第253話 風の軌跡強化月間その10~繋ぐモノ~


 あてがわれた部屋でポチと共に朝食を取り終えドルンやコロナが待つ魔王城の中庭へと向かう。

 ただ魔王城についてまだ詳しくない為、中庭への行き方が分からなかった。

 そこで侍女の人に案内をお願いし、彼女の後を追う形で現在廊下を歩いている。


「お疲れ様です!」

「あ、お、お疲れ様です……!」


 ビシリと背筋を伸ばし敬礼をする魔族の兵士と思しき人に頭を下げつつその横を通り過ぎる。

 魔王城にはもう何回か訪れてはいるが、一度目の時はこの様な反応は無かった。

 しかし今日は通りがかる魔王城のスタッフ、先程の様な兵士、果てはちょっと立場の偉そうな人までがこちらに敬意を払うような態度を取っている。

 ……褒められるのは悪い気分ではない。こそばゆいが心地よさもある。

 しかしそれ以上にあるのが戸惑いだ。


「皆、貴方様に感謝しておられるのですよ。無論私もです」


 何となしに侍女の人に訊ねるとそのような答えが返ってくる。

 理由としてはまぁ案の定と言うかブレイヴ案件だ。

 あの四天王と紹介されたお偉方だけではなく、そこを起点として末端に至るまで色々と不都合が生じていたのだろう。

 そんな中、十数日とは言えおとずれた平和な時間。

 もちろん犯罪者などはどこにでもいるが、良くも悪くもそれらは対処可能な案件である。

 突飛な行動と被害で予想外の結果をもたらすことの無いその部分だけでも精神的に軽減しているとのことだった。

 しかしあの人は本当にこれまでどれだけの事をやらかしていたのだろう……。


 そんなこんなで歩くことしばし。カーゴが置いてある中庭の一角に辿り着く。

 視線の先にはコロナとドルンが何やら話し合っているところだった。 


「おはよ」

「おぅ、起きたか」

「あ、ヤマルおはよー!」


 軽く手を上げつつ近づいていくと向こうも気付いたようだ。二人ともゆっくり出来たのか、昨日の朝に比べて顔色はかなり良い。

 特にドルンはほぼ工房に缶詰状態だったため今回は無理矢理にでも休養は取らせた。いくら頑丈なドワーフの体とは言え限度はある。

 そして万全な体調に戻ったドルンが早速とばかりにこちらに詰め寄ってきた。


「来て早々悪いがカーゴ開けてくれ。休んだ分仕事はしっかりこなしたい」

「休むのも仕事の内だと思うけど……まぁ今は気が急いちゃうか」

「あぁ、難航はしているがじっとはしてられんからな」


 ここに着くまでのドルンの進捗だが、今の言葉通り予想以上に難航しているらしい。

 竜の素材単品での加工はあらかた出来るようになったとのことだが、やはり新しい合金の開発に四苦八苦しているようだ。

 ……なお知識と製法の両方込みで、目の前のドワーフが現状唯一の竜武具を加工できる人材である。

 それだけでも難航どころか偉業ではあるのだが、打ち立てた目標に届いていないと言う一点だけでまだまだとのことだった。


「とりあえずカーゴを開けるね」


 カーゴに向け手をかざすといつも通り光のコンソールが現れる。

 もはや慣れた手つきで操作するとカーゴが少しだけ浮かび、そして右側のドアが開かれる。


(視線が痛い……)


 そして背後の侍女を含む中庭にいた魔族達から注がれる視線。

 彼らからしてもやはりカーゴは異質なのだろう。特に宙に浮くコンソールなんか完全にオーパーツだ。いや、そもそも宙に浮く荷台自体が明らかにおかしいんだけど。

 視線は気になるが自分としては放っておくしかない。原理を聞かれたところで古代の遺物だからさっぱり分からないんだし。


「あぁ、そうだ。ヤマル、ちっと工房で話がある。いいか?」

「うん、おっけー。コロは今からどうする?」

「んー……エルさんの様子見てこようかな。そろそろ起こしてもいいと思うし」


 確かにもういい加減起きなきゃいけない時間だろう。

 スマホを見ても九時はとっくに過ぎている。さすがにこれ以上は寝すぎだ。


「了解。それじゃそっちはよろしくね」


 手を振って城へ戻るコロナを見送り、こちらもカーゴに……っと。

 いけないいけない、その前にやることがあった。


「すいません、ここから先はちょっと……」


 傍に控えている侍女の人にこの中で作業をする旨を告げる。

 なのでこちらの方はしばらくいいから他のとこに行ってあげてと伝えるも、彼女は小さく首を横に振った。


「分かりました。それではこちらでお待ちしています」

「……あの、ここでですか?」


 魔王城の中庭ではあるが、ここは主に馬車を置く一角だ。

 同じ中庭でも散策などに使うような場所ではないためこの近くには座る場所すらない。


「終わったら呼びにいきますからどこかで休んでもらってても……」

「いえ、問題ありません。こう見えても丈夫ですので」


 いえ、待たせてることに罪悪感があるんです。

 でも彼女の言い分も分からないでもない。恩人みたいな扱いは受けてるものの、魔王城は機密だってたくさん抱えてるだろう。

 そんな中、他国の人間を一人にさせたくないのも理解できる話だ。

 現にドルン付きの侍女はカーゴのそばで微動だにすらしていないし、コロナ付きの侍女は一緒に城へと戻っていった。


「うーん……」


 だからと言って表で立たせたまま待たせるのは良心がチクチクと痛む。それが彼女らの仕事と分かっていてもだ。

 なのでせめて……と思ったことを言う前にちらりと意見を伺うようにドルンを見る。彼もこちらの言いたい事が何となく分かったのか「まぁいいんじゃないか?」みたいな表情を返してくれた。


「えっと、ではこの中で待ってもらえますか。そちらの方もご一緒に」


 こちらの提案に二人の侍女が目をぱちくりとさせる。

 まさか中に入れてもらえるとは思っていなかったんだろう。自分だって入れるつもりは無かった。

 ただ外で立たせるぐらいならカーゴ内の椅子で待ってもらってた方が気分的にずっと楽だ。


 とりあえず話が纏まったところでドルンが中に入り、続けて二人を案内する。

 カーゴの内装を物珍しげに見ている彼女らに椅子に座って待ってもらうようお願いをしておいた。

 先に入ったはずのドルンがいないことを訊ねられたが、そこは企業秘密と言うことで誤魔化しておく。


「とりあえず用事が終われば自分はここから出てきます。ドルンは……上手く行けばお昼の時間には出てくるでしょうが、もしかしたらずっと出てこないかもしれません」


 特に彼の侍女には日中の対応は何かしら考えた方が良いと言い、自分も《門》の中へと入る。

 すでに見慣れたいつも通りのウルティナの別荘。ドルンに宛がわれた工房へ向かい中に入ると、以前とは結構様変わりしていた。


「……あれ、道具変えた?」


 ドルンの鍛冶仕事はこれまでに何度も見ている。だから素人の自分でもその違いに気付けた。

 彼の使う鍛冶道具や金床、炉もいつもと違う感じがしたのだ。どう変わったかと言えば上手く言えないのだが……。


「あぁ、合金はまだだが先んじて仕事道具には手を入れさせてもらった。つってもほぼ削りだしとかだけどな」

「……てことはもしかしてこれ」


 こちらの考えを肯定するかのように、ドルンがニヤリと笑みを浮かべる。

 つまりそう言うことなのだろう。あの金槌も、床にある金床もすべて『竜の素材』で出来ていると言うことだ。


「材料は有限だがこればっかりは外せねぇ。何せ扱う素材が素材だ。生半可な道具じゃそっちが先にオシャカになっちまう」

「まぁ……そうだね。それにしても……」


 見事に揃えたもんだと感心する。いや、ドルンが言っていることは分かるしそれが正しいのも理解している。

 それでも本来ならどれも一つが国宝に指定されてもおかしくない代物だ。何せ素材をそのまま縛ったような短剣が宝物庫に安置されているレベルである。

 加工済みの道具がここまで揃っているのを見ると、価値が分かる人が見れば卒倒してしまうんじゃないだろうか。


「まぁ全部が全部竜の素材じゃねぇけどな。ほれ、例えばここは前のをそのまま使ってるだろ?」


 そう言ってドルンは手近にあった金槌……いや、金属じゃないから竜槌か? ともあれそれを持ち上げ柄の部分を見せてくれた。

 確かにドルンの言うように、持ち手の部分は随分と年季が入っている。それに比べ先端部分は形そのままに竜の骨を使ったとのこと。

 金床も土台はそのままだし、炉も全部ではなく内張りに使用したそうだ。


「すごいなぁ……」


 それでも思わず感嘆の声が漏れる。

 正しい価値が分かる程、目が肥えているわけじゃない。

 でもそんな素人にすらこの道具の良さが感じて取れる。そう思わせてくれる品々だった。


「むしろこれをしなきゃなんもできねぇからなぁ」

「今後竜武具作る人が聞いたら顔青くしそうだよね」


 ちげぇねぇ、とドルンは快活に笑うも、すぐにその表情は真面目な職人の表情へと変わる。


「さて、ヤマルを呼んだ理由だが」

「まぁ合金のことだよね」


 あぁ、とドルンが腕を組み室内から各種素材を集めテーブルの上に置く。

 置かれた素材は見覚えのある竜の素材や鉄や鋼。しかし中には見覚えの無い鉱石もあった。

 なんだろう、他の石に比べ質が違う感じがする。


「これは?」

「どれも魔女様の私物だ。今回のために使っていいと貰ったものだ」


 なお竜素材ほどではないにしろどれも無茶苦茶希少で高価な物だと付け加えられた。

 鉱石に関してはピンとこなかったが、ドルンが『俺や親父でも扱った回数は数えるほどだ』と言えば納得するしかない。


「竜素材とこれらを合わせ新しい合金にする。最終目標になんら変わりはねぇ。だがうまくいかねぇからヤマルの意見をちっと聞かせてくれ」

「そりゃ構わないけど……ドルンに分からない様な鍛冶内容なんて俺絶対持ってないよ? 向こうの世界の鍛冶技術も知ってるわけじゃないし」

「あぁ、それで構わねぇ。素人視点からでも何かあるかもしれねぇからな、気楽にやってくれりゃいい」


 それなら、と言うことでドルンから現状の詳しい話を聞く。

 それによるとやはり竜素材と各種鉱石が上手く混ざらないそうだ。専門家の目から言うと、どうも竜素材の方が強く拒んでるような感覚らしい。


「うーん……そもそも生物素材と鉱石が相性悪いとかかなぁ。間に何か噛ませる?」

「つなぎか。そっちも一応考えたんだが竜素材に合わせられるモンとなるとな」

「理想としてはどういうのが良さそうなの?」

「竜素材に負けねぇ強さが第一だな。その上で尖って無いのが良い」

「尖って? 丸いやつとか?」


 ちげぇちげぇ、とドルンは苦笑しつつ言葉を訂正する。


「物の質って言えばいいか……。竜の素材は尖ってる感じなんだよ。それらに合わせれるような優しい素材っつー感じか」

「感覚的だね。とは言えこれで食ってる専門家の感覚は無視出来ないし……。竜素材って角と爪、後は骨だっけ」

「それと牙だな。こっちはどれも強力な反面主張が激しいっつー感じだ。それらに合わせれる同等のモンとなると……」

「んー、どれも攻撃性高そうだよね。そもそもあの種族に守るためだけの部位なんて……」


 鱗ぐらいなんじゃない、と口に出そうとしたところでふと気付く。

 机の上に乗っている竜の素材。端材とは言え持ち帰ったのを全種乗せたそれらを確認すれば、一つ足りないものがある。

 ドラゴンにとってある意味優しく、守るためにあり、そして不要となるもの。


「……ドルン、卵の殻は?」


 カレドラが住まう遺跡でたまたま見つけ今回持ち帰った竜の卵の殻。あれも確かドルンに手渡していたはずだ。

 実際持ち帰る際に荷物の中にあったのはこの目で見ているし覚えている。

 しかしテーブルの上にそれが無い。まさかドルンが無くすとも思えないが……。

 

「それだぁッ!! クソ、武器向きじゃねぇから完全見落としてた……バカか俺は!!」


 たっぷり五秒ほど固まった後、こちらに指を指し大声と共にバタバタと部屋の隅へと走るドルン。

 そこにはまだ未使用の素材らが山積みになっており、それらに隠れるように卵の殻も置いてあった。

 山積み竜の素材も大概だが、それを割と雑に扱う光景は本当に分かる人が見れば泡吹いてぶっ倒れそうな光景である。

 や、竜の素材があの程度で質が落ちるとは思わないけど……。


「ドルン、別にそれが正解って訳でも……」

「いや、試す価値はある! つーか俺の勘がこれだって言ってんだ!」


 何か無茶苦茶テンションが上がっていた。

 自分で言っておいてアレだが失敗したときの落差考えると怖いなぁ……でもこれ以上口も水もさせない雰囲気だし。


「よっしゃ、気合入れてやってみるか! 期待して待ってろよ!」

「あ、うん。ドルンなら何も心配してないよ。でもご飯とかにはなるべく顔を出してね。最低限表の侍女さんには声掛けてあげて」

「おう!」


 元気よく返事をするがどこまで守ってくれるかは不安だ。

 しかし自分の旅に付き合うようになってからのドルンは、これまでは開発や製造よりメンテナンスを中心にやっていた。

 それがここに来て竜の素材という垂涎物の材料にウルティナのサポート、おまけに専用の工房付きで旅をしながら製造が出来る。

 しかもその武器は使い手であるコロナの意向は汲むものの、割と自由に造らせてくれるし身内だから相談もしやすい。

 こんな状況と環境が整った状態で我慢しろと言うのは酷だろう。

 それにドルンはあれこれ口を出すより自由にさせた方が良い仕事をするタイプだと思う。日本ではこの様なタイプは足並みを乱すから煙たがられるが、環境が整えば勝手に爆走し結果だけ持って帰ってくる。

 とりあえず現状はちょくちょく様子を見に来る程度で良さそうだ。


「それじゃ後で様子は見に来るから一旦戻るね。ドルンも集中したいだろうし」

「そうだな。卵の殻こいつの結果がわかんねぇと気になって仕方ねぇからな」


 ドルンの言葉に了解、と軽く頷き工房を後にしようと入り口に歩を進める。

 するとドルンが何かを思い出したらしく、ちょっと待てと声が掛かった。


「どしたの?」

「合金の件もあったがもう一つ用事があってな。危うく忘れるところだった」


 そう言ってドルンが工房の一角から何かを持ってくる。

 その手渡された物を見ては思わず怪訝な顔をしてしまった。


「……これって」

「あぁ、風の軌跡おれたちからの贈り物だ」


 どこかウルティナを連想させるような笑みを浮かべ、任せたぞとこちらの肩を叩くドルンだった。


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