第274話 模擬戦 コロナvsヤマル10


コロナ達と別れ、現在大絶賛人ごみに巻き込まれていた。


(うぁー……失敗した)


 単に模擬戦の大まかな計画を立てるために一人になりたかっただけなのだが、横着して最短距離を突っ切ろうとしたのがそもそも間違いだったのだろう。

 次戦前の休憩時間+コロナを一目見ようと押し寄せる人+屋台通りのフルコンボによって中々前に進めない。

 何とか横に抜けることで人波から脱出は出来たが、この調子では一人になる場所に行く前に休憩時間が終わりそうだ。


「ポチ、大丈夫?」

「わふ」


 とりあえず頭の上に乗っているポチは大丈夫なようでほっと一息。

 今からポチにはかなり走ってもらう予定なので、こんなところで無駄に体力を使わせたくはない。


(とりあえず少しでも空きスペースに……)


 進行方向の人波に再び乗りそのまま屋台スペースを抜けある程度人が少なくなった場へと出る。

 周囲を見るとそこは会場の入り口付近であった。自分と同じ様に人ごみから抜け出した観客がその辺でのんびりと過ごしている。

 中には屋台で買ったであろう串焼きなど持って談笑している人もいるぐらいだ。魔物が出る危険性のある街の外では中々見ることができない光景である。


(お、あそこが空いてる)


 少しだけ小高い丘の一角の空きスペース。そこまで歩いていき斜面に腰を下ろすことでようやくゆっくりとした時間が訪れた。

 頭の上に乗ってたポチを隣に下ろし軽く体を伸ばす。

 同じ様に周りには座っている人もいるが、程よく距離が空いている為全く気にならない。


 そして丘に少しだけあがったこともあってか、座った状態でも今日の会場が一望できた。

 来る時は羞恥と急ぎ足だったためどの様な感じになっているかちゃんと見れなかったが、人の流れや出店の配置などしっかりと考慮された形になっている。


(まず街門から出て街道から逸れるでしょ。兵士の人らが誘導しててそしてそこの入り口。露店や屋台が並ぶメインに……あぁ、出す物で場所決めているのね。そして抜けた先が模擬戦の観客スペースでその奥が今から俺が行く場所か……)


 観客のスペースと模擬戦会場は言うなれば野球の球場に近いイメージと言えばいいか。

 ただし野球がグラウンドを取り囲むような形なのに対し、こちらは外門に近い一角のみを開放している形になっている。

 多分そうでもしないと人員が足りないんだろう。


 そして模擬戦会場から少し離れた場所には何やらステージがあった。流石に日本のような立派なものでは無いが、野外ライブを行う場所と言われても遜色無い程のステージだ。

 ここからでは聞き取れないが今は誰かが何かの催し物をしているようだ。ステージの上に人が数名立っており、その前に人が集まっているのが見えた。


 もう一つ人が集まっている場所は関係者スペースだ。

 恐らく先程大立ち回りしたコロナや、物珍しいエルフィリアを一目見ようとした人達が集まっているのだろう。

 しかし現在あの場にはお忍びとは言え女王レーヌ大貴族の孫娘シンディエラ、そしてその従姉妹フレデリカがいる。スペース前にが出ているのは護衛が近づけさせまいと頑張っているのかもしれない。

 もしくは明らかな貴族っぽい集団なので一般人は遠慮して踏み込めないだけかもしれないが。


(まぁ主催は王族や貴族じゃないから大丈夫か)


 あくまで今回は市井向けのイベント。もちろん貴族はNGというわけではないが、一般市民も貴族も等しくお客様だ。

 故に線引きは大事ではあるがそれ以上の衝突は多分無いと判断した。

 それにしても……


(ほんとバレないもんだなぁ……)


 一応あの子達のパーティーリーダーであり、普段から一緒にいて、尚且つ先程は会場に突入してコロナの治療まで行った。

 にも拘らず別れてからここに来るまでに誰にも呼び止められることは無かった。

 別に目立ちたいわけではないのだが、自身の存在感の薄さにこれで大丈夫かと一抹の不安が過ぎる。


(まぁいいや。今はじっくり考えたいし……)


 とりあえず先のコロナ戦より収集した情報を下に頭の中で模擬戦内容を算出する。

 相手の射程、攻撃方法、特性、こちらの手札、そこから導き出される戦法。もちろん脳内シミュレート通りに万事行くとは思っていないが、大よその道筋は立てなければならない。

 とは言え自分の手札とやれることは自分が一番良く分かっている。結局有効そうな手段をピックアップし、最終的にはポチとのすり合わせだ。


「……って感じでいこうと思うんだけど大丈夫そう?」

「わん!」


 すり合わせ完了。

 ポチ的に問題無いのは喜ばしいことなのだが、こうもあっさりと終わっていいのかと不安になってくる。

 何と言えばいいかな。学生時代の定期試験前にこれ以上やれることが無いと分かりつつも落ち着かないときと似たような感じだ。

 今回はコロナの戦いを見ながら組み立ててた部分もあったのでそれをまとめただけ。おかげさまで開始までまだ十五分以上あるし……。


「もしも~し」

「?」


 そんなことを考えていたら不意に声をかけられる。

 声の主を見るとそこにはフード付きマントをすっぽり着込んだ人がいた。目深にフードを被っている為誰かは分からないが、声からして若い女性だ。

 一体誰だろうと思っていると、フードの左右を摘み少しだけ広げることでその顔が露になる。


「やっほー」

「あれ、ルーシュ?」


 そこにいたのは自分と同じ召喚された異世界の踊り子ルーシュ。

 彼女は確か主に貴族の夜会などでその特技を披露していると言う話だった。しかしこんなところで会うとは思わなかったので流石に驚きを隠せない。


「ヤマルが歩いてたのが見えたからね。今日はお仕事で今は待ち時間ってわけ」


 ほらあそこ、と彼女が指差す先には先程見た野外ステージ。つまりあの場で彼女はその踊りを披露するということなんだろう。

 なお今のマント姿はあまり場を混乱させないための配慮とのこと。実はすでに客寄せも兼ねすでに一度踊ったのだが、予想以上の反響で普段の姿じゃこの場を歩くことすら困難だったそうだ。


「ルーシュがいるってことは他の皆も?」

「んー、どうかな。ラットとセレブリアさんはいるかもだけど、他の人はいないんじゃないかな」


 何でその二人?と再度問いただすと、どうやら今回この様なお祭り騒ぎになったのはセレブリアが案を出し音頭を取ったからだった。

 最近では王都でも全体的に商店の売り上げが落ちているのはやはり問題だったらしく、そこに降って湧いた自分達の模擬戦に合わせる形でこの様な場に仕上げたそうだ。

 その為各所の調整もあって多分どこかにはいるんじゃないかとのこと。

 ちなみにラットは仕事が不定期のため、休みであれば性格上多分来ていそうだが確認はしていない。


「セレスは神殿、セーヴァにサイファスさんは多分騎士団のお仕事でしょ? スヴェルクさんとリディ君はこっちに関われないし、ローズマリーさんはそもそも来そうに無いからねー」

「あー、そりゃ残念だね。折角のお祭りなのに……」

「私もお仕事だけど出番以外はこうして遊べているしね」


 ちなみに今回彼女をオファーしたのはセレブリアだそうだ。そうでもなければ彼女を一般人が集うここに出すことは出来ない程、もはや貴族界隈では有名になっているらしい。


「それにしてもコロナちゃんすごかったねー!」


 さも当然のように自身の横に座り、先程の光景を思い返して興奮気味に感想を伝えてくる。

 そう言えばルーシュはコロナと面識があったんだっけ。確か男性冒険者達が暴走したときにセレスと一緒にギルドへと来ていたし。

 あの時はまだ獣亜連合国行く前だったか。何か物凄く懐かしく感じる。


「ヤマルの出番もうすぐだよねー。終わったら私のステージ見に来てよ、今まで見せたこと無かったし」

「無事終われたらね。怪我しない保証どこにも無いし……」

「なら怪我せずちゃんと見に来ること! ヤマルなら舞台裏通してもいいよー。私が話通しておいてあげるから」

「んー、じゃあちょっと頑張ってみようかな。終わった後のご褒美あるならやる気出そうだしね」


 ん、と満面の笑みを浮かべるルーシェはとても満足そうだ。

 そんなに自分に踊りを見せたかったのだろうか。とは言え彼女の踊りは一度も見たことが無いため実際のところ興味は結構ある。

 自分以外は一芸、もしくはそれ以上に色々と秀でた救世主組。その中で踊りが得意な彼女のダンスはいかなるものか。


「あまり近くじゃ応援できないけどちゃんと見てるからね」


 その後少しだけ雑談を交えては互いに予定があるため一旦お開きとなった。

 またねーと手を振る彼女を見送るが、周囲の人があのマントの人の中身が何となく分かっているかのようにチラチラと見ている。

 ……あれが本物の救世主かー。マント越しでも存在感が漏れているのに自分は……いや、自分は救世主じゃないからこれが普通だった。


(さて時間は……)


 スマホを見れば残り十分ちょっと。意外にそこまで話し込んでなかったみたいだ。

 とは言えそろそろ開始地点に行かないとダメだろう。

 ちょっと特殊な位置取りをするため早めに行動を起こした方がいいかもしれない。


「ポチ、行こっか」

「わふ」


 いざ行かん決戦のバトルフィールドへ。なんて思いつつ、模擬戦会場から背を向け反対方向へ歩き出した。



 ◇



 この世界で人の戦い方は大きく分けて三種類と言われている。

 それは冒険者や傭兵、騎士団等でもさして変わらない。


 まずは近接系。

 主に剣や槍などを持ち最前線で戦う戦士達だ。最もオーソドックスで、もっとも危険で、そして最も強い人が集まりやすい部類でもある。

 この世界における伝承や伝記、御伽噺でも剣を使った話が多いことからもそれが窺えよう。


 次に遠距離系。

 こちらはほぼ弓一択。と言うか個人単位で持てる遠距離攻撃武器が弓以外に無い。

 中にはバリスタなど複数人で使用するものもあるがこちらは例外だ。

 近距離武器と違い近づかれる前に一方的に仕留めれるのは大きな利点であるのは言うまでも無いだろう。


 最後に魔法系。

 遠距離系とは似ているものの、こちらは魔法職全般を指す。

 その為攻撃魔法以外にも防御系・補助系の魔法など幅広い運用が可能だ。

 反面近づかれると一番弱いのがこのタイプでもある。(弓使いは基本的に足が速い人が多い為)


 中には例外もいるにはいるが、大多数はこの三つのうちのどれかに入る。

 例えばコロナは近接系。ドルンも盾持ちが多いがやはり近接系だ。

 エルフィリアは魔法系。ウルティナも色々ぶっ飛んだ実力の持ち主ではあるが、カテゴリー的にはやはり魔法系である。


 この三種類を掘り下げると、この世界におけるデータの一端を垣間見ることが出来る。

 比率的には圧倒的に近接系が多く、続いて遠距離形、最後に魔法系だ。むしろ遠距離と魔法を足しても近接系との比率はダブルどころかトリプルスコアぐらいの差がある。

 近接系が一番矢面に立つ分危険だし少なくしてもいいのでは?と思う人もいるかもしれない。だがこれにもそれぞれの事情が絡んでくる。


 まず近接系は何と言ってもカッコイイ。大きい武器はそれだけで相対するものを威圧し、強大な敵に勝てば正面から戦った者としてその賞賛は絶大なものとなる。

 ……と言う面もあるが、実際の所は割と消去法だ。


 まず一番比率の低い魔法系。こちらは二つの理由により最も少ない部類である。

 その一、単純に魔術師適正者が少ない。

 魔法を使うにあたり『才能』と言う壁に必ずぶち当たる。剣等と違いこればかりは修練ではどうにもならない。

 もちろんその才能を開花させるノウハウはあるものの、あくまで開花は開花であり才能無き者には自ら魔法を生み出し扱う力は無いのだ。

 と言うか魔術師としての才能ある人間は大体魔術師ギルドか宮廷魔術師、薬師など専門の職に着く。希少な才能を安全な場所で生かす職がある以上、わざわざ危険を冒す傭兵や冒険者になる人は少ないのだ。

 その二、金銭的理由。

 こちらは人間限定だが、魔道書があれば魔法は覚えられる。しかし高い、それもべらぼうに高い。

 一般的な傭兵や冒険者がおいそれと買える代物ではなく、仮に買ったところで魔術師タイプと呼べるほど数も質もそろえることが出来ないのだ。


 続いて遠距離系。これも比率は少ないが魔術師ほどではない。しかしその少ない理由が似通っている。

 一つは弓矢と言う武器の特性上、矢が消耗品だと言うことだ。自分で作るにしても店で買うにしても、手間かお金のどちらかが必ず掛かる。

 それにその矢を持ち運ぶ必要があるのもデメリットである。

 傭兵や騎士団など運搬する手段があるならともかく(傭兵の護衛仕事では馬車つきが多い為)、冒険者のような様々な場所に出向く職業では持てる数に制限が出来てしまう。

 それに矢の威力では魔物に有効打を与えづらい。それこそ急所を狙い撃ちしない限り弾かれる事もざらだ。

 動く敵を的確に撃ち抜く技術。遠距離系にはこれが求められる。

 ただ弓矢は狩猟道具として昔から使っていた人も珍しくない為、魔法系に比べればまだ人口は多い方だろう。


 つまるところ弓矢を使う技量も無く、魔術師としての適正が無くても、とりあえず武器を振り回せれば敵は倒せると言う消去法的な理由から近接系が多いと言うことだ。

 もちろん全員が全員そうだと言う訳では無いが、この事実は無視できるほど小さい要素ではない。


 さて、ここで先ほど挙げた例外について話を戻そう。

 例外は読んで字の如く例の外、つまり上記三種類に当てはまらないことを示す。もしくは上記三種類のうち複数持っている人がそれに当たる。

 分かりやすい人を挙げればまずブレイヴだろう。近距離、遠距離、魔法なんでもござれのスーパー魔お……ではなくてスーパー勇者。

 だがこれは例外中の例外。そんな全種適性持ちがホイホイ存在してたまるかと言う話なので彼の事は横に置いておく。


 ではブレイヴ以外にそんなヤツいるのか?と思うかもしれないが、実は割といる。特に人王国の一部の人間は漏れなくその例外だ。

 そんなに例外が存在するのならもはや例外ではないのではないか、と思われるかもしれない。だが彼らは生まれながらの特権階級であるため例外として適用される。


 彼らの名は貴族。それも武門の出の子。

 幼少の頃から武芸を学び、そして家庭の財力から魔道書を購入することも問題ない。むしろ魔道書は率先して購入する派だ。

 人によっては狩りにて弓矢を学ぶ機会すらある。

 傭兵や冒険者に貴族は流石にいないが、騎士団ともなればこの様な人間は一定数いるのだ。


 さて、その例外についてとある人物を語ろう。

 名を古門野丸。異世界より呼ばれしTHE・一般人。

 なお彼の例外は上記のブレイヴや貴族とは異なる。むしろ完全に真逆だ。

 何せ剣もダメ、弓も使えない、魔法もからっきし。この世界に来て多少なりとも本人の力自体は向上はしているものの、残念ながら凡庸の域に引っかかった程度だろう。


 だからこそ、彼を知っている人間は思う。

 真っ先に淘汰されるであろう弱者な彼が未だ生きている事実。そんな弱者である人間が、果たしてどの様に戦い生き抜いてきたのか。


 そんな悪い意味での例外である彼の戦い方が衆人観衆の下に晒されるまであと少し……。


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