第287話 来たるべき決戦に向けて


 近い内に私は未知に挑む。

 今まで遭遇したことのない物事に対し、自身が取るべき事とは何か。


 まず未知に対して明確な対策は打ち出せない。しかし無策で挑むのは愚策でしかない。

 なら今までの経験から最も得意なことに置き換えてみることにした。


 例えばこれがある相手との戦いにだとしたら。……うん、悪くない。

 ある意味一世一代の大勝負なのだから戦うというのはあながち間違ってはいない。相手がいると言う部分も共通しているのが尚良い。


 その場合まず彼我の実力差は?

 こちらの実力は残念ながら乏しいと言わざるを得ない。何せ未知の領域だ。知識は多少なりはあれど経験が全く無い。言わば初心者と言って差し支えない。


 では向こうはどうだろう。

 …………今までを思い返してみたが得意と言う話は聞いたことがない。

 しかし経験があってもおかしくはない。出来れば自分と一緒で初心者であってほしいと望むも、楽観視しては痛い目を見かねない。

 油断無く、ここは経験者であると予測を立てるべきだろう。


 実力が劣っているのなら他で補わねばならない。

 武器……そう、武器が必要だ。実力差をひっくり返せる武器が。


 そこで自身の持ち物をテーブルの上に並べてみる。

 ダマスカスソード、"牙竜天星ガリュウテンセイ"、竜合金の防具に普段着ている服。

 この世に二つとない武具だが、今の自分には何と脆弱に見えることか。

 戦いにおいて強力無比なこれらが全く役に立たないことだけは断言出来る。これから挑むのは全く別の戦いなのだから。


 ではこれらに変わる武器があるかと言われたら……残念ながら無い。

 そもそも旅を前提にしていたので荷物は極力少なく軽くしていた。着替えはあっても他の余分な物は持ち込めないのだ。


「……くっ!」


 万策尽きたとはまさにこの事。

 このままでは何の備えも無く挑むことになってしまう。その結果どうなるか……。


「…………」


 頭の中で最悪の結果が過ぎる。

 負けるだけならまだいい。しかし惨敗ともなれば心に大きな傷を負いかねない。

 しかし自身が出来る事はもう……いや。


(あった! でも……うぅ……)


 浮かぶは一筋の光明、されど諸刃の剣。

 深く考えずとも分かる。これはどちらに転んでも痛みが伴う。

 『今』か『先』か。悩んだ末、出した結論は……



 ◇



「へぇ~、ほぉ~、ふぅ~いったあい?!」


 ゴチンと拳撃の音が鳴り響き、テーブルを挟んで向かい側の席に座る少女スーリが頭を押さえ蹲る。


「そのニヤけ面を止めなさい」

「うぅぅ……」


 拳骨を叩き込んだのは彼女の姉であるフーレ。そして自分の隣に座るユミネがその様子を見ていつもの事なので気にしないでくださいと言っていた。


 ここは『風の爪』のホームのリビング。

 現在自分とスーリ、フーレ、ユミネ、そしてイーチェとエルフィリアの女性陣がこの場に集まっていた。

 なおラムダンら男性陣はイーチェの手により時間を潰して来いと家から追い出されている。


「はいはい、おふざけは程ほどにね。それでコロナちゃん、ヤマルちゃんと今度デートなんですって?」

「あ、はい……。私、デートとかしたことなくて、服とかも何を着ていけばいいか分かんなくって……。それで皆に相談して色々教えてもらえないかなって……」


 ポツポツと胸の内を明かすのは恥ずかしいけど、それ以上にデートの時に失敗したくなかった。

 相手がヤマルと言うのももちろんあるが、それ以上に初デートが失敗と言うことになれば、その事実が一生付きまとうことになる。

 だから恥を忍んで相手のいるイーチェとユミネに相談しに来たのに、気付いたら三人も増えていた。

 どうも物陰で聞いていたスーリがフーレに伝え、更に宿に居たエルフィリアを呼びにいったらしい。

 ちなみにウルティナも呼ぼうとしたらしいが捕まらなかったのはせめてもの救いかもしれない。


「あら、何で二人は横向いてるのかしらね」


 見ればフーレとスーリはそれぞれ真横を向きこちらから視線を完全に逸らしていた。『話を振るな』と言う心の声が否が応でも聞こえてきそうだ。


「や、何かヤマルがいた気がして……」

「ヤマルさんは本日は用事で外出してますよ?」

「ヤマルのアホー!!」


 誤魔化そうとして失敗したスーリが明後日の方角に向け大声をあげる。本人の与り知らぬところで悪口を言われるヤマルが不憫でならない。

 なお本日はエルフィリアが言ったようにヤマルは用事で外出している。行先は教えてくれなかったけど街から出ることは無いと言っていた。

 そんな中、苦笑していたエルフィリアが手を小さく合わせると皆にある質問を飛ばす。


「そもそもデートってどういうのを指すのですか?」


 その瞬間室内の空気が一瞬固まったのは多分気のせいじゃないだろう。


「あー、うん。やっぱりここはフー姉ぇに年上としての経験値の差を……」

「スーリの方がコロナちゃんと同年代だし良いアドバイス出来るんじゃないかしら」


 姉妹による押し付け合いがされてる一方、最年長のイーチェがそうねぇと呟く。


「普通に考えるなら二人でお買い物行ったりご飯食べたりとかじゃないかしら」


 ねぇ?とにこやかにユミネに問いかけるイーチェだが、さすがに自身の彼氏とのデート風景を姉妹らに話す気はないらしく何とも言えない表情をするだけだった。


「でもコロナちゃんなら同じパーティーだしご飯や買い物ぐらいもうしてるんじゃないの?」

「それはまぁ……」


 二人で買い物もしたし食事もした。更に言えば一緒の部屋で寝泊まりもしたこともある。

 でもこれらが明確にデートかと言われたら……多分違うと思う。


「でもそれでしたら私もした事ありますよ」

「裏切り者ーーーー!! コロナちゃん、身内に裏切り者がいるよぅ!!」


 えぇ……と困惑顔をするエルフィリアだが、流石にヤマルと彼女がそうしたことを経験済みなのは知っているので驚きは無かった。

 そんなスーリの様子に苦笑を漏らしていると、フーレが何やら珍しいものを見るかのような表情でこちらを見ていることに気付く。


「あれ、いつものコロナちゃんならこう、カップにヒビ入るような感じになりそうなのに……」

「え、私そんな感じに見えるの? ……コホン、ともかくヤマルとエルさんがご飯とか買い物したことあるのは知ってるからね」

「へー、そうなんだ。割と皆で一緒にいるイメージだからちょっと意外かも。ちなみにいつだったの?」

「えーっと……」


 細々とヤマルとエルフィリアで買い物をすることはあったが、デートと言えなくもないとなると自分が知っているのは過去に二回。

 一回目がヤマルがエルフの村に居た時。この時軟禁状態だったヤマルはエルフィリア監視の下で村の散策もしたしご飯も食べたと聞いている。

 自分やポチを心配させていた案件ではあるものの、とりあえずケジメはつけさせたのでこの件についてはもう追及はしない事にしている。

 二回目が自分が実家に帰っていた時。ヤマルが気を利かせて里帰りをさせてくれた時の事だ。

 その後色々とトラブルはあったものの、合流するまでの間はヤマルとエルフィリアは二人で過ごしている。


 そして彼女が話した内容も今自分が思い出したその二回分だった。


「……いいなー。ヤマルってエルフの村行ってたんだ。私達も行きたいなぁ~」

「えと……ヤマルさんぐらいじゃないと無理かも。普通の方は入れませんし……」

「ちなみに私やポチちゃんはダメだったからね」

「えー、ヤマルだけ特別なの? ズルいズルいー!!」


 確かエルフの結界は魔力判定だったはず。ヤマルと同等と仮定するなら少なくともマギアの街門の魔道具が無反応になるぐらい低くないとダメだろう。

 あの時は虫に例えられてヤマルが凹んでいたっけ。何だかとても懐かしい気がする。


「ともかく二人ともデートとは言えないけどご飯とか買い物は行ってたわけね。その時に何か無かったの? こう……何かドキドキするようなシチュエーションとか」

「ドキドキするような……」

「うーん……そうですね……」


 何かあっただろうか。ヤマルと二人でいてもあまり囃し立てられるようなことは無かったし、一緒に居てもドキドキ感よりは安心感の方が勝る。


「何も無いのー? こう、赤面するような恥ずかしい感じのエピソードとか」

「恥ずかしい……」

「エピソード……」


 ……思わず下着を買いに行った時の事を思い出してしまったが、あれは断じてデートではない。今思い出しても顔から火が吹き出そうだ。特に魔国の……うぅ、止め止め!

 見ればエルフィリアも同じことを考えていたらしく、白い頬が赤く染まっているのが誰の目にも明らかなほどだった。


「……何か期待してたのとは別の事があったようね」

「まぁその辺りは後でじっくり聞くとして……。んー、多分デートプランはヤマルが考えるでしょ。流石にコロナちゃんの行きたいところならどこでもいいなんて事は言わないだろうし」

「その場合はキッチリとヤマルをシメてあげるから安心してね!」


 フーレの物言いに何一つ安心できる要素は無かったが、指摘すると話が進まなそうだったのでとりあえずは頷いておく。


「あとは服かー。コロナちゃんは服買うお金はあるの?」

「あ、はい。それなりに自由にできるお金なら」


 ここのところ魔国との一件などで得た資金もあるが、それ以上に支出が殆どなかったため現在はちょっとした小金持ちだ。

 お店で服を買い揃えても問題無い程度に懐は潤っている。


「資金面が問題無いなら色々と出来そうよね。全身コーデしてもいいでしょうし」

「あ、ならいっその事化粧品にも手を出してみるってのはどう?」

「えー、でもコロナちゃん今のままで良くない? 変に手を加えるとコロナちゃんらしさが無くならないかな」


 やいのやいのと姉妹が盛り上がる中、一体どんな服が良いかと自分でも考えてみる。

 普段は肌をあまり出さない服装だし多少露出を増やすとヤマルは喜ぶだろうか。こう、スカートの丈を膝上ぐらいにするとか……。

 しかしその場合目の前のエルフィリアと言う壁が立ちはだかる。彼女のいつものスカートが大体それぐらいなのだ。ヤマルも見慣れているだろうしインパクトとしては弱いかもしれない。


(と言うか何でヤマルの周りって美人さんが多いのー!!)


 エルフィリアは言うに及ばず、ウルティナ、ミーシャ、レディーヤにマルティナと身体的にも女性らしさ全開の人ばかりだ。

 しかし同年代ともなれば今度はセレスにルーシュが出てくるし、フーレやスーリだってかなり近い距離間を持っている。

 それにレーヌ達はヤマルが相手にしないほどの年齢だけど、数年経てばどうなるか分かったものではない。


(む~……)


 悶々と心の中で葛藤をしていたら、これまで黙っていたユミネがふと思い出したかのように小さく手をあげ質問を投げかけてきた。


「あの、そもそもヤマルさんの好みってどんなのです?」


 その瞬間三姉妹の議論が一気に止み、それぞれが姿勢を正して万全の聞く体勢を取りはじめる。

 そしてこちらに一斉に向けられる三人の視線。それぞれが『早く話せ』と目線による圧力をかけてきていた。


「ヤマルの好み……好み……」

「何でも良いわよ。どんな異性が好きかとかこう言った服装や髪形が好みかとか」


 ……………あれ、もしかして私はヤマルの好みを全然知らない?

 いや、待てと脳内のもう一人の自分が待ったをかける。彼と出会ってからどれだけ月日が流れていると思っているのか。

 ほぼ毎日顔を合わし一緒に仕事をしたり色んなところにも行った間柄だ。その間ヤマルの事を沢山聞いたし教えてもらったし……。


「……私、何も聞いてないかも」


 愕然とする。

 いや、意図的にヤマルはこの手の話を避けてきた。元の世界に戻るため自分を含むこの世界の異性との過度な接触は避けてきた。

 以前ドルンが自分やエルフィリアと付き合わないのかと言ったこともあったが、ヤマルは先の理由から固辞している。

 つまり何が言いたいかと言うと……。


(私は悪くないもん!!)


 知らなくて当然。教えてもらえる土壌が無かったんだから。


「あの……私も特には……」


 そしてこちらが悶々としている間に質問の先がエルフィリアに移ったらしいが、彼女も特に聞いてはいなかったようだ。


「うぅん、ヤマルちゃん中々ガード堅いわね」

「と言うかこの二人いて未だに何もないとか男として大丈夫なのか心配になってくるわ……」

「……ねぇ、ヤマルってソッチ系ってことないよね?」


 スーリの言葉に何とも言えない微妙な空気が部屋に漂い始める。

 ソッチ系とはつまり同性愛……の事だろう。これについてはヤマル本人がちゃんと否定していた。


「うん、ヤマルはちゃんと女の子が好きだって言ってたよ。ね、エルさん?」

「あ、はい。私もそれは聞きました」

「なら何で手を出さない……」


 本気で理解できないと頭を抱えるフーレだったものの、流石にその理由は話すことが出来ないため曖昧に濁しておくしかできなかった。

 しかし次の瞬間、頭を抱えてたフーレが徐に顔をあげる。その表情は何故か獲物を狙う狩人と言わんばかりの不敵な笑みをしていた。


「いいじゃない、やってやろーじゃない……。ならどんな趣味や好みだったとしても一撃で倒せるぐらいの可愛い服を選ぶわよ!」

「具体的には?」

「ヤマルが見た瞬間鼻血噴出するぐらいの!」


 意気込みだと思うがそれを本気で狙った場合痴女めいた服にならないだろうか。

 このまま暴走しないか若干不安はある部分はあるものの、こうして同年代の友人が協力してくれることは素直に嬉しい。


 そう心の中で感謝の念を唱えながら、この日は皆とじっくり話し合うのだった。



 ◇



「へくしっ!!」

「おや、風邪ですかな?」

「あぁ、いえ……。誰かが噂してるんじゃないですかね」


 豪奢な廊下を歩きつつ前を進むセバスチャンにそう返す。

 まぁ自分の噂話なんてロクな話じゃなさそうだが……。


「先日は大立ち回りでございましたからね。噂の一つや二つはございましょう」

「良い噂だったらいいんですけどね……」


 そんな話をしていたら程なく目的の場所へと到着した。

 明らかに客人を出迎えるための絢爛さも兼ね備えた扉。この先に行ったことは無いが、多分想像通りかそれ以上の造りにはなってると思う。

 そしてセバスチャンが慣れた所作でその扉を軽くノックした。一般平民からすれば触れることすら躊躇いそうな扉なだけに、叩いていいのかと冷や冷やしてしまう。


「大旦那様、フルカド様をお連れいたしました」

『うむ、入りたまえ』


 返答を聞いたセバスチャンがドアを開けそのまま室内へと招かれる。

 失礼しますと言いながら中に入ると、部屋の中央にはこの屋敷の主が堂々たる佇まいで椅子に座っていた。


「良く来た。してこのボールド=クロムドームに相談とはどのようなことかね?」


 

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