第260話 トラブルは向こうからやってくる


「実はね、私の実家は代々魔術師の家系なの。ある貴族の三男坊だったご先祖様が魔女様に魔法の才能を見出されて弟子になったのよ」


 そう語るマルティナの姿はどこか誇らしげだ。

 きっとこの話は代々受け継がれ、彼女にも幼い頃から情景や憧憬が与えられたのだと一目で分かる。


「二百年前の大戦ではご先祖様もその時身につけた魔法で色々と活躍したと聞いているわ。魔族の進行を防いだり、獣人・亜人から砦を守ったり……まぁ、色々ね」


 そしてもっと話したいのだろうがそれをぐっと堪えている事も。

 きっと『○○の戦い』とか『××防衛戦』の様な歴史書に名が残るような戦いで活躍したと言うことだろう。

 ただこの世界の歴史に詳しくない自分からすれば具体名を出されてもピンとこない。それをマルティナも知ってるから軽い程度に留めてくれている。


「それもあってウルティナ様の名から名前を取る事も珍しくないわね。私の名前もそうだし、他にもウルテラとかウルガンティーヌとかもいたわね。恐れ多いせいか名前負けするのが目に見えてるのか、流石にそのまま付ける人はいなかったみたいだけどね」


 なるほど、どうりで二人の名前が似通ってるわけだ。

 と言うことはマルティナの近親者や他の魔術師の家系の人のとこに行けばそれっぽい名前はいるのだろう。とは言え魔法学校のサラサ校長例もあるし、皆が皆あやかってるわけではなさそうだ。


「と 言 う わ け で!! ウルティナ様は私達魔術師の祖、いわば神様みたいな方なのよ!」

「ふふーん、どうよ恐れ入ったかヤマル君ー。我神ぞ、もっと弟子として崇めなさいー!」


 魔術師ギルドの応接室の一角。特別に用意したと思われるソファーにこれでもかと言うぐらい踏ん反り返っているウルティナがこれ以上無いぐらいにドヤ顔をかましていた。

 え、自分ですか。何故かマルティナさんの手で床に正座させられてます。


「羨ましい妬ましい私が書類と向き合ってる間にウルティナ様とキャッキャウフフの魔術修行とか許すまじ……!」

「漏れてる漏れてる、何かいけないモノと本音がだだ漏れですよ。それにキャッキャウフフと言うよりギャーギャーゴフフですが……」


 色々と碌でも無い思い出に体が身震いする。彼女が言うような甘酸っぱい修行など一切無かった。

 何というか、魔法的修行のしんどさもあるのだが、それ以上にウルティナ相手に気を抜くととんでもない事になりかねないのだ。

 修行期間自体はそこまで長くないはずなのに、物凄く濃い時間に感じれたのはそれだけ自身が集中してた証かもしれない。


「で、ホントのところどうしたのよ? 前回のエルフィリアさんでこれ以上は無いと思ったのに、まさかウルティナ様やあの人だものね……。この調子だと次はドラゴンかしらね?」

「連れてきましょうか、ドラゴン」

「……え。いえ、やっぱりいいわ。色々あったみたいね」


 意識してなかったけど悲壮感が出ていたのか、なんだか物凄い同情めいた視線を向けられた。

 実際カレドラは来てくれるか微妙だけど……うん、来たら間違いなく王都が阿鼻叫喚になるから考えない事にしよう。


「とりあえず師匠はひょんな伝手で知り合いまして、そのまま自分の用事に付き合ってもらうことになりました。こっちに一緒に来たのもそのためですね」

「そうだったのね。ウルティナ様も遠路遥々ありがとうございます」

「いいのよ、あたしはあたしでやりたいようにやってるだけだしー。あ、マルちゃん。それとは別件なんだけど、今度王都の外であたしの作ったやつでヤマル君とコロナちゃんが模擬戦するの。何か問題あるかしら?」

「ま、マルちゃん……」


 あ、なんかすごい嬉しそうに頬緩めてる。

 それでも何とか体裁を保とうとしてるけど、嬉しさと真面目さがぶつかり合って中々面白い表情になっていた。

 正直人前であの顔をやったらギルドマスターとしての威厳が幾分か落ちそうな感じさえする。

 しかしちょっとだけこちらに背を向け頬を二度叩くといつもの顔に戻っていた。


「んんっ!! そうですね、規模にもよりますけど……あの、作るって一体どんなのをですか。それに模擬戦って……」

「んー、ざっくり言うと……ヤマル君、説明お願いー!」

「それぐらい自分でやってくださいよ……。えーとですね、どれぐらいの相手なのかは分かんないんですけど……」


 とりあえずマルティナには実戦タイムアタック形式の模擬戦をすることを説明する。

 当日までどの様なのが相手になるか不明だが、ウルティナの人工魔物?っぽいのが出ること。実戦形式になると思うので街中や施設内では行えない事。

 そして街の外でやるためには何か届け出が必要では無いかという懸念がある事だ。


「そうね、それなら外でやるのがいいと思うけど、各所に許可貰ったりしないとまずいかもね。その模擬戦をやる場所にもよると思うけど、連絡しておかないと『街の近くで誰かが襲われてる』なんて勘違いされかねないしね」

「各所って言うと……」

「まぁ私達魔術師ギルドは今聞いたし、ウルティナ様の願いなら特に問題ないわね。それ以外だと冒険者ギルドや傭兵ギルド、ここは押さえておかないと何も知らない人が介入しちゃうかも。商人ギルドにも話しておかないと連絡行くかもしれないし、後は騎士団や兵士隊かしら。街を守るのが仕事ですもの」

「うーん、結構多いですね……」

「でも必ず騎士団……と言うより国からは許可貰ってね。私達も公的機関だから、国がダメって言うと断り辛いし」

「結構面倒ねー。こっそりやっちゃう? 認識阻害の結界とかちょいちょいと張って」

「それはそれで魔力波長拾われたらばれちゃいますよ、ウルティナ様……」


 ともあれこちらに関してはまずは正攻法でいくことにした。

 魔術師ギルドとしては国からの許可が下りればOKとのこと。ただし後学の為、当日は何人か見学させて欲しいと希望を出された。

 一応魔術師ギルド立会いと言う名目が立つため、ウルティナもいいよーとあっさりと許可を出す。


「他のギルドも何かしら言うかもしれないけど、少なくとも国が許可出してる前程だからまずはそっちから行くといいわよ。それからギルドへの根回しでいいんじゃないかしら」


 私も期待してるから頑張りなさいよ、とこちらの肩をポンと叩きマルティナは優しく語り掛ける。

 だがその目は『ヤマル君も一緒に面倒事の苦労味わいましょ♪』と沼に引きずり込み苦労人仲間を増やしたいという思いが明け透けに見えていた。



 ◇



 明けて翌朝。


「ふぁ……ん~~!!」


 窓から差し込む日の光でゆっくりと目が覚める。

 久しぶりではあるが見慣れた天井に帰ってきたんだと感じながらベッドから体を起こし身支度を整え始める。


 昨日魔術師ギルドから解放されいつもの女将さんの宿に戻り、皆で手分けして荷運びを済ませるともう夜になっていた。

 カーゴについては一旦宿の裏に置かせてもらい、その日は長旅の疲れもあると言うことで食事後は思い思いに過ごすよう通達をする。

 しかし更に人数が二人増えたのにも関わらず、女将さんは当たり前のようにブレイヴとウルティナの部屋も確保していた。この人も相変わらず良く分からない人だと思う。


(とりあえずカーゴを城に持ってってそのまま許可貰うか……あー、でも誰に言えばいいんだろう。国のトップはレーヌだけどきっと管轄は分けてるだろうし……)


 今日の予定を頭の中で組み立てつつ、目下の課題である国の許可について頭を悩ます。

 レーヌに頼めば何だかんだで許可は下りそうではあるが、そうなると権力の私的流用になりかねない。その場合彼女の立場的にもあまり良くは無いだろう。

 仲が良いとは言え彼女は一国の女王だ。特定の人物に肩入れしすぎると公平性が無いと思われかねない。


(騎士団の伝手となると……セーヴァかサイファスさんかなぁ。でも権力的なモノを持ってるかと言われたら……うーん、権力と言えば貴族だけど……)


 貴族に関しては今一つ良い思い出が無い。

 今でこそあのボールドは丸くなったものの最初は蛇蝎の如く嫌ってたし、変な合成魔物の件の会議でも突っかかってきた人も居た。


(あまり貴族受けは良くないんだろうなぁ。やっぱり城にカーゴ返しに行く前に兵士の詰め所寄ってどこに許可貰えばいいか聞いてから考えるか)


「ポチ、そろそろ起きて朝ごはん食べに行くよ」

「……くぁ、わふ」


 とりあえず午前中の予定を頭の中で組み立てたところで寝ているポチを呼ぶ。

 小さな体を一伸ばししたところで目が覚めてきたのか、こちらに駆け寄りいつも通り肩に登って来たポチを確認し部屋のドアを開ける。


「おはようございます、ヤマル様!」

「…………」


 そしてそのままそっとドアを閉じた。

 あれ、おかしいな。寝ぼけてなければものすごく見覚えのある人が待ち構えていたんだけど……。

 ペシペシと軽く頬を叩き眠気を完全に飛ばし再びドアを開ける。


「おはようございます、ヤマル様! お久しぶりです」

「……ぇー、ぁー、うん。久しぶりだね、フレデリカ」

「はいっ!」


 名前を呼ばれた少女フレデリカが歳相応の可愛らしい笑顔を向けてくれた。

 今日の彼女は窓際の令嬢と言わんばかりに白いワンピース風の服を着ている。若干おめかししているように見えるのは多分気のせいではないだろう。

 しかしこの子は何故朝一で自分の部屋の前にいるのだろうか。

 いや、前にいきなり布団に潜り込まれ色々と大変な目に遭った。それを考えれば部屋の中に入らなかったのは彼女なりの配慮だと思う。

 だけど自分が王都に帰ってきたのは昨日だし、そもそもフレデリカは前回の件で領地にて謹慎中だとシンディエラに聞いている。

 そんな彼女がここにいると言うことは謹慎が無事解けたか、あるいは……。


「(いや、無断で抜け出しは流石に……でも念の為)えぇと、フレデリカはどうしてここに?」

「はい。実は以前の件でお母様やお兄様に叱られてしまいまして領地に戻っていました。その後謹慎は解けたのですが、風の噂でヤマル様は魔国に旅立たれたと聞きまして」


 あー、なんというかタイミング悪……いや、前回の事考えると良かったのか?

 とりあえず今は話を続けさせることにする。


「ですのでヤマル様が戻ってくる間、もっともっと相応しい女性になろうと様々な勉強をしていました」

「へぇ、フレデリカも頑張ってたんだね」

「はい!」


 でも自分は彼女が言うほど大層な人間ではない。

 そもそも分家とは言え大貴族の生まれの彼女なら幼少期から様々な教育はされてるだろう。自分に相応しい、と言うなら勉強をして自身のランクを上げるじゃなく逆ではないかと思ってしまう。

 いや、まぁそれは置いておいて……。


(でもこれってフレデリカが今まで何をしていたのかであって、どうしてここにいるのかじゃないよね……)


 どんどん不安は募っていくものの心の中で口出しすることを堪え、引き続き彼女の話に耳を傾ける。


「そして少し前にボールド大叔父様からの召集が掛かりました。クロムドーム家の者は国を支えるべく協力し王都にてお仕事をするお話でした。ですのでお嬢様も今はこの街にいらっしゃいます」


 更に付け加えると一族総出ではなく、彼女やシンディエラの両親は領地に残りそちらの仕事をしてるとのこと。

 王都にきたのはボールドとその兄弟夫婦、それと彼女の様な子ども達だ。

 子どもと言っても年齢には幅があるそうでフレデリカやシンディエラは年少組。しかし彼女達の兄や姉の中にはすでに成人として現場に駆り出されてる人も少なくないらしい。

 年少組は後学の為にとやってきたのだが、いざ来たら来たでやることがあまりないとのことだった。

 女の子なら茶会で情報交換もあるみたいだが、昨今の地震のせいでその頻度も下がっているそうだ。


「そんな日々を送っていたのですが、昨夜私の部屋の窓に一羽の小鳥さんが止まりました。こんな夜更けに鳥なんて珍しいと思っていたのですが、その子鳥さんは足に手紙をつけていたのです」

「手紙?」


 あれ、なんだろう。最近鍛えられてきた自分の直感が『今から碌でもない話が展開されるから対ショック体勢を取れ』と警鐘を鳴らしている。


「はい。そこにはヤマル様が王都に戻ってきていると書かれていました。もちろん鵜呑みにするわけにはまいりませんでしたのでちゃんと確認をして、こうしてお邪魔させていただいた次第です」

「……ちなみに手紙には他に何か書かれてた?」

「いえ、特には……あ、でも差出人はヤマル様のお師匠様と書かれてました。先程一階でお会いしましたが、とてもお綺麗な方ですね」

(師匠おおおぉぉぉぉーーーー!!)


 あの人自分が見てないところで何情報拡散してやがってんですか!

 くそぅ、フレデリカとの一件も知られてるからこうなる可能性はあったってのに……最近修行時以外は大人しかったから油断した。


「……一応聞いておくけど家の人にここに来てることは」

「はい、おばあ様には。来年は曾孫見るかしらね、とおっしゃってました」


 フレデリカのお婆さん、十歳のお孫さんに何言ってるんですか……。

 そしてその意味を彼女は知ってるのだろうか……いや、これ以上考えるのはよそう。どっちに転んでも微妙な空気にしかならない。


「あの、ヤマル様。不躾なのは重々承知なのですが一つお願いが……」

「ん、何かな。出来る事はあまり多くないと思うけど」


 不意に話を切るかのようにフレデリカは両手を胸の前で握り祈るような体勢でこちらを見上げる。

 その顔は先程の笑顔とは一転、どこか不安そうで……。


「私を……守っていただけませんでしょうか」

「守るって……」


 何から、と返すより早く気付く。

 フレデリカの視線がこちらから少し逸れていることを。そして彼女の視線の先にあるものを知っている為、守るの意味も理解してしまう。


「…………」


 少しだけ開いた部屋のドア。

 その向こうから見覚えのある小さな影がこちらをじーーーーーーっと見つめていた。


「……了解」


 国の説得前に仲間の説得と言う仕事が朝一で加わった瞬間に、心の中で本日何度目かのため息が漏れる。

 まだ起きてから二十分も経っていないのに……。


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