第278話 模擬戦 コロナvsヤマル14


 野丸とウルティナの修行はコロナ組のやり方とは異なる。

 あちらが指針を示し実戦を以って体に教え込む方針を取った事に対し、ウルティナは逆にその方針は取らないと最初に宣言した。

 野丸としてもその事に対し異論があるわけではない。

 ただ何故その方針にしたかと疑問を投げかけると、ウルティナは何言ってんの?と言わんばかりの表情でこう答えた。


「だってヤマル君、体動かすの苦手でしょ?」


 別に苦手ってわけじゃ……と言い返そうとした野丸であったが、寸でのところで思いとどまる。

 この世界の色んなところを旅をしてそれなりに体力も付き体を動かすことにも慣れた野丸だが、それはあくまで日本人として見た場合である。

 他の人と比較した場合これでもまだまだ劣っていることは自覚しているからだ。


「それにあっちと違ってこっちは対応型だからねー。決まった戦い方みたいなものは無いからねー」


 対応型?と問い直す野丸にウルティナは我が意を得たりと言わんばかりの笑みで説明をする。

 コロナ達がやっていることは所謂自分達がやりたい事を相手に押し付けるタイプだ。戦いでいえば自身のペースで相手のペースを飲み込む、ないしは押し付ける形である。

 この手のタイプは一度ペースを取ることが出来れば一気に乗ることが出来る。ただしペースを崩されたりすると逆にガタガタにもなる。

 コロナもこの例に漏れない為、よくブレイヴの奇怪な行動で動きが硬くなるのはそのせいだ。


 対してウルティナがやろうとする対応型は先のブレイヴの例の様に相手の苦手なものを押し付けるタイプだ。

 そのため時間が経てば経つほど相対的に強くなり、一度ペースを握ったら離し辛い性質を持つ。

 弱点としては初速が鈍いこと。また対応型と言うだけあり、対応力……すなわち相手の情報をどれだけ握っているか、また幅広く手札を握っているかが重要となる。


「言うなれば決まった『型』みたいのが無いのよ。ヤマル君とこの世界で言葉で言えば後の先だっけ? そんな感じねー」


 だからこそ決まった動きを覚えるような実戦形式の修行は無いとウルティナは言う。


「それにヤマル君の戦い方自体はあたしに近いからね」

「え、そうでしたっけ?」

「そうよー。だから修行方法自体は考えるのは楽なのよね。あたしと似たようなこと出来るようにだけだし」


 なにやら不穏な物言いに野丸の頬に冷や汗が流れる。

 またいきなり何かするのではないかと身構える野丸だったが、そんな彼の様子を見てかウルティナは小さく笑いながら何もしないと手を振っていた。


「まぁまずは師匠らしくしよっかな。ヤマル君、あたしが今から《生活魔法》を使うから、同じ様にやってみてね」


 言うや否や、ウルティナの右手の人差し指の先から煌々と辺りを照らす火が灯る。

 そんな出力は無理だと言いたげな野丸であったが、とりあえずは言われた様に《生活の火ライフファイア》を使い同じ様に火を出した。


「じゃあ次はこっちねー」


 そう言うとウルティナは反対の左手から水を出す。

 それを見た野丸も同じ様に《生活の水ライフウォーター》で左手から水を生成した。出力に差はあれど、火と水を同時に出す姿は確かに見る人が見れば師弟に見える光景だ。


「なるほどなるほど。じゃあそれを一旦消して次もあたしと同じことをやってね」


 野丸が出していた魔法を消すのを見届けた後、ウルティナが再び魔法を使用する。

 しかし出した魔法は先程と一緒の《生活魔法》だ。右手に火、左手に水とまったく同じ光景。

 違いと言えばそれを同時に出したことぐらいだろう。


「さ、どーぞ」


 ウルティナに促され、野丸も同じ様に魔法を使用する。

 しかし普段彼が使い慣れているはずの魔法は中々発動せず、数秒を得てようやく両方とも出すことに成功した。

 しかし先ほどとは打って変わり野丸の表情に疲労の色が窺える。


「やっぱりね。ヤマル君、あなた同時に使う……ううん、違う魔法をの苦手なのね」

「まぁ……そうですね。昔から並行に物事を進めるのダメダメでしたし……」


 指摘されたことに対し野丸の表情が暗くなる。

 それはこちらの世界に来る前のこと。日本で、特に社会に出てからであるが、事あるごとに彼の仕事の速度が芳しくない事が指摘されていた。

 当人も先ほど述べたように、物事に対する並行作業……所謂並列処理マルチタスク能力の無さが挙げられる。

 これが例えば何かをしながらであれば問題は無い。最初に出した魔法のように《生活の火》を出し違う魔法を出すのは問題はないのだ。

 また同じ魔法を複数出す場合も特に問題は無い。

 しかし大分類的には同じ《生活魔法》であっても、種類も効果も異なる魔法を同時に生み出すことは苦手としていた。

 《生活魔法》同士の合成効果を持つものを使うようになったのも、異なる二つより一つの魔法として使ったほうが良いと判断したと言う経緯もある。


「でも良く分かりましたね。誰にも話したこと無かったのに」

「日中のヤマル君の魔法の使い方は見てたからねー」


 この程度なんてこと無いといった様子のウルティナだが、その言葉を聞いた野丸は何と言うかポカンとした表情をしていた。

 結構色々好き放題していたウルティナが実はちゃんと野丸を見ていたと言う驚きと、ちゃんと見ていてくれていたんだと言う喜び。

 そんな彼の内面を察してか、ウルティナがいやらしい笑みを浮かべながら彼の頬を突く。


「ん、ん? どうしたのかなー、惚れちゃった?」

「いえそれはないです」

「真顔で言われると傷つくんですけどー」


 なら先ほど芽生えた感謝の気持ちを返してください、と心の中で返しつつ、野丸はコホンと一つ咳払いをする。


「それで自分の苦手が分かったところでどうするんですか。これの克服とかが修行内容とか?」

「ううん、そっちでもいいけどあたしがやろうとしてるのはこれかな」


 そう言うとウルティナは先ほど同様に右手に火、左手から水を産み出す。

 何ら代わり映えのしない同時使用に野丸が首を傾げていると、ウルティナは今度は物凄くゆっくりやるからと告げた。

 意味も分からず首を傾げていた野丸であったが、ウルティナが再度魔法をしたところでその意味を知ることになる。

 彼女はまず最初に火を、続いて水を生成していた。


「これを物凄く早くすると、さっきみたいになるのよ」


 パッと見では同時使用に見える行為ではあったが、実際は物凄く早く魔法を繰り出してるだけだ。

 もちろんこの行為は単純に見えるがここまでの早さともなればそうもいかない。試しに野丸が同じ様にしたところ、ワンテンポ遅れるような形になっていた。

 しかし先の同時出しよりも早く展開が出来たあたり、この方法が彼にとって有効であることが実証された瞬間でもある。


「それで早くするにはどうすんですか。やっぱり反復練習とか?」

「最終的には反復してもらうけど、ヤマル君にはまずは"連鎖チェイン"叩き込むところからかな」

「師匠の叩き込むって物理的に聞こえて怖いんですけど……。その"連鎖"って魔法ですか?」

「違うわよー。これは魔法の技術……と言うかコツみたいなものかしらね」


 曰く、"連鎖"はウルティナ考案の魔法発動の技法の一つ。

 とは言えあくまでこれは技術的なものではなく考え方の一種だ。

 いまひとつピンとこない野丸に対し、ウルティナは彼の記憶から例にしやすそうな知識を引っ張り出し具体的に説明をする。


「魔法のパッケージングと言えばいいのかしらね。ヤマル君の好きなゲームだっけ? それで言うと先行入力のコンボかしら。前以て使用魔法を一元化するのよ」


 "連鎖"は読んで字の如く異なる魔法を連ねることを示す。

 野丸が可能な魔法の範囲で例えるなら、敵が一歩踏み出した瞬間に"地面を泥状化し"、"水分を凍らせ動きを止め"、"《軽光剣》で仕留める"。

 この三工程の魔法を一連の動作としてまとめておくことで、魔法の継ぎ目を極力無くすようにする。

 魔法の合成でもなく、同時に展開するわけでもなく、あくまで高速化を目的とした魔法のコツ。それが"連鎖"だ。


「持ってる引き出しを複数並行して出せないなら、対処可能な引き出しの総数増やさなきゃねー」

「頭使うものとは言えかなり力技のような……。でも"連鎖"なくても普通に魔法と魔法の繋ぎを短くする方法じゃダメなんですか?」

「二個や三個ならそれでもいいけどね。今のヤマル君なら覚えさせた《追加構文オーダープラス》を噛ませた方がずっと幅が出るのよ」

「あー……そういうことですか」


 《追加構文》は単体では意味を成さない魔法に付与する魔法だ。しかしこれも一つの魔法である。

 先の例の三工程全てにこの魔法を組み込ませたら倍の六工程となり、一つ一つの魔法の継ぎ目のラグが小さくてもバカにできない時間になるかもしれない。


「《追加構文》もある程度中身を決めて組み込むのが良いわね。毎回何を付与するか決めてたら隙になっちゃうし。変に欲しい構文付与して魔法が暴発したり不発しても困るでしょ」

「まぁ……確かにそうですね」


 《追加構文》はどの様な内容であっても付与だけなら何でもありだが、付与した内容が魔法に合わなければ発動しなかったり変な形となって発動したりする。

 そのために『この場合に出すこの魔法にはこの《追加構文》』みたいに決めておくことが大事であるとウルティナは説いた。

 その姿はまるで師匠のようである。いや、師匠ではあるが。


「という訳で頑張ってね」

「へ?」


 ニコリと笑みを浮かべるウルティナの周囲にはいつの間にか攻撃魔法と思しき球体が複数浮いていた。


「ヤマル君が捌ける範囲のちょっと上ぐらいでやるから。大丈夫、教えた"連鎖"に《追加構文》を正しく選択して使えば無傷で済むわよー」

「ちょ、ま……!」


 かくして有言実行と言わんばかりに野丸は"連鎖"の有用性を叩き込まれることになる。



 ◇



 結局のところ、自分にとって"連鎖"のイメージで一番近しいものはキーボードのブラインドタッチだった。

 打つ文字を頭で決めれば後は手が勝手に動く。キーボードを叩いている間は次のことを考えていられる。

 とは言えイメージ自体を掴むためウルティナの例は決して間違ってはいなかった。自分の中で一番合うイメージが単にそれであっただけのことであり、指針としては大いに役立ったとはっきりと言える。


 ともかく、自身に向いているイメージに気付いてからは"連鎖"の精度も上がり、初期に比べれば随分と的確に捌けるようになったと思う。

 何しろ今こうして実戦でその成果が出ているのだから。


(しっかしハマると俺でもここまで出来るのか……)


 ポチの背に乗りながら最初に使ったのは《土と水マッドシンク》。ただすぐに発動すると沈む前に避けられたり脱出される可能性もあった。

 だから《追加構文》を付与した。内容は『効果範囲内の地面に刺さった《軽光剣》が消えたら発動』だ。魔法の効果そのものではなく、発動のタイミングを任意で行えるようになるのはかなりの強みだと思う。

 足元の魔法を待機状態にし、氷塊を落とす準備が整えば後は向こうを動かすように仕向けるだけだった。


 結果は見ての通り。

 視線の先には既に胸元付近まで沈んだゴーレムの姿。斧も盾もすでにその一部が見えるだけで地面の中に埋没している。

 しかしゴーレムをあのよう形にしてからすでに三十秒は経過しているが、未だ終了の合図は鳴らない。

 まだもがくようにして動いているため、捕獲判定には至ってないのかもしれない。しかしそれも時間の問題だろう。

 流石に頭までどっぷり浸かったらウルティナと言えど判定を出さざる「――パキ」……ん?


「ポチ、何か踏んだ?」

「わふ?」


 何か乾いた音が聞こえたためポチに問うも何も踏んでないと首を横に振られる。


 ……パキ……ベキ、パキ………


 何だろう、この乾いた……いや、割れる音?

 音の発信源はすぐに分かった。目の前のゴーレムだったからだ。

 しかしもはや地面から出ている箇所が肩から上だけのゴーレムは表面上は何も変化が無い。


 こちらが使用した氷塊が砕けたか、と言われたらそうでもない。

 すでにゴーレムを押し込むために落とした氷塊は砕かれ、破片は地面の泥の水分と化している。


 そもそも何かしら魔法に変化があれば自分が真っ先に気付く。

 以前コロナとやった模擬戦のように泥状化から氷結をしたのであればそちらが割られている可能性もあったが、今回はそのようなことはしていない。

 泥を凍らせれば動きは止めれるかもしれないが、地面が固まればゴーレムのパワーで無理矢理にでも抜け出しそうな気がしたからだ。


 あらゆる可能性が排除されるも音は止まず……そして目に見える形で変化が訪れた。

 バキン!!と一際大きい音が鳴り響くと同時、ゴーレムの頭頂部から肩口にかけて裂傷と言えそうなほどの大きなヒビが入ったのだ。

 そしてそこが内側から砕かれ、中から新しいゴーレムが現れた。


 見た目を一言で言うなら木製のマネキン人形だろう。

 先ほどまで戦ってたずんぐりむっくりのSD体型ゴーレムとは打って変わり、ほぼ人の体型と変わらない体躯。その大きさは先ほどのゴーレムの半分も無いが、巨人族ジャイアントと見まがうぐらいの大きさはあった。

 沈むゴーレムの頭との対比からして、目算だが大よそ三メートルほどだろう。


 そんな新・木念人ボクネンジン君二号はまるで脱皮するかのように自身の体を足場に跳躍し地面に降り立つ。

 ただそれだけで分かる。分かってしまう。

 現在の目の前のゴーレムは先ほどの物とは全くの別物だ。あれは体の半分以上を捨てた代わりに、身軽さを手に入れている。


「――――」

「…………」


 ゴーレムの頭部がゆっくりとこちらに向けられる。

 能面ではなく眼の部分にスリットがあるため、何かしらの形で視力はあるのだろう。

 一気に体が小さくなった為か巨体からくる威圧感は激減したが、代わりに嫌な予感……いや、予想が全身を駆け巡る。


 大きな状態のゴーレムはコロナの天敵のような存在だった。では目の前にいる細い状態のゴーレムはどの様な存在か。

 ……言うまでも無い、きっとの存在だ。


「ポチ、走れ!!」

「――――!!」


 残った《軽光剣》をゴーレムに放つと同時、ポチが距離を取るよう走り出す。

 対するゴーレムはこちらに追随するように――つまりポチとほぼ同じ速度で駆け出していた。





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~チラシ裏・連鎖について~


連鎖を用いた場合、


高速で多用な魔法を同時展開のように見せるのがヤマル。


ヤマルの超高威力版+並列に魔法を展開するヤベーのがウルティナ。


理想値で一番有効な組み合わせがコロナの様な近接系(斬りあってる最中に魔法がいきなり飛んでくる)。



ヤマル「と言うより"連鎖"は他の魔術師に教えなかったんですか?」

ウルティナ「教えてもあまり意味が無かったからねー。"連鎖"って基本無詠唱で戦う子専門のようなものだし」

ヤマル「そうなんですか?」

ウルティナ「ほら、普通だと詠唱あるから間が出来ちゃうでしょ? "連鎖"使っても意味が無いのよ」

ヤマル「あー」

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