第265話 模擬戦 コロナvsヤマル1
準備や武具の使い勝手など色々確認しながら過ごし、いよいよ模擬戦当日となった。
今日の予定として、まずウルティナ達からは指定された時間に現地に来るよう指示されている。
スマホを見れば時間は午前九時。指定された時間は確か十時頃であり、それなりに近場のためここから歩いても三十分も掛からないのでまだまだ余裕はある。
(しっかしドルンは何の準備だろ?)
現在宿に残っているのは自分とポチとコロナ、それにエルフィリアだ。
ウルティナとブレイヴ、そしてドルンは準備のため先に行くと言って既に出発済み。今回の模擬戦の相手を用意するウルティナとブレイヴが準備のために先に出るのは何となく分かる。
しかしそこに何故ドルンが組み込まれたのか。
少なくとも彼はこちらの武具を製作し、調整を終えた段階で今回の役割は十二分に果たしている。
(まぁいいや、行けば分かるだろうし。よし、これで……っと)
新調された防具を身に着け留め具を確認。
これも何だかんだでずっと使い続けているためか、今ではすっかり愛着すらある一品だ。
普通の冒険者であれば防具もそれなりに壊れるものなのだが、自分の場合戦闘自体あまりしない事、長旅の移動中に魔物と出会っても近接戦をほぼしない事、途中からドルンが加わったことで小まめにメンテナンスをしてもらっていること等により、普通では考えられないほど長持ちをしている。
何の変哲も無い皮製防具ではあるが、銃剣を作成した際に余った精霊樹の樹皮を張ることで補強したことも大きいだろう。
そして此度、自分の防具は二度目のバージョンアップを果たしていた。
まず新たに新調したのがドルン特製の
これは自分のみならず、コロナやエルフィリア、もちろんドルンと全員分配られた。
見てくれこそ普通の鎖帷子だが、竜の素材を掛け合わせた合金――ドルン曰く
そして今まで使ってた皮製防具。
こちらも新たに竜合金で作製するかと言う提案もあったが、いくら防御力が高いといっても金属製である。
コロナならまだしも自分では着たところで動きが阻害されることが目に見えたので泣く泣く諦めた。
しかし今回のドルンはそこで終わることは無かった。
皮製(+精霊樹)では防御力に不安がある。さりとて竜合金では動きが鈍る。
ではどうするか、と考えた結果、ドルンが導き出した答えは『表面塗布』であった。
平たく言えば今まで使ってた皮製防具の表面に液状にした竜合金を薄く延ばし塗りつけたのである。
これにより重量の増加を極力押さえた上で防御力は飛躍的に向上した。
もちろん表面処理のため普通に作製した竜合金防具よりは格段に落ちるが、それでも防御力と軽さを両立したこの手法にはあのウルティナすら驚愕した程である。
(まぁでも過信は禁物とも言われてるし、これは保険だよね)
しかし気をつける点が一つ。
防御力は確かにある。この防具と鎖帷子があれば例え大剣だろうが斧だろうがこの身が両断されることはまず無い。
ただし斬れない=無傷ではないのだ。
当たり前の話だが例え斬れずとも衝撃は伝わるし、質量があれば吹き飛ばされる。
ガチガチの鎧に身を固めて防御力が高くなった結果ノーダメージになるのはゲームの世界での話でしかないのだ。
我が身で試そうものなら漏れなく『大怪我』の三文字が最低保障でついてくることになる。
とは言え即死が大怪我に軽減されるのは紛れも無い事実であり、危険な場所に出向く冒険者にとってはとても有難い防具である事は間違いないのだ。
「さて、そろそろ行きますか」
「わん!」
多分コロナ達もそろそろ準備を済ませているころだろう。
こちらもバージョンアップ……と言うより魔改造された銃剣を手に取り、ポチと共に部屋を後にした。
◇
何かがおかしい。それを感じたのは宿を出て少ししてからだった。
正門から外に出るためにいつも通り大通りを歩いていた。何となく普段より人通りが多いな、と最初は思ったぐらいだ。
しかしその人々が全員同じ方向……つまり正門の方へ歩いている。
これが別に同業者や行商人だったらそこまで気にしないだろう。しかし歩いている面々がどうにもこうにも色々混じっているのだ。
冒険者、傭兵、商人のみならず、兵士、魔術師ギルドっぽい人。果ては基本街の外に出ることはないであろう一般人の方々まで。
どの人もまるで何かを楽しみにするかのようにぞろぞろと同じ方向へと進んでいく。
そしてその人達が先程からチラチラとこちらを見ているのだ。
一応『風の軌跡』は王都でも有名なパーティーであるという自覚はある。
何せあまり見ない国外の住人でもある獣人、ドワーフ、そしてエルフ。更に魔物である戦狼が一緒の集団だ。
これまでも注目を浴びることはあったし、今でもやはり見られることもある。
ただ今回は何故か自分も見られているのだ。
世間的評価で言えば自分は皆のオマケの扱いであるのは知っている。有名なのが皆なのも分かっている。
そんな自分が何故か今日は見られている。コロナやエルフィリア、ポチのオマケとしてではなく、この俺自身をだ。
何でだろうと思いつつも正門を出て、そこから街道を外れ指定された場所へと向かう。
周囲には街中から一緒だった面々が同じように歩き、しかも本来は街中の警邏をしているであろう兵士達が市民を誘導案内をし魔物に襲われないように周囲を警戒していた。
「ヤマル……」
「うん。何も言わないで……」
多分コロナも何となく嫌な予感はしたのだろう。
目的地に近くにつれ人が増え、そして程無くして立ち並ぶ屋台の群れが姿を現す。
その光景は一言で言ってしまえば『祭り』だ。
様々な屋台に所狭しと歩く人々。食べ物を持ち歩く人もいれば、酒盛りで賑わう一角まである始末だ。
知る人が見れば祭り以外でも、フリーマーケット会場や同人即売会なんて単語も出たかもしれない。
「お、主役らが来たぞ!」
「お前ら、道を空けろ空けろ!!」
呆然とその光景を見ていると、こちらに気づいた冒険者と傭兵らが道を空けるよう行きかう人々に指示を飛ばす。
するとあれだけ混みあっていた人々がさながらモーゼの十戒の如く左右へと分かれていった。
そしてこちらに注がれる人の目、目、目……。
「ヤマルさぁん……」
「うん。何も言わないで……」
先程コロナに返したときと同じ言葉……しかし三割増しでげんなりしながら返すと、空けられた道を足早に通り抜けていく。
正に針のむしろ。
そして内々の模擬戦のはずが、何故こうなっているのか。その心当たりなんて一人しかいなかった。
「どーゆーことですか……」
そして人垣を抜けた先、何故か設置されている『関係者控え室』と書かれた骨組みテントのスペースに元凶と思われるウルティナが談笑していた。
そんな彼女に詰め寄り第一声を発すると、彼女は悪びれもなく……と言うわけではないが、ちょっと困ったような笑みを漏らす。
「いやー、ちょっとここまではあたしの予想外と言うか……。誰か商売に強い人でもいたのかしらねー?」
彼女曰く、模擬戦を盛り上げようとしたのは事実だったらしい。その為この間のルール発表時にいた冒険者らを炊きつけ、有志を募って賭け事をすることになったそうだ。
もちろんそんな話、こちらは微塵も聞いていない。
ともあれ、少なくともこの時点では冒険者達までの話だった。しかし残念なことに金銭に余裕のある冒険者はそれほどいない。このままでは賭けとして成立しない事になってしまう。
魔女としては著名な彼女も、今現在人のツテは殆ど持っていない。精々魔術師ギルドの面々ぐらいである。
そこで広く募集をするために大通りの掲示板を使うことにした。これなら人の目に付くし、上手く行けば金を持て余した人間が釣れるとも考えたためである。
更に冒険者の一人に興味を持った人間を上手い具合に誘導させるように配置した。
と、ここまでが彼女が手を出した範囲である。
結果、彼女の目論見通り模擬戦の賭けに関して言えば上々の成果になった。
問題があるとすればそれが商業ギルドに、ひいては国に目を付けられたことだろう。
何がどうなったのか、商業ギルド主催のちょっとしたイベントとなり、更に国から兵士らが動員されるほどにまで大きくなった。
そしてこの様に一般市民にも広く門戸が広かれたちょっとしたお祭りとなったのだ。流石にウルティナもここまで広がることは予想はしていなかったものの、特に問題があるわけでもなしと判断し現在に至る。
なおこのお祭りのメインイベントに組み込まれた当人らにとっては頭の痛い話だ。
「まーまー、別にいいんじゃねーの? ここ最近街中も鬱屈してた感じだったしなー」
「そうそう。折角の楽しいお祭りだし楽しまなきゃ損よ」
そんな気軽な口調で返してくるのは先程までウルティナと話してたダンやスーリ……『風の爪』の面々だ。
久しぶり、と言うぐらいには顔を合わせていなかったが、まるで昨日会ったかのような雰囲気である。
「と言うか皆何時の間に……」
「そりゃこっちにも話ぐらいは伝わっていたもの。それにここに来ればヤマル君たちに会えると思ったしね」
「まぁ流石に更に連れが増えているとは思わなかったけどな。彼がいなければ分からなかったぞ」
更にその隣にいたフーレとリーダーのラムダンがその様に言葉を返す。
見ればユミネにイーチェもいるあたり一家総出で来たようだ。服装も軽装なので完全に遊びモードである。
ちなみにラムダンが彼と言っているのはウルティナの傍にいるドルンの事だ。この場にはブレイヴもいるのだが彼もラムダンらとは初対面。
それに普段騒がしいはずのブレイヴが現在何故か隅っこで腕を組み目を伏せている。
黙っていれば美形イケメンなのでテントの外から女性の視線が彼に注がれていた。無論、フーレやスーリもチラチラとブレイヴの方に目を向けている。
「(……
「「ちっ」」
こそっと教えてあげたら舌打ちを返された。理不尽である。
「しかしお前にも師が出来たんだな。魔術師とは思わなかったが」
「でも冒険者としての師は貴方みたいよー。良い師が二人もいて、ヤマル君は幸せ者ねっ!」
「……そっすね」
何故だろう、間違ってはいないはずなのに微妙に納得できない自分がいる。
「あっちの人がコロナちゃんのお師匠さんなのよねー。何かすごい強そうな感じがするわね」
あ、イーチェさんストップ。それ以上褒めないで。折角大人しくしてるブレイヴが反応しちゃう!
ほら、何か微妙に口端がヒクつき始めてるし!
「(と言うか師匠、何か言ったんですか? 物凄く大人しくて逆に不気味なんですが……)」
「(腕組んで黙ってれば理知的でカッコ良く見えるって吹き込んだだけよー。こんな人が集まる場所でテンション上がることが目に見えてるからね)」
「(よく師匠の言葉を受け入れましたね……)」
「(そりゃヤマル君がそう言ってたって言ったもの。信頼ある弟子で師匠としては鼻が高いわねー)」
この人は……。
「まぁ
「はは……まぁやれるだけはちゃんとします」
曖昧な返事を返しつつ、模擬戦の時間が来るまでは魔国のことや『風の爪』の近況などを交えつつ、皆で談笑して過ごしたのだった。
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