第284話 "高み"と"可能性"
「あんま心配かけさせないでね」
「わふ……」
結局吐き出さないポチを心配し慌ててウルティナに相談に行ったのだが、彼女からの返答は特には問題無いとのことだった。
たまに忘れそうになるがポチは犬ではなく戦狼と言う歴とした魔物。ウルティナが言うには魔物は自身の魔力補充対策として魔石を食べることもあるらしい。
今までこのような事が無かったのはポチは野生の魔物と違い安定して自分等と食事を取れていたからだそうだ。
また戦狼と言うあまり魔力を使う種族でも無いのも理由の一つとのこと。
ただ今回は《
とは言え食べたのはその辺の魔石ではなくあのゴーレムの核。内包する魔力量は相当量なものだと推測できる。
その点も聞いてみたが魔石を取り込んでも一気に増えるわけではなく、じんわりと馴染んでいくものだと説明を受けた。
この辺は無機物系の魔物を例に挙げられたことですんなりと納得できた。あの種類の魔物も魔石を取り込めば即魔物になるわけではなく、その魔力が馴染むことで形をとったり意思のようなものを持つようになるのだそうだ。
今回のゴーレムはウルティナ手製の体と魔石を使用したのでその工程は省略されていたが、自然発生のものは概ねその様になっている。
ただポチについてはそれなりに馴染むまでは念のため戦狼状態のままでいるようにと言われた。
何にせよ特に問題無い事にホッと胸を撫で下ろす。
とりあえず皆が待つ場所に戻ると、その場にいた全員が拍手をもって出迎えてくれた。
……何だろう、悪い気は全然しないのだがものすごくこそばゆい。
ただし周囲の護衛の人たちはポチが戦狼のままの為か若干警戒気味である。護衛対象の三人のそばにこんな大きい魔物がいては無理もないので、そこは割り切る事にした。
「ヤマル、お疲れ様」
「ヤマルさん、お疲れ様です」
「ん、ありがと。何とかなってホント良かったよ……」
コロナとの勝敗以前にゴーレムに勝てるかどうかすら怪しかったので、その辺については本当に良かった。
これで少なくとも勝負の形にはなったので、外野にとやかく言われる要素が一つ減ったのは嬉しい限りだ。
「んーと……どうだった? ちょっとはそれっぽさは出せたかなーとは思ってるんだけど」
拍手で出迎えてはくれたものの、以降はずっとこちらを見るだけのレーヌ達。
ただシンディエラだけは小さな笑みを浮かべており、『まぁ良かったんじゃないかしら』と内心で言ってそうな表情だった。
しかし真っ先に何かしら言いそうなレーヌとフレデリカが何も言わない事に少し不安はある。いくら王侯貴族とは言えあまり見慣れない光景だったことは間違いないだろう。
自分が弱いことはこの二人は知ってるはずだし心配をかけさせてしまったかもしれない。
「……えと、すごかったなぁ……と。おにいちゃん、思ったよりずっと戦えてて……」
「素敵でした、光の剣が舞う様は見惚れる程に……。やはりヤマル様は英雄様なのではないですか?」
無い無いと苦笑を漏らしフレデリカにそう返し、レーヌにはありがとうと笑顔で答えてみせる。
すると次に声を掛けてきたのは意外にもシンディエラの執事のセバスチャンだった。
「ヤマル様、それにコロナ様。お二方ともお見事でした。長年様々なものを見てきましたが、とても印象深い一戦だったと思います」
「ありがとうございます。でもそちらから見たらまだまだ拙い部分が沢山出てたのではないでしょうか」
コロナはともかく自分は使える魔法とか戦いの幅は広がってはいるが身体能力はさほど上がってはいない。
彼らからすれば今回の戦いも『自分ならあそこでこうする』『もっとこうすれば良かったのではないか』等の改善点が見えたのは想像に難くないことだ。
「私とて多少は武を嗜んだ者。確かに思う所が無かったわけではないですが……」
そうですね……と少しの思案の後、セバスチャンはまずコロナの方へと体を向ける。
「コロナ様はその若さながら皆に"高み"を見せてくださいました。種族の差はあるかもしれませんが、それでも人はあそこまで動き戦える強さを持ち得るのだと感じたことでしょう」
真面目な顔でその様に告げられたコロナは気恥ずかしかったのか、頬を赤らめ俯いてしまった。
ただまんざらでも無かったようでどこかうれしさを帯びた小さな笑みを浮かべていた。
そして次にと彼はこちらへと向き直る。
「そしてヤマル様は"可能性"を示してくれました。これは純粋な強さだけでは計れない凄い事です。貴方の戦いはきっと
「そこまで評価していただきありがとうございます。でも流石に過大評価かと……」
「いえ、純粋な感想です。最初はきっと小さな変化でしょうが、間違いなく何かしら影響が出ると思われます」
影響……かぁ。どうもピンと来ない。
自分の戦い方にこの世界の人が得るものとは何だろう。小狡く小賢しく戦う手法とか?
……嫌だなぁ、仮に広まったとしてそんなことで名を遺すとか。今回ので《
「あまり自覚は無いようですが貴方の戦い方全てが私に……いえ、我々にとって新鮮そのものですよ」
「それは……いえ、まぁ確かに珍しいとは思いますが。でも物珍しさはあっても他の人にとって有用かは……」
セバスチャンが言うように自分の手持ちの札は他の人が持ちえない珍しさの塊という自覚はある。
ただそれがイコール強さにつながるかと言われたら疑問だ。
少なくとも物珍しさは初見相手には十二分に発揮するが、それも今回のことで色んな人に露見した。対人戦闘などするつもりは無いが、少なくとも相応に戦える人であれば対応策もすぐに浮かぶだろう。
正直対策と言う意味ではコロナの方が絶対に厄介だ。"
さらに彼女自身の動きも速く空まで駆けるのだ。三次元機動で縦横無尽に動きまわるのだから俺なら絶対に相手をしたくない。
「有用ですよ。
「爺、そこまでにしなさい。少し喋りすぎよ」
「は、失礼しました。年甲斐もなく興奮してしまったようです。ヤマル様、申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ」
シンディエラに窘められこちらに謝罪と共に一礼するセバスチャン。
しかし彼の言い分はなるほど、確かにその通りではあると思う。
この自分ですらあのゴーレムを倒せたのだ。それはつまり他の人材でも同じこと……いや、それ以上が行えるという証でもある。
もちろん自分が扱う《生活魔法》に適性のある人はあまりいないし、『魔力固定法』はマテウス直伝。
ポチとの獣魔契約に"
しかしこれらは全て他から与えられたものであり自身によって生み出したものではない。
才覚に寄らない強さの取得が可能と言う点においては、セバスチャンが"可能性を示した"と言う内容も的を得ているのも頷ける話だ。
そんなことを考えていると、やや下がった場の空気を察してかフレデリカが声を掛けてきた。
「あ、ヤマル様! その……もし宜しければお願いが……」
「? 出来る範囲で良ければいいですけど」
「あの、ヤマル様が使っていました光の剣を見せて頂くことはできますか?」
いいよ、と反射的に言おうとしたところで周囲の視線を感じ寸での所で言葉が止まる。
こちらに目を向けているのはもちろん護衛の方々だ。その視線からは『やめろ』の三文字が込められているかのような錯覚を覚える程である。
(あー……さっきも急に動こうとして止められたもんね)
コロナの模擬戦後のポーションを取り出そうとしただけでもその行動を窘められてしまった。
今回はフレデリカの申し出だから不審な行動ではないものの、頼まれたのは《
そんな物騒なものをこの場で出すな、と思われるのは彼らの仕事からすれば当たり前のこと。
何かあったときに対象を護ると同時に、何かを起こさないようにする事も彼らの務め。
とは言うもののその護衛対象からの言葉なので口には出せず、こうして目で訴えているのだろう。
「えーと……」
「ダメ……ですか?」
(ドレッドさん、ヘルプ! ヘルプミー!)
ただ小さい子が上目遣いでお願いしてくるとものすごく断りづらい。なんかこう、ものすごく庇護欲が掻き立てられ断るという行為に良心の呵責が付きまとってくる。
なので付き人の彼に目配せをし救援を念じる。それはもう必死に訴える形で。
彼もすぐにこちらの視線には気づいたらしく、若干の逡巡の後こくりとその首を縦に振ってくれた。
「……ヤマル様、構いませんよ。そもそもお嬢様方を害する方ならもっと以前にも機会はあったでしょう。むしろこれだけ人がいる中で堂々とやっていただいた方が我々としても助かります」
他の護衛の面々もドレッドが許可を出したことには少々驚いたようだったが、続いた言葉を聞いてはひとまずは納得したようだった。
ただ彼らの視線は相変わらずであり、余計な仕事を増やすんじゃないぞと物語っている。
「では失礼して……」
皆に注目される中、《軽光剣》を一振り生み出す。念のため刃を上に向けた状態で自分より若干高い位置に出しゆっくりと下ろしていく。もちろん今回は刃は潰しているので安全面の考慮も忘れない。
目の前に出た《軽光剣》と同じかそれ以上にキラキラと期待に瞳を光らせているフレデリカの姿に思わず笑みが零れてしまう。
「見た目は目立ちますが武器としてはそこまで強いわけではありません。今回は刃の部分を丸くしましたので触っても切れることはないですが」
「あの、でしたら持ってみても?」
「……振り回さないでくださいね」
一応ドレッドの顔色を窺いながら許可を出すと、フレデリカは嬉しそうに席を立ちこちらへとやってきた。
そして彼女の身長に合わせ《軽光剣》を更に下降させると、フレデリカはおずおずと手を伸ばしその柄を握りしめる。
「わぁ……軽いですね。重さを殆ど感じません」
自分はコロナで見慣れてはいるが、小さな少女が体躯不相応の武器を持っている姿と言うのは中々チグハグ感があった。
しかしフレデリカはその事を気にすることもなく、剣先を揺らす程度の動きで小さく剣を振っている。
嬉しそうに《軽光剣》を扱う彼女の姿に場が和み、先ほどのセバスチャンとの会話で蔓延しかけた緊張感も良い方向に解れたみたいだ。
その事に胸を撫で下ろしていると、ひとしきり触って満足したのか彼女が満面の笑顔でこちらへと向き感想を述べてきた。
「私、魔法を触れるなんて知りませんでした! ヤマル様、すごいです!」
瞬間、場の空気が変わったことを確かに感じた。
フレデリカとしては思った通りの事を言っただけだろう。事実、シンディエラとレーヌもフレデリカの言葉に同意するように頷いていた。
しかしある程度魔法を知ってる人であれば、普通これらは触れられるものではないのは常識となっている。
氷や土系等一部の魔法は使用したその瞬間は触ることは可能だが、少なくとも非実体の魔力は普通触れられるものではない。
しかし現にこうして術者以外の、それも特に訓練など行っていないであろう少女が普通に魔法を手に持っている現実。果たして皆の目にはどう映っただろうか。
(……まずったかなぁ)
物珍しい自覚はあったがまさかここまでなのは想定外だった。
どうしようかと本気で悩んでいると、不意に背後からポンと誰かに肩を叩かれる。
(助け舟!)
藁にも縋る思いで振り向くと、そこにはにっこりと満面の笑みを浮かべるマルティナの姿があった。
……いや、確かに今回の模擬戦は魔術師ギルド立ち合いの元なので何人か来ていたのは知っていた。ただしギルド長が自ら出張るなんて……。
(や、師匠いるからそりゃマルティナさんも来るよねぇ……)
もはや乾いた笑みしか出てこない。
ここのメンツですらこの反応だ。本職の魔術師がどの様な反応になるかなんて……。
「上司命令。明日以降でいいから必ず、か・な・ら・ず! ギルドに来るようにね?」
「……はい」
もはや逃げれぬと判断し絞り出すように返事を出す。即日ではないのは彼女なりのせめてもの情けか。
がっくりと肩を落とす自分に向けられていた周囲の視線は全て背けられ、マルティナの前にもはや次の助け舟を出す人はいなかったのだった。
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