第252話 風の軌跡強化月間その9~歓迎の裏で~


 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピ。


「ん~……ふぁ……あふ」


 枕元においてあるスマホに手を伸ばし欠伸一つかみ締めつつゆっくりとまぶたを開ける。

 寝ている間にうつ伏せになったのか、目の前には真っ白なシーツ。

 そう、である。


「…………」


 ゆっくりと体を起こし、軽く腕を回しながら部屋を見渡す。

 天蓋付きの広々としたベッド。正直一人で……正確には一人と一匹で寝るには広すぎると思っていたベッドから見えるのは、そのベッドを置いてもまだ余裕のある広々とした室内。

 上等な調度類が飾られた部屋を見渡し、寝ぼけた頭が徐々に昨日のことを思い出させる。


(あー、そっか。魔王城だったっけ)


 そう、ここは魔王城の来賓用の一室。

 本来であれば貴賓として招かれた人らが使うこの場所を、贅沢にも自分一人で使用している。

 確かコロナ達も同じ様な部屋で過ごしているはずだ。


 何故この様なことになったかといえば、それは自分らがあの四天王のお偉方にとても感謝されたからだ。

 依頼としてブレイヴを連れカレドラの下へ旅立った。そして予定よりもオーバーした日数が掛かったのだが、その間このディモンジアは平和そのものだったらしい。

 問題を起こし仕事を増やすブレイヴの不在。それにより本来割かれていた人員を他に回す、もしくは休暇へと宛がうことができた。

 お陰で溜まっていた仕事も片付き休みも取れて万々歳。しかも予定の日付を過ぎても戻ってこないではないか。

 これ幸いにとばかりに彼らもハメを外し(それでも常識の範囲内のことだったが)、英気を養う事が出来たそうだ。


 久しぶりに日が落ちる前に仕事が終わった。

 家族を連れて外食が出来た。

 仕事仲間と飲み会なんていつぶりぐらいだろう。


 何となく日本のブラックサラリーマンを連想させるような感謝を受け、お礼とばかりに魔王城で歓迎させて欲しい申し出を受けたのだ。

 その夜は豪勢な料理に舌鼓を打ち、こうして広々とした部屋が宛がわれた。


(そう言えば大浴場もあるんだっけ)


 昨日は疲れから部屋に備え付けのシャワーで済ませたが、ミーシャがここには広々とした大浴場があると言っていた。

 人王国に出るまでは魔王城に滞在しても良いとお達しを受けているし、今日は是非とも使わせてもらおう。

 足を伸ばせるぐらい大きい浴場は滅多にない。日本にいた頃はそこまで大きなお風呂に固執してなかったが、いざ無くなると入りたくなるのは人の性だろうか。


「んー……! ポチ、起きてるー?」

「わふっ」


 身体を伸ばしながらポチを呼ぶともぞもぞと布団の一部が蠢いているのが見えた。

 普段ならすぐに顔を出すポチも、この大きさのベッドでは外に出るのも一苦労のようだ。


(とりあえず着替え……うわ、着るの憚れるな)


 お城の侍女の人に洗濯を任せた結果、何と言うか綺麗に仕上がった自分の普段着に思わず二の足を踏む。

 ピシッと折りたたまれた自分の服は、何と言えばいいだろうか。料理で言うと『盛り付けを崩すのが勿体無い』と言う感覚に似ているかもしれない。

 もちろん侍女の人達からすればこのような事は出来て当たり前、これで食べていってるプロなのだから気にするなときっと言うだろう。

 事実これに着替えるしか無いのだが何というか広げるのに勇気がいるな……。


「わふ?」

「あぁ、ごめん。なんでもないよ」


 ベッドから這い出たポチになんとなく急かされた気分になり自分の服に手早く袖を通す。

 なんだろうなぁ、清潔感の香りとでも言うのか。自分の服だと言うのに体感五割増しぐらいで快適な気がする。


(後は……と)


 流石貴賓室。洗面台も鏡もある。ビバ、文明の利器!

 普段よりも快適に身支度を整え終えた。普段は《軽光》魔法の枠に水を張った水鏡を(女性陣の要望により強制的に)使用している分、手間も時間も掛からない。

 最後におかしなところが無いかチェックをし部屋を出ると、魔族の侍女が出迎えてくれた。


「おはようございます。よく眠れましたでしょうか」

「あ、はい。久しぶりにゆっくりできました」


 ちなみにこの人は昨日ミーシャの命でここにいる間世話をしてくれる人だ。本当に至れり尽くせりである。

 自分以外の面々にも同じ様に侍女一人ずつ付いている。


「他の皆は……?」

「はい。コロナ様とドルン様は中庭に、エルフィリア様はまだお部屋のようです。ミーシャ様は本日より通常業務へ、ウルティナ様とブレイヴ様もご一緒のようです」

「そっか、ありがとう」


 うーん、侍女なんてついたことないから偉そうにしてるようで何か落ち着かない。

 ともあれ彼女に礼を告げ今後の予定を頭の中で組み上げる。

 とりあえずミーシャ達三人は何か魔国での仕事があるのだろう。ブレイヴとウルティナが一緒なのが気になるが、流石に国の政治に関して口を挟むつもりはさらさら無い。

 それに現状特に用事があるわけでもなし。なら仕事を邪魔しないよう彼女達についてはとりあえず何かしらアクションがあるまで保留にする。

 エルフィリアは部屋との事なので寝ているのかもしれない。彼女も旅慣れをしてきたとは言え久方振りのちゃんとした寝室だ。疲れてるかもしれないし放っておこう。

 となると残りはコロナとドルンか……。そう言えば中庭の馬車置き場にカーゴを停めさせてもらっていた。

 ウルティナ別荘の鍛冶場はカーゴ経由でいけるが、現在カーゴは施錠がしてある。そして鍵を開けれるのが自分だけだ。

 ……あれ、もしかして起きるまで待たせてたんじゃ……。


「フルカド様。お連れ様からご伝言を承っております。『朝食後に中庭に来て欲しい。急がなくて良いから』とのことです。ご朝食にされますか」

「そうですね、お願いできますか?」

「畏まりました。室内でよろしいでしょうか」

「えぇ、それでお願いします」


 では少々お待ちを、と頭を下げ去っていく彼女を見送り、一度室内へと戻る。

 とりあえず食べ終えたらすぐ中庭向かわないとなー、と思い室内の椅子でゆっくり待つことにした。



 ◇



「お待たせ、早速始めましょう。不在時の報告は?」

「はい、こちらにまとめております」

「火急の件は何かあるかしら」

「いえ。ここ十数日は皆様のお力で順調に回っておりました」

「そう、ありがと。書類はデスクに置いておいてね」


 魔王城の大会議室へと続く廊下。

 道すがら秘書とのやり取りを済ませ、一路皆が待っている部屋へと歩みを進める。


「おー、ちゃんと魔王様やってるわねー」

「ふむ、ミーシャのやり方はそんな感じか。我の時はあまり無かった光景であるな」


 後ろを歩くウルティナとブレイヴから今のやり取りの感想が聞こえた。

 ……何故自分はこの二人を伴って歩いているのだろう。いえ、理由は知っているんだけど普段いない人と絶対いない人が歩いていることに違和感が拭えない。

 片や二百年前の宿敵でもあるウルティナ、片や目下国の中枢の頭痛の種であるブレイヴ。

 ある程度年齢のいった長命の魔族であれば二人の顔も知っているだけに、ここに来るまでにすれ違った兵や職員らが何度も振り向いていた。

 そして彼らは何も言わずに去っていく。言ったところで何かが変わるわけでも無いし、そもそもこの二人とまともに相対出来る人材が果たして何人いるだろう。


「あの、本当に大事な事なのよね?」

「うむ。今すぐどうにかなる問題ではないが、いつ事が起こるか分からぬ事態ではある。こう言う情報はまずはトップの頭に入れておくべきだろう」

「ミーちゃんとマー君のネームバリューが大きいから助かったわー」

「それはまぁ、二人が揃って話し合いがしたいなんていうから……」


 本来今日は通常業務で不在中に溜まったものの処理を行う予定だった。

 しかしこの二人の呼びかけにより緊急会議が開かれることになった。それも自分現魔王含め呼ばれたのは軍事や内政を司る国の中枢にいる少数。

 普通ならもっと精査するところだが、人王国の魔女ウルティナと元災厄の魔王であるマティアスとしての召集要求だ。普段ちゃらんぽらんな部分もあるブレイヴだが、自分の名を出す以上はよっぽどのことなのだろう。

 こうして急遽、朝一で緊急会議が行われることになった。


(変なことじゃなきゃ良いけど……)


 不安に思うのは真面目な部分とおふざけの部分のどっちかが分からないというのもある。

 流石に今回は前者であると思うが、後者だったらとりあえずブレイヴを三発叩いて皆に即頭を下げさせようと心に誓う。

 そんなことを考えていたら大会議室の扉の前までやってきていた。扉の両隣に控える近衛兵がこちらに対し敬礼を行う。


「ご苦労様です」

「うむ、ご苦労」

「お仕事しっかりねー」


 何故貴方達まで……と言う言葉を飲み込み、近衛兵によって開けられた扉を潜ると開けた大会議室が姿を現した。

 中央にある議長席をぐるりと取り囲むように扇状に席が設けられた室内。ざっと見ても百人以上座れる席があると言うのに、すでにいるメンバーがぽつりぽつりと見えるのみ。

 それもそのはず。今回召集したメンバーは自分達含めたった十数名。そしてその殆どがすでに集まっているようだった。

 ストマクス、ノウヘイヤ、ハダック、ネレン……どの人材も現在の魔国になくてはならない人物だ。

 そして長年この国を支えてきたのもまた彼らであり、自分と一緒に入ってきた人物に見覚えがあるのだろう。何人かが目を見開きまるで相対するかのように慌てて席を立つ。


「げぇっ、人王国の性悪魔女!?」

「はろー、皆ひっさしぶりー! と言っても殆ど覚えてないけどねー」


 驚愕の表情を浮かべる彼らを見ては満足そうな笑みを浮かべるウルティナの姿。

 驚く彼らに手早く説明し、やや離れた席にブレイヴとウルティナを座らせる。


「さてと……急な召集でしたが来てくれてありがとう。まぁ皆も何となく嫌な予感はしてるでしょうけど、今日集まってもらったのはこの二人から皆に話したい事があるからなの」


 議長代わりにと皆の前に立ち話を進めるが空気が重い。むしろ物凄い疑念に満ちた視線を送られている。

 召集したのは自身の名の下であったが、中身が彼らとすれば無理もないことかもしれない。


「色々言いたい事もあるでしょうけど今は我慢してね。変な内容だったら私も協力するから」

「あらあら、何を協力するのかしらねー」


 とりあえずブレイヴをしばくことですよ、とは心の中に留めさっさと本題に入ることにする。


「それでは早速……えぇと、どちらが?」

「あたしから話すわねー。はい、皆さんちゅーもーく!」


 席を立ちパンパンと手を叩きながら壇上へを進むウルティナ。

 議長席を一旦譲るととても満足げな笑みで室内を見渡す。まるでこの席からの風景を満喫しているようだった。

 そう言えばこの少数にもかかわらずこの大会議室を指定してきたのは彼女だった。

 もしかしてこれだけのために……と言う考えが頭を過ぎるも、これ以上は考えるだけ無駄と思いなおし即座にそれを脳内から除外する。

 

「さてさて、はじめましての方ははじめまして。そうでない方はお久しぶりでございます。あたしの名はウルティナ=レーヴァテイン。人王国の伝説の魔女、と言えば伝わるかしらね?」


 殆どの面々は当時から生きる者達だ。魔国から見てもその悪辣さは歴史書に刻まれているほどである。

 そんな彼女の自己紹介にまるで『何しに来たんだ』と言いたそうな目をしていた。

 しかしその当時を知らない極少数は、彼女の名に驚きを隠せないでいた。


「一応あたしから言うけど、話の内容はそこにいるマー君との連名だからねー。じゃあ前置きはここまでにしてサクッと本題に入らせてもらいます」


 一体彼女の口から何が語られるのか。

 わざわざこれだけのメンバーを招集したのだ。普通に考えれば冗談では済まされない。

 その動き、発言内容を漏らさないよう注意していると、彼女は至って真面目な表情で理由を告げる。


「《魂魄使いソウルテイカー》レイスの痕跡が確認されたわ」


 レイス? ソウルテイカー?

 どちらも聞いたことの無い単語だ。痕跡が確認、と言うことから魔物か何かあたりと推察。

 しかしこの中の数名、それも前大戦時から要職に就き続けている複数名の顔色が優れていないことに気付く。

 それは驚愕だったり、信じられないと言わんばかりの苦々しげなものだったり、あるいは明らかに敵意を向けるような視線をしたりと様々だ。


「それは……本当か?」

「直接確認した訳じゃないけどねー。ただ人王国の方で目撃情報があってね。冒険者ギルド経由で話が来てないかしら?」


 話の流れからあまりよろしくない情報だと言うのは分かる。

 しかし自分含め何人かが何の話をしているのか置いてけぼりになっていた。

 このままでは議論にすら参加できそうにない。そう思い彼らを代表し隣のウルティナに質問を行う。


「あの、レイスってそもそも何のことなの?」


 この後、会議は予想を遥かに越えて紛糾するのだが、この時はまだそんな事になるなど知る由も無かった。



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