第254話 風の軌跡強化月間その11~献上品~


「すいません、無理言ってしまったみたいで」

「いえ、魔王様が問題無いと判断されたことです。フルカド様が気に病む必要はありません」


 侍女に連れられやってきたのは魔王城の中心部。

 ここに来た理由はミーシャに用事が出来たからだ。

 もちろん用事と言っても火急の件ではない。今日は仕事と聞いていたから時間がある時に済む程度だ。

 侍女の人にそれを伝えたところ、彼女は手早く確認とアポイントメントを取ってきてくれた。

 今なら少しの間なら大丈夫とのことで、こうしてミーシャがいると言う大会議室へ続く通路を歩いている。

 歩きながら周囲の様子を見ると、開放されている図書館や中庭とは違い、この区画は主に国務関連の仕事をする人達が行き交っていた。


(日本で言えば国会議事堂あたりかなぁ……そりゃ魔王城だもんなぁ……)


 目にする魔族もどこか知的な雰囲気を漂わせている気がする。

 何というか自分の場違い感が物凄かった。種族的に違うと言うのもあるが、それ以上にこんなエリート集団の仕事場に足を踏み入れてよかったのかという肩身の狭さを感じてしまう。

 ただやはりと言うか何と言うか……。


「お疲れ様です!」

「あ、お疲れ様です」


 そんな人達がまるで恩人を見るかのような目で朗らかに挨拶をしてくるのだ。

 自分、そんな大層な事してないです。ブレイヴを連れて行ったのも目的あってのことだったのでマジで気にしなくて良いんです。

 なんだろう。このいたたまれなさは。


「フルカド様、あちらでございます」


 そんなことを考えていたらどうやら目的の場所に着いたらしい。

 観音開きの扉の左右には豪奢な鎧を身に纏った魔族の兵士が二名。この中に入ることなかれ、と言う雰囲気がびしびしと伝わってくる。


「それでは確認を取って参ります。少々お待ち下さい」


 こちらに一礼し、兵士にニ、三言話すと彼女は室内へ入っていった。

 そして待つことしばし。

 大会議室の扉が開かれ、中に入るよう兵士に促される。

 指示に従い彼らに頭を下げ室内に入ると、広々とした空間が目の前に広がっていた。

 先ほど魔王城を国会議事堂と表したが、ここはさながら本会議場を彷彿とさせる。

 ただし広さに反して中にいる人はごく少数。空席が目立つどころか、まばらに人が座っている程度しか人数がいなかった。

 そのせいか少しだけ寂しげな雰囲気を感じてしまう。


 だがそれ以上に感じたのがこの場の空気の重さだ。

 一歩部屋に入った瞬間から腹の奥にのし掛かるような重み。何故こうなったのかは知らないが、少なくともこうなるぐらいの内容が話し合われていたのだろう。

 見ればお偉方でもあるストマクスら四天王の姿もあった。

 この空気の中、皆突然の来訪者に一斉に目を向けてくる。別に何も悪い事はしていないのに思わず後ずさってしまった。


「あ、ヤマル君だ。どしたのー?」


 そんな居心地の悪さをまるで消すかのような、いつも通りのウルティナの明るい声。

 何故か中央に陣取っていた彼女はこちらを見るなり軽く手を振っていた。その姿を見て幾分か心が軽くなったのを感じるあたり、思った以上に彼らからのプレッシャーを受けていたのだろう。

 事実、先程まで緊張していた空気が幾分か和らいでいる。

 その事に内心ほっと息を吐き、改めてミーシャへと向き直った。


「ちょっとミー……魔王様にお渡ししたいものが」


 危ない危ない、危うくいつも通り名前で呼ぶ所だった。

 今この場にいるのは魔王としてのミーシャだ。公私は分けねばならない。

 それに自分も魔王としてのミーシャに用事があったのだから。


「えぇ、こちらに来ることは伺っていました。それで私に渡したいものですか?」


 対するミーシャも完全に外向け魔王モードの対応だ。

 彼女の問いかけに頷き、持ってきた物を前面に出す。


「本来なら魔王様に直接渡すべきではないのでしょうが、物が物だけにこうして伺わせていただきました。人王国冒険者パーティー【風の軌跡】から魔国への献上品になります」


 手に持っているのは布にくるまれたとある一品。本来であればこのような物は失礼がないようもっと綺麗に包装して然るべきだろうが、今用意出来るのがこれしか無かった。

 まぁその辺りは寛大な心で目を瞑ってもらいたい。それに中身が中身だけに、包装した所で確実に負けるだろうし。


「魔国への献上品ですか。我々も見ても?」

「えぇ、皆様でご確認下さい」


 ストマクスの問いかけに頷き返す。

 言葉通りこれは魔国への献上品である。ミーシャに問い合わせたのは彼女と顔見知りであり、国の偉い人の中で一番身近な人だったからだ。

 自分がミーシャに近づくと同じくして、周囲の人もこちらへと寄ってくる。

 そして両手で大事そうにそれを差し出すと、ミーシャもゆっくりとした手つきで受け取った。


「開けても?」

「えぇ、どうぞ」


 こちらの返事に合わせミーシャが周囲に目配せをする。

 他の面々も目線で頷き返すと渡されたものが包まれている布をゆっくりと剥がし始めた。

 そして中から出てきたのは一振りの短剣である。

 刃渡り三十センチほどのやや無骨とも思えるデザイン。刀身は見えないものの、鞘も柄の部分も装飾は施しておらず、献上品と言うより実践的な武器と言った風体だ。

 パッと見だけならその辺りの街の武器屋で売られてるような市販品のようにも見える。


「これは……」


 しかしここは魔国であり、それもこの場にはミーシャをはじめ四天王の人もいる。

 見覚えの無い人も半数いるが、この面々から察するに恐らく要職の人。つまりどの人も『目の肥えた』人達だ。

 ただの短剣でないことはすぐに分かったようでなにやら不思議そうな物を見るかのような表情をしていた。


「ドワーフの村ドノヴァンの息子、今は風の軌跡に所属してくれているドルンが作製した竜の牙から削りだして加工した短剣です。お納めください」


 その言葉にある者は息を飲み、またある者は信じられないとばかりに顔をあげこちらを見る。

 そうなるのも無理も無い事。何せこれは現在存在する全ての武器の中で最も攻撃力を持つ一振りだろう。

 同素材の武器はここの宝物庫にもあるようだが、それらは素材を取り付けただけの代物。もちろんそれだけでも十二分な攻撃力は備わっているものの、こちらは完全に武器の形状をしている。

 どちらの攻撃力が上か、と問われようとも答えは聞くまでも無いだろう。

 それにこの短剣が意味するところは『世界最強』だけではない。

 竜の素材を加工できる人材がいる。

 ある意味これを成したドルンは目の前の短剣以上に価値のある人物に見なされるはずだ。


「……それは本当かね? これは紛れも無く本物の竜の牙の短剣だと、君はそう言うのかね?」

「はい。何でしたらお好きに調べていただいても構いません。ただし冗談も誇張も抜きでそれはとても良く斬れますので取り扱いは慎重にお願いします。あ、鞘は竜の骨で作ったそうなので、武器を納めている限りは大丈夫とのことです」


 調べていたら指がすぱりと切り落ちた、なんてことがあった日には目も当ててられない。

 希少性もだが相応に危険性もある一品だ。注意しすぎるに越したことはないだろう。


「ヤマル君、その……これを魔国に献上してくれるのは嬉しいけど良いの? 価値がある、で済まされるものじゃないのよ?」

「そうだな……むしろ何か欲しい見返りがあると言うほうが逆にスッキリする。君には感謝はしているがここまでしてもらうと逆に何かあるのではと勘ぐってしまうぞ」


 若干口調が普段通りになっているミーシャに、少し不審な視線を送ってくる……えーと、四天王のノウヘイヤさんだったかな。

 ともあれ彼らの疑念は最もなので予め考えておいた理由を述べることにする。


「はい、今回ブレイヴさんに魔王様のお力もあって自分が望んでいた物が手に入りました。まず最初の理由としてはそのお礼を兼ねています」


 現在竜の素材が注目されているが、そもそもカレドラのところに行ったのは自分の召喚石を完成させるためだ。

 その為に現魔王であるミーシャ、それに現状つまはじき状態とは言え元魔王のブレイヴの二人が着いて来てくれることになった。

 二人に関しては国としての思惑もあっただろうが、それでもこの二人の価値は魔国としては間違いなく高い。

 だからこそお礼だ。俗っぽく言えばレンタル料とでも言えばいいだろうか。


「そして手に入れた竜の素材の場所ですね。物はカレドラさん……えぇと、今もいる竜から受け取りましたが、あそこは領土としては魔国になります。遺跡などで手に入れたものは基本冒険者の所有物になると言う規定はありますが、流石に物が物なので何らかの形で還元しておくべきだと判断いたしました」


 魔族の人がそうそう手が出せない場所とは言え、他国所属の自分達が竜の素材を手に入れて丸ごと持ち帰る。

 道理は通ってるし法的にも何ら問題は無い。

 しかしそれを納得し感情的にならない人材は果たして何人いるだろうか。『自分達の国の希少な資源を他国に丸ごと持ち出した』なんて思う人がいても不思議ではない。


 だからこそのこの竜の短剣だ。

 目に見える形で希少品として国へと献上する。そうすることで自分達は魔国に対し協力的ですよとアピールするわけだ。

 目の前にいるミーシャをはじめ、四天王の人達も友好的だがそうでない人もいるだろう。

 この一品はそういった人らに対する分かりやすいけん制も兼ねている。


 

 いや、もちろん建前ではあるけど魔国の人達に関しては感謝はしているし本心でもあるからその点は何も間違っていない。

 だけど別な理由も含まれていた。それも私的な理由だ。


(流石に試作品と言うのは黙っておくべきだよね……。まぁ削り加工のだから試作でもなんら遜色ないだろうけど)


 竜の短剣を作った私的な理由としてドルンの経験を積ませたかったという理由がある。

 熟練で一流の鍛冶師のドルンとは言え、竜の素材を扱うのは初の試みだ。

 それに彼の鍛冶道具も相応に新調された。素材と仕事道具、両面の観点からドルン自身に慣れさせたいと言う思惑が常にあった。

 今後作製する自分達の武具をより完璧にするために。


「……分かりました。それではこちらは確かに受け取ります。ハダック、大丈夫でしょうが念のために鑑定をお願いします」

「は!」


 ミーシャの判断については信頼されていないわけではなく、分かりやすく真偽をはっきりさせておきたいと言う心情が読み取れた。

 そもそも彼女はその目でドルンが素材を切り取るシーンを見ているわけだ。技術的な部分も含め疑ってはいないが他の人はそういうわけにはいかない。

 今後のためにも真偽を明確にしておくのは当然だと思う。


「ヤマル君……いえ、風の軌跡の皆様には何らかの形で応じねばなりませんね」

「いえ、先も述べたとおりこちらとしてはすでに頂いております。お心遣いはとても嬉しいですが、それ以上は……」

「……そうですか。でもこちらとしても貰い過ぎと言う感は否めません。国として相応の処置を検討させていただきたいと思います。皆さんもよろしいですね」


 ミーシャの言葉にこの場にいる魔族全員が頷き肯定の意を示した。

 その様子に何とか無事受け渡しが完了したことに内心胸を撫で下ろす。



 ……なお彼女が言った『相応の処置』の本当の意味を知るのはもう少し後になってのことであった。




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