第268話 模擬戦 コロナvsヤマル4


 対戦相手であるゴーレム(木念人君一号)との距離は五十メートル。

 ルールの都合上、自分の初期位置は会場の中心から最低五十メートル以上離さないといけなかった。そのためギリギリまで接近できるこの距離を初期位置に選択した。

 遠距離攻撃手段を持たない自分は近づかないことには始まらないからだ。


 そして剣を抜き一気呵成とばかりに最短距離――要するにまっすぐゴーレムに向かって突き進む。

 選んだ剣は新しい武器の"牙竜天星ガリュウテンセイ"ではなく、今まで通りのダマスカスソード。

 ブレイヴは以前『持てる最強の手を初手で叩き込むのも手』とも言っていた。確かに今の自分であればあのゴーレムに対して最強の手を切れば有効打になるとは思う。

 それにタイムアタック方式の勝負なのだからとっとと決めてしまうのはありと言えばありだ。むしろ推奨される方だろう。

 でも、と自分の今までの『傭兵』としての経験が待ったをかけた。まずは様子を見て情報を集めろと判断を下したのだ。

 理由は色々と疑問を持ったことである。


(……なんで相手がこれなんだろう。こんなの、


 ゴーレム種は幾度と無く戦ってる。直近で言えばカレドラの住まいで戦ったストーンゴーレムだ。

 あの時は自身の攻撃が届かず悔しい思いをした。その事は未だ忘れていない。

 それを踏まえた上で自分にゴーレム種をぶつけてきたと言うのであればまだ分かる。

 しかし……


(ウルティナさん、どういうつもりなんだろう)


 負けるつもりはないが、それでも対等の勝負になると思っていた。与えられたハンデを加味しても、自分が苦手とするようなタイプの対戦相手が用意されるとさえ考えていた。

 例えば自分と同じぐらいの速さを持ち、遠距離攻撃手段を主体とする相手とかをだ。


 しかし蓋を開ければ鈍重なゴーレム種。

 以前と違い"牙竜天星"を得たことでこちらの攻撃力は飛躍的に高まった。今なら苦戦したあのストーンゴーレムですら一人で余裕を持って片付けられると自信を持って言えるほどに。

 現状の自分の能力を考えた場合、鈍重なゴーレム種との相性は悪くない。むしろ良いとさえ言える。

 力が強く、体が大きく、そして頑丈と重戦士の三拍子が揃ったゴーレム種。しかし高速戦闘を主軸に置く自分の速さは捉えられないだろうし、自慢の頑丈さもそれ以上の攻撃力で両断される。


 セオリー通りの性能である場合、目の前のゴーレムの様に人為的に武装をさせたところでさしたる脅威にはなりえない。

 そんなこと、あのウルティナが気付かぬはずがない。例え彼女が気付かなかったとしても、一緒に対戦相手を考えたブレイヴが止めにはいるはずだ。


 しかし、しかしだ。ここで若輩ながらもそれなりに経験を積んだ自分の予感が告げるのだ。

 、と。こちらとの相性を考慮した上で出されたともなれば、間違いなくきっとある。

 

(なるべく早く倒したいけど……)


 だからこそ最初は様子を見る事にした。情報を集めることにした。

 この戦いはヤマルも見ている為、長引けば長引くほど、自分が何かを試せば試すほどあちらが有利になる。

 だから覚えた必殺技の一撃を以って速攻で仕留める事も視野には入れたが、それ以上に見極めることが大事であると判断を下した。


「――――!」

「まずは基本的なところから……」


 正面から近づくこちらに対し、ゴーレムは盾を構え迎撃体勢をとる。

 流石に八メートル程もあるゴーレムが盾を構えるともなれば、その姿はまさに城壁を髣髴ほうふつとさせる。しかもこの状態で動く事が出来るのだから、それだけでも相対する人には脅威の象徴に映るだろう。

 見た目から来る圧を耐えながら、ゴーレムがとるその動きの一つ一つを観察する事は忘れない。

 これを行うだけでも向こうの速さや反射速度がどれ程なのか、ある程度はあたりをつけることが出来る。

 結果下した判断は『ゴーレムの中ではやや速め』。そしてこの程度ならば自分に追いつけるはずも無し。


「《天駆てんく》」


 彼我の距離が十メートルまで近づいたところで十八番を起動。

 一定速度からの急加速をもって構えられた大盾の右横を駆け抜ける。もちろんすれ違いざまに大盾に一撃を加えることも忘れない。

 剣を振りぬいた瞬間、ガン!と金属同士がぶつかったにしては鈍重な音が鳴り響く。


(次)


 相手の後ろに抜けたところで大地を踏みしめ急停止。地面が抉れ砂塵が舞うのも構わず即座に次の行動へと移す。

 止まった反動を使いゴーレムが振り向くより早く切り返しを行う。そして振り向いたその先にはガラ空きのゴーレムの背中が見えた。

 その背に飛び込むようにして下段から上段への切り上げの一撃。剣を雑に振りかぶるような攻撃は、ゴーレムの背部の鎧に着弾し先程と同じような音を響かせる。


(最後!)


 飛び上がった体を空中で捻り上下を反転。まったく動きが追いついていないゴーレムの右腕を蹴り飛ぶ角度を真下に変更。

 何にも覆われていない脚部――その脹脛ふくらはぎ部分に対し剣を振り下ろすと刀身の幅の半分ほどが体に埋まる。しかし相手の木の素材密度が高いのか斬り裂くまでには至らなかった。

 予想よりは丈夫な本体と相手の評価を上方修正しつつ、剣を引き抜き一度ゴーレムと距離を置く。

 ようやくゴーレムがこちらを振り向くも、すでに相手の射程圏外まで余裕を持って退避済みだ。

 顔と言えそうな部分は一応持っているゴーレムだが、目の部分に四角い窪みがあるだけの簡素な作りだ。しかしその変わることの無い顔がどこか戸惑いを隠せていないような表情を浮かべているように思えた。


(……うぅん)


 結論、やはり自分の相手ではない。

 ゴーレムが使用している盾や鎧はダマスカスソードを弾く程なのだからそれなりに良いものは使っているのだろう。しかし竜合金ドラグメタルでも無ければヤマルの装備のような塗布の処理もしていない。

 もし竜合金関連の処置をあの武具にしていたのなら、今の一連の攻撃でこの剣が最低でも刃こぼれぐらいはしかねないからだ。

 しかし武器の刃は現状問題なし。向こうの鎧などは裂けなかったものの、凹ませたことは確認できている。

 何より本体の防御力が武具より弱いのだ。分類上は一応ウッドゴーレムのためか、先ほどで負わせた足のダメージはすでに元通りに再生している。

 この辺りはヤヤトー遺跡で戦ったトレントを思い出させてくれる光景だ。


(そう言えばあの時も攻撃が通らなかったっけ)


 枝葉は斬れど本体には通用しなかった。そんな苦い経験を思い出すが、今はそれよりも目の前の相手だ。


「……決めた!」


 必殺技を以って仕留めることを決断する。

 あの大きさのゴーレムだ、核となる魔石は間違いなく相応に大きな物が使用されているに違いない。そしてその魔石が納められているのは恐らく胸部。

 わざわざ防具で身を守っているのがその証だ。


「…………」


 持っていたダマスカスソードを鞘に収め、代わりに左手に"牙竜天星"の鞘を持つ。そして右手は柄は握らず軽く添えるように……。

 そのまま右半身を前に、左半身を後ろにし、姿勢をやや低くした独特な構え。

 ウルティナ経由でこの技の大元がヤマルの世界の技だと聞いている。刀を使った有名な――しかし故に達人のみが使用できる技。

 ヤマルにも実際に聞いてどの様な技かは教えてもらった。しかしその技がどの様にして繰り出されるのかまでは一般人である彼は知らなかった。

 達人の極地の一つであるこの技は見様見真似程度では決して出せない。研鑽に研鑽を重ねた人の技術の結晶の一つ。

 そんな異世界における奥義と言えそうな技を、この世界のすべを以って再現する。


「…………すぅ」


 ゆっくりと息を吸う。

 ゴーレムもすでに第一波の体勢から立て直しこちらを再び見据えていたが、何かを感じ取ったのか今度は完全な防御体勢だ。

 あちらも左手の大盾を前に突き出し、右手の手斧は振り上げた状態で静止。無機物のゴーレムだというのに、その姿はまさに如何なる攻撃も受け止めるというような意思を感じ取れた。

 正面でなく側面から受け止めるというまるで人のような構えは、なるほど、確かにウルティナが言うように特別なゴーレムだということを否が応でも分からされる。


「!」


 再びゴーレムに向かって走り出す。

 武器を収めたまま右肩を突き出すように走るその様は、他の人からみれば奇異に見えるだろう。ブレイヴが修行の際にこの構えの実演をやってくれなかったら、自分もきっとそのイメージに引きずられていたに違いない。


 対するゴーレムも大地を踏みしめるように腰を落とす。

 ヤマルならきっとバカ正直に突っ込まず安全に側面へと回るだろうなぁと思いながら、それでも自分は正面から突破することを選択した。

 模擬戦と言うていではあるが、今から見せるこの技はヤマルに対する自分からの謝辞でもある。


 あの日、キズモノとして失意に沈んでた自分を救ってくれた。

 二度と治らないはずだった怪我すら彼は治す手筈を整えてくれた。

 更に世界を回り色々な場所を巡り様々な人と出会わせてくれた。

 そして今、ただの獣人の傭兵であるはずの自分は"牙竜天星こんな"や竜合金防具いいものを身に着け戦っている。

 だからこそ、この一撃は彼に対する感謝の念を込める。



 あの日、あなたが拾ってくれた女の子はここまで強くなれました、と――――。



 ゴーレムが構えた盾との接触まで僅か二メートル。

 こちらが剣を振るっても空を切り、振り上げられた手斧の射程圏内と言う最も危険なゾーン。

 しかしこの位置こそがこの技を振るう一番の場所だと判断を下す。


「必殺……」


 柄を握った瞬間、刀にはめ込まれた透明な宝石が淡い黄色の光を放つ。

 様々な想いを右手に込め――



「《星巡ほしめぐり》」



 抜刀した。


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