第272話 模擬戦 コロナvsヤマル8 (3~4)'


 時間は少し遡り……。

 コロナの模擬戦が開始される直前、関係者スペースにて。



 ◇



(うわぁ……)


 視線の先にはウルティナの紹介にてその姿を現した人工ウッドゴーレム"木念人ぼくねんじん君"一号と対峙するコロナの姿。

 つまりこの後、自分はアレと戦うわけだが……マジであんなデカブツと一対一とか勘弁して欲しい。

 いや、厳密にはポチが一緒だから一対一ではないのだが、それを加味してもかなりきついのは目に見えている。

 とは言え今更『やるの嫌です』と言えるはずもなく、なれば今行うべきことは単純にして明快。

 いかにあのゴーレムの情報を引き出すかだ。


(とりあえず相手の防御面はわからなさそうだなぁ)


 何せコロナの持つ"牙竜天星ガリュウテンセイ"は大体の物は切り裂いてしまう。

 それ故にどの程度の防御力を持つか判別がし辛い。

 自分の手持ちの攻撃方法を加味し、とりあえずあの鎧と兜をどうにかするところからだなぁと心のメモ帳に書き込んでおく。


(後は速度はポチと比べてどうかか……。でもあの大きさだと歩幅結構ありそうだし、鈍重そうだけど射程は結構あるだろうなぁ)


 基本はポチ使って遠距離主体で……ん?


「どし……んんっ、どうしたんですか?」


 気付けばエルフィリア以外のここに居る面々が驚いた表情で固まっていた。

 レーヌら三人に関して言えばあんなでかいのは見る事は稀だろうしこの表情は当然だろう。

 でもレディーヤ達や周囲の男性貴族達、それに護衛の人達も息を飲むような感じなのは何故だろうか。彼らは得てして自分よりもずっとずっと強い人らであり、この世界で生を受け護衛と言う職に就いている以上荒事には慣れているだろうに。


「あ、いえ。その……ちょっと驚いちゃいまして」

「……ねぇ、貴方達っていつもあんなのと戦ってるの?」


 まごつくフレデリカとは対照的に、すぐさまいつも通りの雰囲気を取り戻したシンディエラが訝しげな表情で質問をしてくる。


「ん~……いつもってわけじゃないですよ。でも何回かはありますね」


 あのストーンゴーレム以外の野良ゴーレムは大体はコロナが一人で倒してたから、実際戦ったとは言えないかもしれない。

 でもあれぐらいのサイズとは何度かは相対してるし、それに魔国ではカレドラと一戦交えた。

 戦いと言うより遊ばれてた感じが拭えないけど、少なくともあのドラゴンに比べれば他の魔物に対する恐怖心はかなり無くなっていた。それはあの木念人一号君に対してもだ。

 もちろん未だにどの魔物も脅威度と言う点では変わっていないが、それでも昔ほど恐れることは無くなっている。


 あんな命のやり取りとは程遠い日本の自分ですらこちらにきてからこうなったのだ。

 この世界で生まれた皆であれば……それこそ戦うことを生業とするような面々なら場馴れしていてもなんら不思議ではない。

 ……はずなのだが。


「爺、あのゴーレムを倒す場合どれほどの兵が必要かしら」

「あくまで特別な能力が無いと仮定した場合になりますが、兵士よりも魔術師が必要と考えます。鈍重なゴーレム種であれば魔法の一撃で倒すのがセオリーです。詠唱までの時間を稼ぐ場合なら兵士数名魔術師一人のチームですね。念のために複数配置すれば磐石かと。ただしあの様な武具を身につけた場合、前衛の兵士の損害はかなりのものとなるでしょう」

「つまり今回の場合は?」

「剣士一人でどうにかなる相手ではありません」


 きっぱりと、それが当然の結論であるとセバスチャンは断言する。

 その言葉に周囲の他の面々は何も言わなかったものの、雰囲気がその意見に同意すると物語っていた。


「ふぅん。それを踏まえた上で貴方の意見はどうかしら?」


 どこか楽しげ……いや、何かを期待するような眼差しでシンディエラがそう訊ねる。


「そうですね……。あのゴーレムがどんな能力を兼ね備えているかは不明なので、同じく何も無いとした場合ですが……」


 とりあえずあのウルティナが何もない相手を用意するとかまずありえないので、あくまでセバスチャンと同じ前程で考える。

 いや、考えるまでも無いか。


「コロナの完勝でしょうね」


 その時、上空に魔法の破裂音が響き試合開始の合図がされた。

 完勝の理由を聞きたがっていそうな面々ではあったが、兎にも角にも試合の方が気になるようで全員コロナの方へと視線を向ける。


(まぁコロならまずはそうするよね)


 視線の先では予想通り一直線にゴーレムへと向かうその姿に内心でそう呟く。

 ただし予想外だったのは彼女が手にしたのは従来のダマスカスソードだった点だ。"牙竜天星ガリュウテンセイ"で即座に勝負を決めに行くと思っていただけに少しだけ意外だった。

 そしてそのまま肉薄すると駆け抜けざまに大盾に一撃、飛び込んで背中に一撃、更にあれは足元への一撃だろうか。

 距離があるこの位置からの観戦だからこそ、コロナが何をしたのかは何とか見て取れる。ただし相変わらず《天駆てんく》を駆使した加速力は凄まじく、この位置からでも姿がぶれて見えるほどだ。

 反撃とばかりのゴーレムの一撃もあのタイミングと速度では間に合うはずも無く悠々と離脱済み。

 ゴーレムへ与えたダメージはあまりなさそうだが、何かを確かめるようにしているのが見て取れたため今は情報を集めているのかもしれない。

 ……とりあえずダマスカスソードでは両断できない防具と心のメモ帳に追記しておく。


「え、あの……コロナさんってあんなに速く動けるんですか……?」

「えぇ、戦闘の際は割とあのような感じですね」


 そう言えばレーヌはコロナが戦うところは一度も見ていなかったか。

 言葉でどの様な人物なのかは聞いてはいただろうが、実際に目にすることで本当の彼女のすごさが実感できたのだろう。

 そしてそれは周囲の面々も同じようで、今の一連の動きだけで息を呑んでいるのが良く分かる。


「爺、どう?」

「いやはや……やはり獣人はこれほどまでに速く動けるものなのでしょうな。人間との身体能力の差はいかんともしがたいかと」


 どうだー、うちのコロナは強いんだぞーと何となく我が子が褒められる親の気持ちをちょっと理解しつつも、彼女達に対しては念の為謙虚な態度を取っておく。


「一応補足しておきますと彼女より強い人材は獣亜連合国にはまだまだいます。もちろん人王国にも居るとは思いますが……」


 獣亜連合国の傭兵クランであるトライデントの面々は、イワンを筆頭にコロナ以上の猛者が揃っている。

 そして自分は見たことは無いが、この国でもコロナ以上に傭兵としてのランクが上の人物がいる事は知っている。

 なのであの子が最強ではないと言うことはしっかりと伝えてはおくが、それを差し引いても在野にコロナクラスの強さを持つ人材がごろごろ居ると言うのは彼女達にとっては衝撃だったようだ。


「……祖先はよく彼らとの戦争で和平交渉まで持ち込めましたね。改めて尊敬しますわ」

「伝説の魔女様のご活躍でしょう。もちろん人々の頑張りあってのことですが」

「異世界の英雄ね。その活躍は耳にしますが、人となりについてはあまり聞かないわね。一体どんな人なのかしら」


 なお当の本人は直線距離十数メートル先でマイク片手にノリノリで実況していた。


『さぁ、ファーストコンタクトは様子見とばかりの攻勢! ここからどう攻めて行くのか!』

『確かあの剣はダマスカス製だったか。あれを弾く防具とは中々ドルン氏もやるではないか』

『ガハハ! でかいからと言って手を抜く仕事はしてねぇからな!』


 盛り上がる実況席と観客達。

 そんな中、静かなのは騒ぐに騒げない護衛たちが居るこの場所ぐらいなものだろう。

 と……


「お」


 コロナがダマスカスソードを収め"牙竜天星"を手に取った。と言うことは《星巡ほしめぐり》で決めるつもりだろう。

 ……あれ。これってもしかしなくても自分の負け確定なんじゃ。どう頑張ってもこの時間より早く倒せるとはとてもじゃないが思えない。


「ヤマル様、コロナ様は何をされるつもりなのですか」

「んー……あの子の攻撃方法って基本剣で斬るだけなんですよ。今からするのもそれではあるんですが……でもきっと驚く光景が見れますよ」


 こちらの袖口を引っ張り訊ねてくるフレデリカに再度コロナを見るように促す。

 視線の先では予想通り《星巡》の構えを取るコロナの姿。と言うかあの子、ほんとよく居合いできるようになったなぁと感心する。

 あれってそう簡単に覚えれるもんじゃないだろうに。


 そうこうしている間に納刀状態でゴーレムに再接近するコロナ。

 構えられたゴーレムの盾の前まで到達すると、文字通り目にも止まらぬ速さの斬擊が繰り出される。

 その結果は自分の予想通りの光景だ。


『おぉっと! コロナちゃんの一撃でゴーレムが防具諸共真っ二つだああぁぁーー!!』


 振り抜かれた剣閃に沿うように、ゴーレムの盾と胴、そして背中の防具の下半分がけたたましい音を立てて地面に落下する。


「御見事」


 初めて見た時から思っていたが、あの技は本当に綺麗な技だ。

 あれが自分で出来たらどれだけ良いかと思うほどに羨ましく感じる。


 しかしそう思っているのは自分だけか、すでに見たことのあるエルフィリアやポチを除き、周囲の人間は呆然とした様相だった。

 あれほど騒いでいた観衆も目の前に起こった事が信じれないのか、静かにざわめく程度であった。

 しかしゴーレムの防具が落下するとそのすごさ、そして何が起こったのか理解したようで、これまで以上の大歓声が周囲から沸き上がる。

 ただ素直に面白がっているのは大多数の一般市民であり、それ以外の戦いのイロハを少しでも齧ってそうな面々は相変わらず唖然とした表情を崩していない。

 まぁあんな長剣一本であの大きさのゴーレムを両断とか普通ありえないし……。

 自分だって《星巡》の特性を知らなかったら同じ顔をしてただろう。と言うか初めて見た時はきっと同じ顔をしていたと思う。


 兎にも角にもこれで決まったか……なんて思っていたら、そうは問屋が卸さなかったようで。


『かーらーのー……』


 スピーカーから聞こえるウルティナのちょっと楽しそうな声がまだまだ終わらないぞと雄弁に物語っていた。


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