第267話 模擬戦 コロナvsヤマル3
「じゃ、用意してくるからコロナちゃんも準備しててねー」
人の注目を浴びつつ模擬戦会場のある場所でウルティナ達と別れる。
彼女達はそのまま中央まで赴き、対戦相手の準備をするとのことだ。
(……いい天気)
見上げれば空は快晴、風は凪ぐ程度の気持ちの良い天候。このまま気ままに散歩にでも行きたい程だ。
しかし残念ながら今からは一筋縄ではいかない戦いが待っている。
だけど胸中に不安はあまり無かった。全く無いわけではないけど、それ以上に今の自分がどれ程戦えるのか試したい気持ちが強かった。
(それに勝ったらヤマルに何かお願いできるもんね)
むん、と心の中で気合い一つ入れ、装備の最終確認。
ヤマルの装備は改修だったけど、自分の装備はダマスカスソードと服、それにリボン以外は全て一新された。
デザインは使い慣れた元の防具をほぼ踏襲されてはいるが、中身を見れば素材はすべて竜合金。重さも前のと比べあまり変化が無いのは嬉しいところだ。
ただ鎖帷子の分若干重くはなった。でもそこまで気になるほどの重さでも無いし、別途でフォローできている為こちらも問題なし。
そして……
「…………」
左手で腰に下がった剣を握る。
今回の模擬戦に合わせ用意された全く新しい剣。ヤマルが以前話してくれた"刀"と呼ばれるものだ。
ただドルンが言うには製法や素材自体が違うだろうと言う事で、形状自体は刀であれど中身は似せた別物とのこと。
それでも他に呼び様が無いと言うことでこの剣の種類は刀となった。
白鞘に納められたそれはただひたすらに『斬る』ことを突き詰めた剣。薄く、鋭く、竜合金を用いない通常の製法ですら斬鉄を可能とするらしい。
そしてその中で一つだけ、武器にしては見た目がそぐわない箇所があった。
鞘と柄の間、刃の根元部分に透明な丸い石が嵌めこまれている。一見すれば小さな水晶玉に見えなくも無い宝石のような石。
刀身全体をドルンが作製したとすれば、この部分はウルティナが改良した箇所となる。
装飾を廃したような剣にこの様な宝石みたいなのが付いているのは少し違和感があるものの、これがなければ性能を発揮できないのだから仕方ないことだ。
むしろ強くしてもらえたのだから見た目の多少の違和感ぐらい瑣末なことだと納得している。
「そう言えば銘付きの武器なんて初めてだね」
誰に言うわけでもなく握った刀を見ながら一人呟く。
今回のドルンが作製した武具の中で、この刀とヤマルの銃剣には銘が与えられた。様々な新技術が投入された武器の第一弾、無名ではいくらなんでも味気無いと言うことでその案は即座に採用された。
皆で話し合い色々な名前が出ては消え、最終的にはヤマルが出した案が採用。決まった時は何か少し恥ずかしそうにしていたのを覚えている。
鞘を握り柄の部分に目を落とす。白鞘と同じ材質の柄には何も書かれていないが、その下の刀身にその銘が刻まれている。
"
刀身に刻まれた文字はヤマルの世界の文字らしくウルティナ以外には読めなかったものの、聞けばそちらの世界での有名な言葉をヤマル風にアレンジしたとのことだ。
文字一つ一つに意味があり、"牙"はキバ、"竜"はドラゴンでこの武器の素材の大元である竜の牙のことを示しているらしい。
"天"は自分が使う【
そして最後の"星"は――
「コロナちゃん、そろそろやるわよー!」
「あ、はーい!」
ウルティナの声に思考が戻る。
顔を上げるとちょうど三人が自分の隣を通り抜け会場の外へと向かって行くところだった。
「頑張ってねー」
「ま、程々にな」
「我との修行を乗り越えたのだ。自信を持って挑むが良い」
すれ違いざまにそれぞれからエールを貰い、少しだけ彼らの後ろ姿を見送る。
彼らの向かう先は関係者席ではなく、その近くにある長テーブルと椅子が三脚だけの簡素なスペースだ。
テーブルの上には小さな魔道灯のような物が置いてあり、ウルティナがそれで何かするらしい。
詳細は聞いていないため不安に駆られるが、今はそれよりも目の前の方だ。
会場中央、本日の相手となる正体不明の何か。
魔法的なもので隠されているらしく、そこにいることは分かるが薄ぼんやりしていて全体像が捉えられない。すぐに明らかになるのは分かってはいるものの、どうにも落ち着かない。
早く始まらないかな、とその相手を見据えていると、どこからともなくウルティナの声が聞こえてきた。
『あー、あー。聞こえてる? よし、それじゃ始めるわよー! メインイベント、『風の軌跡』模擬戦ガチンコ勝負、いざ開演!!』
まるで周囲に複数のウルティナがいるかのような声の響き。無論彼女はこちらから見える長テーブルの一席に座っているためそのようなことはない。
ではどこから、の答えはすぐに判明する。会場のあちこちにポールのような物が建っており、その上に見慣れぬ丸い魔道具が設置されていた。そしてそこから三人の声が周囲に拡散するように聞こえていたからだ。
『司会進行はあたし、『風の軌跡』リーダーの師にして見目麗しき稀代の魔女ウルティナがお送りするわ。そして解説と実況にはこちらの面々を呼んでみましたー!』
『ん? こいつに話せば良いんだな。同パーティーのドワーフのドルンだ。主にあいつらの武具作成担当だ』
『そして我が名はブレイヴ=ブレイバー! 魔国にその人ありと呼ばれこの地に舞い降りた勇し『はいありがとーございまーす!』喋らせんかぁ!?』
いつも通りの光景に周囲の人々からドッと笑いが漏れる。
しかし少し前までブレイヴは大人しくしていたのにいつも通りに戻っていた。場の空気に当てられて我慢できなかったのかもしれない。
『さてさて、ルールは周知の通り。まだ分かってない人はその辺に書いたボードあるから自分で読んでねー。ではサクサクいってみましょう第一戦!』
瞬間、この場に集まった何百と言う人の視線が一斉に注がれ思わずたじろいでしまう。
この国で注目されることはあったが、これほどの人に見られる経験は無かった。正直戦うことより緊張してしまいそうだ。
『ではそこでわたわたしてる可愛い選手のご紹介! 見た目は可憐中身は忠犬。そのギャップに騙されぶっ飛ばされた敵は星の数! 獣亜の国からやってきましたコロナ=マードッグ!』
「ちょっとおぉーーーー!!??」
妙な紹介をされウルティナに向け抗議の声をあげるも、それ以上の周囲の歓声にそれは空しくかき消される。
「可愛いー!」
「頑張れー!! そして俺を儲けさせてくれーー!!」
「俺もぶっ飛ばして欲しい……」
何か妙な声援が聞こえた気がするけど気にしない事にする。
声が届かないためウルティナには目線にて訴えかけるも、こちらの視線に対しあちらはウィンクで返す始末だ。しかもジャスチャーで『周囲に手を振って応えてあげて』みたいなことを言ってきた。
心の中で肩を落としながらも笑顔を貼り付けどうにか皆に手を振り返す。すると周囲の歓声が一段階大きくなった。
『彼女は傭兵ギルドに所属する若き剣士。若年ながらもBランクに名を連ねるところからその実力は保証されていると見ていいわねー』
『更に我が弟子としてみっちりと鍛えぬいた。その辺の者に負けるようなことはあるまい』
『と一応師からのエールが入ったところでとっとともう一方を紹介して戦ってもらいましょう! 皆も長々前説されるよりは早く見たいって顔してるしねー。では、対戦相手とーじょー!!』
ウルティナの言葉を皮切りに、会場中央の薄ぼんやりしていたモヤの様な物が徐々に無くなっていく。
そしてその中に隠されていた対戦相手がその全貌を現した。
「ゴーレム……?」
ズシンと一歩進むたびに重量感のある足音が響く。
全長は大よそ八メートル程。本体の質感から構成材料は木材。手足が太く短い、いわゆるずんぐりむっくりな体型はドルンをあの大きさにしたら似通った感じになりそうなゴーレムだった。
しかしただのゴーレムではないことは自分のみならず、多少知識のある人ならすぐに分かるだろう。
まずそのゴーレムの表面は加工されたかのような滑らかさ。通常野良ゴーレムは人の手が加わることが無いため、構成材料を貼り付けたような形になる。
今回のようなウッドゴーレムなら表面に樹皮があったり、枝が伸びたりといった感じだ。
しかしそのようなものはなく、そのせいか魔物と言うカテゴリーよりは人形のような……それこそ古代遺物の鉄人形であるメムの方に近い感覚だ。
そしてそれ以上に何より目を引くのがそのゴーレムは
周囲の木を掴んで振り回したり、落ちている岩を投げたりと道具を使うゴーレムも中にはいる。
しかし目の前のゴーレムは右手に手斧、左手に大盾。下半身は何もつけていないものの、胴体は肩紐から鉄板をぶら下げるタイプのプレートメイルに包まれ、おまけに頭部は簡素な兜を身につけていた。
……何かその武装のせいで余計にドルンイメージに近くなってしまっている。
『性能は戦ってみてのお楽しみ。あたし製作の人工ウッドゴーレム"
『あんなでかい武具作ったことは無かったから中々骨が折れたぞ。しかしいい経験になった』
腕を組みうんうんと懐かしむかのように頷くドルンだが、あんな巨人サイズの武具ですら
彼は自分達の武具の新調や調整もやってたからそんな暇無さそうだったのに。
『さて、時間になったことだし元気良くいってもらいましょー! コロナちゃん、準備いいー? よくなくてもやるからねー!』
「あ、はい!」
ウルティナが合図用であろう魔法の発射体勢に入ったのを見て改めてゴーレムと相対する。
今回自分は遭遇戦と言う体でのシチュエーションのため、開始の合図までは武器はまだ抜けない。
『それでは先行第一戦。コロナvs木念人君一号――』
模擬戦の場とそれ以外を区切るかのような薄い光の壁が姿を現す。
一体どの様な魔法か皆目見当も付かないが、ルール上ではあれはあくまで内外を分かりやすくするためでのものであり、壁としての性能は一切無い。
周囲の観衆が目まぐるしく変わる状況に一喜一憂の声を漏らす最中、自分は正面のゴーレムが何をやろうともすぐに動けるようじっと見据えている。
そして……
『始め!!』
ウルティナの右手から魔法が撃たれ上空で小さく破裂する。
それを合図にゴーレム目掛け一目散に駆け出した。
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