第288話 王室の内情とテコ入れ(前)


 久方ぶりに見る彼ではあったが相変わらず壮健な様子だった。

 豪奢なソファーに座りじっとこちらを見据えている。


「お久しぶりです。本日はお時間いただきありがとうございます」


 そんな彼に深々と頭を下げ礼を述べる。ボールドとは昔は色々あったが、ローズマリーが一服盛った以来は比較的良好な関係を築けている。

 それに今日はこちらから時間を作ってもらい更にお願いをする立場だ。礼節は大事、これ社会人としての常識。


「何、君は半分我が家に足を突っ込んでいる間柄だろう。遠慮はいらん」

「……ハハハ」


 その半分ってのはフレデリカの件だろうか。シンディエラの件はとっくに済んだ事のはずだが、まだその話が生きているとか言わないで欲しい。


 下げていた頭を元に戻し室内を見ると、やはりここは応接室と思しき部屋だった。絵画や調度類は言うに及ばず、ボールドが座ってるソファーの対面にはテーブルを挟んだ形で同じような豪奢なソファー。

 ちなみに自分の足元には値段を聞くのをためらいそうな絨毯があり、現在進行形でそれを踏んでいる状態である。


「ほぉ、君がヤマル君かね」


 胃が痛くなりそうになっているとボールドではない別の男性の声が聞こえた。

 ボールドを正面に見て彼のすぐ左隣り、一人用の椅子に壮年の男性が座っていた。ボールドとは違いオールバックの白髪を首の後ろでまとめた瘦躯の男性。雰囲気的にはセバスチャンと同じナイスミドルの部類に入る外見だろう。

 そしてよく見ればボールドと彼のすぐそばには金髪の騎士風爽やか青年が立っており、その後ろでは強面の護衛と思しき男性が二名いることに気付く。

 全員直立不動のまま微動だにしないため、このまま全身鎧を着せれば置物と化しそうだなと思ってしまった。

 いや、そんなことはどうでもよくて。


「はい。はじめまして、古門野丸です」


 ボールドの隣と言うことは彼も相当高い地位にいる貴族と判断。入ってきた時と同様に頭を下げ自己紹介をする。


「ヤーブラ=クロムドームだ。君の話は孫からよく聞いているよ」

「お孫さん……と仰いますと」

「あぁ、こやつはフレデリカの祖父であり、ワシの弟だ」


 その瞬間ヒュッと喉奥から声が漏れそうになるものの寸でのところで押し留める事に成功する。

 フレデリカが実家で自分の事をどの様に言っているかが不明なのがまず怖い。と言うかこちらに非が無いとは言え同衾までやった事実があるのがまずい。

 内心でダラダラと冷や汗を流していると、ヤーブラはこちらを値踏みするような視線でじっと見てくる。正直居心地の悪さがものすごい。


「兄から本日君がここに来ると聞いてね。実際にどの様な男なのか見てみたくて同席させてもらうことにしたよ」

「はは……」


 もはや乾いた笑い声しか返せない。

 今日はあるお願いと相談をしにきたのに、何故自分は彼女の両親へ挨拶に行くみたいな別種の緊張感に苛まれてるのだろうか。


「こらこら、あまりヤマル君を苛めるもんじゃない。さて、本題に入ろうか。まずはそこに座りたまえ」

「はい、では失礼して……」

「お待ち下さい、お爺様」


 促されソファーへと移動しようとしたその瞬間、彼らの隣にいた青年が待ったをかけた。

 その瞬間こちらの動きが止まり、ボールドとヤーブラが彼の方へ顔を向ける。


「なんだねマジナン」

「そのようなどこの馬の骨とも分らぬ者をお爺様と大叔父様と同じ席に付けるなどクロムドーム家としての品位が疑われてしまいかねません。また護衛としても近づけさせることは反対です」


 なるほど、このマジナンはボールドの孫……と言うことはシンディエラの兄だろうか。

 確かに見れば彼女と似たような顔立ちの面影がある。


「なるほど。しかし彼の出自は把握している。それに君は武器は置いてきたのだろう?」

「はい。館に入る前に危険なものは使用人の方に預けました。今はポチ……自分の獣魔と一緒にいるかと」


 流石に"転世界銃テンセイカイガン"は持ってこなかったものの、普段持ち歩いてる短剣やナイフの刃物類は全てこの館に入る際に預けることになった。

 それら道具と一緒にポチも別のところにいる。姿は見てないが、もしかしたらシンディエラかフレデリカと一緒にいるかもしれない。


「お爺様。彼は先日の件で魔法の武器を使用しております。無手とは言え危険は変わりません」

「おぉ、そうだそうだ。フレデリカが随分と楽しそうに話していた光の剣のことだな。是非見せてはくれないかね」


 大叔父様!とマジナンが声を荒げる中、ヤーブラは気にせずにこやかな表情で《軽光剣ディライトソード》を出すように促してきた。

 板挟み状態の中ボールドに助けを求める様視線を送ると、彼は仕方ないとばかりに口を開く。


「まぁ見せたらいいのではないかね。危なくともマジナンが守ってくれるのだろう?」

「そっ……れは、そうですが……」


 流石にこの二人に言われては彼とて何も言えなくなってしまったようだ。

 結局手早く《軽光剣》を出し、マジナン経由でヤーブラへと手渡された。二人ともその見た目と軽さに驚いていたようで何やらほー、とか、ふーむとか感嘆の声を漏らしている。


「ちなみにこれは斬れるのかね?」

「いえ、今回は危ないので刃は潰してる状態です」


 やや残念そうな顔をするヤーブラだが、流石にこの場で攻撃力付きの武器は出せないし渡せない。

 程なくして満足したのか剣をこちらに差し出してきたのでそれを受け取りすぐさま魔法を解除する。

 光の残滓と化した《軽光剣》を見送ると、改めて促されたソファーへ腰を下ろした。


「いや、中々面白い魔法だったね。確かにフレデリカが喜ぶのも良く分かるよ」

「いえ、楽しんでいただけたなら良かったです」

「さて、話が逸れてたが本題といこうか。今日は何用でここに来たのか」


 はい、と頷き返しゆっくりと言葉を紡いでいく。


「実は王国に対して贈り物をしようと思ってます」


 賄賂ではない。国に対してこうして個別に、あるいは集団(商店や領地等)が贈り物をすること自体はままある話だ。

 こうすることでうまく行けば国からの覚えが良くなるし、仮に覚えられなくても贈り物をしたと言う記録が愛国心があるものと良い方向で見られたりもする。

 しかしこちらの言葉に対しボールドを始めとした彼らの面持ちはあまりよくない。


「それなら専門の受付があるはずだ。わざわざこちらに話を持ってくる必要もあるまい。それとも何かクロムドーム家として口利きしてもらいたいと言う話かね?」


 ボールドの目が鋭くなる。以前よりずっとまともな人間になったとはいえ、大貴族としての力量を失ったわけではない。

 真っ黒だった人間性が清濁併せ持つ性格になった……いや、戻ったのだ。故にただ家の力を当てにするだけの話しに耳を傾けることはないだろう。


「はい、それは存じています。ただ……いえ、ここから先は少々込み入るので、人払いをお願いしてもいいでしょうか」

「なりませんお爺様! 我々を――」

「待ちなさいマジナン。ヤマル君、それは兄だけにしか言えぬことかね?」

「……いえ、そんなことはありません。正直なところどこまでの人に公開して良いかが分からないんです。ですが少なくともここでの話を外に漏らさない方が望ましいかと」

「ふむ……」


 そう、今回持ってきた話はしばらくすれば皆が知る話となる案件だ。しかしそれまでは知られたくない話でもある。


「分かった。マジナン、お前は残って我々を守るように。それとセバスチャンも同席したまえ。他の者は外で待機だ」

「「はっ」」


 ボールドに指示された護衛二人が部屋から退出し、残されたのは彼の血縁者とセバスチャンのみ。

 ……セバスさん、信用度高いなぁ。流石シンディの付き人になるだけはあるってことか。


「ではこの場に残ったものは以後の事は他言無用とする」


 決定事項とばかりにボールドがそう言いきると皆が頷き同意を示す。

 そして改めて先の続きを始めることにした。


「そもそも贈り物をしようとしたのはレーヌ……女王様の立場が余り良くないのではないかと考えた為です」


 切っ掛けは魔国からの帰り、いつもの夜の通話時に彼女の元気が無かったからだ。

 王国の内情は不明だが、少なくともいきなり王として祭り上げられた子だ。直系の王族ならまだしも、片田舎で一貴族として育てられていた彼女の存在を由とする人間はどれだけいようか。

 しかし彼女は現在王族の血を引く最後の一人である。『王国』である以上、王家の血筋と言う事実を蔑ろには出来ない。


 と、素人なりの推察ですらこれである。実情はどうなっているか分かったものではない。


「……確かに女王陛下の立場はあまり良いとは言えぬ。現状では足りないものが多すぎるからな」


 そしてボールドは自分に語れる部分ならと言う前置きをし、現在の女王を取り巻く状況を話し始める。


「端的に言えば女王陛下に足りない要素は大きく分けて三つ。能力、側近、そして実績だ」


 そしてボールドの説明から色んなことが分かった。


 まず彼が言う能力は王としての能力のことだ。

 従来であれば十歳の子どもが王になるはずもなく、親、もしくは祖父世代がその地位を治めて然るべきである。

 その中で次代の王として子どもは色々と学ぶのだ。

 しかしレーヌにはこの学ぶ機会が無かった。貴族の娘としての作法はあるものの、国を治める勉学は何一つ行っていなかった。

 とは言え現在進行形で学んではいるし、今後の努力や周囲の助力次第ではこの点は解消される見込みはあるという。


 続いて側近。

 こちらも本来はレーヌの年頃ならば同年代から数名選び、将来国を動かしていくであろう人物らと一緒に学び友情を育み、時には諫める臣下として一緒に育成していくもの。

 そして残念ながら突発的に王についたレーヌにその様な人材はいない。

 では亡くなった王子にはいたのかと言う質問に対し、こちらはやはりいたようだ。そして彼らは全員存命とのこと。

 しかし仕える王子が亡くなった事で状況は一変。

 王とその側近が一斉に殺された。そして王子も同じように亡くなった。側近予定の子らは生き残ったが、今後王族に関わっていたら同じことが起こるかもしれない。

 そう考えてしまえばもはやどうにもならなかった。全員が一斉に辞退したのだ。

 前王の血筋が消え王族の権威が落ちたこと。またレーヌが女性であるが故に複数の異性を側に置きたくないと言う名目の為この件を止めることは出来ず、結果今の彼女には側近と言える者が一人もいない。

 近しい同年代としてはシンディエラやフレデリカがいるが、残念ながら彼女らも高度な教育を受けてはいるがそれは貴族女性としてなので側近としては向いていない。

 そもそもこの国の中枢を担うのはほとんどが男性だ。将来的な話とは言え女性が入ることを許容できる土壌が無い。

 結果この側近問題は今も宙に浮いたままとなっている。

 付け加えるとボールドの予想ではレーヌと結婚する相手(現在未定)と一緒に、彼の側近と言う形で組み込まれるのではないかと予想しているようだ。


 そして最後に実績。これは王としての能力と言うよりレーヌ個人としての実績と言うのが正しい。

 例えば王子が騎士団を率いて魔物退治を行ったともなれば、王になった際も武勇伝として実績は残る。

 しかしレーヌにはそれが殆どない。そして現状の地位では実績を残せるような動きが出来ない。

 あの歳で王として執務をこなしていること自体が実績なのだが、残念ながらそれは王として当然と見る者も少なくないのだ。

 またレーヌ一人の力ではなく、摂政をはじめ多数の助けあってこそと言う背景もある。


 一応彼女の数少ない実績の一つに、王都の食料事情改善と言うものがあった。

 これはレーヌ自身が何かしたわけでは無いものの、実家であるエンドーヴル家から王都に向けての食料品の供給が増えたのだ。

 折しも地震によって市井に不安が広まった時期であったため、王都の治安安定に一役買った形となっている。


「今話せるのはこんなところだ。そしてヤマル君の言葉から察するに、その贈り物で少しでも女王陛下の環境の改善を狙った……そんなところかな」

「はい」


 本当にボールドは頭の回転が速い。こちらが考えていることを察してくれるから横道に逸れない限りトントンと話が進んでゆく。


「相談と言うのはどの様にすれば最も効果的か、と言うことです。ただ渡すだけでしたら先の受付に行けばいいですがそれでは埋もれてしまう。しかし女王様に直接渡してしまっては意味がない。そこで自分が知る限り貴族として最も力があり、様々な知識を持っている貴方に相談しに来た次第です」

「なるほどな、君の考えは分かった。しかし肝心の贈り物が何なのか分からねば何とも言えん。物によっては贈ること自体が逆効果となろう」

「そうですね。ですので今日は現物も持参しました。見ていただけますか」


 うむ、とボールドが首を縦に振ると、セバスチャンがすぐ隣までやってきた。

 多分直接渡さずに一度彼に渡せと言うことなのだろう。持ってきたやや大きめの布製の手下げバッグをセバスチャンへ丸ごと渡す。


「中をあらためても?」

「どうぞ。特に危険なものはありません。壊れ物ではないですが、慎重にお願いします」

「かしこまりました」


 一礼しそう告げると、彼は部屋の隅へと移動しそこにあったテーブルの上にバッグを置き慎重に中から物を取り出す。

 バッグから出てきたのは直方体の木箱だ。縦横三十センチ、厚み二十センチ程の大きさで上蓋が取れるような構造になっている。

 その上蓋をセバスチャンが開けると、彼にしては珍しく不思議そうな表情をしていた。中の物に対してどう表現してよいか分からないと言った感じだ。


「どうした、何か問題でもあったか?」

「いえ、何も問題はございません。少々予想外の物でしたので驚いてしまいました。今そちらにお持ちいたします」


 そう言うとセバスチャンは上蓋を外した状態のままの木箱をそっと持ち上げこちらへと運んできた。

 そのままボールドの目の前のテーブルの上に置くと同時、中身を見た全員が先ほどのセバスチャン同様不思議な物を見るかのような表情を浮かべる。


「これは……」

「盾、か?」

「いえ、大叔父様。こちらは盾でも小盾バックラーと呼ばれる物と思われます」


 中から出てきたのは鈍色にびいろに輝く円状のバックラーだ。

 それも装飾は何もなく、ただ実用性を突き詰めただけの様な何の変哲もない防具の一つである。

 これが良いか悪いかは現時点では不明だが、少なくとも一見しただけでは『贈り物』としてはあまり適切には見えないかもしれない。


「マジナン、お前の目から見てどうだ?」

「実際使用してみない事には性能面では分かりませんが……少なくともこの見た目では贈り物としては不適切かと」

「ふむ。セバスはどうだ?」

「坊ちゃまの言うように贈り物として盾一つではと言う思いはあります。ですがこの盾からは何か不思議なものを感じます」

「ヤーブラ」

「盾としての評価は分からん。しかし何かあるんじゃないかとちょっと期待はしておるよ」

「なるほど。では問おう、これは何だね。そして何故これを選んだ?」


 四人の視線がまっすぐ自分に注がれる。

 目力があると言うか……やはりボールド、そして隣のヤーブラからの視線の圧が特にすごい。思わずすくみ上ってしまいそうだ。


 心を落ち着かせようとゆっくり息を吐き、そしてボールドの問いに答えていく。


「こちら、竜の骨を削り加工を施した盾です。そして選んだ理由としてはこの盾はとても価値があると知っている為です」


 その瞬間、その場にいた全員がまさに絶句と言う言葉が相応しいとばかりの表情に変わるのだった。


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