第285話 救世主の舞


「ヤマルちゃんー! カッコ良かったわよー!!」

「ありがとうございますー!」


 会場を移動中、茶色……ではなく黄色い声援に軽く手を振り声を返す。

 視線の先には以前ギルドの依頼で手伝いをした大通りの肉屋の奥さんだ。ここに居ると言うことは多分今日は出店をやっているのだろう。


「……おにいちゃん、年上好き?」

「……少なくともレーヌが考えてるようなことはないよ。人となりは好きではあるけどね」


 ボソボソと小声で言われたことにそう返す。

 現在先ほどまで関係者スペースに居たメンバーは全員移動中だ。向かう先は特設ステージの裏手である。

 こうして無事五体満足でいられたため、ルーシュの踊りを見に行くことになった。


 しかしこの場には先ほどまで主役をやってた自分とコロナを始め戦狼状態のポチにエルフィリアといつもの目立つ面々。更にレーヌら明らかに一般人ではない女の子が三人に、レディーヤ達の付き人が続く。

 おまけにその集団の前に数名の護衛が道を確保し、後ろも同じく護られているという布陣がなされては誰からどう見ても普通ではない集団だった。

 好奇と奇異の視線に慣れないなぁと心の中で思う反面、貴族とその周囲の人たちはどこ吹く風と気にした様子を見せないため流石だなと感心してしまう。


「しかし残念でしたね」


 ポツリと漏らすようにレディーヤの声が耳に届いた。

 何に対しての言葉なのかは、恐らく先ほど発表された模擬戦の結果のことだろう。


 今回の結果についてはウルティナが別の場所に設置したボードにて大きく発表される事になった。

 スピーカーがあるのだからその場発表でも良いかとも個人的には思ったが、どうやら聞き漏らしの可能性や勝敗を明確にするための処置とのこと。

 その後レーヌらの付き人の一人が確認を行ったところ、そこにはコロナの勝利と言うことが書かれていたらしい。

 なお近くでは賭けの配当金所がありかなり盛り上がってたそうだ。


「むしろ妥当だと思いますけどね。それでも惨敗じゃないのは自分にとっては出来すぎですよ」


 惜敗、と言うほどコロナとのタイムの差が無かったわけではない。

 時間に換算すれば誤差などではなく明らかな負け。それでも勝負としては成り立つ程度の差ではあった。


 ちなみにコロナはゴーレムを倒すための手段を探す際に、自分はゴーレムを沈める際に時間がかかっていた。どちらも時間を食ったのだが、やはり一撃の出力の差はいかんともしがたかったらしい。

 もう少し早めにゴーレムを沈めるか、別の手を出していればまた違った形になったかもしれない。しかしifの話を今更したところで結果が覆るわけではない。それを踏まえ、次に活かせば良いのだから。


 そんな話をしながらステージ裏手に回るとルーシュが出迎えてくれた。

 予想より多い人数とポチの大きさに驚いていた彼女だったが、すぐさま笑顔になりステージ脇へと案内する。

 流石に護衛の面々を入れる程の広さはないため彼らはここで一旦お別れだったが、やはり視線で何もするなとクギを刺されてしまった。


「ここなら皆見えると思うよー。それじゃ、私は準備あるから行くけど楽しんでいってねー!」


 案内された場所は本当にステージ脇であった。正面からは見ることは叶わぬものの、位置的には一番近い場所でもある。

 客席からは仕切りがあるためこちらの姿は見えないのも個人的には好条件であった。


 とりあえずレーヌ達少女組を最前列にし、レディーヤ達の付人三名が両脇と背後を固める。

 その後ろに自分が立ち、更にその後ろにコロナとエルフィリアを背に乗せたポチと言う配置だ。


「……今更だけど裏手で良かったの? こんなことしなくても皆なら正面の特等席で見れたんじゃないの?」


 護衛の面々がいなくなったので今だけは普通の口調でそう問いかける。

 彼女たちであればこんなことしなくても一番良い場所を陣取るぐらいは余裕でできるだろう。

 しかしそれは彼女たちとしては良しとしなかったようで、こちらの問いかけに対しレーヌは小さく首を横に振った。


「今日はお忍びだから……。それに後から来た私たちが占有したら、国民の皆さんの楽しみ奪っちゃうし」

「たまにはいいんじゃないかしら。こんな機会でもなければ裏手になんて来ることもないしね」


 確かに彼女らは基本表に出る人物であり裏方のような場所に来ることはまずありえない。

 そう考えればこの場も物珍しい場所と感じるのかもしれない。


「それにしてもヤマル様はルーシュ様とお知り合いだったのですね」

「あれ、あの子の事知ってるの?」


 召喚の話を知っているレーヌはともかく、シンディエラやフレデリカが彼女の事を知ってるのは意外だった。

 しかしその後更に聞いてみると、どうもボールド家の夜会に彼女は何度も招かれているとのこと。さらに言えば他の貴族の催し物の際でもたびたび見かけているらしい。

 そう言えばルーシュは前に貴族の夜会で引っ張りだこのような話をしていた気がする。


「自分はあの子の踊りを見るのは初めてなんだよね。だからちょっと楽しみでさ」

「あら、そうでしたか。ならば一つ注意を」


 注意?と聞き返すと、シンディエラがしたり顔をこちらに向けてきた。

 どこか悪戯っぽい笑みに若干の不安がよぎるが、どちらかと言えばこれから起こるであろうことに対して優越感に浸っているような感じだ。


「彼女の舞を見るときは見ることだけに集中できる環境を。手に何か持ったり飲食等は厳禁ですわね」

「……?」


 どう言うことだろうと自分を含めコロナやエルフィリアが怪訝な顔をする中、事情を知っている残りのメンバーは全員同意を示していた。

 救世主組として呼ばれ踊りが得意とするルーシュだ。何かしら特別なものがあるかもしれない。

 ただ事情を知ってるであろう他のメンバーがあまり危機感を持っていない為、踊り自体が危険な行為ではなさそうなのは安心できた。


 そしてステージ上に動きが訪れる。

 ルーシュがこちらの反対側から手を振りながら登場すると、会場からは割れんばかりの歓声が響き渡った。もしかしたら最初のステージの時にたくさんのファンが出来たのかもしれない。

 ステージ上ではルーシュが元気よく手を振り愛嬌を振りまき、その前方ではこの世界の楽器を持った人たちが出て各自準備をしている。

 ただ一点だけ気になることが……。


(なんで楽器の人たちが前なんだろう)


 こういう場ではメイン……つまりルーシュが一番前に出てくるものだ。単にこの世界の仕様がそうなっているだけかもしれないが、あの配置では彼女に音が十全に届かないのではないか。

 見れば楽器も日本にいるときに見たものと似たのが多い。自身はそこまで音楽関連に詳しいわけではないが、似たような性能であれば音は前に飛ぶものだと思う。

 だからこそどうしてもあの配置が気になってしまった。


「ねぇ、楽器の人たちが前出てるのって普通なの? 自分の感覚だとルーシュの後ろに配置なんだけど……」

「あの方の時だけですね。ちょっと訳ありでして……」


 訳あり?とフレデリカに問い返すと、シンディエラが横から彼女の口元に手を当て物理的に黙らせていた。

 とりあえず彼女の踊りを見るまでは何も聞かない方がよさそうだ。


 そして演奏が始まり、それに合わせルーシュがステージ上で踊りはじめ……。



 ◇



「ヤマル、どうだったー?」


 無事ダンスが終わりこちらへとやってきたルーシュが満面の笑みで聞いてくる。

 対する自分は先ほどの光景から立ち直るのにやっとの状態だった。


「……いや、何と言うか凄かったとしか……うん、凄かった」


 自身の感情を表す為の語彙力が追い付かない。

 しかし先ほどの光景を一言で表すのであれば『目を奪われる』と言う以外は無いだろう。


 ルーシュがやっていたこと自体は特別なものではなかった。始まった音楽に合わせステージ上で踊りを披露した。それぐらいだ。

 しかしたったそれだけで目を離せず、声を出すことすら忘れてしまった。

 今思えば自分以外の人も同じ状態だったと思う。彼女が踊っている間は誰も彼もが魅入り、音楽とダンス以外の物音が一切聞こえなかったのがその証拠と言えよう。

 格式高い音楽祭ならまだしも、先ほどまでゴーレムとのドンパチで大盛り上がりしていた祭りの場なのだ。その事実が更にその凄さを際立たせていると言える。


「ヤマル、もうちょっとこう気の利いた良い褒め方を……」

「う……そうは言ってもさぁ……」


 コロナに言われるまでもない。

 そりゃ自分だってあれやこれや色々褒め散らかして如何に俺はこんなに感動したんだぞ!みたいな事は伝えたい。

 でも何と言うか、本当に言葉が出てこないのだ。

 ここが良かった、あのパフォーマンスが素晴らしいなどと美辞麗句を並べ立てたところで、あの踊りの前では霞のごとく薄く、そして軽い言葉にしかならない。


「あはは、いーよいーよ。その顔で十分伝わってるから」


 朗らかに笑いながらバシバシと肩を叩かれた。ちょっと痛い。

 でもルーシュがそう言ってくれたのは正直ほっとしている。もしかしたら自分と同じような人を何人か見たことがあったのかもしれない。

 だからレーヌ、そんな目をしながら手を引っ張らないで欲しい。君は自分とルーシュの関係性をちゃんと知ってる人だろうに。

 そんなこちらの様子を見てかルーシュがくすりと笑い、しかし次の瞬間にはその顔が真顔へと変わる。


「それではレーヌ様、シンディエラ様、フレデリカ様。私はこれで失礼しますね」


 流石にルーシュも彼女らの顔は知っていたようだ。慣れた動作と普段とは違う口調で一礼をしてはその場を後にする。


 ……と思ったのだが。


「あ、言い忘れてた! ヤマル、さっきの戦ってた姿はカッコよかったらからねー!」


 少し離れた場所から大声と共に手を振りそれだけ言うと、こちらが何か言う前に彼女は走り去ってしまった。

 ……あーゆー不意打ちはほんとズルいと思う。ルーシュの様な子にそう言われて悪い気をする男はいない。

 そんな去り行く彼女の後姿を見ていると、不意に服の端を軽く引っ張られた。

 何となく嫌な予感がしつつそちらへ振り向けば、意外なことにそれを行っていたのはシンディエラだった。


「貴方もこれから大変ね」

「……他人事だと思って楽しそうですね」

「あら、他人事ですもの」


 ちくせぅ。だったら少し助けてほしい。

 せめてフレデリカだけでも何とか……。


「まぁ私が言ってるのはそう言う意味ではないのよね」

「……?」


 そういう意味、と言うのは現在進行形で向けられてる複数の視線のことだろう。特にコロナとレーヌからの圧が強い。

 しかしこれでは無いと言うことは一体何のことだろうか。


「ルーシュさん、前に言った通り夜会とかに良く出てるのよね」

「うん、それは聞いたね」

「その夜会って私達の様な貴族が主催する夜会なのよ」

「まぁ貴族じゃないとそもそも夜会する意味も資金もないだろうしね」


 それは彼女からも聞いていた話だ。この辺についてはどこも変な部分は無い。


「少し話変わるけど、男性からして彼女って綺麗と思わない?」

「え。んー……まぁ、そうだね」


 綺麗と可愛いを合わせたような子だからその点については同意はする。だけどこの場でそれを言うには色々と危ない橋を渡っている気分になるので止めていただきたい。


「しかもさっきの踊り凄かったでしょう?」

「うん、凄かった。それしか言えないぐらいに」

「だから彼女、結構人気があるのよ。老若男女問わずね」

「そりゃそうだろうね」


 あんな見目の子が素晴らしい踊りをして、しかも性格は明るく元気な子だ。人気が出るのも十分頷ける話だ。


「まぁでもやっぱり年齢的なところもあって特に若い男性からの人気が高いのよね」

「うん、分かる」

「具体的にはあの辺にいる人達ね」


 そう言う彼女が指さす先には、先ほどの関係者席の傍に陣取っていた男性貴族の面々だ。彼らも場所を移動したらしく、今はこちらにほど近くステージが見える位置に陣取っていた。

 確かにシンディエラが言うように、夜会で良く見かけるであろうルーシュが彼らから人気が出るのは容易に想像できる。


「さて、そんな子が大声でカッコイイと言っていたのよね、しかも名指しで。きっとあの辺にも聞こえたんじゃないかしら」

「…………」

 

 え、何。完全に貰い事故じゃん。俺何も悪くなくない?

 しかしそれが通じるかと問われたら即答で通じないと心が告げている。


「ね、これから大変そうね」


 目の前の令嬢の楽しそうな言葉に本日何度目かの肩を落とすことしかできなかった。




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~おまけ~


ウルティナ「あの子のダンスすごかったわねー。私もびっくりしちゃったわよ」

ヤマル「あれ、師匠も見てたんですか」

ウルティナ「まーね。あの子、君と一緒に呼ばれた子でしょ? 救世主組とか言われるだけあるわねー。興味深いわ」

ヤマル「……?」

ウルティナ「何よ、その顔」

ヤマル「いえ。確かに凄いダンスでしたけど、師匠がそこまで手放しに褒めるの珍しいなって思って」

ウルティナ「あー、だってあの子のダンスあれよ。極まりすぎて特殊能力スキルにまで昇華したたぐいよ」

ヤマル「……は?」

ウルティナ「魔法的に言うなら広範囲魅了系って感じかしらねー。見たところ感性を持つ生物に対して視認すれば惹きつけるってところかしら。高い精神耐性持ってなければ強制的に意識をそっちに持っていかれちゃうわね」

ヤマル「えぇ……そこまでですか」

ウルティナ「だから一緒に出てた楽器メンバーは視認しないよう前に出てたんでしょうね。それにステージが少し離れてるのも、飲食屋台がステージに対して背を向けてる配置なのもそれを考慮してるんじゃないかしらね」

ヤマル(そう言えば祭りに関してはセレブリアさんも噛んでたんだっけ……これを見越してだったのかなぁ?)

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