第273話 模擬戦 コロナvsヤマル9 (5~7)'


「危ない!」


 叫んだのは誰の声か。

 ゴーレムの斧がコロナに振り下ろされ、辛くも彼女はそれをかわす。

 目の前のあり得ない光景に再び周囲が困惑の雰囲気に包まれていった。


『私の造ったゴーレムはここからが本番よー! さぁさ、頑張っていってもらいましょー!』

『お前、ほんとえげつないことをするな……』


 何が起きているのか既に知っているブレイヴだけが心底呆れた声を漏らしている。

 その間にコロナはゴーレムと距離を取り窮地を脱するも、続く手が思いつかないのか動けないでいた。


「お兄ち「んんっ!」……あの、お兄様。一体何が……コロナ様の攻撃は空振りだったのでしょうか?」


 お兄様呼びも自重して欲しいんだけどなぁと思いつつ、レーヌの質問に思考を巡らせる。

 パッと見であの攻撃は空振りに見えるが、《星巡ほしめぐり》は剣速に応じて魔道刃が延び、敵を両断する神速の一撃だ。

 実際あの大盾や胴体防具、それも前後双方とも落ちてるから斬ったと言う事実は間違いないだろう。

 それでも動くとなると……。


「……自己再生?」


 思い出すのはヤヤトー遺跡のトレントだ。

 同じ樹木系であり、あれも斬ったそばから再生するという話だった。ウルティナが造ったというこのゴーレムにもそれが搭載されていても何ら不思議ではない。


「斬っても再生されるということですかな?」

「多分……。コロナのあの技、切れ味が鋭すぎてここからじゃ本体が斬れたか見えませんが、そうじゃないかなと。でも他にも何かありそうです」


 セバスチャンの問いかけに視線をゴーレムに向けたまま答える。

 ウルティナ制作である以上一癖も二癖もある物に仕上がっているのは想像に難くない。自己再生能力が当たってるとしても、まだ何か隠されていそうだ。

 例えばいきなり速く動き出すとか……。


「あ」


 フレデリカの声で思考の世界から意識が戻される。

 見るとコロナが今度はから竹割りの様に縦方向にゴーレムを両断しているところだった。

 兜が真っ二つに左右に割れ、先に転がった防具の上に新たに防具の破片が追加される。


 だがそれでもゴーレムは何だとばかりに動き反撃を行った。

 今回はコロナも予想していたのか悠々と回避をするも、攻撃が効いていないという点からかいつもよりも勢いが無い気がする。


「これは面妖な……」

「あのゴーレム、核が無いと? しかし……」

「爺、どういうこと?」

「はい。そもそもゴーレムの特性なのですが……」


 シンディエラに訊ねられたセバスチャンの口からゴーレム種の一般情報とその対策法……要するに核関連の説明がなされる。

 主にレーヌら女児……もとい淑女三人がそちらに耳を傾けている間にも、コロナは果敢に攻めていた。

 刀を納め、再びダマスカスソードを抜くと今度はカウンターとばかりに相手の指を強襲。切断するだけなら"牙竜天星"の方が楽だろうに、一体何の意味が……。


「あ……」


 再びコロナが距離を取ろうとする直前、エルフィリアが小さく声をあげる。

 どしたの、と目線だけで問いかけると、彼女は少し逡巡した後こう応えた。


「あの、コロナさんが斬ったゴーレムの断面から根のような物が……」

「根?」


 自分の標準的な視力では全く見えなかったが、どうもエルフィリアが言うには先のダマスカスソードでの攻防の際にそれが見えたらしい。

 断面から根のような物が伸び、それが対面の断面にくっ付いて再生をしはじめた。

 つまりあのゴーレムは予想していた通り再生能力を持っていたことがこれで証明されたわけだ。その証拠にまるでタイミングを見計らったかのようにウルティナからの説明が入る。


『そろそろあの子も気付いたでしょうし一部能力の解説! そう、あのゴーレムは魔力を使って傷をふさぐ再生能力が付与されています!』

『それも生半可なものじゃないものだ。剣撃程度ならば見ての通りだからな』

『コロナちゃんの今の剣技だと防御増し増しにしてもあんまり意味無いのよね。なのでそっちに能力を割り振るより効果的なものを付けてみたって訳!』

『そんなんだからえげつないとか言われるんじゃねぇのか……』


 ドルンの呆れた声にも『いやぁ、てへへ……』と照れるウルティナ。いや、誰も褒めてないから……。

 とは言え彼女の言うように"牙竜天星ガリュウテンセイ"と《星巡》の組み合わせは凶悪のため、その対策としてはいやらしいぐらいハマっているのもまた事実。

 実際カレドラのような本物の竜、もしくは竜装備や竜合金装備以外は大体斬れてしまうのだから、それ以外の手段で止めれるのであれば誰だってそうするだろう。

 ただその方向性がいやらしいだけで……。


(人の嫌がることを積極的に行いなさい、だったかなぁ)


 修行中にウルティナに言われた言葉の一部を思い出す。

 戦いにおいて相手の土俵に立たず、むしろ弱点を徹底的に突いてことを有利に運べと言うことなのだが、彼女が実践すると本当にただの嫌がらせに見えてしまうのがまたなんとも……。


 兎も角完全に対コロナ仕様のゴーレムではあるが、それが対自分に当てはまらないかと言われたらそうでもないわけで。


(多分ゴーレムが防具つけてるのはコロじゃなくて俺用だろうなぁ。コロの前じゃ並大抵の防具は意味ないし。再生能力持ち出す前に防具剥がすところからか……)


 増える課題に暗澹たる気持ちになりつつも情報収集は怠らない。

 その間にもコロナが縦横無尽にゴーレムを切り裂いていくが、その度に再生されてしまっている。

 こうなると核の破壊ぐらいしか対処法がなさそうだが、肝心要の核が見付けられないようだ。

 その証拠にコロナはゴーレムに対しその大部分に刃を通しているが、対するゴーレムには一向に変化が訪れない。

 時間にして数分ではあるが、その間ずっと切り刻んでいて何もないのは明らかに異常な光景だった。セバスチャンやドレッドがレーヌ達に説明をしつつも現状の光景からその異常さを語っているあたり、皆同じ気持ちなのだろう。


(と言うかセバスさんらが言う様に本当に核は無いとか……いや、それこそありえ無いか。じゃなきゃある種の無敵兵の完成だし、倒せない敵を作り出すのは模擬戦のコンセプトからは外れる)


 あんな嫌がらせかと思うぐらいのコロナメタのゴーレムを作ったとしても、それでもなんらかの形で倒せる方法を残すのがウルティナだ。

 もちろん自分に対しても何かしらの対処法もあるだろう。コロナとは違ったやり方でだろうけど。


(しっかしどうしようかな、あれ。コロで手詰まり感あると俺じゃどうにも……ん?)


 自分の時の事を考えつつ頭を悩ませていると、コロナがふいにこちらに……いや、ウルティナの方に顔を向けていた。

 なんだろう、助けを求めている……とは違う感じだ。表情は見えないけどなんとなく怒っていると言うか……またウルティナが何かしでかしたのだろう。

 しかしそれを機にコロナの動きが変わった。別にパワーアップしたとかそういう変わり方ではない。

 動きに普段の思い切りの良さが加わったと言った感じだ。もしかしたら彼女なりの何か突破口を見つけたのかもしれない。

 

(また《星巡》……んー、でも今の何か狙ってた? 核でも見つけたのかな。でも何であんな場所に……)


 コロナの一撃で断たれた箇所はすでに何度か斬られている場所だ。同じ箇所を攻撃する意味合いはあまりない。

 その後も怒涛の攻撃を繰り出すがやはり手ごたえはなさそうである。それでも手は休めず懸命に動くが、それでもその全てを無効化すると言わんばかりにゴーレムは再生を行っていく。

 攻撃をしても回復されるコロナと、攻撃をしても回避されるゴーレムの攻防。まさに千日手と言わんばかりの光景だ。


「コロナさん、苦戦してますね……」

「実戦なら場所にも寄りますが撤退も選択肢に入るんですけどね。苦戦はしていますが、当人はまだ一撃も貰ってませんし」

「でもルール上は今回は倒さないといけないわけよね。……どうするのかしら」


 本当にシンディエラが言うようにどうするのだろう。

 未だ影も形も見えそうにない核を破壊するのか、はたまたあの再生をどうにかするのか。

 捕獲は……無さそうかな。コロナでは相手を拘束するような手段は何も持って無いし。四肢両断しても再生しちゃうしなぁ……。


 皆が目を離せず眺めるその先、戦っているコロナにちょっとした変化が訪れたのはそんなときだった。

 何度目かの攻防の末、コロナがゴーレムとの距離を取る。

 それはまるで一番最初の《星巡》を撃つ時のような構図。武器も双方納め、今から使いますと言わんばかりに左手に"牙竜天星"を添えて――


「……まさか」


 何となくではあったが、今から起こるであろうことが頭を過ぎる。

 話には聞いていた。《星巡》を更に突き詰めたような奥の手があることを。

 そしてそれを撃つと右腕がしばらく使い物にならなくて大変だったと言っていたことを。(尚すぐ後にウルティナの手持ちポーションで治して貰ったとのことも)


 半ば冗談交じりに笑いながらそうコロナは言っていたため、あまり心配させるようなことはしないで欲しいとその時は簡単に注意するに留まった。

 彼女としてもそんな技はぽんぽん撃つものでは無いし撃ちたい技でも無いと言っていたのもある。

 でも逆に言えばそれは必要があれば使うと言っていることに他ならなくて……。


「っ!」


 椅子の横に置いていたかばんを引っ張り上げ、徐に中身を確認する。

 中には何があっても良いように普段から必要な備品一式は取り揃えていた。そして今日の模擬戦のために用意した物が……あった!


「ヤマル様、急にどうされたのですか?」


 他の人から見たら何の脈絡も無く慌ててカバンを漁っているようにしか見えない光景だったのだろう。

 それは場合によっては何か怪しいものを取り出すように見えたのかもしれない。フデレリカから声がかかると同時、自分と彼女らとの間にそれぞれ護衛の体が差し込まれ、更に別の一人がこちらに掴みかかろうとするのが見え――


「やめなさい!」


 レディーヤの一言でその動きが止まる。

 彼女が目配せをすると三人の護衛はそれぞれ元いた場所へと戻り、いつの間にか漂っていた場の緊迫感もゆっくりとではあるが弛緩していくのがわかった。


「ヤマル様も急に突拍子も無いことはしないでください」

「……すいません」

「それでどうかされたのですか。意味も無く動く方では無いとは思いますが……」

「その……多分決着がつきます。次の攻防の直ぐ後にでも」


 向ける視線の先。手斧を振り上げ迎撃体制のゴーレムと、今にも走り出しそうなコロナの姿。

 《星巡》ならもうあそこまで間を計る必要は無い。どうやら嫌な予感は当たってしまったようだ。


「皆様には申し訳ないですが、終了の合図が出たら彼女の所に行かせて貰います。エルフィ、悪いけど一緒に来てくれるかな。多分、《星紡ほしつむぎ》使おうとしてる」

「えっ?」


 レーヌらに頭を下げ試合終了時にコロナの下へ行くことをエルフィリアに伝える。

 彼女も《星紡》がどんな技なのかは知っている為、こちらの言葉に心底驚いているようだ。


「あの、ほしつむぎとは……」

「あれです」


 フレデリカの言葉を遮りコロナの方を見るとゴーレムが手斧を投げる瞬間だった。

 投げられた手斧が回転しながら真っ直ぐコロナに向かうも、彼女はそれに立ち向かうように前へと出る。

 自分じゃ飛んでくる斧に向かっていくなんて出来ないなぁと感じている間にも、その攻撃すら見切っているらしくぎりぎりのところで回避しているのが見えた。

 斧と交差したコロナが《天駆》でゴーレムの後ろ側へと回り、跳躍をしては逆さ状態の体勢を取る。

 そして……


(やっちゃったか)


 それは一瞬の出来事。

 気付いたときには"牙竜天星"は抜き終えた後であり、それは《星紡》を撃ち終えた証でもある。

 しかしそれだけでは終わらなかった。

 きっと右腕が痛いだろうに、何を血迷ったのか体勢を立て直したコロナは《天駆》で突撃を敢行したのだ。

 まるで砲弾と見紛うような突撃はゴーレムの肩に当たり、彼女もろともその部分が弾け飛ぶ。

 片や大地につまづきながらも何とか踏みとどまった犬耳少女。

 片や大地に転がり今やでかい木片としか形容できないゴーレムの肩パーツ。

 着々のタイミングは同じ。されど結果は全く反対であった。

 こちらから見ても右腕が明らかに動いてはいないが、コロナは二の足で大地を踏みしめ飛んだパーツへと近づいていく。

 ダメージと言う観点では無傷に近くとも、全く動く気配のないゴーレム。

 いや……


『おっとぉ?!』


 沈黙していたゴーレムの体に星形の切れ込みが走り、次の瞬間にはそれらを中心にバラバラに瓦解した。

 あれほど無傷を誇っていた巨大な敵が細切れに崩れ落ちる様は、技の性質を理解している自分からしても信じがたい光景だった。

 何も知らない人からすればまさに何が起きたのかすらわからない光景だろう。

 その光景にシンと静まりかえった観衆も、少なくともどの様な結末を迎えたのかは徐々に理解していったようで徐々にざわめきが伝播していく。

 そして……


「す、すっげええーーーー!!」


 誰かのストレートな感想が辺りに響くと同時にこれまで以上の歓声が沸き立つ。

 さながら地鳴りとも言えそうな声量は、屋外であってもこの身に音圧を感じさせる程のものであった。

 その間にもコロナは油断なくダマスカスソードを肩パーツに突き立て……いや、大地に縫い付けていた。

 まるであのパーツの動きを止めるようなその行動。そしてゴーレムがバラバラになったにも関わらずウルティナからの終了の合図があがらない。

 つまりゴーレム自体はまだ生きていて……あぁ、あの中に核があるのかとようやく理解する。きっと何らかの方法でコロナは核の位置を特定したんだろう。


 そして数十秒後。


『終ーー了----!! 規定秒数に達したのでコロナちゃんの勝利とします!!』


 打ち上がる魔法の花火。破裂音と煙と共に、ウルティナが試合終了の合図を告げる。

 それと同時にこちらも行動を開始。

 大歓声の中、レーヌらにコロナが見過ごせない怪我をしていると告げ、エルフィリアと共にその場を後にした。

 小走りで駆けながらコロナの治療方法について簡潔にまとめる。


「大丈夫でしょうか……」

「あれでも怪我をすることに対しては人一倍敏感だからね。後遺症が残るようなヘマはしないよ」


 何せ出会ったときのコロナは今と違って文字通り死んだような目をしていた。

 当時を知っているからこそ、コロナは怪我の『負い方』にはかなり気を使っているのは見ていて分かる。

 もちろん彼女とて前衛であり自分の護衛なのだから怪我を負うことそのものに対しては恐れてはいない。

 何て言えばいいかな……肉を切らせて骨を守る、みたいなものだろうか。怪我は負っても何とかできる程度の怪我に留めれるよう心がけてるようなものだ。


「とりあえずあの子には有無を言わさずに取り掛かるからね。コロー!」


 彼女の名前を呼びながら近づくと、コロナはなんともばつの悪そうな表情を浮かべていた。

 まるで悪い事をした子どもが親にそれがばれたときのような表情。まさかあれだけのことしでかしておいて怪我は無いとでも言おうとしてたのだろうか。


(気持ちは分からないでもないんだけどね)


 きっと同じ立場なら自分も一緒のことをしそうだなぁと思いつつ、とりあえずコロナの治療を開始すべくその準備を始めることにしたのだった。


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