第277話 模擬戦 コロナvsヤマル13


 野丸がこの模擬戦の為に強化されたものが三つある。

 それが"武器"と"魔法"と"戦い方"だ。

 今回は武器について説明しよう。



 銃剣型全応兵装マルチアームズ"転世界銃テンセイカイガン"。

 後に野丸によって名付けられる、彼が愛用する銃剣の改良型である。

 名前の由来は『この世界をまわり完成した銃だから』。そう言った際の野丸の顔はやはりどこか気恥ずかしそうにしていた。


 この彼が持つ現在の銃剣はドルンによる純粋な強化とウルティナの魔改造によって変貌を遂げた。

 元々は精霊樹を素材とし、風の精霊石を用い、この世界に無い銃剣の形をした武器。とは言え正確には銃ではなく矢が出る代物だ。

 とても軽く、普通の弓よりも速く強く射れておまけに風の影響も受けない。溜めと連射機能を備えた正に一点物の武器。

 一見すればこれですでに完成形として十分に思えるが、見る人から見ればまだまだ改善の余地があったらしい。


 ドルンが行ったのはその銃剣が持つ欠点の解消である。

 精霊樹はとても軽量なのに下手な金属よりも硬い。その性質を利用しドルン達は大型の武器でかつ変形機構を備えた物を作成した。

 だがその代償として完成した銃剣は従来の武器よりも歪みや衝撃に弱くなってしまった。

 素材そのものはともかく、各種パーツ……特に変形機構の繋ぎ目部分は過度の負荷がかかると歪んだり壊れてしまう。

 他にも砲身部分が凹めば弾詰まりの原因にもなるかもしれない。


 もちろんドルンらドワーフが作った武器なのだから、普通に打ち合った程度で壊れるようなヤワな物は作っていない。

 ただこの世界基準で言えばこの銃剣はかなり精密な部類に入る。

 そんな物が金属の塊と打ち合えばどうなるかなんて火を見るより明らかだ。魔物との戦いで巨大な力が加わった場合も同様だろう。


 そこでドルンは"牙竜天星ガリュウテンセイ"で得た竜武具作製の技術を銃剣に使うことにした。

 各種パーツを竜素材、ないしは竜合金製にすれば耐久度は飛躍的に向上するし、近接武器としても十二分に使えるようになる。

 しかし使い手である野丸を考慮すると重さの面で適切ではなかった。

 更に言えば精霊樹が素体としてあるからこそ、風の精霊石との親和性が成立しているのだ。いくら竜の素材で強化が出来るとは言え、この部分を無くしてしまっては本末転倒である。


 ならばと彼は竜合金を塗布する手法を用いることにした。一度銃剣をバラバラに分解し、その上で全てのパーツに対しその処置を行う。

 塗布とは言え金属成分を含んだことで重量は若干増加するが、それを補って余りあるほどの剛性が獲得できる。

 これにより銃剣は本来の能力が備わったまま純粋な強化を施された。……はずだった。


 そこに待ったを掛けたのが我らがウルティナ=ラーヴァテイン。

 塗布前の段階で"牙竜天星"同様に自らのアイデアを盛り込んだ。しかし一から製作したコロナの刀とは違い、こちらはすでに完成された武器の改良である。

 そのため見た目はほぼそのまま、能力も突飛なものは付与せずあくまで元あった能力の強化に留めた。


 結果、一番変わった点と言えば、銃剣に埋め込まれた精霊石のすぐそばの一点。まるで精霊石に寄り添うように取り付けられた透明な宝石だろう。

 "牙竜天星"にもついていたものと同じ石が銃剣にも埋め込まれていた。


 以上の製作の過程をドルンとウルティナから聞き、改良された銃剣を受け取った野丸はこう言った。


「で、何やらかしたんですか?」


 彼の目が雄弁に語る。目の前のこの人が、こんな楽しそうな武器を改良する際に、自分のアイデアを入れたのだ。

 その結果が元々備わっていた能力の強化? 絶対にそんなはずがない、と。

 なおドルンが手がけた改良の部分に関しては手放しで信用している辺り、信頼度の差が如実に現れていると言える。


「いやー、それがね。なんと正真正銘ホントに強化なのよねー」


 しかし彼女の返した答えは至極まともなものであった。

 そもそもこの武器は刃止めがしているとは言え近接でも扱え、矢を高速で放つことが出来るため遠距離でも扱え、しかも精霊樹素体+精霊石の組み合わせにより魔術補助具の杖としても扱える万能装備。

 ウルティナが手を出したのはその"杖"としての能力の部分だと言う。


「そもそもヤマル君は杖についてちゃんと知ってる?」

「いえ。魔法を使うときの補助具としてあると便利ってぐらいしか……」


 そう答える野丸にウルティナは魔術の祖として杖について説明を始める。

 そもそも魔法は杖が無くても使えるものである。野丸の《生活魔法》も銃剣が無い時から普通に使用していたため、その辺りは彼も知ってはいた。


 では杖とは何か。

 簡単に言ってしまえば杖は術者が楽をするための道具であり、魔法を使う際に必要なものを肩代わりしてくれるもの。

 杖による性能の大小や指向性の違いはあるが、その効能は主に次の三種類に分けられる。

 それは"魔法性能向上"と"魔法構築補助"と"使用魔力低減"だ。


 "魔法性能向上"はその名の通り威力が上がったりする効力だ。

 杖に付けられた魔石の力を上乗せすることで、従来よりも魔法の効果が高くなる。

 オーソドックスな性能ではあるが、それ故に一番分かりやすく扱いやすい能力でもある。


 "魔法構築補助"は魔法を使う際の集中力が増したり魔力構築を肩代わりしてくれる。

 この能力が高いと魔法の発動が速くなったり魔法のアドリブがし易くなるなど細かいコントロールが効くようになる。

 また術者と杖の能力と使用魔法次第では無詠唱が行えるようにもなるそうだ。


 "使用魔力低減"は"魔法性能向上"に似ている。あちらが魔力を上乗せしてくれるタイプなら、こちらは魔力を譲渡してくれるタイプだ。

 消費魔力が少なくなると言うことは、魔術師にとっては魔法の使用回数が増えるという大きな意味を持つ。


 なおあくまで"主な"であり、中には"牙竜天星"のような特別な使い道もある。


 以上を踏まえた上で魔術師が杖を持つ場合、これらの能力をどれぐらいの割合で付与するかはそれぞれの考えや好みによって異なる。

 また複数の杖を所持してもそれらを同時に扱うのは難しく、精々魔法ごとに持ち替える辺りが妥当な使い道なのだとウルティナは言った。


「あ、ちなみにその精霊石には特に指向性が無いから満遍なくって感じね。と言うかその辺りの調整何もしてないってところかしらねー」


 そして思いだしたかのようにウルティナが銃剣の精霊石を指差しながらそう付け加えた。

 野丸がそうなのかとドルンに視線を向けるが、彼もその辺りは門外漢らしく良く知らなかったようだ。


「で、そこであたしが頑張って石の"連結"処置を行ったってわけ。杖って基本魔石は一つなのよね。複数埋め込んでも纏まりがなくなっちゃうって感じかしら」


 野丸からすればあまりピンとこない話ではあるが、ウルティナが施したこの石の"連結"は熟達した職人が長い月日をかけてやるものである。

 異なる魔石を連ね一つに見立てるため、従来よりも杖としての能力が純粋に強化されるのだ。

 ただし使用する魔石の性能が高ければ高いほど、施術の難易度も指数関数的に跳ね上がる。そんな難しい事この短期間で出来るのは、流石伝説の魔女と言われる人物と言えよう。

 惜しむらくはそのすごさが分かる魔術師ギルドの面々や杖職人がこの場に居ないことか。


「……つまりその石と"連結"って処置をしたことで、自分の魔法が強くなる?」

「その通り!」


 ぐっとサムズアップを返すウルティナはまるで一仕事を終えた直後のようなとても良い顔をしていた。

 そして野丸も魔法が強くなると言う事実に思わず口元が綻んでいる。

 無理も無い。野丸の魔法は今でこそ《軽光剣ディライトソード》など攻撃性能が出る様になったものの、元々は《生活魔法》だけあり威力は望めないものであった。

 《生活魔法》は《生活魔法》の良さがあることは十二分に理解はしているし、色々と便利であり使い方次第では戦闘にも応用できるのも知っている。

 しかしそれでも彼は思う。もっと威力が高ければ戦闘時にやれることがあったのではないかと。


「しかもこの石、何か見覚えないー?」

「え……? あ、これカレドラさんからって師匠に渡した石!」

「せいかーい!」


 それは野丸がカレドラから魔宝石を受け取った直後のこと。ウルティナに会うために持って行けと言われた石。

 あの時野丸はよく分からず受け取り、そしてウルティナに言われるがままに対価その二と言う名目でそれらを渡した。

 単純に口聞き用の品と思っていたため渡した後は彼の頭からは忘れ去られていたそれが、今目の前にある事に驚きを隠せないでいる。


「コロナちゃんのにもついてるけど、これ"竜の眼"って物凄いものなのよ?」


 ウルティナ曰く、この石はドラゴンの第二の魔石兼魔法のコントロール器官。

 ドラゴンの強大な魔力は生まれながらにして体内にある魔宝石と竜の眼、この二つが自然連結していることによる効果の賜物だ。それを暴走させずコントロールするのがこの"竜の眼"である。

 魔宝石と一緒で生きているうちは普通にドラゴンの瞳であり、死後それらが結晶化することで手に入れることが可能となる。

 純粋な魔力蓄積量では魔宝石には及ばないものの、魔石として使用した際の魔力の指向性能力は群を抜いている。

 "牙竜天星"の攻撃力を保ったままの魔道刃の展開は、この"竜の眼"を用いなければ発動しなかったであろう。

 なお市場価格は不明。あまりの希少性と入手難易度の高さから出回ることがまず無いため、値段が付けられない代物だ。


「そんな貴重なもの……いいんですか?」

「いーのいーの、道具は使ってこそよ。折角こんな未知数なモノを作れる機会が目の前にあるんだもの。飾るより使った方があたしにとっても有意義なのよ」


 普通の人間なら売って一生左団扇とか考えそうなものだが、金銭欲より知識欲を取るのはとてもウルティナらしいと野丸は思う。

 改めてそんなすごい改良をされた武器を手にすることが出来た彼の顔はとても嬉しそうだった。


「まあ性能の殆どを"魔法構築補助"と"使用魔力低減"に割り振っちゃったけどね」

「何してくれちゃってるんですかああああ!!」


 しかし追加で与えられた一言にヤマルは思わず絶叫を上げる。

 《生活魔法》は消費魔力が極端に低い上、デフォルトで無詠唱であり、更に野丸にとっては使いやすい魔法だ。

 それしか使えない野丸にとって最も不足しているはずの"魔法性能向上"能力を除外したとあっては大声を出すのも無理ない事だろう。


「だって威力上げたらヤマル君ふっつーの魔術師みたいな感じになっちゃうしー。そんな平々凡々な弟子なんか見たくないわよー」


 口を尖らせ文句言うなと言わんばかりの態度を取るウルティナに思わずかっとなりかけた野丸だったが、それでもぐっと堪え大きく息を吐き何とか平常心を保たせる。


「でもホントどうするんですか、それ。《生活魔法》を作った師匠なら、これの消費魔力が少ないとか知ってるでしょう?」

「もちろん」


 野丸に合わせた杖として改良を施したと言うのであれば、その彼がどの様な魔法を使うのかウルティナは知っている。

 むしろ魔法も杖も彼の目の前にいる同じ人物が作製しているのだ。使い手の当人以上にその事は分かっているはずの人物。

 そんな人物があえて必要そうな能力を切ったのだ。

 『面白そうだから』と快楽主義者的な部分がかなりあるウルティナではあるが、少なくとも全くの無駄なことはしない。

 それなりの付き合いになる野丸もその辺りが分かっているからこそ、先ほどは怒りの矛を収めることが出来た。


「大丈夫、任せなさいって。あたしがちゃーんと面白……コホン。良い使い方教えてあげるから!」


 本当に大丈夫だろうか、と不安な面持ちをする野丸であるが、彼のそんな感情は杞憂である事を知るのはもう少し後になってからのことだ。


 後に野丸は語る。

 確かに不安になったのは杞憂だった。師匠から教えてもらった方法は恐らく他の魔術師では真似できない事であり、自分でも戦うことが出来るようになった、と。



 しかしその後、彼は『でも普通に"魔法性能向上"付けてた方が楽だったような……』と付け加えたとも言う。



 ◇



(ほんと、楽になったなぁ)


 巨大な氷塊をゴーレムに落とし沼に沈める最中に思わずそう心の中で声が漏れる。

 あれほどの大きさの物の生成は前から出来たが、いくら《生活魔法》とは言え自身の魔力ではかなり無理をしないと駄目であった。

 それが"転世界銃"の補助により普通の《生活魔法》を使う程度の消費量まで下がり、尚且つ普段以上に魔法の出が早い。

 魔法の同時展開の速度や複数展開時の精度も上がった。しかも感覚的に物凄くやりやすい。

 お陰でゴーレムと相対してから常時こちらが思った通りに魔法が出て動いてくれている。


 そしてこの能力強化は自身のみならず"転世界銃"にも……正確に言えば風の精霊石にも適用されていたのは嬉しい誤算だった。

 "魔法構築補助"と"使用魔力低減"により、溜め撃ちや連射を使用する際のチャージ時間がほぼ消えたのだ。

 機能を使用するまでの必要魔力量が減った上に、それを束ねるための処置能力が"竜の眼"によって強化されたからだが、刻一刻と変化する戦場において素早く次の手が打てるようになったのはとてもありがたい。

 先の氷塊を生み出してから風の砲撃を発射する一連の動作もタイムラグ無しで行えたのは、ひとえにこの強化があってこそだろう。


(しかもこれだけ酷使しても大丈夫なのね)


 戦闘開始してから"竜の眼"はずっと淡い黄色の光を放っている。

 その名に違わぬよう石の中には一筋の線が映り、まるで本物の竜の眼のようであった。

 しかし道具は使って初めて効果を現すもの。この"竜の眼"がずっと光っているということは、つまり常時魔法を使い続けていると言うことに他ならない。

 現に今も追加でゴーレムの頭上から氷塊を落として沈める速度を速めている。


(これも師匠のおかげだよなぁ。死ぬかと思ったけど……)


 常時魔法を使うという有用性、そしてそれを扱いこなす技術。

 それらをウルティナに叩き込まれたあの修行の日々をふと思いだしてしまい、背中に嫌な汗が流れていくのを感じていた。



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