第283話 模擬戦 コロナvsヤマル19(15~17)'
逃げ出したヤマルだったがやはりただで転ぶような彼では無かった。
ポチに移動を任せ、不安定な体勢ながらも彼は《軽光》魔法の武器を二つ投げつける。
(あの武器、何でしょうね?)
普段は剣や槍、盾を出しているのを見ているが、あんな形状の武器は見たことが無い。
どうやらそれは自分だけでは無いようで、実況席にいるドルンの声が若干興奮気味になっていた。
『ほぉ、俺ですら見たこと無い形状だな』
『ふむ、見たところ四枚刃の投擲武器だな。しかしあの様な形では扱うにしても相応の技術が必要ではないか?』
ブレイヴがそう指摘する通り、ヤマルが投げた武器は追いすがるゴーレムを外れその横を抜けて行ってしまう。
『まぁ見てなさいな』
しかしウルティナが問題ないと言わんばかりの口調でそう言うと、その武器は抜けた先で弧を描きゴーレムに襲い掛かった。
その瞬間、場内から驚きと騒めきの声が広がっていく。
「不思議……コロナさん、あれはどうやって曲げているんですか?」
「え。あー……ちょっと私の口からは……」
「お嬢様。ヤマル様達にとっては戦い方一つ取っても手の内になります。あまり込み入るのは困らせてしまうかと」
「そうなのですね。コロナさん、ごめんなさい」
「いえいえ。レーヌさんも知らなかった事ですし……」
(誤魔化した……)
レディーヤに窘められレーヌがあっさりと引き下がったことで事なきを得たが、コロナの笑顔が微妙に固いのは多分気のせいじゃないと思う。
(多分、《
前に練習で《
しかし見れば見るほど《追加構文》は便利だ。もしあの魔法を自分が使えるようになったらもっと魔法の幅が広がりそうなのに……。
例えば補助魔法を時間差で付与したり、《ガイアウォール》の形を変えたり……。
「「「おおおおぉぉぉ!!!!」」」
周囲の歓声に驚きヤマルの方を見ると、跳んだゴーレムの体にいくつもの穴が空いた瞬間だった。
"
(……あれが?)
ゴーレムの更に後、今もなお落ちることなく進む矢をこの目に捉えることができた。
まるで傘のように矢尻を変形させたいくつもの矢がゴーレムの体の一部を抉り取りそのまま飛んでいっている。
だが……
「おにいちゃん!!」
レーヌの叫びにつられ視線を戻すと、ゴーレムが穴が空いた体のままヤマルへ殴り掛かる瞬間だった。
しかし瞬時に《
「すごい……」
その動きに思わず声が漏れる。
防御と回避のみならず、同時に盾の破壊を起点とした反撃。さらに吹き飛ばされてもダメージを最小限に留める様に水の魔法を使用していた。
今の一度の攻防だけでどれだけの魔法が展開されたのか。
一つ一つの魔法はそこまで強いものではない。その事は自分はもとより、魔法を扱うことに少しでも長けた人であればすぐに分かるだろう。
でも魔法の展開速度と数が通常の比ではなかった。
もちろん普段から彼の魔法は見ているし、その利便性も知っている。ウルティナとの修業も何度も近くで見てきた。
それでも思わず感嘆の声が漏れてしまうのは、魔術師としての純粋な気持ちがそうさせてしまうのだろう。
「ヤマル様、大丈夫でしょうか……」
「動いてるのなら大丈夫よ、フレデリカ。でもここからどうするのかしらね」
「……コロナさん。おにい――さまなら普段どのようにされるのですか?」
またヤマルの呼び方を間違えそうになったレーヌからの質問に対し、コロナは目線は会場に注いだままゆっくりと口を開く。
「ヤマルは正面から戦うようなことは絶対にしません。相手との速度が現状一緒である以上、何かしらゴーレムに対して制限をかけるような手を打つはず……」
その答えに内心で頷き同意を示す。彼であればきっと何か手を打ち隙を作ることから始めるだろう。
しかしヤマルが出した答えは絶対にありえないと思っていた一手だった。
「…………」
自分を含め誰も声をあげることが出来ない。
ポチに乗ったヤマルの左右に《軽光盾》が二枚浮き、右手に構えた巨大な武器に全員の目が釘付けになる。
何故なら"転世界銃"の先端から長大な《軽光剣》の刃が伸びていた。その大きさは目の前のゴーレムよりも長く、そんな長大な武器を一人の人間が扱っているという姿は誰の目にも異常な光景に映る。
更にヤマルが武器を構えると光の刃から火が噴出し刀身へ纏わりついていった。
『いやー、何度見てもアレは映えるわねー』
『確かに規格外の武器は映えるが、鍛冶師からすれば実用面からは遠くなるもんだぞ』
『だがアレはロマンがある。うむ、やはり我が目に狂いは無かったな』
三者三様。と言うよりブレイヴだけ微妙に会話のニュアンスが違うように聞こえる。
しかし武器の大きさが相成って遠くのこの場からしてもありありと映るその姿。自分のような視力を持たない普通の人でも十二分にその存在感を感じれるだろう。
「こ、コロナさん。あれは……?」
「……ヤマルの魔法の一つ。だけど何で今あれを……?」
困惑するコロナだが、自分も同じ事を考えていた。
近接戦が不得手な彼があの武器で正面から戦うとはとても思えない。必殺技かも、とは思ったが、そちらはうまく当てないと発動しないタイプなのでこの考えもきっと違う。
一体何をしようとしているのか、と頭の中で様々な考えが巡っていると、その答えがヤマルの動きによって出される。
「おい、何にも見えねーぞ!!」
観客席から野太い声の野次が今の状態を物語る。
何故ならヤマルとゴーレムの間から急に霧が噴出し、双方の姿を覆い隠してしまったのだ。
ただしヤマルとポチの姿だけはそれぞれ光る武具を使っているからかぼんやりと位置だけは映し出されていた。
そしてそれがあるからこそ彼がどの様に動いたかだけ分かった。ぼやけて見える光がそのままゴーレムがいた方向に向けて一気に進みだしたのだ。
ヤマルのことだからあの濃霧の中でもきっとゴーレムの位置は把握しているとは思う。でも彼にしては珍しく一直線に進んでいるような……。
「あ」
そう声をあげたのは誰だろうか。
霧の中突き進んでいた光がある場所を境に急に停止した。自ら止まったと言うよりは何かに止められたかのような挙動。
嫌な予感が鎌首をもたげると同時、濃霧越しに見えていた光が一斉に消滅する。
(まさか……)
ウルティナからの終了の合図は出ていないからゴーレムを倒した線は無い。
そしてヤマルが戦闘中に全てを……特にポチに掛かってた鎧を消すだろうか。……あの慎重派の彼がそんなことをするなんてあり得ない。
つまりあの中で《軽光》魔法が消え……ううん、消されるような何かが起こったと言うこと。
思わず心配で立ち上がりそうになったその瞬間、ヤマル達の周囲にあった霧が一斉に晴れ中の状態が露わになる。
そこから現れたのはいつの間にかゴーレムの背後に回っていたポチの姿。その直後、敵の攻撃をかいくぐり突き上げるような形で体当たりをくり出していた。
突き飛ばされたゴーレムが宙を舞い、背中からヤマルの方へと飛んでいく。
そしてその先ではヤマルが大地に二の足を踏みしめ長大な剣を構えているところだった。先ほどとは違い剣から火は出ていなかったが、代わりに三振りの《軽光剣》がその周囲に浮いている。
『さあ、出るわよ。成功させなさい』
ウルティナの物言いに『何が?』という疑問と『何かが』という期待が入り混じった空気が周囲に広がっていく。
そしてこれから起こるであろうヤマルの必殺技を思い出し、思わず祈るような形で手を強く握りしめていた。
数瞬の後、その時は訪れる。
浮いていた《軽光剣》がまるで意思を持つかのように飛び、その動きに合わせるようにヤマルの一撃がゴーレムの背を貫いた。
「ッ!!」
そして起こる大爆発。
ゴーレムに深々と突き刺さっていた刃がヤマルの必殺技によって爆ぜ、敵を内部から粉々に吹き飛ばす。
それなりに離れているはずのこの場所にまで到達する爆発音とその衝撃。
ヤマルがいた場所では砂塵が舞い、吹き飛ばされたゴーレムの破片が空からバラバラと力なく落ちていた。
突如訪れた戦いの終了の時。
それを決めたヤマルの『必殺技』に誰もが驚愕し声をあげることすらできない。
ただしコロナだけは何とも言えない苦笑と少しの心配を混ぜたような表情をしていた。多分自分も彼女と似たような表情になっていると思う。
何故なら爆発の直後、ヤマルの顔に《軽光盾》が直撃してひっくり返ったのが見えたからだ。あれは多分ものすごく痛い。
綺麗に決まらないあたり彼らしいと思い、そのらしさを見ると妙に安心してしまう。
『ほぉ、すごいな。あいつが使ってなおあの威力が出せるのか』
『ふふん、もっと褒めていいのよ。師が良いと弟子は嫌でもよく育つものなんだな、ってね』
『反面教師か。うむ、よく分かったぞ』
直後に『ゴッ!!』と何か殴打する音が聞こえたけど気にしないことにした。
横目に見ればブレイヴの頭にマイクなるものが突き刺さっているようにも見えるが多分気のせいだろう。
それはさておき。
「ふぅ……ちゃんと決まって良かったですね」
自分としてはちゃんと決めてくれて模擬戦が何とか終わったことにほっと胸をなでおろす。
ヤマルの《
それを知っているからこそ、無事必殺技を決めてくれたことには安堵の念しかない。
「私も使えればもっと強くなれるのに……」
「条件自体はコロナさん向きですもんね」
すでに内容を知っている自分とコロナだけがいつも通りの口調で感想を言い合っていると、ようやくレーヌ達も我を取り戻した。
しかし誰もがどう声をかけていいのか迷っているのか、はたまた感情がまだ整理出来ていないのか中々言葉を発せないでいる。
急かす必要も特にないので落ち着くまで待っていると、不意にコロナが何かを見つけたのかその視線が会場に向けられた。
「……あれ、ヤマル何してるんだろ?」
見れば倒れていたヤマルはいつの間にか立ち上がっており、何故か隣にいるポチの口を無理やりこじ開けようとしていた。
しかしポチにしては珍しくヤマルのやろうとしていることを拒否している。
流石に彼の腕力では戦狼の顎の力には敵うはずもなく、何度も挑戦をするもすべて徒労に終わってしまっていた。
「ポチちゃん、何か口に入れちゃったんですかね?」
そのシーンは見ていないものの彼の様子からそうではないかと推察する。
結局終了の合図が出された後もヤマルとポチのドタバタ劇はしばらく続くのであった。
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