第266話 模擬戦 コロナvsヤマル2


(薄情者ぉ……)


 表面上は目の前の面々に笑顔で応じながら、内心で友人らに呪詛の念を送る。



 それは十分程前の事。

 模擬戦開始の時刻が徐々に近づいたことで、コロナ、ウルティナ、ドルン、ブレイヴの四人は準備の為会場の方へと歩いていった。

 残った自分とポチ、エルフィリアに『風の爪』の面々はここでコロナの闘いを見ることになる。

 何せ関係者席と言うだけもあり良く見える場所。おまけに簡易的ではあるが椅子にテーブルまであるのだ。使わない手はなかった。

 そんな時だ。

 見知らぬ男性――年の頃は自分と同じぐらいか少し下あたり――がやってきた。

 服のデザインこそその辺を歩く市民と似通っているが、清潔感と少しの気品さを漂わせていることから明らかに一般の人ではない。

 一体誰だろうと思っていると、彼はこちらの前に立ちその疑問に自ら答える。


「貴殿がフルカド=ヤマルだな。私はボールド家の使いの者だ」


 ボールド家、つまり彼はフレデリカの家の家臣なのだろう。

 彼女が今日ここに来ると言っていたのは覚えている。

 正直言えば本番前なのでそちらに集中したいが、さりとて模擬戦の後に自分が無事である保証もなし。

 なら今のうちに挨拶だけでも済ませておいた方がいいかもしれない。


「はい、そうです。ご用件は……」

「お嬢様が貴殿のためにと足を運んでおいでだ。故にこの場を提供していただきたい」


 ……フレデリカがそんなこと言うかなぁ。何となく独断な気もするけど、断わると後々面倒なことになりそうなので条件付きで了承する事にする。


「分かりました。ですがこちらの友人達も一緒でもいいですか?」

「……? そこのエルフの女性は貴殿の仲間だろう、もちろんだ」

「あ、いえ。そちらではなくこちらの……」


 そして気付く。『風の爪』の面々が忽然と姿を消していることに。

 そして思い出す。冒険者に取って一番大事なことは危機察知能力だと以前ラムダンに教えられた事を。

 彼らは身を以てそれを実践したのだろう。こちらを残して……。



 そして現在。見知った少女と一緒にあちらが用意した上等なテーブルを囲んでいる。

 自分と今テーブルを囲んでいるのは五人(+一匹)。

 一人は自分の左隣にいるフレデリカ。今日も来ると言っていたし使いの人が名前を告げていたのでこれは予想通りだ。

 そして向かって正面やや左には自分と同じく逃げ遅れたエルフィリア。目の前の高そうなティーセットを見てか少し緊張気味である。

 ここまではまぁ予想通りだ。


 次、エルフィリアの隣。自分から見て正面右手にはシンディエラがいた。

 彼女も王都にいることはフレデリカからは聞いていたものの、今日来ることは聞いていなかったためちょっと意外である。

 どちらかと言えばこういう貴族が絡まない市井のイベントには来ないイメージがあった。

 そんな彼女はこちらを見て『貴方も大変ねぇ』みたいな同情と憐憫を混ぜたような視線を送っている。自分より一回り以上年下にその様な目で見られるのは中々稀有な経験かもしれない。

 そして何故彼女がそのような視線を送ってるかと言えば自分の右隣にいるとても見知った少女……この国の女王であるレーヌが座ってるからだ。

 何でいるんだろうとか執務はどうしたとか言いたい事は色々あるけど、少なくともレディーヤが近くにいる為抜け出したわけではない事にはちょっとだけ胸を撫で下ろす。

 いや、そうではなくて……。


「(……へるぷ)」

「(頑張ってください)」


 シンディエラに目で助けを求めたら即却下された。


「ヤマル様、今日は頑張ってください!」

「お兄様、あまり無理しないよう……」


 両手に花、と言えば聞こえは良いかもしれない。

 問題は双方共にイイトコのお嬢様(と言うか片側は王族)であり、そんな子達に囲まれてる人間がこういう場でどうなるかと言うと……。


「「「…………」」」


 何か少し離れた場所――急遽設営された貴賓スペース――に座ってる男性陣(おそらく貴族関係者)からの視線が痛い。ついでに周囲にいる護衛の方々(こちらも多分自分より立場が上の人)の視線も痛い。

 ここにいる女性は全員様々な理由から男性の目を引く子たちだ。そんな席に座ってるのがどこの馬の骨とも分からないこんな男ならそうもなろう。俺が向こうの立場なら多分同じことをすると思う。

 確か過去にお茶会に行った際、向こうの……えーと、何か貴族の男が言ってた。暗黙の了解として貴族と平民は同じテーブルを囲むものじゃないとかそういうニュアンスの事を。

 一応法的違反はないしそもそも今回は向こうからのお誘い、しかもそれをしたのがこの場で最も立場が上の人間である。表立って文句は言えないだろうが、だからと言っていい気分はしないはずだ。

 

 しかしそんな視線向けられてもどうにもならないのでなるべく気にしない事にした。かなり気になるけど、無理矢理にでも意識を他に向けることにする。


「ヤマル様?」

「あ、ごめん。うん、無理ない程度には頑張るよ。それよりもこれは……?」


 ここの席もそうだが、向こうの男性陣席も含め貴族の、それもまだ二十歳にも満たないぐらいの面々が集まってる気がする。

 そんな彼らを守るように護衛が配置されてるせいか、この周囲は『貴族専用』みたいな雰囲気がかもし出されていた。

 実際模擬戦会場が程よく見える良い場所であり、護衛のせいで一般人が近づいてこないため余計そう感じるかもしれない。


「はい。実は……」


 そう言ってフレデリカが代表でゆっくりと説明をしはじめた。

 簡潔にまとめると今日この場に行くとフレデリカから聞いたシンディエラが息抜きもかね同行をすることになった。そしてシンディエラ経由でそれを聞いたレーヌも一緒にとなったそうだ。

 一応レーヌはお忍びで現地視察と言う名目らしい。シンディエラ達と一緒にいるのは、あれから何度かお茶会をして友好を深めたのと、一緒にいれば少なくとも貴族令嬢程度には見える配慮とのこと。

 また彼女らみたいな立場の人はこの様な荒事を見る機会は滅多に無く、故に今回の様に安全に戦いそのものを見学できる事も理由の一つである。

 そしてこの三人が行くとこれまたどこかから聞きつけた……と言うより家族経由で洩れた結果、男性陣らもやってきた。だが残念ながら正式に呼ばれなかったためかあのように別席となってるらしい。


 そして自分が相席になっているのは関係者であることもさることながら、冒険者として、そして同じパーティーメンバーとしてコロナの戦いぶりを教えて欲しいと言う話だった。

 戦いそのものの説明ならばすぐそばにいる侍女長のレディーヤや執事のセバスチャン達、それこそ護衛の人達に求める事も出来る。

 しかしコロナ個人の戦い方を良く知っているのは自分だ。

 もちろん自分はそこまでプロフェッショナルではないため、周囲のメンバーの補足説明的なので良いとのことだった。


「分かりました。答えれる範囲でよければになりますけど……」


 一応この場は非公式ではあるものの、周囲の目がある為いつも通りの口調は出来ない。

 両隣もそれは分かっているのかその事については何も言わない。だけどお願いだからもう少しだけ離れて欲しい。


 そんなこんなで胃が痛くなりそうな時間を少しだけ過ごしていたら模擬戦の時間になった。

 周囲がにわかにざわめき、見れば模擬戦用に空けてあった平原へと歩いていく四人が見える。

 コロナが途中でその輪から一人抜け、残り三人が会場の中央へと歩いていく。

 何かよく見たらドルンが台車を引いているような……。布が被されている為中身は見えないものの、何か重そうなものを運んでいるようだ。


「あ、コロナさんですね。ドルンさんもお元気そうで良かったです」

「お嬢様。あの魔女の様な格好をしているのがヤマル様のお師匠様で、髪の長い魔族の方がコロナ様のお師匠様なんですよ」

「へぇ、貴方弟子入りしたんだ?」

「えぇ、まぁ成り行きと言いますかなし崩し的にと言いますか……」


 レーヌが久方振りに見た知り合いに安堵の声を漏らし、先日遊びに来ていたフレデリカが残りの二人の素性をシンディエラに伝える。

 それを教えられたシンディエラからの問いかけに曖昧に返していると、彼女は更に踏み込んだ質問を飛ばしてきた。


「物好きな人もいたものね。貴方のお師匠の名前は何て言うのかしら?」


 瞬間、思わず表情が固まってしまった。見ればエルフィリアも所在なさげに視線をさ迷わせている。


「あー、その、言うほどもないと言いますか……」

「ウルティナ様でしたよね、ヤマル様?」


 くそぅ、立場だけじゃなくて名も明かしていたか。

 笑顔を貼り付けフレデリカの言葉に頷くと、シンディエラは特に気にした様子もなく納得した表情。

 一方ある意味保護者に近いそれぞれの執事は顔には出さずとも少し怪訝な雰囲気をだしていた。

 なおレーヌとレディーヤはスマホ通話時に面識があるため特に変わった様子は無い。


「ふぅん。ウルティナ、ウルティナ……聞いたことあるような気はするけど、見覚えはないから知らない人ね」


 そして聞いてきた本人は軽く頷くだけでさしたる興味は示さなかったようだ。

 そのことに胸を撫で下ろしていると、今度は別のことに興味を示したようで別の疑問が飛んでくる。


「爺、あの子を見た正直な感想は?」

「は。私見ですが一見すれば普通の剣士。しかし種族的に彼らは私達人間とは違い身体能力に優れております。身に付けている装備から推察するに速さを主体とした戦い方が得意と思われます」


 やはりボールド家の執事ともなれば戦いの心得はあるようだ。

 一目で基本的な情報を看過されてしまった。


「ドレッド、貴方の意見はどうですか?」

「私も同意見です。ただ強いて気になるところがあるとすれば……」

「あの細い武器、ですね?」


 続いてフレデリカがドレッドに問い、そしてレディーヤが彼も注目したであろうコロナの武器を指摘する。

 その言葉にドレッドが頷くとこの場にいる全員の視線が見慣れぬ武器へと注がれた。

 現在コロナが身に付けている武器は二つ。

 一つは以前の剣を元に打ち直して貰ったダマスカス鋼の片手半剣。こちらは今まで通り彼女の背面の腰にさげてある。

 そして注目されたもう一つの武器。こちらは左の腰からさがってはいるものの、その形状は彼らからすれば異質なものに見えるだろう。


「形状から察するに刺突剣。ですがレイピアのような直剣ではなくやや反り返っているのが気になります」

「それに柄の部分に鍔がありませんね。細いせいか鞘に納められてるのに抜き身のような一体感を感じます」

「しかしあの様な細剣は扱うのには力よりも技量が求められます。でなければすぐに折れてしまうでしょう」


 それぞれの付き人三人がやや饒舌気味に疑問を投げそれぞれが感じたことから分析を始める。

 一方この手の専門知識がない女の子三人はおいてけぼりになり、困ったようにこちらに視線を向けてきた。

 何せ考察は出来なくとも彼女らの目の前には答えを知っている人がいるのだ。聞いた方が早いと思うのは無理もない事だろう。


「お兄様、コロナさんが持ってるあの武器はどのような物なのですか?」


 三人を代表し問うてくるレーヌに苦笑を漏らしながらこう答える。


「自分が知る限り、最強の剣の一つだよ」


 最強の剣と言う言葉にこの場にいる全員が強い興味を示したようだ。周囲の護衛たちですら視線をコロナの方へと向けている辺り、その言葉の重みが良く分かる。

 恐らく純粋な攻撃力と言う意味での最強の剣ならば、それこそ魔国に納めた竜の短剣だろう。

 しかし様々な面から見ればあの剣は最強の一角であると自信をもって言える。


 それは希代の鍛冶職人の一人であるドルンの手によって打たれた剣。

 そしてそれは伝説の魔女ウルティナの手によって更に改良された剣。

 見た目は異質。恐らくこの世界において現状二つと無い形を持つ剣。


 だが自分を始め、もしこの世界に日本から来た人間がいれば皆口を揃えてあの剣の名前をこう言うだろう。


 ――――『刀』と。

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