第258話  風の軌跡強化月間その12~修行も終わり……~


 魔都ディモンジアに数日滞在し、人王国へ戻る日がやってきた。

 ディモンジアを出るとしばらくは大きな街は無い。その為色々と買出しやらなんやらしていたら数日経っていたのだ。

 帰りの費用も稼がなきゃいけないかなと来る時は思っていたが、いざ蓋を開ければ指定依頼と公的依頼ミッションのあわせ技のお陰でそれなりに稼ぐことが出来ていた。

 コレがなければもうしばらくは滞在していたかもしれない。

 そんな事を考えながら後ろを振り返ると、視線の先には大通りの先にそびえ立つ魔王城。本当にあのお城の人達には色々と良くしてくれた。


 そんな中、その魔王城の代表者がわざわざ見送りへと来てくれていた。


「ヤマル君、それに皆も道中気をつけてね」

「はい。ミーシャさんも色々とありがとうございました」


 街門まで来てくれたミーシャに頭を下げしっかりとお礼を述べる。

 思えば彼女には最初から最後まで、文字通り終始助けてもらっていた気がする。あちらの世界に帰る前に何かしらお礼の贈り物を考えてもいい程だ。

 まぁ本人からは結婚の目処が立った事と竜の短剣の件で十二分だと言ってはくれてたものの、それでももう少し何かしてあげたいとは思う。

 そしてこちらに微笑みかけたミーシャは隣にいる未来の旦那へと顔を向けた。


「あなたもしっかりね。他国で羽目外しすぎちゃダメよ?」

「ふ、無論だとも。魔国に勇者ありと知らしめてくれよう!」


 ふはははは!と高笑いする相変わらずのブレイヴに一抹以上の不安を覚えてしまうのは仕方の無いことだろう。

 ミーシャも『何かあったら国際問題だから遠慮なく止めていい』と言ってくれたが、正直彼を止められそうなのってウルティナしかいない気がする。


「ミーシャさん、また遊びに来てもいいですか?」

「えぇ、コロナちゃん達もいつでも遊びにいらっしゃい。貴方達はある意味この国の国民なのだから、遠慮しなくていいからね」


 そう、実は自分達『風の軌跡』の四人+一匹は先日魔国の国民となった。

 正確には国籍が変わったとかではなく『名誉国民』なのだそうだ。これは簡単に言うと自分達の身分については国として最大級の保障をしますと言うものらしい。

 特典として各種お店でサービスしてくれるとかそう言う機能は残念ながら無いものの、魔国への出入りや各街や村での検査などの免除、一見さんお断りの施設の使用許可(もちろん料金は掛かる)、後は関税が掛かる物品がある場合それの免除などがある。

 恐らく魔国とやりとりしている商人が喉から手が出るほどの代物だろう。

 これが授与された経緯としてはやはり竜の短剣を魔国に納めたのが大きいらしい。調査の結果紛れも無く本物である事が証明されたため、金品よりもこうした権利を贈る事にしたそうだ。

 ちなみにブレイヴは元々この国の人なので除外。ウルティナも国に縛られたくないということで辞退していた。

 特に彼女に関していえば大戦時の経歴があるためこれで良かったのかもしれない。


「それではそろそろ出発しますね。ミーシャさんもお体に気をつけて」

「えぇ」


 にこりと笑みを浮かべた彼女はそっとこちらに近づくと「あいつがいないから多分楽になるわよ」と耳打ちをしてきた。

 それを聞き思わず軽く吹き出してしまう。見るとミーシャもこちらに釣られてか同じ様に笑っていた。


「それではお元気で! ポチ、行くよ!」

「わふ!」


 最後にもう一度だけ言葉を交わし、今度こそミーシャに背を向け街の外へと歩き出す。


「達者でな! あげたもんでなんかあれば俺に伝えてくれ!」

「あの、また今度ゆっくりお話ししましょうね……!」


 皆が思い思いにミーシャに声をかけ手を振りながら歩き出す。

 こうして魔国での冒険はゆっくりと終わりを向かえるのだった。



 ◇



 それがほぼ一ヶ月ほど前の事である。

 現在人王国へ戻り、王都まで残り数日の所までやってきていた。

 旅自体は慣れてはきているものの、やはり大なり小なり命のやり取りを伴う道中は中々気が休まらない。

 そんな日々であるのなら街道とは言え魔物に注意することは必須事項なのだが……。


「…………ぁー」

「…………」

「お、お疲れのようですね……」


 現在自分とコロナはぐったりとしていた。

 自分はカーゴを引くポチの背の上で両手両足を投げ出すようもたれ掛り、コロナは御者台で隣にいるエルフィリアの肩に頭を預けている。

 彼女の言葉の通り、現在自分とコロナは疲労の二文字が全身に纏まりついてるような顔をしていた。


「あの、お二人とも修行は順調と聞いてますけど……」

「まぁ……そうだね……」

「私もヤマルも修行自体は殆ど終わってるんだけどね……」


 そう、お互い修行自体はすでに一定の成果は出している。

 十日程前に一度皆で集まって互いの成果を披露した。

 一応勝負形式ではあるが、模擬戦については互いにやれることを出し切るしか無い点。そもそもこうして修行の成否に関わらず魔物はやってくるため、出来るようになったことは情報共有し生かそうと言うことから発表の運びとなった。

 結果は互いに順調。

 自分の新しい魔法に対し皆が感嘆の声を挙げ、コロナの新技に自分なんか度肝を抜かれたほどだ。

 これだけならば平和に終わっただろう。

 しかしそうならないのが魔女&魔王クオリティか。このまま王都に着くまで引き続き頑張ろうと言った所でブレイヴがこんなことを口にした。


『ヤマルも中々調子良さそうだな! よし、我らももう一段階先を目指すとしよう!』


 この言葉に火がついたのがウルティナだ。

 負けじと『あたし達も負けないよう三段飛ばしで行くわよー!』と返し、『ふ、ならば我らは次元を超えた先を目指すとしよう』と更に言葉を投げ返す。子供か。

 ともあれ火が着いた二人に対し止める術などなく、今までの放任主義が嘘のようにみっちりとウルティナにしごかれる運びとなった。


「こう、前に皆に見せたときとはずっと強くなってるんだろうけどね……」

「こっちもヘトヘト……」


 自分は魔法の使い方がまだまだ甘いと言うことでその辺りの技術を徹底的に叩き込まれ、更に限界まで魔法を使う・無理矢理回復するの反復練習をさせられていた。

 生活魔法で枯渇するほどのことなど今まで数えるほどしかなかったのに、あれから毎日この様な状態である。

 お陰で今日も出涸らし状態で体がだるい。魔力の最大容量が極端に少ないから回復自体が早いのはせめてもの救いか。


 対するコロナはこちらとは逆にとにかく体を動かしている。

 一も二にもともかく実戦形式なんだそうだ。

 こちらの内容としては今回覚えた技を如何にして戦い方に組み込ませるか、当てるための隙作りをどうするか、後は基礎戦闘力の向上などなど。それをすべてひっくるめた結果がブレイヴとの打ち合いである。

 流石に教える側だから突飛な行動はたまにしかしないそうだが、それでも新技を覚えたコロナをもってしても未だに一太刀も浴びせることが出来ないらしい。

 ブレイヴが言うには最初に比べかなり良くなっていると言うものの、結果が伴わないためコロナはいまいち実感が持てないとのことだった。

 そもそも自分達の中では一番体力があるコロナがヘトヘトになっている辺り、どれほど体を酷使しているか分かるといえよう。


「まぁこうして今気が抜けられるのはエルフィのお陰だけどねー」

「え、その……ありがとうございます……」


 恥ずかしそうにするエルフィリアだが、実際周囲を注意すべき自分とコロナがこうしてだれていられるのは彼女のお陰だ。

 その事についてはコロナも同じようで相づちを打ってくれている。


「だってこんな好条件の道だもんね。エルさんがいてくれて助かってるよ」


 今歩く街道は周囲に森も川も無い平野の道。

 高低差や岩陰は多少なりともあるもののそれ以外はごくごく普通の街道だ。そんな遮蔽物がない場所だからこそ、エルフィリアの新しい力が光る。


「師匠もいい魔道具持たせてくれたよね。調子どう? 何も問題ない?」

「はい、大丈夫ですよ。しっかり見えてますし」


 そう問いかけながら顔をあげエルフィリアを見ると、彼女は左目を手で押さえていた。

 これは別に怪我をしているわけではなく、現在使用中の魔道具を上手く扱うためのすべである。


「周囲に魔物の姿は無いですので、もうしばらくは安全かと」

「まるで監視衛星だよなぁ……」

「かんし……何ソレ?」

「まぁ平たく言うと高いところに浮かせて広い範囲を見るあっちの世界のやつだよ」


 無論飛ばす先は宇宙だけど、と言う言葉を飲み込み空を見上げる。

 自分の視力では分からないが、今ちょうど直上にエルフィリアの魔道具が浮いているはずだ。


 魔道具『飛遠眼フライングアイ』。ウルティナから貰ったエルフィリアの魔道具。

 彼女がネックレスの様に首から下げている珠がその魔道具だ。ビー玉よりやや一回り大きく、両端から羽が生えた意匠が施され、トドメとばかりにその珠には眼球の模様がある。

 一口に言ってしまうと羽の生えた目玉だ。ただそこまでリアリティのあるデザインではないため気味の悪さはあまり感じられない。


 そしてその効果はその名の通り使用者との視覚共有と遠距離操作だ。

 エルフィリア用に調整されたこれは魔術適正の高い彼女の素養と相成ってかなり遠くまで飛ばす事が出来る。

 飛ばすと言っても魔道具自体が飛ぶのではなく、魔力で作られた分け身が飛んでいく形だ。その為撃墜されても彼女には被害は及ばない。

 結果、とんでもない索敵能力がエルフィリアに備わった。

 元々種族特性として目の良さに定評のある彼女だが、残念ながら身体的特徴によって他のエルフより動く事が出来ない。

 その為その目が生かせる場所は彼女の視線が通る平坦な場所に限られていた。

 しかしこの魔道具により『高さ』を克服するに至る。他のエルフと違い足場が無くとも高さが得られるのはかなりのアドバンテージだ。

 そして高さを得たエルフの目がどれほどの効果を発揮するかはもはや言うまでもない。先程自分が漏らした監視衛星の例えが如実に語っている。


 欠点としては森などの遮蔽物が多いところは流石に見通せない事。

 魔道具自体が空の魔物に襲われる可能性があること。

 そして何より片目が魔道具とリンクするため、両目を開けた状態では視界がブレてまともに扱うことが出来ない事だ。

 その為エルフィリアもこれを使う際は今やっているように片目を塞ぐ体勢を取っている。


「そう言えばポチちゃんも魔道具貰ってたよね。どんなの?」

「それはまぁお楽しみかな。エルフィみたいに恒常的に使えるのじゃないからね。ねー?」

「わふ!」


 エルフィリアの魔道具を見て思い出したかのようにコロナから問いかけられるも、今はやんわりとはぐらかしておく。

 ポチも魔道具を貰いその使い方をちゃんと学んである。

 内容を知っているのは自分とエルフィリア、後は魔道具をくれたウルティナだ。

 エルフィリアの『飛遠眼』とは違い効果が限定的過ぎるのと、ポチの魔力では連続で使えるようなものではないため今の所お披露目の機会は無い。

 と言うかアレの機会があったら正直自分が物理的にピンチなので無い方が良い。

 特にコロナがいる現状ではまず使うことが無いと判断し、わざとこれだけは伏せていた。日常的に使えそうなら先の新しい魔法みたいに皆に効果を明かし情報共有するつもりではいた。


「まぁ多分コロや皆がいる時は使わないかな。でも模擬戦のときは出番ありそうだし、その時にね」

「ふぅん。それなら楽しみにしておくねー」


 そんな会話を交えつつ王都への道を順調に歩いていく。

 今日は陽気もいいし、ポチの背で寝転がってると疲れから眠気がやってくる。このままでは完全にエルフィリアとポチに任せて寝てしまいそうなので、無理矢理何か話題を持ち出すことにした。


「やっぱり最近は王都方面から来る商隊多いよね」

「うん。確かまた地震だっけ? 寄った街でも噂に聞くぐらいだからよっぽどなのかな」


 それは人王国の領地に入りしばらくしてのこと。

 街道を歩いていると対面から運送馬車や商隊がやってきた。

 それだけなら別にいつもの事なので何ら不思議ではない。こちらを物珍しそうに見るあちらはさておき、街道自体は人の往来があるのだから至って普通のことだ。

 ただ王都の方に近づくにつれその頻度が徐々に多くなっていた。

 これでもこの世界であちこち旅をしたし体感で馬車の往来の頻度も何となく分かるようになっている。そんな自分ですら多いと感じるのだから何かあったのではと思い、立ち寄った街で情報を集めた。

 結果、王都での地震が幾度と無く起こってるらしい。

 この世界での情報の信憑性は当てにならない部分はあるが、少なくとも自分達がいない間も揺れていたのは間違いないみたいだ。

 運送馬車や商隊の中には王都からの避難民が含まれているとのことである。


「レーヌは大丈夫とは言ってたけどね」

「でもあの子じゃ街の様子までちゃんと見れないよね。遠目から見る分には平気でも、実際は違うかもしれないし」

「心配ですね……」


 何というか、自分達がいない間にあの国も難儀なことになっているものだ。

 でも地震については前から気にはなっていた。

 この国の成り立ちがいつかは知らないが、少なくとも二百年以上の歴史はある。しかしそれほどの年月でも今まで地震のじの字すら無かった国だ。

 単に今までたまたま無かっただけの可能性もあるが、それにしては頻度が多い気がする。


「ヤマルの世界は地震あったんだよね。何とかできないかな?」

「さすがに自然災害はどうにもならないよ……。そりゃどうにか出来るならしてあげたいけどさ」


 しかし地震相手ではどうにもならない。

 自然災害をどうにかする個人なんて……いや、カーゴの中の人ならなんとか出来そうな気もするけど。


「まぁ何かするにしても、とにかく王都に戻ってからだね」


 一抹の不安を覚えつつも、今は王都への帰路を進むだけだった。



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