第275話 模擬戦 コロナvsヤマル11
コロナの戦いが終わった後の会場は未だ興奮冷めやらぬ雰囲気に包まれていた。
あんな小柄な子が八メートル以上もある魔物を倒したのだ。素人目からみても分かりやすい圧倒的な勝利である。
獣人と言う種族特性を差し引いても、この一戦を見た体躯に恵まれぬ人は勇気付けられた。
対してある程度戦いに詳しい人は彼女のやったことを見て難しい顔をしていた。
顔見知り同士で集まり、彼らは先程の戦いについて話し合う。
「……前置きは無しだ。お前ら、アレ出来るか?」
「戦うだけならギリ。同じ事は無理」
「右に同じく」
「俺は戦う事自体も無理だな。つーかアレ出来るやついるのか?」
「だよなぁ。だが実際目の前でやってるんだよなぁ」
彼らが問題視しているのはコロナの戦い方についてだ。
一言でまとめれば『剣でぶった斬る』。なるほど、これだけで言えば簡単そうに見える。
ただ斬った相手とその結果が問題だった。
コロナの相手は知っての通りウルティナ謹製人工ウッドゴーレム"
その大きさは八メートルを超え、小柄なコロナとの対比は大人と子ども以上だ。
だがコロナは臆す事無く戦い勝利を収めた。新型の剣を振るいゴーレムの体をバラバラに断ったのだ。
そうバラバラである。素人からすれば別に刃物で切ればバラバラになるのではと思うかもしれないが、本職の人からすれば今回は見過ごせない。
「刃渡りそこまで長く無かったよな。少なくとも大剣といえる代物ではないはずだ」
「あの子が使ってた薄い片刃の剣だろ? 目算だがどう見積もっても一メートルも無いな」
「それでアレか……」
彼らが気にしていることはあの剣でどうやってゴーレムの体を両断したかと言うことだ。
単純に武器の攻撃力と言う意味では無い。物理的に不可能な事象だからこうして悩んでいた。
例えばここに刃渡り十センチ程度の短剣があったとしよう。
物騒な話になるが、これで人間の腕は両断出きるか?
答えは出来る。
では同じ短剣で人を上からから竹割りにして真っ二つに両断出きるか?
答えは否である。命を絶つと言う意味では武器として満たしているが、両断出きるかとの問いかけには十人中十人が無理だと言うだろう。
何せ刃渡り十センチだ。どう足掻いても人の体を両断するほど刃の長さが物理的に足りない。
しかし今回コロナがやったことはまさにソレである。
刃渡り一メートル足らずの剣で、それ以上の体躯を持つ敵を両断する。一体どの様な手法で成し遂げたのだろうか。
もしこれが当人の才覚ではなく、武具などで補っているものであれば喉から手が出るほど欲しいと皆考える。
近接系の面々にとって、強大な魔物と戦うためにどうしても武器も大きくならざるを得ない。大きな武器はそれだけで扱いも難しくなるし、相応の身体能力が求められる。
もしあの少女の様に斬撃の範囲を増やせる方法があるのなら、と思ってしまうのだ。
「……仮にあの子の才じゃなかったとしてだ。どれだと思う?」
「どれ、とは?」
「あの子が所属するパーティーについては耳にしてるだろう? ドワーフの技術か、エルフの知恵か、はたまた遺跡の
王都での『風の軌跡』はかなり有名な冒険者パーティーだ。
人王国に所属しながら、そのメンバーは全員種族がバラバラである。
しかも彼らはチカクノ遺跡より古代の馬車っぽい何かを発掘しているのだ。不思議な道具を他に所持していないとも限らない。
「そうだなぁ。まぁはっきりしたことは言えねぇが……」
そんな中一人の冒険者が会場の方を見る。
すでに先程の木念人一号は撤去され、ある魔術師によって二号が用意されている最中だ。
「アイツの戦い方次第じゃねぇか?」
アイツと言うのはこれから戦うもう一人の主役。
『風の軌跡』パーティーリーダーのとある人間の冒険者。しかし……
「なぁ、この中でアイツが戦ってるところ見たことあるやついるか?」
一人の冒険者が問いかけるその言葉に皆が互いの顔を見やる。
しかし誰もその問いかけに答える者はいなかった。
「むしろ戦えるのか、アイツ?」
「いや、戦えるだろ。アレでも単独で
「なんだそれ聞いてないぞ。《
「つーか単独で戦狼撃破ってなんだよ。そんなのしてたらそっちで有名になるだろ、ガセじゃねぇのか?」
あれやこれやと言い合うも結局『どの様にして戦っているのか』は分からなかった。
しかしたまたま隣を通りかかった冒険者が、過去に先の獣人剣士少女と模擬戦をしていたところを見ていたらしい。
随分前の話ではあるが、その時は連れている戦狼を駆り魔法で応戦していたという。
だが……。
「ダメだ、予想がつかん。戦狼込みとは言えさっきの子と魔法で応戦? すぐ負けるだろ」
「いや、そもそも魔物従えて戦うヤツってのがまずいねぇよ」
「単純に考えるなら本人に加えて戦狼だろ。大きさ的に乗って良し、けしかけて良しか」
「むしろ戦狼がメインじゃねぇのか。本人はそこまで強くないんだろ?」
「まぁ……それもこれからの戦いを見てからか」
しかし件の人物を探すも今はどこかに行っているのか姿が見えない。
模擬戦が始まるまであと少し。先の少女の時はすでに会場にて待ち構えていたのだが、一体どこにいったのだろうか。
◇
「コロナちゃんすごかったわねぇ」
「ホント、どうやってあんなでかいの斬ったのかしら……?」
観客用に設けられた大スペースの一角、そこに俺達『風の爪』の面々と妻のイーチェが集まっていた。
運良く最前列が取れたため、全員その場に座って思い思いに談笑をしている。
話題はやはり先程まで行われていたコロナの模擬戦についてだ。
「フーレの使ってる剣とあまり大きさも長さも変わらないのにね。製法が特殊なのか、それとも特別な技なのかしら?」
「言うまでも無いけど私の剣でアレやったらポッキリだからね。こっちのは刺突剣なんだし」
特に話し合われてるのがあの剣とそれから繰り出された技だろう。
自分もだが前衛からすれば非常に興味深い技だ。
大きな相手と言うのはそれだけでリスクが跳ね上がる。現状『風の爪』で大型の魔物と相対するときは攻撃魔法が使えるスーリを主軸に戦うようにしている。
前衛とて傷つけることが出来ないわけではないのだが、こと殺傷力に関して言えばやはり魔法が上なのだ。
もしあれが自分でも行えるようになればスーリの負担も減るし、戦術の幅も広がることは容易に想像できる。
「それにしてもヤマルどこいっちゃったんだろうねー」
「もーすぐ時間だろ? そろそろ来ないとマズくないか」
そしてもう一つの話題がこれから戦うヤマルについてだ。
何故か未だに姿が見えない事は気になるが、それ以上に彼がどのようにしてあのゴーレムと戦うのか非情に興味深い。
何せヤマルに戦いのイロハを教えたのは自分だ。実際教えたけど戦えなかったと言うのが実情ではあるが、しかし初めて魔物と戦わせた日を思い出すと感慨深いものがある。
あの日、その辺に座っている一般人ですら倒せそうなホーンラビット相手にヤマルは全力で逃げていた。それこそヘタレと言われても仕方ないぐらいのレベルだった。
それが今や模擬戦とは言えあの巨大なゴーレムと相対しようとしている。
勝負自体はあのコロナ相手では負けるのは目に見えているものの、同じ場に立てるほど成長したのだと言うことだ。
一度だけ一緒に仕事をしたこともあった。それが最初で最後の共同戦線。あのときでも機転を利かせラッシュボアの捕獲を成功させた。
それから幾分か時が経ち、面白い武器も手に入れ、冒険者のランクもこいつらと一緒のCランクまで登り詰めてきている。
そんなヤマルが一体どの様にしてあのゴーレムと戦うのか非情に楽しみだ。
「まぁヤマルなら負けは認めても逃げることはないだろう。むしろ逃げるぐらいなら最初から降参宣言するヤツじゃないか?」
「あー、確かにアイツならそうしそうだなぁ」
「でもそうは思ってないのもちらほらいるみたいだけどね」
そう言うスーリの視線の先には同業者である男性冒険者の姿。
彼はしきりに会場に目掛け『逃げるぐらいならとっとと負けちまえ最弱野郎ー!』などと声をあげている。
「何アレ」
「
「ヤマルの評価かぁ……」
「あなた、あの子そんなに評判悪いの?」
「そうだな……良いのと悪いのがごちゃ混ぜになっている感じだ」
すでに一線を離れ家に入ってもらっている妻に現状のヤマルの周囲からの評価を説明する。
ヤマルの評価は大きく分ければ三つだ。『良い』と『悪い』と『分からない』。
そしてこれらは次のように言い換えることが出来る。
ヤマルの事を『内面も含め良く知っている』、『噂レベルの情報しか知らない』、『全く知らない』だ。
『良い』と思っているのは彼の人となりを良くも悪くもしっかりと把握している面々。
自分達も含め、あの女王様や魔術師ギルド、後はヤマルが低ランク時代に雑用で仕事をしていたお店の人達がこれに当たる。
少なくとも仕事は真面目に行うし丁寧と言う話だ。
冒険者としてみた場合戦闘能力は殆ど無いものの、それを補う形で色々と手は尽くしている。コロナを仲間にした手腕はその一端だろう。
Cランクの肩書きもギルドの評価に則っての判断なのだから、自分から見ても適正ではあると思っている。
では逆に『悪い』と思っているのはどの様な面々か。
それは先の冒険者しかり、いわゆるヤマルの噂話や悪い逸話を聞き、そして彼を下に見ている人物達だ。
ヤマルは王都の冒険者なら誰もが知っている二つ名を持っている。それが《
自分と出会って間もない頃のヤマルは魔物退治などは避け、雑用依頼があればそちらを、無ければ常設依頼の薬草取りを毎日と言っていいほど行っていた。
冒険者であれば依頼の
おりしもホーンラビットから逃げ回ってた場面を見られたことがヤマルは弱いと言う部分に拍車をかけたらしい。
故にその辺りしか知らない、ヤマルとあまり関わりを持たない冒険者からはこう思われている。
『雑魚の分際でCランクは生意気だ』、『
要するにやっかみや僻み、そして妬みから来る悪意のある評価。強さと言う一点のみでしかヤマルと張り合えないからこその評価とも言える。
事実冒険者家業は危険と常に隣り合わせではあるので戦えないという部分が響いているのは否めないが、だからと言ってその評価が正しいかは甚だ疑問だ。
最後の『分からない』はそのままだ。
彼ら『風の軌跡』は王都でも有名な冒険者パーティーではあるが、実際顔や名前が良く知られているのはヤマル以外のメンバーだ。
獣人のコロナやドワーフのドルンですら王都では目立つというのに、エルフのエルフィリアと戦狼のポチが唯一無二な存在の為、ヤマルの存在感が見事なぐらい薄れてしまっていた。
その為『風の軌跡のリーダー』がいる事自体は知れているものの、その人物の名前や顔があまり知られていないと言う何とも言えない状態になってしまっている。
一応同業者の中には顔も名前も知っているものの、普通に良く知らないという中立的な面々もいるため、彼らもこちらに属するといえる。
「ヤマルちゃんも大変ねー。でも今日あの子が頑張ればその評価変わるかもしれないわね」
「だろうな。こんな大衆の前であれと戦うんだ。結果次第ではその評価をひっくり返せるかもしれん」
「まぁ今ですら難癖つけられても『ならお前アレと戦えるのか』でいけそうだしなー」
「下手に突っ掛かって同じことが出来ないんじゃ恥の上塗りだもんね」
とは言うものの、この後の模擬戦で一方的にやられることになったらその悪い評価が固着しかねない危うさも持っている。
そうならない為にも是非頑張ってもらいたいものなのだが……。
「……ヤマルさん、来ませんね」
ユミネがやや不安な面持ちでそう呟く。
既に会場の中心ではゴーレムがいつでも良いとばかりにスタンバイをし終えており、彼の師であるウルティナと言う女性も所定の位置に戻っている。
流石にここまで来ると自分達のみならず周囲の一般観衆も訝しげな顔をし始めてきた。先程までヤマルを煽っていた冒険者はここぞとばかりに声を大にして責め立てている。
「全然来ねーってことは逃げちまったんだろ! とっとと負けを宣告しちまえ!」
そんな彼の言葉に『そうだそうだ!』と同調するのは同じ様な格好の冒険者達。
彼らも大なり小なりヤマルの存在が気に入らないのだろう。体つきは大きくいかにもゴロツキな風体ではあるが、そんな彼らに食って掛かるのが近くにいた街の奥様方だった。
立ち上がりヤマルのことを悪く言う彼らに一歩も引かず、如何にそれが偏見で間違っているのか大声で反論している。
まさに一触即発。そろそろ危ないと感じ自分達や周囲にいる兵らが動き出そうとしたその時、頭上のより声が響き渡る。
『はいはい、そこまでー! 言いたい事は色々あるでしょうが後にしなさいな。それにルールはルールだから勝手に敗北宣言はするつもりはないわよ』
だが当人が現在も姿を見せない以上、彼らをが口を閉じることは無かった。
しかしそんな声などどこ吹く風と言った様子でウルティナは尚も言葉を続ける。
『どっちにしても開始してから六十秒経ってもいなかったらルール通り場外失格にするんだからそれまで待ちなさいな。せっかちな男は女の子に嫌われちゃうわよー?』
くすくすと小さく笑うウルティナに釣られ周囲からも小さな笑い声がいくつもあがる。
男は顔を真っ赤にしながらも、少なくとも失格にすると言質をとったためかその場に勢いよく座り込んでしまった。
相対していた奥方達もウルティナのやり取りに満足がいったのか、こちらも大人しく元居た場所へと戻っていく。
『さてさて、時間になったし有言実行。言ったからにはちゃんと公平にしなきゃねー』
『じゃあはじめるわよー!』とウルティナが立ち上がりその腕を上空へと向け……
「マジで来ねぇつもりか、あいつ……」
未だ影も形も見せない主役に若干の苛立ちをダンが見せるがやはりどこにもその姿は無く……
『それでは後攻第二戦。ヤマルvs木念人君二号――』
そして再び模擬戦の場とそれ以外を区切る光の壁が姿を現し……
『始め!!』
掲げられたウルティナの右腕から放たれた魔法は弧を描くように上空に打ち上げられ……
『――――ッ?!』
開始の合図である小さな破裂音が鳴った直後、それをかき消すかのような金属音が辺りに響き渡る。
そしてそれと同時にまるで何かに殴られたかのようにゴーレムの頭が跳ね、身につけていた兜が宙を舞うのが見えた。
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