第269話 模擬戦 コロナvsヤマル5


 振り抜かれた"牙竜天星ガリュウテンセイ"の白刃が止まり外気に晒された、乾いた音が辺りに響く。

 果たしてどれだけの人がこの技を見ることが出来たか。

 ヤマルの世界で神速の抜刀術と言われる『居合い斬り』。それをこの世界で再現し、昇華した技がこの《星巡ほしめぐり》。

 ……いや、昇華は語弊かもしれない。何せこの《星巡》、"牙竜天星"が無いと使えないのだから。



 《星巡》。

 ウルティナからもたらされた居合い斬りの知識から、自分とブレイヴで産み出した必殺技。

 名前の由来はこちらもヤマルの案であり、何か無いかとお願いしたところこの名前を出してくれた。


『天を駆ける次の技なら星を巡るなんていいんじゃない?』


 名前の由来を聞いたところそう答えてくれたが、言ってて恥ずかしかったのかその後そっぽ向かれてしまった。でも彼が言った『天を駆け星を巡る』と言うフレーズがとても気に入ったため即採用となった。

 ちなみに"牙竜天星"の"星"はこの《星巡》からとられている。


 その"牙竜天星"のお陰で攻撃力の目処は立った。そして問題点となっていた命中率をこの技にて補う。

 理屈は単純にして明快。『相手が回避出来ない速度の斬撃を叩き込む』という力技だ。


 その速度を可能にしているのが刀にはめ込まれた石だ。

 ウルティナは出来上がった刀をベースに、この石を核として魔道装具の機能を詰め込んだ。

 詳しい話はちんぷんかんぷんで理解できなかったが、要はこの石は特別な魔石であり、それを使ってこの武器に三つの機能を付与したとのこと。


 一つ、使用者の魔法能力の上昇。

 この機能を使い自分の《身体向上》の魔法が強化された。石のお陰で今までは全身万遍なくの強化だったのに、今では部分的な集中強化も行えるようになった。

 《星巡》使用時には従来の強化に加え、特に右腕部分を重点的に強化することで振り抜く速さと頑丈さを両立するようにしてある。

 そうでなければあれほどの速度、反動で右腕の腱や筋肉がズタズタになりかねない。

 何せ腕の力だけではなく、使用時には刀の先端――つまり鞘の内側の一番奥底で《天駆》を使用しているからだ。

 鞘や柄は精霊樹だが、竜合金の表面塗布によりこの様な無茶な使い方が可能になっている。

 つまり《身体向上》で強化された腕の振り+《天駆》の射出力。これが《星巡》の振りの速さの正体だ。


 二つ、魔道刃の展開。

 この武器は抜刀状態で黄色の薄い膜が刃に形成される。

 能力は単純で武器……この場合"牙竜天星"と同じ斬れ味と硬度をこの魔道刃に付与する。

 そう、刃の強化ではなく同じ性能の付与だ。本体の刃と同じ性能を纏わせるなんて一見すれば意味が無いように見えるかもしれない。

 一応鍛冶師であるドルンの視点からすれば魔道刃が表面を覆う為、刃に血のりが付かなかったり刃こぼれが無くなると言う点では十分意味があると言う。

 しかし使い手からすればこの機能は三つ目の機能の為にあるようなものだ。


 そして三つ。

 これは目の前の光景がその力を分かりやすく表してくれるだろう。


 傍から見れば大層な技を繰り出して失敗したように見える一撃。何せ刃は

 距離二メートルで振りぬけば長剣に部類される刀といえど届かないのは当然の事。

 しかしこの距離の問題を三つ目の機能が解決する。


「――――!」


 ガン、と大盾の下半分が真っ二つに裂け地面に落ちる。

 そして続く同じ音が二つ。盾の裂けた切れ目の直線状、ゴーレムが身に着けていた鎧が前後同時に落下した。

 そして一瞬の間の後、ゴーレムの体に切れ目が走り、その巨体の動きが止まる。


 これが三つ目の機能、飛ぶ魔道刃だ。

 正確には飛ぶというより伸びる魔道刃と言ったほうが適切かもしれない。こちらの任意のタイミングで刀に纏わせた魔道刃が、刀本体以上の射程で相手を両断する。

 そう、"牙竜天星"と同性能の刃が飛ぶのだ。

 欠点といえば"牙竜天星"の性能が良すぎたため、飛ばせる時間はほんの僅かな時間であること。

 また飛ばすためには斬撃の反動が必要であり、その距離は攻撃時の剣速に依存することぐらいか。


 そして結果は見ての通り。

 体格差故、下から切り上げる形で繰り出した《星巡》は一瞬のうちに大盾を切り裂き鎧ごとゴーレムの胸部を両断した。

 そして斜めに断たれたゴーレムの上半身は重力に従い滑り落ち――ることは無かった。


「……ぇ?」


 気づいたときにはすぐ頭上に振り下ろされているゴーレムの手斧。

 反射的に横に飛び直撃はかろうじて回避するものの、手斧が地面に着弾した衝撃で体が浮きそのまま地面に転がり込む。

 すぐさま体勢を整え起き上がると、目の前にはこちらを見据え振り下ろした斧を再び持ち上げるゴーレムの姿があった。


(何で……確かに手ごたえはあったのに!)


 攻撃をかわされたと言うことは断じてない。

 その証拠に相手の防具は半分になった大盾に、もはや肩からぶら下げているだけの鎧の切れ端だけだ。

 鎧の前後が切断されたという事は、間違いなく《星巡》は直撃したという事になる。

 しかし現に目の前の相手は何事も無かったかのように動いていた。防具こそ破損したものの、本体はまるでダメージが無かったようにぴんぴんしている。


(まずは落ち着かないと……)


 不測の事態に混乱しペースを乱され押し切られるのは自分の負けパターンだ。ここ一ヶ月余りでそれは嫌と言うほど叩き込まれている。

 ウルティナとの模擬戦に始まりブレイヴとの実戦修行。本当にあの人はあの手この手どころか奇怪な動きを織り交ぜてくるのだから……。


(あ、でも頭冷えてきたかも)


 ブレイヴとの修行の日々を思い出すうちに徐々に冷静さを取り戻していくのを自覚する。むしろ彼の行動に比べたら体を両断しても動くぐらいなんだと思えて来た。

 あの元魔王様は両断されても生きてそうだしむしろ分裂するんじゃないかって疑惑も……やめよう、アレが二人に増えたら色々と洒落にならなくなる。


「……ふぅ」


 ゆっくりと息を吐き改めてゴーレムを見る。

 消極的な性格なのか追撃は無かった。追いつけないと判断しているのか、はたまた時間をかけようとしているのか。


(そうだ、時間……)


 こうしている間にも時間は刻一刻と過ぎ去っていく。

 落ち着いて一度"牙竜天星"を鞘に収め改めて相手を見据える。今度はその一挙手一投足全てを逃さぬように。


(落ち着いて、冷静に)


 心の中で自分に言い聞かせるように反芻し、焦りそうな気持ちを落ち着かせ情報の整理を始める。

 慌てず、急がず、しかし頭は最速で。


 まず考えるのはゴーレム種の倒し方。

 核の魔石を砕く、もしくは抜き取る。後は体を維持できないほどに破壊する。この三点がゴーレムの基本的な倒し方だ。

 魔石はゴーレムに関して言えば命そのもの。失えばその体は瓦解する。

 本体もゴーレム自身がその身を大きく崩すような形状になれば、『ゴーレム』として存在が維持できなくなる。

 だから魔石を狙うか本体を削るかは戦う人によって分かれるものの、この手法はゴーレム退治の基本的な対処法としての位置を確立している。

 つまり自分もそのどちらかを実行して倒すのがセオリーだ。


(うん、大丈夫。ここまではあってる)


 そして選んだ手は《星巡》による両取り。

 胸部にあるであろう魔石を狙いつつ、本体を両断することでゴーレムとしての機能を止める。

 魔石を破壊すれば決着がつき、例え外したとしても体が真っ二つだ。いくら再生能力に長けた樹木のゴーレムと言えど、あの巨体を両断すればその体は維持できなくなる。

 そう考えてのことだった。


 しかし目の前のゴーレムは何事もなかったかのように動いた。むしろ反撃すら行った。

 つまり何か、この予想が間違っているということになる。


(情報が足りない……)


 これ以上は見てるだけでは結論が出ないと判断。迷う中戦うのは危険だが、それでも今は前に進むしかない。

 考察終わりとばかりに静止状態から《天駆》で急加速。これには止まっていたゴーレムも予想外だったのかまったく反応が出来ず、あっという間に零距離位置まで接近した。


「幻……じゃないね。やっぱり速くもない」


 そのままゴーレムの右足を手で触れ触感を確認。

 実はこの巨体は幻であり、《星巡》が当たった様に感じたのでは?と言う懸念は消えた。

 そしてこちら以上の速度で器用に鎧だけ斬られて見せたという無茶苦茶な可能性も排除。突飛な考えなのは自分でもわかってはいたが、突飛な事しかしでかさない師と戦っていたのだからそこは見逃してほしい。


「となると……」


 上から踏み潰さんとばかりに来る蹴撃をゴーレムの股下を潜り抜け後ろ側に回避。

 ズシンと地面にゴーレムの足がめり込むと同時に飛び上がり、体と地面が水平になるように捻り込む。


「《星巡》」


 そして再び腰の刀を手にし抜刀。

 水平体勢から放たれた一撃は背中側からゴーレムを縦一文字に断ち、魔道刃の余波が地面に一筋の線を描く。


「どう?」


 地面に着地し油断無く相手を見据える。

 ゴーレムの中心線をなぞるかのような一撃は間違いなく再びその巨体を両断。ゴーレムの兜が左右に分かれ重力に従い地面に落ちる。

 だが……


「っと!」


 振り向き様に斧を横に薙ぐゴーレムの一撃をバックステップにて回避。

 先ほどと違い今回は反撃も視野に入れていたため難なく動けたが、それでも一つの希望が消え嫌な可能性が浮上する。

 すなわち、ゴーレムの核となる魔石の存在そのものが無いのではないか、と。


(斬ったのは縦はほぼ中心、横はあの辺……)


 自分が切り裂いた斬撃の軌跡を確認しながら内心冷や汗が流れる。

 ゴーレムの魔石の位置は多少誤差はあれど基本的には体の中心に存在する。これはゴーレムは核となる魔石を中心に体を構築・維持するため、隅々まで魔力を行き渡らせる必要があるからだと言われている。

 つまり横の斬撃はある程度予測の上でやったため外れる可能性はあったが、縦の斬撃は通常であれば魔石を確実に砕く一撃だ。

 以前のストーンゴーレム討伐の際に手に入れた魔石の大きさから考慮しても、こちらの攻撃は必ず魔石に当たる軌跡のはずだった。


 そしてもう一つ、目の前のゴーレムの能力についてある悪い予測が浮上してきている。


「確かめなきゃね」


 刀を収め、再びダマスカスソードを手に取る。

 "牙竜天星"ならば易々とその身を切り裂けるが、今から行う検証はその切れ味が仇となりかねない。

 剣を構え、ある一点を見据える。それは手斧を持っているゴーレムの右手。

 その目標を確かめつつ左右にステップを刻みながら三度みたび接近。右に左に攻撃位置を絞らせない動きは、しかし一つの解決法によって強制的に止められる。

 ゴーレムのやったことは単純明快。反復運動をするのであれば、その中間を抑えれば良い。

 そう言わんばかりにこちらの移動先を塞ぐ様な振り下ろしが繰り出された。


(今!)


 それを待ってましたとばかりにステップを急停止。目の前に振り下ろされた斧を持つ右手の小指に対し、カウンターとばかりにダマスカスソードを切り上げる。

 振り下ろしと切り上げの効果によりこちらの刃が深々とその小指に埋まる。人で言えば皮一枚を残した状態といったところだろうか。

 "牙竜天星"と違い厚みのあるこの剣では、あのような鋭利な切れ味ではなく叩き割るような……悪く言えば雑な切り口だ。

 しかし今はそのはっきりとした分かりやすい切り口こそ、自分が望んだ光景である。


「せぇの……っ!!」


 食い込んだ剣を捻り、そのまま小指を切り飛ばそうと力を込める。

 ブチブチと木の繊維が千切れるような音が聞こえ、あと少しで切り飛ばせると思ったときそれを見た。

 ゴーレムの本体側の断面から木の根のようなものが数本伸び、一瞬で千切れかけた小指側の断面に到達した瞬間を。

 その後はまるで斬った光景を戻すかのように切断面が再生されていく。

 やっぱり、と愚痴をもらしながら攻撃を中断。剣を取り込まれないよう急いで引き抜きゴーレムの射程圏から飛びのくように退避した。


「まさに超再生能力ってところかな。……本当にウルティナさんはよくこんなのを思いつくよね」 


 相手の能力が判明したことでこれまで不明だった疑問が色々と解消されていく。

 少し前にこのゴーレム相手では自分が有利すぎ、なんて思ったが今すぐそれは撤回だ。

 有利なんてとんでもない。この相手は事今回の戦いにおいて完全に自分を封殺しに来ている。

 こちらを倒しにくるのではなくしにくるあたりがいかにもウルティナらしい。


 何度もこのゴーレムと切り結んだ結果、間違いなく戦闘能力は自分が上である。

 向こうの防御を紙くずのごとく切り裂く"牙竜天星"。鈍重な相手では到底追いつけない速度差。

 普通であればこのような相手が自分に勝てるはずが無い。

 だからウルティナは目の前のを造ったのだろう。

 勝つと負けないは似てるようで違う。そもそもこのゴーレムは自分に勝つことを前提に造られていない。

 何せ自分とゴーレムではこの戦いにおける『勝ち』の定義が違うのだから。


 こちらからすれば相手を打倒することが目的だ。ルール上捕獲の選択肢もあるが、このような巨体を捕まえる方法は持ち合わせて無いため今回は除外する。

 それに対し向こうの目的は自分に勝つことではない。『時間を使わせること』、それがあちらの勝利条件のようなものだ。


 それが分かれば色々と納得がいく。

 ゴーレム種を用意したのもあの超再生能力を活かすためだ。生物系にあの再生能力を付与したところで、"牙竜天星"と《星巡》を食らえば大ダメージは免れない。

 よくて大怪我、悪くて両断で即死。再生能力がいくら高かろうと生物である以上その瞬間に不都合が生じるのは想像に難くない。

 しかし無機物のゴーレムならばそのあたりの問題が諸々解決される。

 何せ無機物ゆえに痛みを感じることもなく、魔力源が無事であれば例え両断されたところで再生が可能。

 こちらを上回る速度でもなく、攻撃を弾く頑丈さでもなく、すべてを受けた上で元に戻る回復能力。本体の他の能力が凡庸の域なのも、その分そちらに特化させたからだろう。


 以上のことをまとめると……


「……どうしよう」


 打つ手が無い。

 本体は斬れど即座に回復され、弱点であるはずの魔石はその存在があの体の中にあるかすら怪しい。

 回復能力特化型の為こちらが負ける要素はないが、しかしあちらが負ける要素もない。

 お互い決め手に欠ける完全な手詰まり。そしてこれこそがウルティナが狙った光景だろう。

 わざわざ勝負形式をタイムアタックにしたのも、今ではその理由を嫌と言うほど分からされている気分だ。


 時間が刻一刻と過ぎ去る中、それでも何とかしようと考えを巡らせる。


(絶対に何か突破口があるはず……!)


 あの二人は理不尽は押し付けるが無理なことは言わない。

 そもそも勝負形式である以上間違いなく何とか出来る手段があるはずだ。こんな睨み合いの引き分けで終わり、なんて盛り下がる様な結末をあの二人は絶対に仕組まない。

 問題はその何かが未だ影も形も見えないことである。

 幸いにして能力自体はこちらが上。色々試せる環境は整ってはいるが……。


「とにかく動くしかない、かな」


 可能性をはっきりさせるためには実証するしかない。

 とりあえず『再生能力用の魔力が枯渇するほど斬り刻んで強制的に回復させれば倒せるのでは?』という疑問を解決すべく、本日何度目かの突撃を敢行するのだった。


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