でも魔術師ギルドの面々からすればそれは圧倒される光景に、まるで示し合わせたかのように全員が首を勢いよく縦に振るのだった。
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~Tips~
魔道装具"ビースリィ"。
ウルティナ作ブレイヴ専用魔道装具。命名は野丸知識からスペルの頭文字を取って
言うまでも無く『ブレイヴ・ブレイバー・ブレード』の略。でもウルティナは認めたくなかったため折衷案としてそう名付けた。
一言で言えばビームサーベル型の理力の杖。
魔力を流し込むことで先端部が左右に分かれ剣の柄を形成し、そこから術者の魔力を強制的に垂れ流し続けることで刃を生成する。
刃の長さは使い手で変わるものの、ブレイヴの場合は大剣サイズ(最長限界値)。
特性として魔力の刃の為、対物理防御魔法の《
ちなみにブレイヴが使うことを念頭に置いた結果、柄部分は
ウルティナの希望としては野丸の魔力固定法を流用して刃を形成する手法を取りたかったが、彼女をもってしても実用化にこぎつけるには至らなかった。
その為出力した魔力の流れを操作し剣の形になるようにした。なのでぱっと見は剣ではあるが、魔術に聡い人であれば不定形であることが分かる。
ちなみに製作者曰く単体で見れば"欠陥品"。
使用時は常時魔力が吸われる点、またまともな剣の形と攻撃力を保つためにはそれこそ並みの魔術師ではすぐに魔力切れを起こしてしまう点。
最後に並みの魔術師以上の魔力を有し近接戦に強い人間が殆どいない点が挙げられる。
なお使用者であるブレイヴであればその欠点が全て解消される。
~さらにおまけ~
ウルティナ「って感じかしらね」
ヤマル「自分で言うのもなんですがそんなの贈って良かったんですか? ブレイヴさんパワーアップしてますけど……」
ウルティナ「大丈夫よ。あの武器遠距離攻撃持ってないし。それに展開してるだけで魔力だだ洩れの剣だもの。勝手に魔力使ってくれるとか、むしろ呪いの装備じゃないかしらねー」
ヤマル「ブレイヴさんが少し可哀そうな……」
ウルティナ「そう? ずっとあんな状態だけど」
ブレイヴ「必ぃぃ殺!! ブレイヴッ! ブレイバァァァァ!! ブレーーーーーーードッッ!!!! ふはははははは!!!!」
ヤマル「…………まぁ本人が楽しそうだからいいの……かな?」
ウルティナ「そーゆーことよー」
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