第271話 模擬戦 コロナvsヤマル7


 《星紡ほしつむぎ》。

 これを一言で言い表すのならば、《星巡ほしめぐり》五連撃である。


 そもそもの事の発端は《星巡》が抱える問題点であった。

 当たれば両断、速度も超速。射程も"牙竜天星ガリュテンセイ"の能力を合わせることで近接武器としては破格の長さを誇る。

 納刀状態から繰り出されるため攻撃の起点も見え辛い。

 ここまで聞けばどこに欠点が、と思うかもしれないが、《星巡》はあくまで斬撃と言うカテゴリーからは脱することは出来ない。

 つまり《星巡》が繰り出された瞬間に、その斬撃の軌道にいなければ当たらないのだ。

 もちろん《星巡》を回避する事自体至難の業ではあるが、理屈上では避けることは出来る。それこそ右に一歩体をずらすだけでも十分だ。


 仮に回避をされた場合、一転してピンチに陥ってしまう。

 《星巡》はあくまで抜刀術。放ち終えたあとは刀を振り抜いた形になる為無防備となってしまうからだ。

 実際ブレイヴとの模擬戦において彼はそれを指摘した上で完全に回避してみせていた。早速破られた必殺技に気落ちるする彼女に、師である彼はこう提案してきた。


『ならば範囲を増やせば良かろう。我に考えがある』


 その時のブレイヴの顔はウルティナが悪巧み考えていそうな顔だった、と後にコロナは語る。

 そして提案され産み出されたのが奥の手である《星紡》だ。

 一撃で避けられるなら二撃でも三撃でも……と言う相変わらずの力技理論だったが、その実体はコロナの予想のはるか斜め上を突き抜ける代物だった。



 ◇



 「《星紡》」


 《星巡》と同じ軌道の抜刀。鞘から放たれた剣閃は左下から上への切り上げ――現在体が反転している為他の人から見れば切り下ろし――の一撃。

 《星巡》ならばここで振り抜いて終了だがここからが奥の手と言われる《星紡》だ。


 剣先が上に到達した状態から手首を捻り刃を下方向へ。更に剣の先端に《天駆てんく》を展開し切り上げの加速方向を無理矢理曲げる。

 やっていることは腕の力と《天駆》の連続軌道で剣閃の軌道を瞬時に切り替えているだけ。

 ただし……。

 

「つぅっ……!」


 強引な急制動に右腕の筋肉が悲鳴を上げる。耳の奥にあまり聞こえてはいけないような音が届くが、それに構わず二撃目を強行。

 速度をそのままに今度は上から右下方向への切り落とし。この時点で剣の軌道上にあったゴーレムの四肢が断たれるが、まだこの技は終わらない。


 下まで到達した刃を更に捻ると同時、先程と同様に《天駆》を起動し刀の動きを更に曲げる。

 一瞬だけ速度が落ちるその刹那のタイミングで刀の持ち方を逆手持ちに持ち変え、三撃目は振りぬく様に左上方向へ切り上げる。


 そして四撃目。

 今度は刃を内側の水平になるよう逆手持ちから通常の持ち方へ戻す。無論三撃目同様の刹那の持ち替えだ。

 左上に上がった右腕は今度は右に向け水平の切り払いを繰り出す。

 真一文字の横一閃。この連続する動きの中では特に美しい動きだとはブレイヴの談だ。

 ただしそれを目で追える人が果たして何人いるかは分からない。


 そして最後の五撃目は右に刀が抜けた状態から内側へと捻り、左下に向けての袈裟斬りだ。

 初撃に繰り出した起点の位置に舞い戻るような攻撃の終点。


 都合五撃。

 斬撃の切り替え時に使用する《天駆》を頂点とするようなその軌道は、一瞬の内に眼前に五芒星の軌跡を描く。


 その結果、当然ながらそんな無謀とも言える動きをした方の反動はすさまじいものであり……。


「あ、ぐ、……っっ!!」


 まるで太い槍で貫かれたような痛みが右腕に走る。

 痛みに顔を顰め、反射的に刀を取り落としそうになるも、歯を思いっきり食いしばってはそれを意志の力で拒絶する。

 目は閉じれない。武器も落とせない。まだこの後にやることが残っているのだから。


 そして目の前では逆五芒星に斬られたゴーレムがその動きを完全に止めていた。

 更に次の瞬間、頭、四肢、胴を含め複数のパーツに断たれた体がバラバラにずり落ちていく。


(どこ……? 核は、どこ……?!)


 痛みで反射的に目に涙が出て視界がにじむも視線は右往左往しながら目的の物を探す。

 これだけ斬ったのだから核に当たっていてもいいのでは、なんて希望は抱かない。しばらくは《星紡》は撃てないし、もはやこの右手ではまともに剣を振れるかも怪しい。

 だからこの一連の攻勢で確実に終わらせる。


 重力に従い体が落ちているはずなのに、見える世界の動き全てが緩慢に感じる。

 あれほど煩わしく感じていた木の根が早く顔を出さないかと願う程に。

 そして見つけた。視界の端、左肩の断面から木の根の先端が出てきていたのを。


(これで……)


 空中で身を捻り痛みが走る右腕を意志の力で黙らせ強引に上下反転の姿勢を元に戻す。

 そして顔をあげ、狙うは左肩ただ一つ。


(決める!)


「《天駆》!!」


 足の裏に魔法を発生させ、自身を射出するイメージで一直線に飛んでいく。

 剣でもなく拳でも無い、今この時だけこの身を矢と変え――


「ッ!!」


 着弾。

 左肩からタックルをするような体勢で体ごとゴーレムの左肩に激突する。

 先程までならこのタイミングでも再生は間に合っていただろう。

 しかしこれまでの攻撃による魔力の消耗、そこに《星紡》により一度に大量の断面を作られた今この瞬間に限り、こちらの動きがあちらの再生速度を上回った。

 ぶつかった衝撃により支えを失っていた向こうの左肩が明後日の方向へ飛んでいく。それと同時にその衝撃がダイレクトにこの身に跳ね返り、右腕に激痛が走る。


「~~~~~~~っっっ!!」


 取りこぼしそうになる"牙竜天星"を根性で握りしめ、踏鞴たたらを踏みつつも何とか地面に着地する。きっと受身を取ったら更なる痛みで動けなくなったかもしれない。

 ようやく自身の動きが止まり、反射的に出てきた涙で視界が滲むもまだ終われない。

 左手で素早く目元を拭い、先程飛んでいった左肩のパーツを探し……程なくして地面に力無く転がっているのを見つけた。


「…………」


 近づき見下ろす肩パーツはこの様な形になろうとも再生を試みようと本体側の方へ根が伸びていた。

 ただしいくら超再生能力と言えど限度があり、この一パーツだけであの巨躯を再構築するほどの力は無いようだ。

 根もある程度の長さは伸びてはいるもののそれ以上は長くならず、ならば自ら近づこうとまるで触手の様に根を動かして地面をゆっくり這っている。

 正直物凄く気持ち悪い。


「あ……」


 そんな肩パーツとは裏腹に核を失った残りのゴーレムパーツが背後で音を立てて崩れ去る。

 バラバラになったゴーレムはもはや物言わぬ木。この状態では脅威には成り得ない。

 ただしこの核パーツがあればあの状態からもまた復活するであろうことは容易に想像できた。

 なのでこの模擬戦の締めとして最後の仕上げを行うことにする。


「よいしょっと……!」


 空いている左手でダマスカスソードを鞘から抜き、それを目の前の肩パーツに突き立て地面と縫い付ける。

 それだけで這う力を上回ったらしく、肩パーツの動きが完全に止まった。

 ただしこれでも核はすり抜けたようで、断面から伸びた根は相変わらずうごめいている。


「……運が無いなぁ」


 《星巡》から始まり幾度と無くゴーレムを斬り裂き、果ては《星紡》による完全解体。

 トドメとばかりに小さくなったこのパーツに剣を突き立てたのに、そのどれもが核を傷つけることは無かった。

 一応結果だけ見れば相手に一切触れさせることもない完勝なのだが、流石にこの点に不満は残る。


「まぁでも」


 その時上空から魔法の破裂音が聞こえた。あれは模擬戦終了の合図だ。

 剣を突き立ててからやや時間があったのは、これが討伐ではなく捕獲扱いになったからだろう。三十秒間ゴーレムを捕まえ続けたようなものだし。


「これはこれで良かったの……かな?」


 予定に無かった《星紡》まで出す羽目になってしまったが、全てを出し切った満足感はある。

 そのせいで未だに痛みで右腕にじぐじぐとした熱を帯びた感覚があるけど……ちょっと怪我の具合見るの怖いな。でもヤマル達に心配かけないようこっそり治せば――。


「コロー!」


 ……もぅ、私の雇い主さんはこういう時は何故か鋭い。

 こちらの名を呼びヤマルとポチ、それとエルフィリアが駆け寄ってきていた。その表情は心配そうにしていて……うん、あの顔は完全にこちらの状態がバレている。


「ヤマル、あの……」

「話は後。エルフィは右手の防具取り外してあげて。あ、とりあえず刀は預かるよ」

「あ、うん」


 差し出されたヤマルの手に"牙竜天星"を渡す。正直この手じゃ鞘に収める動きですら辛かったので素直に従っておくことにした。

 ヤマルが刀を慎重に鞘に納めている間、エルフィリアがこちらの手甲の留め具を外しにかかる。


「痛かったら言ってくださいね」


 痛い、と正直な感想は何とか飲み込み彼女には首を縦に振って返す。

 別にエルフィリアのやり方が悪い訳ではなく、この腕の状態では誰がどうやっても多分痛い。だから何も言わずただ過ぎ去るのを待つのみ。

 なるべく表情に出さないよう大人しくしていると、手甲が外されそのまま服の袖が捲られた。


「ぁ……」


 エルフィリアがこちらの右腕を見て小さく声をあげる。

 彼女の視線の先には予想通り内出血によって変色した自分の腕。一応骨や神経など重要な箇所は重点的に補強していたので大丈夫だったものの、治せると踏んだ他の部分は負荷に耐えられなかったようだ。

 うん、自分の腕ながら中々痛々しい。


「あー、もう。無茶し過ぎだって。《星紡》使う予定無かったでしょ?」

「でもやらなかったら倒せなかったし……」

「それでもだよ。あまり心配させ……何?」

「ううん、ヤマルがこの後やる時は無茶しないかなぁと思って」


 こちらの言葉に「う……」とヤマルは言葉を詰まらせる。

 流石に怪我前程でやるとは思えないものの、同じゴーレムの相手をする以上多少の無茶は付き物なのは何となく想像できていた。


「……こほん。とにかく怪我治すからじっとしてて。腕を水平に持ち上げてね」

「うん、こう?」


 指示通りに右腕を持ち上げると、ヤマルはカバンからポーションを取り出す。

 しかもいつも使ってるポーションではない。ワンランク上のポーションだ。


「……勿体無くない?」

「全然。むしろ今使わないでどうするのさ」

「自然治癒とか……」

「俺と握手して顔色変えないならそれでもいいよ」


 あ、目が握手した瞬間に力を入れるぞと物語っている。

 例えヤマルの力でも今のこの手では多分表情に出てしまうだろう。なので大人しく従うことにする。


「《生活の火ライフファイア》《固定フィクス》」


 ヤマルは瓶の蓋を開けポーションに魔法をかけるとそれをゆっくりとこちらの腕に垂らしてくる。

 本来液状のポーションはそのまま落ちるが、垂らされたポーションは腕の上でなにやらスライムっぽい形で留まっていた。

 しかもほんのり生暖かい。


「冷たいよりはこっちのがいいでしょ? 後はこうして……っと」


 そんなこちらの心情を察してかそう答えるヤマル。

 そして彼が固定されたポーションを触り動かすと、まるで粘土の様に形を変えポーションが右腕をおおっていく。

 これは……。


「前ヤマルが骨折したときの……?」

「そ。あの時は包帯に染み込ませてたけど、こっちなら包帯使わずに直だから治りが早いと思うよ」

「……あれ、でも魔法が効いたってことはこのポーションもヤマルが作ったの? いつもより効能高いポーションなのに」

「そだよ。レシピは前から知ってたし、やり方も叩き込まれたからね。模擬戦用に何本か作っておいたんだよ」

「そうなんだ……」


 そのポーション作製も大概だが、本来かけ流しで使うポーションをこの様に留まらせるような使い方は見たことが無い。

 それこそ包帯に染み込ませたりするのが普通だけど……あ、でも何かじんわりと効いてきたかも。ちょっと気持ち良い。


「まぁしばらくはそのままで。あまり強く腕を振ったりすると多分外れるから気をつけてね」


 うん、と頷き返すととりあえず戻るように促された。

 ゴーレムの肩パーツからダマスカスソードを引き抜き、再びヤマルにしまってもらうと三人揃って関係者スペースの方へと歩いていく。

 そしてようやくそれに気付く。


「…………え~と、なに、これ」

「あはは……まぁコロの戦い方がそれだけすごかったってことだよ」


 戦闘中は全然気にしていなかったけど、まるで衝撃波になったと錯覚しそうなぐらいの観客達の大歓声。

 拍手をする人、大声を上げている人。中には見知った人が大きく手を振っていたり……正直ちょっと恥ずかしいかも。

 そんな中、向こう側からウルティナ達も歩いてきた。先頭を歩く彼女は物凄く上機嫌な顔をしている。


「お疲れ様。頑張ったわねー」

「ウルティナさん、さすがにあれはちょっとヒドくないですか……?」

「あはは。でもあれぐらいしないとすぐ倒されちゃいそうだもん。さ、次はヤマル君の番よ。片付けと次の準備、それと休憩で開始は大体三十分後からだから、それまでには支度しておいてねー」


 こちらの抗議の声もやんわりとかわし、じゃあねー、とウルティナはゴーレムの方へと一足先に向かっていった。


「コロナよ、良く頑張ったな。色々思うところはあるかもしれんが今は休んでおくがよい」

「あ、はい」


 そしてその後に続くブレイヴからは何かすごくまともな師匠っぽいことを言われてしまった。

 彼もそれだけ言うとウルティナの後を追い、ドルンも「また後でな」と短く返事をすると荷台を引いていく。


「さてと……俺も準備しなきゃなぁ」

「……えーと、今更だけどヤマルもあれと戦うの? 結構きついと思うけど」

「んー、まぁやるだけやって無理そうならギブアップするよ。それに……」


 苦笑しながらヤマルの視線がこちらから外れ周囲へと移る。

 相変わらずとても盛り上がっている観客たちだが、ウルティナからの案内があったのか今は思い思いにすごしている。


「流石にこの状態でやらないって言ったら暴動起きそうだからなぁ。それに師匠から何されるか……」

「あー……」

「ウルティナさん、結構ノリノリでしたもんね……」

「わふ」 


 この場にいる全員の共通認識としてそのシーンが思い起こされる。

 若干げんなりしているヤマルを見ると普段からの在り様が容易に想像できた。


「それじゃ俺とポチはここで一旦別れるね。エルフィ、悪いけどコロをお願いね」

「分かりました。ヤマルさん、あまり無理しないでくださいね……」

「私達はレーヌさんのところで応援してるからね!」

「ん、了解。ポチもいるし多分一方的にはならないと思うよ。ね?」

「わん!」


 任せろと言わんばかりに一吼えするポチに思わず笑みがこぼれる。

 そしてヤマルはポチを抱きかかえると自分達とは別の方へと歩いていくのだった。










~おまけの楽屋裏~


エルフィ「そう言えばコロナさんの刀って長さどれぐらいあるんですか?」

ドルン「大体全長一メートルぐらいだな。あいつは小柄だから大きく見えるかもしれねぇけど、剣としては割と普通の長さだぞ」

ヤマル「そいえばあの刀の柄と鞘って精霊樹だよね。竜合金だとしまう時とか握るときに斬れたりしない?」

ドルン「あぁ、アレ内側には竜合金塗布してんだよ。流石にそれぐらいしないとヤマルが言うように刃で斬っちまうからな」

コロナ「今回私もヤマルも色々作ってもらったけど、一番大変だったのはどれだったの?」

ドルン「そうだな……新しく作るって意味じゃやっぱ"牙竜天星"だが、作業内容そのものはコロナの手甲が一番キツかったな」

ヤマル「あれ、そうなの?」

ドルン「あぁ、コロナ。ちょっとその手の平部分見せてくれるか?」

コロナ「うん」

エルフィ「……ぇ、これドルンさんがやったんですか?」

ヤマル「……何か変かな。俺には普通に見えるけど」

エルフィ「何かすごい目の細かいリングが無数に編みこまれてるんですけど……」

ヤマル「え……うぇ?! マジだ! え、ナニコレ?!」

ドルン「竜合金で作っためちゃくちゃ目の細かい鎖帷子みたいなもんだと思ってくれ」

エルフィ「あの、普通に作るのではダメだったんですか?」

ドルン「いや、"牙竜天星"を持つ手の防具だぞ。しかも《星巡》とかどう考えても手に当たりそうじゃねぇか。同じ素材使わねぇと危ねぇよ。だがなぁ……普通に作ると固すぎるんだ。糸作ろうとしたら鋼線になったぐらいだぞ」

コロナ「それでリング状にして手や指を曲げれるようにしてくれたんだね」

ドルン「おう。この手法じゃねぇとガチガチに固まって握ることすら出来ないからな。だがコロナの手に合わせた上でこの細かい作業が延々と続くのは結構しんどくてなぁ」

ヤマル「これ普通の針金だったとしても目が痛くなりそうだよ……」

コロナ「私ってホントにすごいの身につけてるんだね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る