第276話 模擬戦 コロナvsヤマル12


「よっし、初弾命中! 兜まで飛んだのはラッキーだったね。じゃ、そろそろ行くよ!」

「わふっ!!」


 模擬戦会場からある程度離れた小高い丘の上。そんな場所を自分は模擬戦の初期位置に決めた。

 そこからは会場が一望でき、そして祭り会場からは離れている為直線上に遮蔽物になりそうなものは何も無い。

 つまりここは狙撃をするには絶好のポイントだった。

 普通ならこんな位置から攻撃を仕掛けても当たらないのだが、相手が巨躯で鈍重なゴーレムだからこそ自分でも狙いをつけることが出来た。

 開始直後で相手が動いていないと言う部分も大きかっただろう。


「ゴー!!」


 そして即座に会場に向けポチに乗ったまま駆け出していく。

 ポチの足なら模擬戦会場の外周に到達するまで大よそ三十秒。失格判定が出る前には十分間に合う距離だ。


 ウルティナの設定したルールでは総計六十秒以上会場の外に居た場合は失格と定められている。

 だがこれは逆に言えば『六十秒までなら好きに外に出ても良い』とも取れる。

 だから初手で狙撃で強襲が出来る手段を取った。そしてゴーレムの兜が跳ね飛ぶ上々の結果を得ることが出来た。

 後はポチで会場まで駆け抜ければ失格も免れることができる。


「ポチ、違和感あったらすぐに教えてね!」

「わん!」


 そして眼下のポチは普段と違う姿をしていた。

 現在のポチは光る防具をその身に纏っている状態だ。これは自分の《軽光》魔法で作ったポチ専用の防具である。

 防具と言ってもガッチリと全身を包み込んでいるわけではない。《軽光》魔法の武具は一度作成した後は基本伸縮は出来ないため、ポチの動きが阻害されない程度に留めてある。

 その為身につけているのは視界の邪魔にならない兜に両足の前面部四箇所。防具としての性能はそこまで良いとは言えないものの、《軽光》魔法の武具は重量が無いため追加で身につける分にはなんら不足は無い。

 そしてもう一つ、ポチに《軽光》魔法を使いつけさせたものがある。それは自分が特に望んだものでもあるくらだ。


(ゴーレムが場外に出たら失格になるからね。それに攻勢に出られたらまずい。こっちのペースで行くためにも動きは止めておかないと……)


 すでに視界の先では体勢を持ち直そうとしているゴーレムの姿が見えた。

 そして手に持った銃剣を構え、間髪入れずに連射で残弾全てを吐き出す。

 放たれた矢は一直線にゴーレムへと飛んで行きその動きを一時的に止めることに成功する。ただし防具や持ち前のタフネスのせいであまりダメージは与えられていなさそうだった。


(やっぱ鞍作って正解だったなぁ。両手で構えれるから安定度が段違いだよ)


 模擬戦を見据え、ポチと一緒にこの防具一式の作成と調整したことは大成功だ。

 何せ今までは体を支えるために左手はポチの首輪を握っていけなければいけなかった。その為武器を構えるのも自然と片手になってしまい、いくら軽いものとは言えやはり安定性は落ちてしまう。

 手を離すことも出来なくはなかったが、その場合は逆にポチの速度が落ちたり、足で踏ん張れる短い時間で攻撃しなければならなかったりと不便を強いられていた。


 しかし魔法で鞍を作りあぶみで足を固定し、自分のベルトとポチの首輪をロープで繋ぐことで一気に安定感が増した。

 長大な銃剣を両手で持ってもちゃんと構えて撃てるのだから大した進歩と言えるだろう。


「よし……!」


 そして予定通りの道程を駆け抜け、失格前に会場の境目でもある薄い光の壁を抜ける。当たらないと分かっていても視界一杯に広がる光の壁に突っ込むのは中々勇気が必要だった。


(うはぁ……近場で見るとやっぱでかいなぁ)


 自分の現在地が会場の外周部。そして向こうがまだ動いていないから距離は会場の半径と同じ二百メートルほど。

 しかしその距離ですら錯覚しそうなぐらいの巨大な体。

 先ほどコロナと戦ってるから対比は知ってるものの、改めて見ると本当にその大きさが際立つ。

 自分だって戦狼状態のポチに騎乗しているのだから普通以上には高い位置にいる。それでもこちらの目線は向こうの半分にも届いていない。

 改めてこんなのに挑む無謀さに項垂れたくなってくる。

 とは言えもはや賽は投げられた。後はその出目が良いことを祈るだけ……なんてことはせず、より良い目を出すべく奔走するのみだ。


「ポチ、手筈通りよろしく」


 そう言うとポチはこちらの意思に沿い、ゴーレムを中心に反時計回りに走り始める。


 ポチ自体の足は《天駆》を使用していない状態のコロナと同じぐらいなのでかなり速い。しかし彼我の体躯の差と自分が乗っていることによるこちらの被弾面積は大きく、いくら鈍重とは言えあのゴーレム相手では近接戦は危険すぎた。

 だから距離を取るのは基本戦術であり必須項目でもある。それでも突撃されることによる危険を回避するべく、ある程度近づく必要はあった。

 そこでこの反時計回りの位置取りだ。向こうは右手に手斧、左手に大盾を持っている。

 この動きであればゴーレムは斧を振り回しづらくなる。もちろんデメリットとして大盾によるガードがしやすくなるが、そこをどうにかするのが自分の仕事だ。


「さぁさ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。ってね」


 まぁ音はともかく皆見てるだろうなぁとごちりつつ、銃剣を握る手に力を込める。

 徐々にゴーレムに近づく円運動をしながら、先ほど使い切ったマガジンを抜き取り別のマガジンへと取り替える。

 そのまま武器の穂先をゴーレムに向け、連射モードにて一斉射。放たれた高速の矢の殆どはゴーレムの大盾や鎧に弾かれたものの、二本ほどガードを潜り抜け本体へと命中する。


(防具はこいつの射撃を防ぐほどか。初撃の溜め撃ちも兜は飛ばせたけど貫いたわけじゃないしなぁ)


 地面に転がる兜には着弾した痕はあったものの、矢は弾かれたようで穴が空いた形跡は見られなかった。

 そして本体自体には攻撃は通る。ただし矢の威力が高く貫通はしているが、コロナの時同様にその穴をふさぐ形で再生されてしまっていた。


(あとは……)


 頭の中で攻防から得た情報を積み上げながら、目線はゴーレムの首元に注がれる。

 模擬戦場に近づく際に牽制射を行った際についたのだろう。どの様な経緯を辿ったか不明だが、首元に一本の矢が刺さっていた。

 多分防具に弾かれ跳弾となった矢がたまたま刺さったと思われるが、気になる点はそこではない。


(あれは再生されないのか。自動で抜かず取り込んだまま……?)


 再生でも何かしら制限があるのかもしれない。少なくともコロナの様な『斬る』に対してはほぼ無効化していた。

 矢による貫通も塞がっているが、異物であろう首元の矢はそのまま残っている。


(コロもコロで色々試してたし、俺も情報が必要そうだなぁ)


 流用できる情報も限度がある。タイムアタックだから急ぎ何とかしたいところだが、焦っては事を仕損じてしまうだろう。

 そもそも自分は仕損じ=死が直結するのだから、慎重すぎるぐらいが丁度いい。


「――――」


 付かず離れず、向こうからすれば焦らされるような立ち位置。それは思うように動けない立ち位置でもある。

 ゴーレムに感情があるのかは分からないが、もし人間ならフラストレーションが溜まるような状態なのは想像に難くない。

 もっと俺と戦え!なんて幻聴すら聞こえてきそうだ。


「正面切っては無理だけど、ちゃんと戦うさ」


 聞こえない幻聴に小さくそう返し、次の瞬間には自身の左右に《軽光剣ディライトソード》が一振りずつ形成される。

 ポチに追随する速度で浮く光の剣。形成されてから丁度ゴーレムの周囲を一周したその時、剣先が中央へ向き敵目掛け一目散に飛翔する。


「いけ!」


 だが飛んでいった《軽光剣》は正面に構えられた大盾によっていとも容易く弾かれその衝撃で霧散した。

 鈍重なゴーレムとは言え円周運動をするこちらに比べ、あちらはその場で回れば容易に正面で相対する事が出来る。しかしそれは想定内だ。

 続けざまに《軽光剣》を三本生成。今度はそれぞれが弧を描く軌道で左右と上からけしかけてみる。

 結果、大盾を横に構えることでその幅によって左右の《軽光剣》は防がれるが、上からの攻撃はまるでギャグマンガかと言いたくなる位見事に額に突き刺さった。

 でもそれだけ、ただ突き刺さっただけだ。額に剣が刺さろうが首に矢が埋まろうがゴーレムは全く意に返さずこちらの動きに合わせている。


(とりあえず《軽光剣》は本体には刺さるか。コロ程ではないにしろ斬ることも出来そうだなー、近づかないけど)


 そして相変わらず剣が刺さった箇所はそのままだ。

 自分が出した魔法だから何となく分かる。刺さった箇所、つまりゴーレムの内部では再生が行われていない。

 多分抜いたら再生されるんだろうけど……いや、もしかしたら単に弱すぎで再生するほどではないと判断されているのかもしれない。

 例えばあの再生能力が自分にとってポーションのようなもので、刺さった剣や矢は擦り傷程度に置き換えれば一応納得はいく話だ。

 もちろんゴーレム以外なら完全に致命傷もいいところなので、見た目的にすごいちぐはぐな感じはする。


「っと!!」


 痺れを切らしたのか、ゴーレムが斧で薙ぎ払うかのような一撃を繰り出してきた。

 しかしそれを見たポチが走りながら外側へ軌道を修正したことで攻撃は届かず、その一撃は空を舞う。

 ……割と目の前で。


(怖っえぇぇ……)


 別に髪の毛に当たるほど近かったわけでもない。ポチだって確実に当たらない位置に若干の余裕を持って距離を取ってくれたのも分かってる。

 だがゴーレムが持つ斧の大きさだけでも自分の身長を優に越えるのだ。そんな車サイズもある斧が目の前を物凄い勢いで通過したら普通に怖い。

 あんな質量の塊が当たった日には車にぶつかられた方がマシと思える程の結果が待っているだろう。


「さてさて、あんまり時間掛けすぎて突撃されるのもあれだし……」


 とりあえず動かれないよう《軽光剣》を次々に生成し無作為に飛ばし注意を無理にでも向けさせる。

 結果的には捕獲扱いになったが、コロナはゴーレムを倒す方向で事を進めていた。

 だが自分は逆に捕獲の方向で決着をつけるつもりだ。


(本体がへっぽこでも外付けの装備と後付けの教えが立派ならそれなりに戦えるってとこ……見せてやる!)


 握りしめた銃剣に新たにはめられた宝石が黄色く輝く。

 コロナが持っている"牙竜天星"に付けられたものと全く同じこの石は、自分の微細な魔力の流れを読み与えられた能力を十全に発揮していく。


「ポチ、《魔力増幅ブースト》!」


 ポチへ指示を送りながら銃剣のグリップを手前に引き精霊石に魔力をチャージ。

 それと並行して目の前に《生活の氷ライフアイス》で氷を生成。ポチの《魔力増幅ブーステッドマジック》によって強化されたことにより氷塊と言って差し支えないほどの大きな氷が現れる。


「それいけ!!」


 氷塊が地面に落下する前に銃剣の穂先を氷塊へと向ける。

 ドルンとウルティナの魔改造のお陰で今までよりもチャージする時間が短くなっており、瞬時と言って差し支えないタイミングで精霊石が発光。

 それが分かっているからこそ見る事無く即座にトリガーを引き、矢の代わりに圧縮された風の砲撃により氷塊がゴーレムに向け放たれた。


「!!」


 今までの攻撃と違い質量を伴う明確な暴力。

 だがこと質量や重量はゴーレムに分があった。高速で飛来する氷塊を盾で受け止め、衝撃によって砕け散った氷の欠片が周囲にばら撒かれる。

 普通なら吹き飛ばされても……せめて数歩後ずさるぐらいはしてもおかしくはないのに、どれだけパワーあるのだろう。

 でも……。


「相当重量はあるみたいだね」


 ゴーレムの足元は踏ん張った形跡がちょっとだけ出来ていた。

 それによくよく見れば先のコロナの戦いの形跡も見受けられる。よほど重いのかゴーレムがいる部分の足元だけ、周囲に比べ若干陥没していた。

 地面が踏み固められたことを考慮してもあの凹み具合から察するにかなりの重さがあるようだ。


(上々。それなら捕まえやすいし)


 続けて周囲を回りながら更に二度、三度と氷塊を叩きつける。

 追加で《軽光剣》を飛ばし注意を向けさせようとしたが、ゴーレムは完全それらを無視し氷塊の防御に注力していた。

 体に剣が刺さっても氷塊からはしっかりと身を守る。

 それはつまりあのゴーレムがこちらの攻撃に対し優先度をつけた。もしくは《軽光剣》の威力を学習し防ぐまでも無いと判断したかのどちらかだ。


「さて、と……」


 ゆっくりとポチに速度を落とすよう指示を出し、その間にこちらも捕獲の準備をする。

 氷塊でけん制を行う合間に頭の中で別の魔法を組み上げ、更に《軽光剣》を数本ほど生み出し周囲に浮遊させ待機状態にさせる。


 そしてポチの足が止まり、ようやく訪れた好機にゴーレムが一歩踏み出そうとその巨大な足をあげるのが見えた。

 それを見てすかさず浮いていた《軽光剣》の一振りを飛ばしゴーレムの足元の地面に刺すが、その程度ではゴーレムは止まらない。

 足元に刺さった《軽光剣》を踏み潰し、更にこちらに近づこうとしたその時だった。


「?!」


 ゴーレムの体がガクンと前のめりになりその巨体がバランスを崩す。

 何とかバランスを取ろうとその体を起こそうとするが、しかし今度はその体が一メートルほど沈みこんだ。

 予想通りの効果が得られ内心思わずほくそ笑んでしまう。視線の先、そのゴーレムの足元。

 先ほどまで硬い地面だったその場所はいつの間にか泥状化し、ゴーレムの脹脛ふくらはぎ付近までその身を飲み込んでいた。


「《生活魔法+ライフマジックプラス土と水マッドシンク》。実戦で使うのは久々だけど、効果は抜群だ、って感じかな」


 巨体のゴーレムを範囲に納める程にまで広がった魔法は自身だけではどうにもならならない。

 武器の補助にポチの協力あっての成果だ。


「その体もそうだけど、ホント重そうだよね。特にその金属武具一式とか」


 木製とは言えあれだけの巨躯ならそれなりに重さはあるだろう。

 その上あの体に合わせての武具一式だ。

 更にゴーレムの体型があまり足が長くないタイプなのが功を奏している。どっしり構えることが可能なあの体型では素早く泥から抜け出るのは困難だろう。

 事実、目の前ではなんとか抜け出そうと足をあげるも、泥の中では上手くバランスが取れないのかかなりもたついていた。

 ゴーレムも分かっているんだろう。あの状態で倒れたら起き上がることが困難であることを。


 なので予定通り念押しをすることにした。


「………?!」


 ゴーレムの足元に彼?以外の大きな影が映ったことがきっかけだった。もがくゴーレムがその動きを止め真上を見る。

 その視線の先には先ほど撃ち込んだ以上の大きさの氷塊だ。三連続で魔法を一気に使いそれらを合わせたからこその大きさ。

 実際ポチの足を止めたのもこれを作る為でもある。何せ《魔法増幅》の連続使用、まだまだポチに余裕があるとは言え、出来うる限り余力が残るようにしたかったからだ。


「じゃ、そのまま沈んでってね」


 ある程度なら離れた位置に魔法を発動することは出来るようになったが、あんな大きなものを支える魔力は自分にはない。

 こちらの声を待たず氷塊が頭上から自由落下でゴーレムへと降り注ぐ。そして――


「――――!!」


 着弾。

 ゴーレムは盾を上にかざし直撃は防ぐも、その氷塊の質量と落下速度までは打ち消すには至らず。

 不安定な足場に自身の重量、そしてこちらの魔法によって、ゴーレムは泥を撒き散らしながらその身を大きく沈めていった。


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