第262話 あいさつ周り色々・後


 場違いと言う言葉はこの世界に来てから何度も感じたことがある。

 そもそも平和な日本に比べ命の保証がないこの世界。初手から文字通り世界が違うのだから、そう感じてしまうのは当たり前と言えば当たり前だろう。

 例えばシンディエラの件での貴族のお茶会に出たときもそうだし、エルフの村に迷い込んだときもそうだった。

 得てして場違いと言う言葉を感じる時は、その場に対し異物であると言うことを自覚していることだと思う。


「ここがヤマル様のお仕事場の総本山ですか……」

「そんな大層なものじゃないけどね」


 商業ギルド、傭兵ギルドと用事を済ませ、現在最後である冒険者ギルド――の玄関先。

 時刻は昼より少し前。その為ギルドへの出入りの人は殆どおらず、まるで呆けるように建物を見上げるフレデリカ。

 そんな彼女を邪魔する者は誰もいないが、見るものが見れば間違いなく場違い感が溢れ出ていることだろう。


(俺が言うのもあれだけどここに連れてきて良かったのかなぁ)


 冒険者ギルドは公的機関ではあるが、悪い言い方をすれば社会の爪弾き者がよく集まる場でもある。

 年齢、性別、出自問わず、国民であると言う証明があり、犯罪者でなければ誰にでも広く門戸が開かれている。

 ただしそれは言い換えればどんな人物も受け入れる、と言うことに他ならない。


 そもそもまともな人間であれば冒険者ギルドではなく他で職を探す。自分とて冒険者ギルドに来たのは職業案内所で仕事を斡旋してもらった後のことだ。

 自分の場合この世界での通常業務が合わなかった為の苦肉の手段だったという背景がある。

 もちろんそうではない人も中にはいることは知っている。

 例えば世話になった『風の爪』のラムダン達は家族単位で仕事が出来る様にあえてこの仕事を選んだそうだ。

 他にも一旗あげようと志を胸に秘めた人もいる。ただいるにはいるがそう言った人達は少数派だ。


 中には腕っ節を活かす為と言う人もいるが、そもそもそう言う戦いをメインにする人材であれば、冒険者ギルドではなく傭兵ギルドの方へ行く。

 ここにいる様な人物は傭兵としてやっていけるほどの強さはなく、さりとて一般人よりは腕の覚えがある人達が多い。


 と色々思うところがあるが、悪い言い方をしてしまえば「不良のたまり場」みたいな部分が多分に含まれる場所だ。

 そんな場所だから見るからに弱い自分は格好の的だった。犯罪まがいな事こそなかったが、からかわれたり馬鹿にされることなどもはや日常茶飯事である。


 さて、そんなある意味魔窟とも言えるべき建物の中に自分は貴族令嬢であるフレデリカを案内しようとしているわけで……。


「えーと、さっきも言ったけど冒険者って基本ノリが独特だし貴族常識や場合によっては一般常識から外れてるとこもあるから……」

「はい、大丈夫です。焦らず騒がず、何を言われても動じないように心がける。ですよね」

「うん。直接手を出すことは無いけどドレッドさんから離れたりしないようにね」


 もちろん自分が何を言われても口を出さないように、とは厳命はしておく。

 とは言え今はそこまで危惧はしていない。時間的にも冒険者の面々は仕事で外に出張っているだろうし、彼らは基本可愛い女の子には激甘対応だ。

 それにこの場にはコロナやエルフィリアも一緒であり、しかも受付嬢の彼女がいる冒険者ギルドの中では手荒い対応は絶対無いと言い切れる自信がある。

 

「んじゃ入るよ」


 皆に合図を送り中へと入る。久しぶりだが見慣れた光景に『あー、帰ってきたんだなぁ』と思いながら奥へと進む。

 予想通りギルドの中は人はまばらだ。職員と冒険者が数名いるぐらいである。


「お、やっぱ帰ってたんだな」


 するとこちらに気付いた受付の職員が笑顔と共に軽く手を上げていた。

 物珍しげに建物の中を見るフレデリカをコロナ達に任せ、彼の元へと向かう。


「えぇ、昨日ですけどね。その様子だと……」

「あぁ、何か昨日正門のとこでなんかやったんだろ? 魔術師ギルドの奴らと一悶着あったって聞いてるぞ」

「なんもしてないんですけどね……」


 積み荷、もとい積み人がちょっとアレなだけで。


「とりあえず帰還報告しますね」

「おぅ」


 とりあえずまずは目的をちゃっちゃと済ませることにする。

 パーティー名、帰還日、パーティーメンバーの増減……は特に無し、っと。


「ん? 何か新しい顔連れてたって聞いてるぞ。増えたんじゃないのか?」

「あー、二人増えてますけど、パーティーメンバーではなくて同行人みたいな感じなんですよ」

「なんだ、てっきり獣亜の時みたいになったと思ったんだがな。んじゃあのちびっこいのと付き人っぽいのはなんだ?」

「あれはちょっとした社会科見学です。はい、こんなとこですかね」


 書き終わった報告書を渡し中を確認してもらう。


「報告書は特に問題ないな。そいや魔国でなんか面白いことはあったか?」

「面白いこと……」


 言われ魔国であったことを思い返してみる。


 自称勇者の厄災の魔王と伝説の魔女に会い師弟関係になりました。

 魔国の現魔王と交友関係を結びました。

 ついでにお偉方の四天王の人達と懇意になり、魔国の名誉国民になりました。

 いないと思われてたドラゴンと遭遇、友好関係になりました。

 また仲間が竜の素材を手に入れ、竜武具の製作に成功しました。

 亡くなった叡智の魔王の思念体と偶然遭遇し、彼の魔法を一つ教えて貰いました。

 完全敵対関係と思われてたマガビト達との会話に成功、意思疎通が出来る事が発覚しました。


「………………ナニモナカッタデスヨ」

「かなり愉快なことがあったみたいだな……まぁ聞かないでおいてやるよ」


 ご理解早くて助かります。自分でも濃い旅路だったと思うし……。

 しかし改めて思い返すと本当にすごい体験ばかりだと思う。この世界基準で見ても、どれ一つとっても普通ではないのは自分でも分かる程だ。

 他の人が聞いたら鼻で笑われるかもしれない。


「さて、お前の用事はこんなところか?」

「あ、最近の王都の話をお願いしたいです。戻ってるときも道中で人の流出があったって話は聞きましたし……」

「まぁ……そうだな。ここも少しメンバーが入れ替わったな」


 自分が魔国に出発してからもやはり地震は続いていたようだ。

 最初の時ほど大きいのは無く、被害そのものはそこまでは無いものの、今まで無かった現象から不安を感じ引っ越す人はそれなりにいたらしい。

 更に興味深い話として、どうもこの地震は大陸の外側……つまり海に近いほど大きく、内陸部に行くほど小さくなってるそうだ。

 海に面した地域ではがけ崩れの報告もあるほどなのに、内陸部の村では地震の存在すら知らなかったなんて話もあったらしい。

 王都は大陸外周部と内陸のちょうど中間地点……ではなくやや外側のため、それなりに揺れは感じる地域のようだ。


 そして王都の住人が内陸部に多少流出したことで冒険者にも変化があった。

 聞くところによると主にD~Cランク付近が住人に合わせて各地に散ったようだ。仕事の数が少なくなったのも理由の一つではあるが、基本根無し草の冒険者だからこそこういう時のフットワークの軽さが顕著に出た。

 逆に彼らが散ったことで地方から追い出されたE~Dランク帯の冒険者が王都へ逆輸入気味に入って来ているとのことだ。


「こっちも色々あったんですね」

「お陰で今はランク帯が偏っててな。忙しいヤツと暇なヤツの差が激しいんだ」

「それはまた……」


 多分人数が増えたランクは仕事に対して冒険者の数が多すぎるんだろう。反対に数が減ったところは仕事が過多で回ってないと見てよさそうだ。

 もしCランク帯の仕事が過多なら手伝ってもいいかもしれない。召喚石の魔力充填の時間しだいだけど……。

 っと、いけない。もうひとつ目的あったんだっけ。

 

「あ、それともう一件あります。実は近いうちに模擬戦するんですが……」


 これまでの経緯と国からの許可は降りていることを話し、冒険者ギルドとして当日の情報をメンバーに通達してもらえるか尋ねる。

 結果は予想通り、国の許可がありギルド側から働きかけることは注意喚起程度なので特に問題ないとの事だった。


「んでその模擬戦ってどんなルールなんだ?」

「俺も大雑把でしかまだ聞いて無くて……。えーっと……」


 どう説明したもんかと悩んでいると、急にギルドの入り口が勢い良く開け放たれた。

 中の面々が何事かと慌ててそちらを見ると、ぞろぞろと厳つい野郎の集団が……と思ったら冒険者ギルドここの面々だった。半分ぐらい見覚えのある顔が揃っている。

 仕事帰りだろうかと思っていると、何故か彼らは中に入っては入り口の左右に分かれ一列に陣取りし始めた。


「……なんですか、あれ」

「さぁなぁ、いつもの病気じゃないか?」


 身も蓋も無いが妙な行動を起こすのは今に始まったことじゃない。

 しかしこの人が知らないと言う事は最近の事なのだろう。やはりここ数ヶ月で何か変わったのかもしれない。

 しかし次の瞬間、彼らの変な行動の原因が判明する。


「そのルール、この場で発表させてもらうわ!」


 いかつい男達の間を歩き、威風堂々と言わんばかりに現れたのは今朝方遊びに行ったはずのウルティナ。

 その姿を見てコロナとエルフィリアが『あぁ、やっぱり……』と言う同じような表情をしていた。多分自分もあんな顔してるんだろうなぁと言うことが容易に想像できる。


「知り合いか?」

「うちの師匠です……」


 なんだろう、身内の恥部を晒すような感じがしてすごく恥ずかしい。

 いや、知ってたけどさ。こういう人だって分かってるし、周りの人も大体すぐ分かってくれるけど、それでもこう何も知らない人に対するなんかこう……ううぅぅ……。


「と言うか何してるんですか。遊び行くとか言ってた気がしますけど……」

「それがね、聞いてよヤマル君ー。あの後街をブラブラしてたんだけど、何か大通りにおいしそうなお酒のお店が見えてついふらふらーっと……」

「初手お酒て……」


 と言うか真っ昼間からお酒出す店あるのね……。

 いや、日本じゃないんだから中にはあるだろう。大通り沿いってことは真っ昼間から飲んでても問題ない人用のお店かもしれない。


「そしたらこの子達がナンパしてきてねー」

「自殺志願者ですか?」

「あら、何か言ったかしら?」

「イエナニモ」


 思わず本音が出てしまった。

 まぁ端から見ればウルティナは美女だから、男としてアグレッシブな行動に移せるのならそういうのもありかもしれない。

 ただし中身は……いや、もはや何も言うまい。


「それでなんやかんやあってこうなりました。ね、みんな?」

「「「はっ! なんなかんやあってこうなりました、姐さん!!」」」

「…………」


 そのなんやかんやに何があったか気になるが問うのは止めることにした。

 薮蛇なんて言葉があるが、この場合藪を突いたら出てくるのはウロボロスかヨルムンガンドだ。突くより諦観が寛容だと自身に言い聞かせる。

 そもそも良く言っても図々しい、悪く言えば荒っぽい彼らが軍隊じみた感じになっているのだ。何があったかなんて推して知るべきだろう。


「さてさて、話逸れたけどルール発表するわねー。紙に書くから二人ともこっちにいらっしゃい」


 もはや勝手知ったるなんとやら。ギルド内の一角を占領したウルティナはこちらを呼ぶと、どこからともなく取り出した大きな紙をテーブルの上に置く。

 言われたとおり近づきその紙を覗き見ていると、いつの間にか隣には一緒にいたフレデリカやコロナ達。更にはもちろん自分らもと言わんばかりにウルティナが引き連れてきた冒険者の面々、果てはこの時間は暇なのか職員までもが集まってきていた。

 皆興味深々と言った様子であり、その事に満足げな笑みを浮かべたウルティナが鼻歌交じりに紙にルールを書き込んでいく。


「これでよし……っと。大体こんなところかしらねー。ヤマル君、読み上げてくれる?」

「分かりました」


 どうせ渋ったところで結果は変わらないと思い大人しく言うことを聞くことにする。

 そして発表されたルールは次の通りだった。


【共通】

・模擬戦はこちらで用意した同じ対戦相手を倒すまでの時間を競うタイムアタック形式で行う。

・勝利条件は対戦相手の撃破、もしくは三十秒間の捕縛とする。(捕縛は相手が身動きが取れない状況からカウントされる)

・場所は王都の正門から出た先、街道から外れた場所で行う。(詳細は別途地図参照)

・戦う場はこちらが指定した中心点から半径二百メートルの円柱状のフィールド内で行う。

 目安として魔法にて範囲を可視化する。(壁では無いため透過はする)

・上記フィールドから出た場合のペナルティとして、範囲外に留まった時間が総計六十秒を超えたら失格とする。

・対戦相手がフィールドから出て総計二十秒経過したら失格とする。

・模擬戦開始時に対戦相手はフィールド中央に現れるが、両名の開始地点は自由とする。ただし中心点から五十メートル以上は空ける事。

・武器、防具、魔法、道具は自由に扱ってよいものとする。ただし模擬開始後の補充は認めない。


【ハンデについて】

・コロナは遭遇戦、ヤマルは掃討戦として扱う。その為先行はコロナとし、ヤマルはその際に得た対戦相手の情報を流用することを認める。

・ヤマルは自身が使役するポチとの共闘を認める。

  

 

「――以上です」


 こちらの言葉と書かれた紙を見て何人かが難しい顔をしている。

 その表情から察するに、多分「これじゃ勝負にならねぇんじゃないか」と言ったところだろうか。自分でも現段階ではそう思う。

 ただし対戦相手がいまだに不明な部分が不確定要素になっている。これ次第で多少なりと有利不利が出るかもしれない。


「細かい点で必要あったら足すかもだけど、基本はこれだから頭に入れておいてね」


 二人とも期待してるわよ、とそう言うウルティナは本当に何かを期待しているかのような表情だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る