第257話 閑話・隣の芝生はなんとやら・後
「お客様お客様。ちょっとよろしいですかー?」
「あ、はい。なんでしょうか」
顔を上げるとちょいちょいとこちらを手招きをする店員さんの姿。
何だろう、あまり良くない予感がする。
「あのですね、今彼女さんのお二人に色々レクチャーしてたんですけど、彼氏さんの意見聞きたいなーと思いまして」
「……あの、自分彼氏じゃないですよ?」
「またまたー! 彼氏じゃない人が異性の下着一緒に買いに来るわけないじゃないですかー!」
けらけらと笑う店員のその言葉にぐうの音も出ない。
そうだよねー。いくら仲間とは言え普通は一緒に買いに来ることはないよねー。うん、知ってた。
知ってたけどここ異世界だし自分の感性がおかしいのかと少し不安に思ってた。でもどうやら自分の感性は間違ってなかったようだ。
それが分かったところで現状が改善されるわけではないのだが。
「ささ、どうぞこちらへ!」
もはや誤解を解くのは不可能と判断し、再び下着の森へ足を踏み入れる。
全周囲女性物下着と言う男にとってはその場にいるだけで精神にスリップダメージを負いそうな通路を進み、カーテンに仕切られた箱……恐らく試着室の前まで連れて来られた。
足元にはコロナとエルフィリアの靴があるので、どうやら二人ともこの中にいるようだ。
(……でもなんでこの中にいるんだろう)
着替え途中なら分からなくも無いが、そもそも自分が呼ばれたのなら着替え途中と言う訳でもないと思う。
水着ならともかく下着である。いくら仲が良いとは言え下着ファッションショーを開催するような間柄ではない。
などと考えているとふと目端にとある物が映った。
それは試着室から少し離れた棚の上。やや大きめの編みかごの中に見覚えのある服が綺麗に折りたたまれている。
よく見なくてもあれは二人が着ていた服だ。
どういうやり取りがあったかは不明だが、どうも二人は服を持ってかれて試着室から出れないみたいだ。
なんでこうなったと言う思いと二人の現状がちょっと不憫だと言う思いが混じり何とも言えない表情になってしまう。
そんなこちらの心情を他所に店員は気にせず話を切り出してきた。
「それでですね、先程も言ったように男性意見聞きたいんですよね。やっぱり女の子って下着とは言え可愛く見せたいじゃないですか」
「まぁ、そうですね」
下着を見せる展開が今後あるかはさておき、彼女の言いたい事は何となく理解できる。
「それで彼氏さんから見てどういうのが似合いそうかなーってのを聞こうって話になりまして。あ、もちろん選んで持ってきてくださいってことはないですよ! こーゆーデザインとか色合いとか言って頂いて、それを私が見繕ってくるって寸法ですね」
「美的センスあまり無いので参考にならないような……」
「大丈夫ですよ、プロとして私がサポートしますので。ささ、まずはエルフの彼女さんの方からどうぞ!」
その瞬間何かコロナが入っている試着室がガタガタ揺れた気がするが、あえて気が付かなかったことにしておく。
でもどうしよう。試着室の入り口に『猛犬注意』と書いて張っておくべきだろうか。
「私としてはスタイル抜群ですし、何を着せても似合うと思うんですよねー」
その瞬間、今度はエルフィリアの試着室がガタンと揺れた。多分アレは中で驚いてるんだろう。
確かに店員さんの言う通り、エルフィリアのスタイルなら女性らしさを全開にした扇情的なものも似合うだろう。
でもそれはあくまで彼女のスタイルなら似合う話であり、当人に似合うかと言われたら自分としては首を横に振らざるを得ない。
「確かにそうですけど、初めですしオーソドックスなデザインが良いかと。白系や薄めの黄色か黄緑あたりの柔らかな感じで良いんじゃないですかね」
「ふむふむ、彼氏さんはそういうのが好みですか」
「と言うか初手で際どいのもどうかと思いますよ」
もしそんなのを選ぶにしても、本人が慣れた頃にやらせるべきだろう。
もちろんこの考えは心の中にしまっておく。下手に口に出せば「へー、ヤマルそう言うの好みなんだー。ふーん、私じゃ無理だもんねー」等と軽蔑の眼差しをされた挙句拗ねられる未来が待っているに違いない。
「それでは獣人の彼女さんはどんなのが似合うと思いますか?」
再びガタンとコロナが入っている試着室が揺れる。
……そろそろ離れて向こうで話したくなってきた。恥ずかしいことを言わされる自分も大概だが、中で下着一枚で待たされる彼女らも中々災難だ。
とりあえず質問には無難に、かつ真面目に答えておくことにする。
「あの子は……そうですね、二種類ぐらいあればいいんじゃないですかね」
「ほほぅ! と言いますと?」
「あの子の仕事の都合上、一つは機能性重視のやつがいいと思うんですよね。着けてて違和感がないのが望ましいと思います」
洒落っ気を出した結果、戦闘中にブラジャーが気になって動きが鈍るとかは可能な限り避けたい。
そもそも普段のコロナの服装は絶対に下着が見えない。服も肌が見えないタイプだし、更にその上から胸当てだってつけている。
お洒落をしたい女心は自分でも多少は分かるが、それも時と場合にもよる。
だからこそ、その洒落っ気を出す時と場合が許す際は存分に可愛く仕上げるべきだと思うのだ。
「ですのでその仕事以外のプライベートでしたら、本人が希望するような物がよろしいかと。個人的には可愛らしいものですかね」
「なるほどなるほど、仕事とプライベートとの切り替えですか。良いと思います! 着る物が変われば気持ちも切り替わりますもんね! 他には何かありますかねー?」
そんなニコニコ笑顔で聞かれても、他に何かあるわけでもないしなぁ……。
第一女の子の下着に興味はあれど詳しい訳ではない。と言うか野郎で詳しい人がいたら……うん、自分は友達になれそうにないな。
「後は……そうですね。キャミソールとかいいかもしれませんね」
デザインにもよるがキャミソールならコロナでも似合うものは多分あるだろう。
中には過激なのもありそうだが、布地面積がそれなりにあったはずだし、その分デザイン種類も豊富な感じがするし……。
しかしこちらの予想に反し、目の前の店員さんはキョトンとした顔をしている。
あれ、これってもしかして……。
「あの、きゃみそーるとはどんなのでしょうか?」
(あ、やっぱり……)
この国……いや、世界か? どちらにせよキャミソール無いのか。
ブラジャーが普通にあるからキャミソールぐらいあると思ったんだけど……やっぱり物の有無の基準が良く分からないな。
「んーと、何て言えばいいんですかね。うちの地元にはあったんですけど……」
一言店員さんに断わりを入れ《
確か細い肩紐で吊るす袖が無いやつだった……はず。丈は忘れたのでとりあえず腰ぐらいまでの長さを見越して作っておいた。
「この光ってるのがそうですか?」
「あ、実際は光ってませんからね? あくまで外観だけで……」
「ふむふむ、何か下着と上着の間の子みたいな感じしますねー」
「実際似たデザインでも下着用と上着用みたいな感じで分かれてたみたいです。自分には違いがさっぱり分かりませんでしたが……」
と言うか俺はいつまで女性の下着トークを続けなければならないのだろう。
姿は見えずとも割と手の届く範囲に割といつも一緒にいる女の子が二名いると言うというのに……。
「下着なのに上着ですか?」
「その辺は自分は何とも……あれじゃないですかね。下着デザインの上着みたいな。その上に別の服羽織ってる人もいましたし」
「あー、見せブラ的な感じですか」
多分違うと思う……。
と言うかそろそろマジで勘弁してください。下着トークはそこの部屋から出れない子達相手に花咲かせて欲しいです。
「うぅん……私もこの業界でそれなりにやってますが、まだまだ下着の世界は奥深いですね……!」
いや、その同意を求めるような目で見つめないでください。肯定したらHENTAIまっしぐらにしかなりませんて。
そんなげんなりしたこちらの様子を気にすることなく魔法で作られたキャミソールもどきを観察していたが、不意にその顔がこちらへと向けられる。
その目は何か期待したような眼差しをしていて……。
「どうぞ」
「まだ何も言ってませんよ!?」
「似たような目の人を何回か見てるんですよ……。あれですよね、このアイデア貰っていいかとか作っていいかとかですよね?」
「はい! ……と言うことは」
「えぇ、ですからどうぞ。そもそもコレは自分が考えた物ではないですし」
パアッとした笑顔になった店員は『店長に話してきますー!』と言ってその場を後にした。
……接客中にひん剥いた二人を残して。
「……服、いる?」
「「お願い」します……」
◇
十数分後。
休憩スペースで三人で休んでいるところに恰幅の良い女性頭を下げながらやってきた。……後ろに大きなタンコブをこさえ涙目になっている店員を連れて。
しかもよっぽど痛かったのか、微妙に店員さんの頭が左右に揺れている。マンガならたんこぶの周囲を星が回っていることだろう。
そしてどうやらやってきた女性は店長らしい。一緒にキャミソールの話で盛り上がってたが、情報の出所を聞いた際に自分達のことが発覚。
魔王ミーシャの紹介状つきのお客を放置したのだ。そりゃ青くもなろう。
「本当に申し訳ありません。魔王様からのご紹介と言うのにこのような失礼を……」
「ごめんなさいぃ……」
半べそで頭を下げる彼女を見ては三人揃って苦笑を漏らすしか無かった。
二人の謝罪を素直に受け入れ、改めて彼女達の接客を受けることにする。
その上で彼女達がこう提案してきたのだ。
キャミソールのモデルになってくれないか、と。
形は先ほど自分が教えたのを原型とし、プロとしてデザインを追加し試作品を作り出すとのこと。
それに丁度体型的にもコロナとエルフィリアは正反対だ。二人のを作ることで得られるノウハウやインスピレーションが、彼女らにとって何よりの報酬らしい。
「もちろんタダでとは言いません。試作のキャミソールを含め、お店の商品をご用意いたします。また手紙に書かれてましたお二人のご要望も責任を持ってお受けします」
いかがでしょうか、とにこりと柔和な笑みを浮かべる
どうする?と目で二人を見るとやや困惑気味ではあったものの、報酬と二人の要望をその道のプロが責任を持ってやってくれると言うことで頷き申し出を受ける。
「ありがとうございます。それではこちらで今後のお話を……」
嬉しそうにしているコロナとエルフィリア。しかし彼女らはまだ知らない。
二日後、ホクホク笑顔で目的の物が手に入ることを。
その直後、当日も付き合わされた哀れな男性の前で下着ファッションショーが開催されることを。
羞恥と諦観が渦巻くその時の事を、三人は決して語ることは無かったと言う。
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