第289話 王室の内情とテコ入れ(後)


(まぁそんな反応にはなるよね)


 彼らの反応を見て内心予想通りだなと思う。

 魔国でミーシャら重鎮達に竜の短剣を渡したときですら似たような反応だったのだ。魔族と言う長命種ですらその様な感じなのだから、人間である彼らの驚きはそれ以上かもしれない。


「……一つ、良いだろうか」

「はい、答えれる範囲でしたら」


 コホンと咳払い一つをし、ボールドは表情を改めると再びその鋭い視線をこちらに向ける。


「竜の素材で作った盾、だったな。今ならその言葉を冗談で済ますことは出来るが……」

「? 冗談も何も本当の事ですけど……」


 視線とは裏腹にボールドの言葉の歯切れが妙に悪い。

 彼の言葉の真意が分からず内心首を傾げていると、こちらの内情を察してかマジナンがその口を開く。


「お前は分かって無さそうだからあえて言ってやるが……仮にこれが本物であった場合は間違いなく宝物庫行きの国宝だ。そんな物を贈ると言う意味、分からない訳では無いだろう?」


 若干呆れたような感じではあったが、確かに彼の言う通り影響はかなり波及するだろう。

 しかし今回はその為に用意したのだ。レーヌの国内での影響力が大きくなるなら、目的は達成されているため何ら問題はない。

 それに自分としても帰る目処は立っている。今後いなくなる人間にアプローチはかけてもその行いは全て無駄になる。何せ意味がないのだ。


「逆にお前の言葉が嘘、ないしは偽物である場合は、その為にお爺様を呼び立てたと言うことになるのだぞ」


 つまり自分が彼らを騙そうとした、もしくはそのつもりは無くとも偽物を掴まされたパターン。そして彼らはそちらを危惧しているのかもしれない。

 だからこそボールドは今なら冗談で済ませられると言ってくれたのだろう。

 ボールドなりに自分を気遣ってくれた事には驚きがあるが、同時にちょっと嬉しくもある。


「……お気遣いありがとうごさいます。ですがこちらは間違いなく本物で、その為に持ってきました。真偽を調べていただいても構いませんし、スヴェルクさんに依頼して頂いても大丈夫です」


 真贋のエキスパート、救世主組のスヴェルクならすぐに判定してくれるだろう。

 その言葉とこちらのキッパリと言いきる物言いに、彼らもこちらが嘘を言っていないと信じてくれた。


「真贋鑑定はするとして、とりあえずはこれが本物であると言う前提で話を進めよう。確かにこれ程の一品であれば、従来のルートで渡すのは憚られるな」

「しかし竜の武具とは……いや、今日は半ば興味本位だったがまさかこの様な場に立ち会えるとはね」


 腕を組み何やら思案を始めるボールドに対し、ヤーブラはどこか楽しげな顔で小盾を眺めている。

 セバスチャンはあまり表情が変わらないため今一つ読み取れないが、マジナンはまだ懐疑的と言った様子だ。


「……ちなみにこれをどこで、どうやって手に入れたかは言えるのか?」

「その点はちょっと控えさせて頂きたいかと。ただこれは真っ当な手段で入手した物であることは断言します」

「つまり『竜殺し』をしたってことか?」


 あぁ、なるほど。マジナンはそっちの意味で捉えてしまったのか。

 確かに冒険者として真っ当な手段で竜の武具の入手ともなれば、素材元の竜を狩ると言う意味合いになる。


「『竜殺し』はしてませんよ。もちろんこの盾が飛竜やサラマンダーの亜竜の素材と言うわけでもありません」

「なら……」

「マジナン、そこまでだ」


 なおも聞いてくるマジナンにボールドが待ったをかけた。

 有無を言わさぬその雰囲気に、マジナンも二の句を続けることが出来ずその口を閉ざす。


「何らかの手に入れる手段があった。それで十分だろう」

「そうだな。これの入手方法は今日の本題ではない」

「……分かりました。申し訳ありません」


 逸る好奇心を飲み込み、彼が軽く頭を下げた。もちろんボールド達に対してだが。

 流石に平民相手に頭は下げたくないあたりやはり彼も貴族なのだろう。

 ……過去にボールドが頭を下げたと知ったら彼はどんな顔をするだろうか、などとつい思ってしまった。もちろんそんなことは言わないけど。


「さてヤマル君。君が望む結果を起こすとした場合一番効果的なのは式典だろう」

「式典……ですか」

「あぁ、皆の前で王へ直々に報告や物の献上を行う……まぁそう言った式典があるのだよ」


 んー、おとぎ話とかなら巨大な竜の首を取ったとかあんな感じだろうか。

 もしくはRPGとかのエンディングみたいな。


「この盾ならば式典を開くに値するからその点は問題ない。そして女王陛下の権威回復を目的とするのであればここから二つの方法がある」


 まず一つ目、と彼は人差し指を立て話を続ける。


「君が式典に出席し女王陛下に献上するパターン。その場合陛下はこれ程の物を用意でき、なおかつ国に献上するほどの冒険者から認められていると周囲に喧伝出来る」


 ボールドが言うこのパターンは自分が想定していた事だ。

 一応救世主組(ハズレ扱いだけど)の一員であるため、召喚を知る王国の重鎮組は自分の事を知っている人は多い。しかも自分は他のメンバーに比べればぞんざいな扱いを受けていたのも周知の事実だ。

 そんな人が国に対して国宝クラスの物を贈る。しかもそれは愛国心ではなく、女王個人の人柄によって成り立つもの。

 これを以て過去幾人もの王が成しえなかった実績を彼女は得ることになる。


「その場合の式典の準備や根回しは任せたまえ。君は他の懇意な貴族となればエンドーヴル家ぐらいだろう。だが中央から遠いあの家では少し荷が重い。その点、我が家ならば君との繋がりは一応はある。この程度であれば然したる問題にもなるまい」


 しかもボールドが一番自分に足りてない根回しや準備の部分を補ってくれると言うおまけつきだ。正直これ以上望むべきものはない。

 だが先ほどボールドは二つの方法があると言った。これ以外に一体どの様な方法があると言うのだろうか。全く想像ができない。


「そして二つ目だが……」


 そこでボールドは何故か言葉を続けず、だが視線は隣のヤーブラ、そしてマジナンへと移る。

 ヤーブラは続く言葉が分かっているのか『ふむ』と小さく息を吐くが、マジナンは自分と同じで予想が付かないのかやや困惑した表情を見せていた。


「我が家……すなわちクロムドーム家がこれを献上するパターンだ」


 発せられた言葉に一瞬何を言われたのか脳が拒否する。

 しかしすぐにその言葉が頭に染み渡り、何故と言葉を発するより早く同じ言葉が対面から響き渡った。


「何故ですかお爺様!!」


 マジナンが声を荒げながら問うお陰で喉元まで出かかっていた言葉が引っ込み、代わりにボールドの真意がどこにあるのだろうと考えられる程度には頭が冷えてくれた。


(手柄横取り……?)


 一番分かりやすいのは国宝クラスの持ち込み品を横から搔っ攫う方法。だがこれはすぐに違うだろうと断定する。

 もしそうならばこの場でボールドが言う必要性が何も無い。盾だけ預け、自分の知らぬところで事を進めればそれで済む話だ。

 しかしそうしたところで嘘は露見する。スヴェルクが出張れば一発で判明するのは彼だって分かり切っている事だ。

 では何故、彼はクロムドーム家として贈ろうと提案をしたのだろうか。


「兄さん、良いのか? 他の貴族よそが五月蠅くなるぞ」

「だがけん制としては大いに有りだろう。それにヤマル君が木っ端に煩わせられる事も無くなるだろうしな」

 

 どうにも話が見えない。流れから察するに多分自分について良い話であることは確かなようだが、クロムドーム家が自分の代わりに贈る事で一体どの様なメリットが得られるか。

 それを考えようとするより早くこちらの様子に気付いたボールドから声が掛けられる。


「あぁ、順を追って説明しよう。そもそもヤマル君の目的は女王陛下の権威回復、ないしは向上が目的だ。それは間違いないね?」

「はい」

「つまりそれさえ満たすことが出来るのなら、ヤマル君から渡す必要は無い。これもいいかね?」

「まぁ……そうですね」


 確かに自分から贈りたい気持ちはあるが、これはあくまで個人的な気持ちだ。優先すべきはレーヌの立場を良くする事であり、それが叶うのであれば自分が出張る必要は無い。


「さて、ではヤマル君が渡した場合とこちらが渡した場合。周囲にはどちらが重く受け止められるかね」

「そう言うことですか……。でも良いんですか?」


 ボールドの言葉にようやく合点がいく。

 大貴族であるボールドが贈った場合、周囲からはレーヌに対しクロムドーム家がバックに入ったと見做されるだろう。

 その影響力は救世主組のハズレ枠である自分よりは遥かに大きい。


 しかしその場合一つ気になる事がある。

 自分では知りようが無い事だが、この界隈は大なり小なり派閥の様な物があるのだろう。先程ヤーブラが他所が五月蠅いと話していたことから、別の貴族からの横槍が予想される。

 ボールドからすれば取るに足らないものかもしれないが、かといって何でもかんでも敵に回すような事はしたくないはずだ。

 それでも自分やレーヌに肩入れしてくれる理由はなんだろうか。

 自身への懇意からであればボールド個人での範囲内ならばまだ納得は出来る。しかし彼はクロムドーム家と言った。

 今後の影響力を考えれば如何にボールドと言えど個人の範疇を超える話だ。

 この話自体はものすごくありがたいものと言うのは理解できるが、それを彼が推してくる理由が分からない。


「まだ何か納得いっていない様子だな。悪い話では無いと思うが」

「えぇ、まぁ……。こちらにとって良い話なのは分かるんですが、そちらにとって良い話ではないと思いまして」


 ボールドの真意がわからない。だからこそ手放しに喜ぶことが出来ない。

 正直にそう言うと、ボールドはどこか得意気な表情を浮かべた。


「なに、言い方は悪くなるがヤマル君がこちらを利用するように、こちらもヤマル君を利用するようなものだ。要はこの話がこちらにとって得をする話でもあるのだよ」

「そうなんですか」

「うむ。だから君が考えていることは特に気にする必要は無い。我が家に任せてもらうのがこちらとしては一番ではあるが、無論それを強要するつもりもない。後はそちらの心次第だ」


 うーん、どうしようか……。

 でも、うん。自分はそう遠くない未来にこの世界からいなくなる身。その場合今回の『国宝クラスを贈る冒険者との繋がり』がその時点で消えてしまう。

 それならば今後も続き影響力のあるクロムドーム家に代わってもらうのが一番ではないだろうか。


「……分かりました。それでは全てお願いしても宜しいですか?」

「うむ。その盾はこちらで預かることになるが構わないか。真偽鑑定もせねばなるまい」

「はい、よろしくお願いします」


 当初の予定と変わってはしまったが、多分これで良かったんだろう。

 持ってきた竜の小盾を箱ごとボールド達に預け、一先ずは目的は果たしたと判断を下す。

 

 心身ともに荷が下りたところでホッと胸を撫で下ろしていたその時だった。


「あぁ、そうだ。ヤマル君、少しいいかね?」

「あ、はい。何でしょう」


 不意にヤーブラから声を掛けられた。

 本題が終わったことでまた《軽光剣》でも出して欲しいとのお願いだろうか。


「うちのフレデリカが随分と君に恋慕しているようでね。もう少し君と語りたいと思っているのだが……」


 どうかね?と尋ねるヤーブラだが、その口調はこちらに選択権など存在しないとばかりの圧が込められていた。

 まるで油が切れたロボットの様な動きで首を回しボールドを見るも彼は苦笑を漏らすだけで。

 ならばとそこから視線をマジナンに向けるも、まるで『自業自得だこの阿呆あほうめ』と言わんばかりに睨み返され。

 最後の砦とばかりにセバスチャンに泣きつこうとするも、それより早く彼は今後の準備のためと言って部屋を出て行ってしまった。


「……どうかお手柔らかに」

「はっは、何。別に取って食ったりはせんよ」


 朗らかに笑うヤーブラの言葉がどこか遠くに感じる。

 おとなしく諦め彼としばらく話すことになるのだが、解放されたのはそれから数時間経ってのことであった。


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