第263話 敵に塩(や調味料一式)を送る


 模擬戦まで後二日。

 そんな日、『風の軌跡』のメンバーとウルティナとブレイヴ……要するにいつものメンバーがウルティナの別荘の敷地にある工房へと集められた。

 ちなみに別荘への《ゲート》は現在女将さんの宿のウルティナの部屋のドアへ移設されている。

 流石に王城に置いてあるカーゴまで毎回行くのは骨が折れるのでこの処置とあいなった。


「遅くなってすまなかったな。だが無事お前らの武具が完成した。現在の俺の最高の出来と言って良い物ばかりだ」


 そう言ってドルンが工房のテーブルを指すと、そこには真新しい武具が鎮座していた。

 ただし見た目は今まで使っていた物となんら変わりない。新調したと言ったが、実際はバージョンアップに近いと思う。

 そんな中、唯一の例外と言っていいのがコロナの新しい剣だ。


「しっかしまぁ……よく作る気になったよね」


 その新しい剣を見てはそんな感想がつい漏れ出てしまう。

 ソレは以前にアイデアとしては出たものの、そして様々な面からダメ出しを食らってボツになった剣。だがここに来てその姿を現したということは抱えていた問題が解決したのだろう。


「あぁ、多分本来の作り方じゃないんだろうがな。まぁそこは素材の力と俺の腕で誤魔化したって感じだ」

「誤魔化したどころじゃないと思うけど……」


 その件の剣は現在コロナが鞘から出し抜き身の状態で表に晒されている。

 実物を見たことが無いが、自分の知識と比べてもなんら遜色ないと思える程の出来栄えだ。素材か、ドルンの腕前か、はたまた両方か。どちらにせよレベルの高さが存分に伺えた。


「しかしコロナの奴、何か良いことでもあったのか? 少し前から気合の入りようが良いっつーか上機嫌っつーか、そんな感じがするぞ」

「あー……まぁ、うん。ちょっと発破掛けたというか掛かったと言うか、予想以上に火がついたというか……」


 新しい剣の感触を確かめるように構えるコロナの姿は、ドルンが言うように気合が入っている様子が感じられる。

 戦闘前のピンと張り詰めた空気ではなく、むしろ戦意高揚状態と言った様子だ。


 なぜ彼女があのようになったかと言えば……。



 ◇



 それはフレデリカと一緒に色んなギルドへと回った日のこと。

 冒険者ギルドで急遽ルール発表が行われ、自分達以外の面々が盛り上がる中、ばれぬよう自分達はギルドを後にした。

 そしてコロナへの提案した通り自分の奢りで昼食会となり……まぁ、うん、そこそこの代金を支払った。

 お店についてはとても美味しく満足いくものだった。何せ口の肥えているフレデリカの紹介だ、庶民レベルからすれば馳走と言って相違ないほどである。

 ただしお値段も貴族紹介のお店相応に求められるもので……一応言った手前全員分支払った。

 フレデリカが少し申し訳無さそうにしていたが、「女の子の前だしカッコつけさせてよ」と言ったらすんなりと受け入れてくれた。むしろ何故か好感度が上がった節さえあった。

 そんな彼女の押しに若干気圧されつつも楽しい昼食会は無事進み、そしてひとしきり皆で街を回り遊んだ後解散となった。

 フレデリカは名残惜しそうにしていたものの、流石に一日中、それも夜まで出歩くのは難しいらしい。貴族の令嬢なのだから当然と言えば当然だろう。


「ヤマル様、皆様。本日はありがとうございました。とても楽しかったです」


 その言葉が嘘偽りやリップサービスではないことはフレデリカの顔を見れば誰だって分かる。それほどまでに本当に楽しそうに彼女は過ごしていた。


「模擬戦には必ず応援に行きます!」

「あ、うん。ありがと、頑張るね」


 次に会うときは模擬戦当日だろうなぁと思いつつ握手を交わし、クロムドーム家の馬車に乗り込んだ彼女を見送る。

 その姿が見えなくなるとようやく自分達も帰路に着くことが出来た。


「んじゃ俺達も帰ろうか」


 何だかんだあったが時刻はもう夕方に近い。歩いて宿に帰って少しすれば夕食にも丁度良い時間だろう。

 そんなことを考えつつ三人で帰路についていると、不意に自分の服が小さく引っ張られた。

 見ればエルフィリアが内緒の話でもあるのか、小さく手招きしている。

 それとなくコロナにポチを預け先頭を歩かせてから、彼女へ耳を傾けた。


「あのですね、コロナさんちょっと鬱憤が溜まってそうなんですよね……」


 コロナに聞こえないように小さな声でエルフィリアがそんなことを教えてくれる。

 彼女が言うには魔国から王都に戻るまでの修行期間は移動以外は自分とは別行動。しかもこちらは修行自体はエルフィリアやポチと一緒だったのに対し、コロナはブレイヴに一人で対応していた。

 そしていざ王都に戻ってからはと言うとフレデリカがやってきた。

 自分の前では表面的には気にせず平気なようにしているものの、エルフィリアから見ると内心ではちょっと不満が溜まっているような感じを受けたらしい。


「コロナさんは強いですけど、まだ十五歳の女の子です。だからヤマルさんにはちょっと気にかけて欲しいなって思いまして……」

「む……うん、そうだね。ありがと、教えてくれて」

「いえいえ、どういたしまして」


 ほわっとした笑みを返すエルフィリアだが、彼女に言われるまで気付かなかったのは自分の落ち度だろう。

 コロナと一緒にいるようになってから随分経つ。ずっと一緒にいて気心もそれなりに知るようになり、そのせいか知らないうちに甘えていたのかもしれない。

 コロナなら大丈夫だろう、分かってくれるだろうとどこか無意識にそう思い、勝手に決め付けていた。

 そのせいで彼女が不満を感じているなら、それを取り除くのは自分の務めだ。

 そしてその事を教えてくれたエルフィリアにも何かしてあげようと思った。


「エルフィにも今度何か考えておくね」

「い、いえいえ! そんなつもりで言ったわけでは……」

「いいからいいから」

「ん、どうしたのー?」

「なっ、なんでもないですよ!」


 エルフィリアが幾分か大きい声を出したため、それに気付いたコロナがポチを抱きかかえたままの状態でこちらへと振り向く。

 すると明らかに『何かありました』と言わんばかりにエルフィリアが首を全力で横に振っていた。言葉の説得力ゼロである。


「あ、ヤマルってばまたエルさん困らせるような事言ったんでしょ。ダメだよ、ヤマル無自覚に変なこと言うし」

「酷い風評被害だ……」

「え、ヤマルさん結構そう言うところありますよ……?」

「ぇ……?」


 判決、二対一で俺の負け。

 いやいや、まだポチが残っている! あの子は基本自分の味方なのでこれで二対二のイーブンのはずだ!

 だが無情。期待の目をポチに向けるも「わかるわかる」と言わんばかりに首を縦に振られてしまった。


「……以後気をつけます」

「ん、よろしい」


 がっくしと項垂れ反省の弁を口にするこちらの反応にコロナがうんうんと満足そうな表情で首を縦に振る。

 そんな調子で和気藹々としながら帰り道を並んで歩く。

 だけどいつも通りのコロナの様子。自分に対し思うことがあればずばっと言ってくれる子と思っていただけに、そうしないのは我慢してるのか取り繕ってるか、心配させまいとしているのか……いや、本当に何も思ってないって可能性もあるけど。

 それでもあのエルフィリアがわざわざ直接言うほどだ。気のせいならばそれはそれで一番良い。


(さて、どうしようかなぁ……)




 そんな訳で頭を悩ませ宿に帰り時刻は夜。

 普段ならもう寝る準備をする時間だが、自分は今コロナの部屋の前にいた。


「コロ、起きてるー?」


 ドアをノックし部屋の中にいるであろうコロナに声をかける。

 すると中から寝巻き姿のコロナが姿を現した。


「あれ、こんな時間にどうしたの?」

「ん、あー……」


 今から言う言葉を考えると正直緊張する。

 自分の人生においてこんな言葉使うことなど今まで殆ど無かったし、正直今後使う事もあまりないと思っていた。


「?」

「あ、その……ね。今度模擬戦するじゃんか」

「うん」


 あ、なんか「またその話?」みたいな顔をされた。

 早めに本題を切り出さないとどんどん話にくくなるかもしれない。これはもう勢い任せに言った方がいいと判断し……少しだけ息を吸い、意を決してその言葉を出す。


「その、模擬戦終わったら二人でどこかに遊びに行かない?」


 その瞬間、コロナの耳と尻尾がピクンと小さく反応したのを確かに見た。


「……それってもしかしてデートのお誘い?」

「でっ……いや、まぁ違わないか。うん、そうだよ」


 うーん、言葉に出されると正直すごい恥ずかしい。

 年齢的に別に恥ずかしがるような歳でもないんだけど……やっぱり経験の差かなぁ。日本思い返すと寂しい人生送ってきてたな、ほんと……。

 まぁそれはそれ。昔よりも今この場が大事だ。


「……そう、なんだ」

「……?」


 あれ、何か反応が予想外で対応に困る。

 思っていた予想として『ほんと、行く行く!』みたいな感じで尻尾パタつかせて嬉しがるようなイメージがあった。

 理由は良く分からないけどコロナはまぁ……自分に好意を多少なりは持っていると思う。それが親愛か恋愛かはともかく、少なくとも悪感情は無いはずだ。

 だが今見せてる反応は一番近しいところだと『無』と現すべきだろうか。さっき少しだけ反応してたから無反応ではないのだが、殆ど表情が変化していない。

 もしかして対応ミスった……? 好意あると思ってたのは勘違いで、実際のところビジネスライク的な関係で自分が勘違いしていたとか?

 あ、なんかすごい不安になってきた。どうしよ、今ならちょっと冗談ぽく『うそうそ』と言えば許してくれるかどう「いいよ」……ぇ。


「うん、行こうよ。ヤマルからのお誘いなんて滅多にないし」

「あ、うん。行こう行こう!」


 ちょっとだけ空元気を出し声量を上げて返すも不安は拭えない。

 誘いを受けてくれたことにはほっとしているが、その……やっぱりあまり喜んでるような感じがしない。

 ならここはもう一押しするべきか。


「あ、じゃあ模擬戦でコロが勝ったらデート中に何か一つ言うこと聞いてあげるよ。もちろん出来る範囲でになるけど……」

「ほんと? でもご機嫌取りで手を抜いちゃダメだよ」

「しないしない。そんなのやるほど余裕あるわけじゃないし、それにやったら絶対あの二人にはばれるだろうしね」


 きっとどれほど上手くやってもウルティナやブレイヴの前で誤魔化すのは不可能だろう。

 そもそもコロナと同じ相手に対し勝てるかどうかすら怪しいのだ。普通に考えればコロナが勝てるところにわざわざ自分が負けるように仕向ける必要はどこにもない。


「それなら勝った時はお願いしようかな」

「ん、その時は遠慮なく言ってね」

「うん。ヤマルの用事はこれだけ? 私そろそろ寝ようかなって思ってるんだけど……」

「あ、ごめんね。それじゃ、おやすみ」

「うん。ヤマルもおやすみなさい」


 最後は軽く挨拶を交わし、コロナがゆっくりとドアを閉めた。

 何というか……終始反応が薄かった。最後もこれ以上話を続けさせないように打ち切るような感じだったし……。


(うわぁ……何か思った以上にやばい段階に入ってたかも……)


 目の前の硬く閉ざされた――わけではないが、まるでこちらとの接触を拒むかのように感じられるコロナの部屋のドア。

 これはいよいよ本気でどうにかしないと色々と支障が出かねない。いや、支障云々よりこんな状態で日本に帰るのは流石に自分としても嫌だ。


(もう一度話した方が……でも流石に今日のところは引き上げた方が……いや、うぅん……)


 進むことも引く事も出来ず、彼女の部屋の前で悩むことしばし。

 その思考が思わぬところから断ち切られる。

 

『~~~~~ったああぁぁ!!』


 目の前のドア、と言うより部屋の中からまるで歓声と言わんばかりのコロナの声がこの場まで届いてきた。いきなりの事に思わずびくりと体が強張る。

 続いて二度三度と飛び跳ねるような音がし、更に何かにぶつかったのか激しく家具が転倒したかのような音。もしマンガであればそれぞれ『ぴょんぴょん』『ガッ!!』『どんがらがっしゃ~ん!!』と文字で効果音を起こしたであろう見事な三段活用方式だ。

 そして一転、静寂が訪れる。

 あまりの急転直下に思わずドアノブに手を伸ばしかけるも、その行動を僅かながらの理性が待ったをかける。

 もし、自分の考えたとおりなら室内が今どうなっているかなんて考えるまでも無い。そんな中、心配したとは言え誰かに目撃されたらどうなるか。

 それはもう、ものすごく恥ずかしいだろう。気まずくなること請け合いだ。


(……大丈夫、だよね?)


 この程度でどうにかなるコロナでは無いと思うも、念の為ドアに《生活の音ライフサウンド》を掛け少しだけ音量を増幅。

 そのまま息を殺し聞き耳を立てていると、中からもぞもぞと何かが動く音が聞こえた。とりあえずは無事だったようだ。


(まぁ、うん。俺は何も見なかったし聞かなかった)


 ドアに掛けた魔法を解除し、代わりに自身に消音モードで同じ魔法を掛ける。そしてそっとその場を後にする事にしたのだった。



 ◇



(まぁその翌朝から明らかに上機嫌だったから良かったけどさ)


 とりあえずそれを見た時の対応は間違っていなかったと胸を撫で下ろしたのは覚えている。

 そして直後にウルティナにいつも通り冷やかされたりエルフィリアに褒められるという稀有な体験をした。


「ま、気合が入ることは良い事だが立場的に素直に喜べないってところか?」

「んー、まぁ良い事だと思うよ。鬼気迫るような感じだったら逆に困るし……」

「はっは、まぁ確かにそりゃそうだ!」


 豪快に笑いつつ、ドルンはテーブルの上に置いてあった銃剣を手に取りこちらへと差し出す。

 今回新しく製作したコロナの剣とは違いこちらは新造されたものではない。しかし色々と改造を施され前よりも強化されていた。

 曰く、基本的な部分は変わってはいないが色々と別物になっているとのことだ。


「ま、あっちはあっちで後でやるがまずはお前の武具の説明だな。魔女様、頼めますかい?」

「はいはーい! さぁ、ヤマル君。私達が作ったこの武器のすごさを聞く準備は出来たかしら? いつでも崇める心構えはしておきなさい!」

「ははー」


 内心やるのもバカらしく感じるも、これが一番早めに終わるので大人しく従っておく。

 そしてこちらの反応に満足そうにドヤ顔をするウルティナの横で、ドルンから武具の説明と変更点を教えてもらうのだった。

 



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