第261話 あいさつ周り色々・前


「あんた達も賑やかになったわねぇ」


 朝からコロナの機嫌を取り他の面々に説明をすると言う重作業をこなし終え、一階の食堂スペースの一角に腰を下ろす。

 他の客はいないのか、現在この場には自分達しかいなかった。

 しかし自分達だけでもこの場にいるのだから、この酒場兼宿のお店としては賑やかと言っても差し支えないだろう。

 流石にそんな大人数が一緒に座れるテーブルは無かった為、現在二卓に別れそれぞれ席についている。

 一つはウルティナにブレイヴ、そしてドルンと大人で固まった面々。

 そしてもう一つは自分、その左隣にフレデリカ、そして対面にコロナとエルフィリアだ。何かと話しかけてくるフレデリカに対応しつつ、イマイチ面白く無さそうなコロナをなんとか宥めている構図だ。エルフィリアはちょっとだけ困った顔だけど、何も口出さないだけありがたいかもしれない。

 ……正直言うとちょっと助けて欲しい。けど流石にエルフィリアをここに放り込むのは酷だろう。

 それよりも……。


「あの、座っていただいても……」

「いえいえ、お気になさらず。私はお嬢様の付き人、主と同席するわけには参りませんので」


 こちらから少し離れた場所で直立不動の体勢の初老の男性。

 歳は五十は越えているだろう。しかしガッシリした体つきに角刈りの白髪に顎鬚。そして腰に佩いたロングソードが彼の実力と立ち位置を物語っている。

 彼の名はドレッド。クロムドーム家の中でのフレデリカの家に仕える護衛だ。

 元騎士である彼はフレデリカの祖父――ボールドの弟――に誘われ十年ほど前から彼女の家に仕えているらしい。護衛とは言え幼少時からフレデリカの事は知っているためか、主従と言うよりは孫娘を見るような感じだった。

 前回はまさか屋敷を抜け出すと言う今までに無い行動だったため遅れを取ったものの、本来はフレデリカが外に出る際は一緒に居ることになっている。

 ちなみに自分は気付かなかったが、以前シンディエラと婚約者の真似事をした際に王城に行った時も離れたところにいたそうだ。


(うーん……)


 主従関係である以上、ドレッドが言うように同じ席に着かせるのはあまり良くないんだろう。その辺は疎いのでこれ以上自分が何か言うわけにもいかない。

 でも目上の人を立たせて自分が座っているのもどうにも落ち着かなかった。


 そんな色々な事に困惑していると向こうのテーブルの方から声をかみ殺したような笑い声が聞こえてくる。


「ヤマル君、モテモテねー。いやー、羨ましいわねー」

「少なくとも朝一突撃の元凶は師匠でしょ……」


 ジト目でウルティナを睨みつけるも全く効果が無いようで、彼女はそ知らぬ顔で出された朝食を頬張っていた。

 あんな風に人生を楽しめる性格じゃないと長生きは無理そうだなぁと思わせてくれるぐらいの光景だ。


「それでフレデリカさんは今日はどうしたの? 私達も昨日帰ってきたばかりだから今日は構ってあげれないよ。色々やることあるし」


 テーブルに頬杖を付きながらややつっけんどんな態度のコロナが正面の彼女に質問を飛ばす。

 言い方はちょっときつめだが、コロナが言うように今日はやることが山積みだ。むしろ模擬戦が終わるまではあまり他の人に構ってる余裕が無いのは事実である。


「はい、ヤマル様に会って色々とお話がしたいと思いました。本日は方々に出向いて交渉されるんですよね。移動の合間合間だけでも良いので、ヤマル様と一緒にいたいです。お仕事の時は邪魔にならないよう控えてますので……」


 何で今日の予定筒抜けなんですかね、と思うも、不意にウルティナがパンを口に含みつつこちらにサムズアップのポーズを向けてきた。

 やはり情報源はあそこらしい。心の中でウルティナのその手を上下逆にしたところで、軽く腕を組みどうしようかなと思考を巡らせる。


「フレデリカさん、私達はそれこそ貴族の人が行かないような場所だって行くよ。待ってる間に何かあったらどうするの?」

「そのために今日はドレッドに着いて来てもらいました。あまりにも不安な場所の場合は彼の指示に従います」

「でも……」

「いや、良いよ。折角来てもらったし」


 そう言った瞬間フレデリカはぱぁっと笑顔になり、対照的にコロナが少し不安そうな面持ちになる。

 彼女としても思うところはあれど、単純にそれ以上にフレデリカの身を案じているのだろう。

 少なくとも彼女が住む世界のような腹黒さはこちらには無い。しかし冒険者ギルドの面々を筆頭にお行儀が良いとはとても言えない人間が多数いるからだ。

 それでも何ヶ月も待った挙句わざわざ来てもらったのにこのまま追い返すのは忍びなかった。まだ子どもだし、と言うのも理由としては多分に含まれている。


「ただコロが言った様にやること多めだからそこまで構ってあげれないよ。色んな所に話に行くし、たくさん待たせちゃうかもしれないよ」

「はい、大丈夫です」

「ドレッドさんもそれでよろしいでしょうか?」

「は、お嬢様に危険が及びそうな場でしたらこちらから止めます。その裁量は旦那様からいただいておりますので」


 まぁ回るところは一応は公的機関の場だし大丈夫とは思うけど、気を付けるに越したことはないだろう。

 ドレッドには改めてお願いしますと伝え、皆と改めて今日の予定について話し合うことにした。



 ◇



 朝食後、本日は各々が自分のしたいことの為に使う時間となった。

 ドルンは鍛冶ギルドへの挨拶、ウルティナとブレイヴは王都を観光すると言って出ていった。無論軍資金は自分が出す形でだったが、変なことしたら没収とだけ釘を刺しておいた。

 そして残った面々は自分の用事に付き合うと言うことになり、現在カーゴを引きながら王城へと向かっている。


「ヤマル様、本当にすごいです! ドレッド、この馬車浮いてますよ!」

「話には聞いてましたが……いやはや、古代の技術とはすごいものですな」


 そんな中一際興奮しているのがフレデリカであった。

 カーゴの外観に不思議そうな顔をし、操作の為に出てきたコンソールに驚きの声を挙げ、彼女らを乗せた後宙に浮いたことで今のようなハイテンションになっている。

 付き人のドレッドも始めて見て乗る不思議な乗り物に感嘆の声を漏らしていた。

 一応自分のお客と言うことでカーゴの中で自分が対応し、コロナ達やポチが表で動かしてくれている。


「でもドレッドさんの伝手のお陰で助かりました。兵士隊の屯所に寄る予定がなくなりましたし」

「いえいえ、大したことはありませんよ」


 やんわりした声を返すドレッドであったが改めて礼を述べる。

 元騎士である彼の伝手で模擬戦の許可を出してくれる部署的なところまで案内してもらえることになった。

 やはり騎士団で合っていたようだが、自分がイメージしているような騎士達ではなく事務方の部署があるらしい。

 カーゴを返すその足でそこに向かう予定だ。


「ヤマル様達はこれで魔国まで旅をしたのですね」

「うん。馬車のお金も節約できたし、路面に影響されないし便利だったよ。今は椅子とテーブルだけど、そこの板はめ込むとベッドにもなるしね」

「わぁ……」


 こちらは古代文明ではなくドルンの手作りだが、歳相応に目を輝かせるフレデリカ。

 そんな彼女を見ていると何となくこちらも微笑ましい気持ちになってくる。


 そして話題は魔国での話になり、その流れで今日の目的でもある模擬戦の話題となった。

 騎士団に向かうにあたり少し前にドレッドには軽く話していたものの、改めてその事について二人に説明を行う。

 一応ウルティナやブレイヴの正体はそれとなくはぐらかし、なし崩し的に師匠になった魔術師と剣士っぽい人と言う事で誤魔化しておいた。

 そして模擬戦の話を聞いたフレデリカが少し心配そうな表情でこちらに尋ねてくる。


「ヤマル様、その模擬戦でコロナさんに勝てますか……?」

「うーん、まぁ頑張るけど難しいんじゃないかなぁ。見てくれあんな子だけど『風の軌跡うち』で一番強い子だし」


 ハンデはあるが普通に考えればコロナと戦闘面で渡り合うのは難しい。と言うか無理。

 だからこそのタイムアタック方式でありハンデもあり、更に自分はポチもついてる。

 それを考慮してもやはり厳しいと言わざるを得ないだろう。


「単純な強さなら私より上でしょうな」

「え、そんなにですか?!」

「はい、お嬢様。無論私とてこれまで培った経験がありますゆえやすやすと取られることは無いでしょうが、それでも正面から戦えば厳しいです」


 コロナの動いてるところ見たことは無いはずだが、一目見ただけで強さを見抜いたのかドレッドが客観的に淡々と告げる。

 でも目の前のこの人は普通に強そうなのに、今のコロナはそれより上なのかと思うとますます負けるイメージが強くなってきた。

 これ本格的に勝ち目が無さそうだ。


「あのっ、私応援に行きますので!」


 そんなこちらの心情を感じ取ったのか、フレデリカが真っ直ぐな瞳でこちらを見据えてきた。

 その言葉に嬉しさを感じながらも、やはり負けイメージがぬぐえない事に苦笑を漏らしつつお礼の言葉を返しておく。


「ん、ありがとね。でも情けなく負けるとこしか見れないかもしれないよ?」

「大丈夫です。その時は私の胸を貸しお慰めします!」


 わぁこの子強い。

 実際フレデリカの胸に泣きついて慰められる構図とか色々と酷すぎるので気持ちだけ貰っておくことにした。


「まぁでもやれることはちゃんとやるよ」


 こうして純粋に応援してくれる子がいるのは本当にありがたいことだ。

 勝率は殆ど無いだろうけど、それでもせめてカッコ良く負けたいなと強く心に誓うのだった。



 ◇


 お城で教授らにカーゴを引き渡し、その時にたまたま仕事で来ていたメムや他のロボット達にも久方ぶりに会うことが出来た。

 メムとはスマホでレーヌと話す際に元気にしてたのは知っていたが、こうして直に目にするとやはり安心する。

 初めてロボットを見たフレデリカ達はここでも驚き、何故か自分がすごいと持ち上げられるなどちょっと困惑する場面はあったものの、その後の騎士団の事務方部署ではドレッドの口添えもあり恙無く許可が下りた。

 とりあえずやる日程と場所を町の兵士隊に前日までに話し、数名ほど付き添ってもらえれば良いとのことだった。

 思ったよりあっさり許可が下りた事にほっと胸を撫で下ろし、今日のところは王城を後にする。


「ヤマル、会わなくて良かったの?」


 城門を出たところでコロナが近くまで寄ってきてそんなことを聞いてきた。

 誰に、とは聞かない。

 今も多分女王として頑張っている女の子の事だろう。


「今日はね。模擬戦終わるまでは落ち着いていられなさそうだからなぁ」


 休息は大事だけど多分模擬戦のことが頭にチラつきそうなのだ。

 それが終われば後はウルティナに召喚石の魔力溜めのみ。目的の物は手元にある以上、自分の旅はもう終わっている。

 石に魔力が溜まるのがいつになるか分からないが、少なくとも多少なりは時間が取れると思う。遊ぶなり時間作るのはそれからでも遅くは無いだろう。


「……でもフレデリカさんとは遊んでるよね」

「遊んでるつもりはないけど……」


 でも確かに折角来てくれたんだしと思い今日は彼女に構ってる時間は多い自覚はある。

 もちろん遊んでる訳ではなく話をしているだけだし、こうしてやることはちゃんとやってはいる。

 それはコロナも分かってるはずだが、まだ今日の彼女はご機嫌が斜めのようだ。


「まぁ今日は押し切られた形だけど後でちゃんと言い聞かせておくよ。しばらくは来ても相手出来ないってね」

「……ん」


 とりあえずは納得してくれたコロナの様子に安堵し、この後の予定を彼女と一緒に確認する。

 この後は商業ギルド、傭兵ギルド、そして最後に冒険者ギルドに寄る予定だ。

 各ギルドには模擬戦の日に混乱しないための通達。それに加え傭兵ギルドにはコロナとの契約回りの更新を、冒険者ギルドは……まぁいつも通り帰還報告と情報収集。

 それ以外は特にやることはない。一番どうしようか悩んでた国の許可も真っ先に終わったし、そう言う意味ではフレデリカが来てくれたのはとても助かったと言える。

 そのお陰で午後からは時間が空きそうだった。

 それならばと思いついたことを話すべく、隣を歩く彼女に声をかける。


「コロ、ここ最近は旅とか修行とかで慌しかったからさ。今日は師匠らでも出かけてるし、用事終わったら皆でどこか行こっか。何か食べたいものある? たまには俺がご馳走するよ」

「ほんと?!」


 こちらの言葉に対しコロナの垂れていた尻尾が逆立ち左右に振り始める。実に分かりやすくそしてとても微笑ましい。

 そして突然大きな声を出した彼女にエルフィリアやフレデリカが何事かとばかりに視線を向けていた。


「あ、あのね! ヤマルがね……」


 そのまま今度は二人に近づき先程のことを話し始めるコロナ。

 こうして見るとフレデリカとも仲良く出来る辺り本心からは嫌ってはいないのが良く分かる。レーヌ相手でも言い合いはするが、何だかんだで良好な関係は築けているのはコロナの美徳だろう。

 半獣人とエルフと貴族の令嬢。日本では接点が絶対にない彼女らも、こうして見ている分には皆年頃の女の子だ。


(うん、何か良いなぁ。こういうの)


 願わくば自分が帰った後も彼女達にはずっと仲良くしていて欲しい。そう思わずにはいられない光景だった。


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