第286話 影響はあちこちで


 これは模擬戦の祭りの後に起こった各地の一部のお話である。


 

 ◇



 その日、ある武具屋の店主は困惑していた。

 店がとても繁盛しているのだ。


「……何があった」


 誰に言うでもなくポツリと呟くが答えを返す者はいない。

 別に店自体、閑古鳥が鳴くような経営状況だった訳ではない。冒険者や傭兵が度々訪れては武具を買って行く為、有り体に言えば普通よりやや儲かっているぐらいではあった。

 しかし武具と言うものは消耗品ではあるが気軽に買える値段でもない。また売り物の内容上、食料品店や雑貨屋の様に繁盛すると言うことはまず今の時勢ではありえない。

 繁盛していると言うことは、とどのつまりこの店の客層である彼らの武具が不足していると言うことを表している。

 可能性としてはどこかと戦争をする、魔物の大量発生等が挙げられる。しかしそのようなことがあれば国が動くような一大事であり、武具を扱う店主の耳に真っ先にその話が入ってくるはずだ。


(ふむ……)


 心を落ち着けようと店主は店内にいる彼らの様子を窺うことにする。

 するとまず気づいたのは彼らが見ているのは主に武器であった。しかし売れ筋である剣や槍ではなく、どちらかと言えばあまり話に上がらない短剣や弓、鞭など武器として少々扱うには難しいものを見ている。

 彼らがその武器を扱っていれば気になることも無かったのだが、皆それぞれが自身の得意な獲物を腰に下げたり背に持っていた。


「店長、ちょっといいか?」

「ん、どした?」


 すると店内をうろついていた一人の冒険者が店主のいるカウンターまでやってきた。


「ちょっと武器を探していてな。似たようなもんでもいいからあれば見繕って欲しい」

「おう、いいぜ。どんなのだ」


 店主が尋ねると彼は腰に下げていた自身の武器を握りカウンターの上に置く。

 それは年季の入ったロングソードであった。店主の目がその使い込み具合から彼の愛刀であると感じ取る。


「武器のサイズは大体これぐらいの剣だ」

「ふむ、剣なら色々あるな」

「振るうとゴーレムを両断するぐらいの鋭さと射程を持つ武器が欲しい」

「ねぇよそんなもん!!」


 思わず声を荒げる店主だがそんな武器があれば彼だって普通に仕入れるし売りさばく。

 そもそも彼とてこの道うん十年のベテランだ。武器に対する知識や情報は使用者である彼らに引けを取らぬほどは備えている。

 残念そうに去っていく客の姿に、全く……と息を吐く中、別の客が店主の元へやってきた。

 今度の客は自身の身長よりも長い槍を手に持っている。


「店長、武器を探している」

「あんたもか。まさか槍の穂先が伸びるような武器とか言わねぇだろうな?」

「いや、違う」


 なんだそれはと怪訝な顔をする男の表情に今度はまともな客かと胸を撫で下ろす。

 しかしそう思ったのも束の間の話であった。


「大きさはこの槍ぐらいで折り畳むことが出来て先端から両手剣サイズの刃と矢が出せてひょろがりモヤシの様なヤツでも扱えるぐらい重量が軽い武器は無いか?」

「ねぇよそんなもん!!!!」


 先ほどの一字一句違わぬ言葉を返す店主。

 だが彼はまだ知らない。

 しばらくの間、似たような武器が無いかと幾度と無く問われることを。


 そして本当にそんな武器があるのかと本気で頭を抱えることを。



 ◇



「それでは定例会議を行う」


 王城の一室にてこの日騎士団の定例会議が行われていた。

 人王国の騎士団は主に貴族に連なるメンバーによって構成されている。中には平民上がりの騎士もいるが、その様な人間はごく少数だ。

 現在この会議では騎士団の中でも主に各部隊を纏める隊長・副隊長クラスの人員が集められていた。


 しかし平時におけるこの会議は基本ありきたりの話題しかなく、悪く言ってしまえば退屈な時間でもある。

 さりとて国の防衛に関わることであるため手は抜けない。ベテランの老騎士がもう何年も似たようなことを聞いていたのだとしても、やはり今回も聞くという選択肢しかないのだ。

 居眠りでもしようものなら貴族として弱みを握られると言うことに他ならない。対面と体裁を重視する中々に面倒くさい貴族のやりとりも、この様な場では気を引き締める要素となるのだから皮肉なものでもある。


 今日もそんな退屈な会議が進み、ありきたりな経過報告と今後の予定を聞き何事もなく終わる。そう誰もが思っていた。

 しかし会議が終盤に差し掛かったところで室内に小さなざわめきが広がっていく。

 それは配られた資料の最後に新たな提案・検討事項のものが挟まっていたからだ。


 別に規律違反などではない。しかるべき手順と規定に則り懸案事項として会議に議題を提出することは何ら問題はない。

 しかし現在騎士団は多少の問題はあれど滞りなく運営を行えている。保守的な考えではあるが、問題が無いのであれば今のままで良いのではないかと言う考えをする人物はそれなりにいるのだ。

 であるとするならこの資料は何らかの新しい問題が出てきたと言うことを意味しているのではないか。そう思った騎士はそれなりにいるようで、ある者は面倒くさげに、またある者はため息交じりにその資料に目を通し始める。


 資料の表紙には『軍馬に代わる新たな可能性』とタイトルが記載されていた。

 作成者は騎士の中でも最下層に位置する者。平民上がりの騎士であり、故に騎士団と下位組織の兵士隊との橋渡しをしているある部隊の長だ。

 なお彼はその出自故にこの場に出席する権限は与えられていないため、こうして資料のみが提出される形となっていた。


「ふむ……軍馬の代わりに魔物か」


 そこには獣魔と呼ばれる魔物の使役法による有用性が記載されていた。

 資料によれば軍馬と違い獣魔契約を行った魔物は主の意思を汲み取り動いてくれること。また魔物であるが故に単体で戦闘能力を持ち得ること等が書かれていた。

 更に具体例としてある獣魔師の戦闘時の動きなども明記されている。

 だが……。


「話にならんな」


 ある老騎士がそう切って捨てるとそれに続く形で同年代の騎士が同意を示す。

 するとその老騎士が立ち上がり、資料を片手に周囲を見渡しながら口を開いた。


「この場に分からん者はおらぬとは思うが、あえて言わせてもらおう。確かにこの資料にある様に有用性はあろう。軍馬に代わる新たな可能性とやらもあるだろう。しかしそれは可能性であり実現性としては乏しいと言わざるをえん」


 そして彼は説明を続ける。己の考えが騎士団の総意であるかのように。


「我らに必要なのは有能性があるだけのものではない。質、そして数、最後に信頼性だ。この場にいる者に問おう。仮にこの案が可決されたとて軍馬に成り代わるものと思う者はいるか?」


 その問いに返す言葉は一つもなかった。

 老騎士に対する他の騎士が互いの貴族としての立場の違いもあるが、それ以上に彼らとてその言葉の意味が分からぬほど愚かではない。

 もし獣魔が有用であれば、少なくとももっと数がいるはずなのだ。それこそ街道を征く行商や乗合馬車など使用用途は多岐にわたる。

 しかし現状彼らの知りえる中で獣魔と言えるのは例の冒険者のみだ。知識としてならば他の獣魔を使役する存在もあるが、身近な実例としては一つしかない。

 その実例の少なさが実現性の乏しさとその難易度に直結している。


 更に軍馬と比較すると獣魔の扱いも不安材料だった。

 彼らは騎士であり軍馬の世話係ではない。馬術は必要な技能ではあるが、日々の世話はそちらの専門家に任せてあるのだから。


 話をまとめよう。

 騎士団……つまり彼ら集団に求められるのは高い質だけではない。突飛出た少数の性能よりも画一的な全体が求められる。


 無論獣魔を駆る少数の騎士による使い道はあるだろう。しかし新たに立ち上げるためのコスト、運用方法・ノウハウ確立までの時間。そして何より現在が平時であるという緊急性の無さ。

 これらを総合するとメリットよりデメリットが大きくなり、結果先の老騎士の言葉が回答となるのだ。『話にならない』と。


「皆の沈黙を以て総意と見做すべきだと私は思うが……どうかね?」

「……ではこの議題は否決としよう。本日はこれにて解散!」


 議長の一言によりこの提案は騎士団で見送られることになった。

 集められた一同は席を立ち、皆己が部隊へと戻っていく。




 ……そんな中、先の老騎士を始めとした一部の強かな面々は獣魔の検討に入っていた。

 騎士団として運用するには不適切。しかし個人や私設部隊ともなれば話は別。

 彼らは騎士であると同時に貴族である。敵はどこに潜んでいるか分からない、なんて立場の人間だ。

 そんな立場の人間に対し常時付き従い契約によって裏切ることもなく単独で戦闘力を持つ騎乗出来る生物の存在は喉から手が出る程欲しいものであった。

 今回の提案時の資料で獣魔の情報が補完出来たこともこの行動に拍車をかけていると言えよう。



 ……と言う名目が彼らの中で半分を占めていた。


 残り半分の理由は権謀術数蔓延る腹黒貴族界隈に席を置く彼らにとって、無二の心で付き従うある冒険者の獣魔の存在が非常に羨ましかった。


 端的に言おう。彼らとて"癒し"が必要な人間なのだ。



 ◇



「ほんと、ヤマル君はやってくれたわねぇ……」


 魔術師ギルド大会議室にてギルドマスターであるマルティナは議長席で頬杖をつきながら盛大に溜息を吐く。

 普通ならこんな態度をすれば周りから多少なりとも窘められるものなのだが、残念ながら現在彼女にその様なことを言う人物は誰もいなかった。

 

「開発班としては是非とも最優先で魔法の研究を……!」

「いや、それこそ魔道具班が先だ! こちらの成功は魔道具売買に直結するんだぞ!!」

「研究ならば今こそ獣魔契約に対して本腰を入れるべきでは? 魔法も魔道具もすでにある程度成果は出ているのだ。諸君らも新たな魔術戦をその目で見ただろう?」


 喧々囂々けんけんごうごう、皆がそれぞれの立場から言い合い収拾がつく予兆すらない。

 今回この場に集まったのは先の模擬戦にて現地にいたメンバーと各部署のリーダー達だ。


 魔術師ギルドは他のギルドとは違い会社の様な組織体系をとっている。

 魔法を研究する部署、魔道具を開発する部署、魔法戦術を練る部署など大小様々な集団により構成されていた。

 野丸やエルフィリアなど特殊な肩書を持つギルド員は個々で活動をしているが、大抵の魔術師は何らかの部署に所属している。

 例えば『風の爪』のスーリは魔術師ギルド員として見た場合『現地での実地運用』と言う名目になり、魔法戦術関連の所属と言った具合だ。


 さて、話を戻そう。

 事の発端は先の野丸の模擬戦だ。あの時現場にいたギルド員(+非番メンバー等他複数)が見た光景は専門家である彼らをして度肝を抜かれる光景だった。

 あの戦いで驚いたのは冒険者ギルドや傭兵ギルド、騎士団なども含まれるが、驚愕の度合いからすれば魔術師ギルドが頭一つ抜けている。

 それは彼ら魔術師ギルドの人員の大半は研究員気質であり、それ故にあの時何が起こったのかを正しく理解してしまったからだ。


 彼らのそれぞれの言い分は魔法に精通しているマルティナとて理解している。

 そして一度に全て手を出すことが出来ないことも立場上分かっている。そしてそれは有能な彼らとて理解していた。


 だから彼らは声高らかに叫ぶのだ。自身らが望む研究を先にすべきだと。

 マルティナにとって頭の痛いところはどの研究も有用であるところだろう。ヤマルの戦い方はまさに研究の場に一石を投げたどころか巨石を叩きつけたようなものだ。

 しかも可能性ではなく実例としてすでにあるのが猶更始末に悪い。


「君たちも見ただろう! あの魔法の数、展開速度、汎用性の数々! しかもそれを行ったのは我々より魔力量も適正も無い人間だ。アレをモノにしたときの有用性は同じ魔術師なら分かるはずだ!」


 魔法開発班の一人が我こそは正義と言わんばかりの口調でその有用性を説く。

 人間の魔法は基本は詠唱を行い魔法名を告げそして効果が発動する。その為威力はあれどその間は術者に隙が出来ると言う弱点がある。これは一般的な常識として魔術師のみならずほとんどの人間が知っていることだ。

 だが彼は詠唱を行わず、魔法名も唱えず、多種多様な魔法を使用した。

 一応マルティナは野丸の魔法が《生活魔法》であること、その為詠唱がない事、更には彼の努力により魔法名を省略したであろうところまでは予想していた。

 しかしそもそも《生活魔法》は攻撃魔法ではないのだ。今回のように刺したり投げたり防いだり敵を木っ端微塵にする威力は断じて無い。


(会議の日程もう少し見送るべきだったわね……)


 マルティナとしては原因の大元である野丸をこの場に召喚できればとりあえずは紛糾状態は避けられたであろう。その後、彼が質問攻めやら色んな事になる事に目を瞑ればだが。

 一応彼には魔術師ギルドに出頭するよう令は下している。向こうの都合とすり合わせた結果、やってくるのは明後日の予定だった。

 本来であればその時にこの会議を行う予定だった。しかし残念なことに彼らからすればその数日すら惜しいようでこのように会議の早期開催を押し切られる形となってしまった。

 そして結果は見ての通りである。


(まぁ皆の気持ちも分かるのがなんともねー……)


 マルティナとて魔を研鑽する魔術師なのだ。ギルドマスターと言う役職についていなければあの輪に混ざりたいとさえ思っている程である。

 しかし曲がりなりにもこの立場にいる以上は一歩引いた目で見ることを強いられる。


「マスター! やはり今すぐ彼を召喚するべきではないでしょうか!」

「あー、今日は無理よー。明後日まで我慢しなさい」


 ちなみにこのやり取り、すでに四度目である。

 なお当の本人は本日別件のため呼べなかったが正確なところだ。マルティナが持っている権限で無理矢理呼び出すこと自体は可能だったが、後々面倒になるのが予想出来たので引いた形となった。

 それにマルティナに取っては野丸も同じ魔術師ギルドの一員である。ギルドマスターとしてはメンバーの身の安全も考慮しなければならず、目の前の猛獣蔓延る檻の中に安易に彼を放り込む訳にもいかなかった。


 また彼を庇う理由の一つとしてマルティナが極めて個人的な感情で恩義を感じていると言うものある。


(色々やらかしてはいるけど、内容的に体験出来ない事が多すぎるのがねー)


 マルティナから見た場合野丸は仕事を増やすトラブルメーカーではあるが、それと同時にその内容は希少なものが大半を占める。

 異世界人としての見識、獣魔契約、エルフとの邂逅、伝説の魔女との遭遇。そして今回の模擬戦内容全般。

 一つ一つを見ればどれも絶対に起こりえない確率では無い。しかしこれを一人の人物が立て続けに起こしているのだからいい加減食傷気味にもなると言うものだ。


 しかし過去の魔術師ギルドマスターや魔術師の系譜の人達ですら成しえなかった経験を今自分がしているという歓喜は何物にも代え難い。

 特にかの伝説の魔女として今なお語り継がれるウルティナと出会い、話し、そして『マルちゃん』とまで呼ばれた事実は、マルティナにとって野丸に恩義を感じるには十分な理由だった。


「あの魔道装具をもっと調査しましょう! 魔術師としての適性が無くともあそこまで魔法を扱えたともなれば、最も注目すべきは彼の装備でしょう!」

「いや、やはり獣魔の存在は大きい。いっそのこと御老公を呼べないか? 今一度獣魔師として話をしっかりと聞くべきだと考えるが」


 まだまだ終わりのない話し合いは続く。




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~おまけ~


各ギルド等の大雑把な反応


冒険者・傭兵ギルド「あの武器欲しい!」

王国騎士団「獣魔……悪くないな」

商業ギルド「臨時収入ひゃっほーーい!!」

魔術師ギルド「……(実験動物を見るような目)」

兵士隊「疲れた…………」

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