第249話 風の軌跡強化月間その7~大魔女からの新魔法~


「それで師匠に負けちゃったわけね」

「うん。もう完璧完敗。魔術師相手に接近戦で完封とか、ウルティナさんじゃなかったら自信折れてたかも……」


 本日晴天、なれど波高し……と言うことも無く至って平和な魔国街道。

 ディモンジアには明日到着と言う位置まで自分達は戻ってきた。

 流石にこの辺りまでなると魔族の往来もチラホラと見受けられ、そのお陰か魔物の襲撃も随分と減ったと思う。

 まぁカーゴの中にいる人らのお陰かもしれないけど。

 そんな道すがら、現在外で歩いているのは自分とコロナ。ポチはカーゴを引いており、エルフィリアは御者台に座ってこちらの話に耳を傾けている。


「で、ブレイヴさんに説教食らったと?」

「ん~……お説教じゃなくて訓示に近いかなぁ。心構えだけでも幅広く持てとかそんな感じの」


 そして最近の話題となればどうしてもお互いの修行のことになる。

 そしてなんやかんや話しているうちに話題は数日前のコロナとウルティナの模擬戦へ。先ほど丁度事の顛末を聞き終えたところだ。


「もちろん実力差はあるんだけど、魔術師だからって接近戦に弱いとは限らないって思い知ったよ。初手で向こうから近づかれたせいでこっちの動きもガタガタになっちゃったし」

「でも確かコロみたいな剣士だと対魔術師戦は近づくのがセオリーだったよね。魔術師から近づくって従来の動きの逆張りされたんじゃ仕方ない部分もありそうな気もするけどなぁ」

「そうなんだけど『我と戦えるアイツが苦手な接近戦をそのままにしておくか』って言われて……」

「あー……」


 セオリーとしては間違ってない。ただし弱点と分かっているのにそれをそのまま残すかと言われたら言葉に詰まる。

 実際コロナはその接近戦で完封と本人が言う位に圧倒された。

 そもそもブレイヴの言うように、当時の彼と戦えるような魔術師が接近戦が苦手だろうかと言われたらそんな事は無いと答えるだろう。

 もし戦う前にその事に気付けたのなら、負けたという結果は変わらなくてもその過程は随分違ったかもしれない。


「『まぁ実際アイツを倒すなら近づいてぶん殴るのが一番だがな』とも言ってたよ」

「えぇ、どっちなのよ……」

「狭い範囲での模擬戦でウルティナさんが私が手の届く距離で戦ってたからそうなったんだって。本気だったらセオリー通り距離を取って一方的にボコボコにされてたって言ってた」

「《天駆》使っても追いつけないぐらい速かったの?」

「うーん……速いは速いんだけど純粋な速さじゃなくて、何て言えば良いかな。近くにはいるんだけど届かないって感じ」


 どうもコロナは感覚的に物事を捉える節があるが、何とか聞き出したところウルティナとの戦いの感想は『まるで雲や空気と戦ってるような感じだった』らしい。

 では逆にそれより前にブレイヴと模擬戦した時はどうだったのかと聞くと、彼との戦いは『山や大地を相手取ってるみたい』なのだそうだ。


「上手く説明できなくてごめんね……」

「あー、うん。大丈夫、何となくニュアンスは伝わったから」


 申し訳無さそうにするコロナに大丈夫だと返し、頭の中でコロナが感じた二人のイメージを思い描く。

 ウルティナが雲や空気と言うのは、何をやっても通じる気がしないといった感じなのだろう。それらに剣を振るったところでむなしく空を切るだけになる。

 逆にブレイヴの場合は多分戦ってる実感や手応え自体はあるみたいだ。

 ただし山や地面に剣で切り傷いれたとこれで『だから何?』となってしまう。当たるし手応えはあるが全く効かない。

 『攻撃が通じない』と言う部分は共通しているが、その中身について真逆な辺りは彼ららしいなとついつい思ってしまう。


「それでヤマルの方はどうなの? ウルティナさんは必殺技覚えさせたとか言ってたけど」

「あの人そこまで言ってるのか……。うーん、まぁ確かにそれっぽいのは覚えたと言えば覚えたんだけどね」


 確かにコロナに言われたように必殺技っぽい魔法は覚えた。

 ただし『っぽい』と言ってるのはこの魔法が単純に高威力の魔法と言うわけではないからだ。

 それにこれを実際に使うには色々と制約があって中々難しい。ある意味そういった様々な条件を達成した上で発動する部分は『必殺技』っぽいとは思うけど……。


「まだまだ練習中ってところだよ」

「でも魔道書から覚えたのなら使えるんだよね?」

「使えると使いこなせるは違うからね。魔道書経由だから使う分には問題ないんだけどねー」


 《生活魔法》の時と一緒で使う分には最初から体に染み付いたかのように自然に使える感覚ではあるのだ。

 ただコロナに言った様に使うのと使いこなすのはまた違う。

 コロナ風に言うなら新しい剣の持ち方や振り方を覚えたと言った所だろうか。その剣を持ち、振り、実際に斬る動作を違和感無く扱えるのが今の自分の状態だ。

 ここから実戦向けの動きや動作など、いわゆる使いこなす部分を詰めていっている最中である。

 その事をコロナに説明すると、魔道書で覚えれない彼女も何となくイメージとしては理解してくれた。


「なるほど……。じゃぁヤマルがずっと出してるソレも何か関係があるの?」


 ソレ、と彼女が指差す先には自分の周囲で浮いている小さめの《軽光盾ディライトシールド》が二枚。

 コロナと歩きながら話している間もずっと自分の左右で浮いたまま、同じ速度で移動している。

 これ自体は今までも出来ていたことであり、これまでの道中もずっと《軽光》魔法に関しては練習はしていた。なのでウルティナ以外の面々からすれば見慣れてた光景である。

 しかし何かしら感じる事があったのか、コロナは不思議そうに浮かぶ盾を見つめていた。


「んー……まぁ関係あると言えばあるかな。その必殺技を使うために必要なものの練習って言えばいいのかな」

「ふーん。パッと見は今までと一緒に見えるけど、その必殺技関連の練習ならいつもと違うんだよね?」

「うん。まぁ見た目は全く一緒なんだけどね」


 知りたい?とのこちらからの問いかけに興味津々に頷くコロナ。

 はしゃぎこそしないものの、目を輝かせ尻尾をばたつかせてる辺り彼女の心情がよく分かる。


「師匠に必殺技を使うためにこれ覚えなさいって渡された魔道書があってね。それで覚えたのが《追加構文オーダープラス》って魔法なんだ」

「《追加構文》?」

「そ。簡単に言えば今覚えてる魔法の『魔術構文』に好きな構文を追加出来るの」

「え、それって物凄い魔法なんじゃないの!?」


 コロナが驚くのも無理のない事だ。実際自分もその説明を受けた時は同じ様に驚いた。

 『魔術構文』は魔法を構成するための根幹にあるもので、その魔法の在り様を示したものになる。

 魔術師ギルドに初めて赴き《生活魔法》を覚えた際に、ギルドマスターのマルティナにその辺りもしっかりと教えて貰った。

 例えば《ファイアボール》の魔術構文は『火の玉を撃つ』である。この魔術構文を守っていれば、術者次第で色々アレンジが出来るのが特徴だ。

 実際マルティナが見せてくれた時のアレンジは構文を逸脱しない範囲であり、火の玉の数が増えたり弧を描くような軌道になったりするものだった。

 しかしこの《追加構文》はそのアレンジとは別に覚えてる魔法に対し好きな『魔術構文』を書き加える事が出来る代物だ。


 ただし世の中そう上手い話ばかりではない。


「うん、すごい魔法だと思うよ。ただこれも何だかんだで結構制約があってね。それを見極めるために今こうして《軽光》魔法使って試行錯誤してるところなんだよね」


 そしてコロナに《追加構文》の説明を続ける。

 実際、この魔法は『好きな構文を追加できる』と言う点は何一つ間違っていない。実際自分も様々な構文を追加する事が出来たのは確認している。

 だがそれらが全て叶うかと言うわけではないのだ。


「何て言えばいいのかな。付与した魔法の範囲内で叶えようとするって言えば良いのかな」


 例えば、と《軽光剣ディライトソード》を一つ産み出し目の前に浮かせる。

 これは今自分が作った魔法であり、浮いているのもこちらの意思だ。


「これに実際に掛けてみるね。【《追加構文》:大火力の爆炎に包まれる】」

「ちょ!?」


 こちらの言葉を聞き慌てて距離を取るコロナ。

 だが魔法が付与された《軽光剣》は何の変化も見せず、相変わらず目の前で浮いているだけだ。


「……あれ、失敗したの?」

「ううん、ちゃんと成功はしているよ。ただ表面に出てないだけ」


 そうなのだ。現在、《軽光剣》の魔術構文にはしっかりと《追加構文》の効果は刻まれている。

 しかし残念ながら《軽光剣》はあくまで剣の形をした《生活の光》を『魔力固定法』で実体化させた魔法だ。どこにも火の要素なんてない。

 だから成功はしているが何の変化も無いのだ。


「あくまで効果として出てくるのは土台となってる魔法で叶う範囲みたいなんだよね。他にも例を挙げるなら……」


 そして今の失敗作の《軽光剣》を消し、新しい《軽光剣》を生み出し、そこに別の《追加構文》を加えた。内容は『五秒後に爆発四散する』だ。

 そして今度の《軽光剣》はきっかり五秒後に変化が訪れる。爆発四散はしなかったものの、まるで自壊するかのように剣が割れ粉々に砕け周囲に光の粒子が舞う。


「こんな感じで爆発はしないけど、四散自体は壊れることは可能だから今みたいになるとかね」

「なるほど……他の魔法もこんな感じなの?」

「そうだね。《生活の火》に爆炎とかつけても、火力は上がるけど俺が出せる範囲が精々かなぁ。自分が出来る事を代わりにやってくれる感じと言えばいいかな。今出してる《軽光盾》もそうだし」

「あ、これにももう付いてたんだね。どんなの付けたの?」

「んー、実際に見てもらった方がいいかな。エルフィ、ちょっとお願いしていい?」


 後ろを振り向き御者台にいるエルフィリアに合図を送る。

 現在も彼女には《追加構文》の実験の手伝いをお願いしていた。


「分かりました。でも危なかったらすぐ止めますからね……?」


 心配と不安が入り混じった表情を見せるエルフィリアにおっけーと返しつつ、彼女に背を向け前を向いた状態に戻りその時を待つ。

 すると程なくして《軽光盾》に変化が訪れた。

 浮いている一枚が何かに反応するように自分の後ろに回りこみ、直後に何かを弾く甲高い音が耳に届く。

 その後も短い間に《軽光盾》から何度か音が聞こえてきた。しかし程なくしてそれらも止み、盾は元あった場所へと戻ってくる。


「ヤマル、今のって……」


 一連の動きを見ていたコロナは驚きを隠せない。

 まるで今目の前で起こった事が信じられないと言った様子だ。


「すごいよね、自動防衛みたいな使い方も出来るんだもんなぁ」


 再び歩きながら後ろを振り返りエルフィリアに礼を言う。

 そんな彼女の手には自分が貸したスリングショットが握られていた。元々は実験としてあれを使い不意打ちで礫を撃ってくれと頼んでおいたのだ。

 使用した《追加構文》の内容は『自分の周囲に浮き、後方から脅威が迫ったら防御する』と言うもの。

 今回はコロナに見せるために合図を送ったが、結果は見ての通り全部防ぎ切った。


「もちろんこれも限度があるけどね。攻撃が早すぎたら防御が間に合わないだろうし、剣とかで攻撃されたら例えガードは出来ても盾が弾き飛ばされるのは目に見えてるからね」


 あとは構文が後方判定だから、自分が振り向いたりしたら後ろの位置が変わり反応しない等がある。


「まぁこんな感じで《追加構文》自体は扱えるんだけど、効果の範囲とかどこまで有効とかの匙加減がまだ分からない部分が多いんだよね。だから今はエルフィにも協力してもらって色々試してるってとこ」

「でも今見ただけでもすごいって思うよ。色々出来ちゃいそうだよね」

「相変わらず威力自体は全く無いけどね。まぁ自分の魔力が無いのが原因だから仕方ないけど……。でも師匠が自分をどう育成させようかってのは何となく見えてきたかなぁ」

「そうなの?」


 うん、とコロナに向け首を縦に振り、ウルティナが自分をこうさせたいと言う予想図を話していく。


「多分だけど師匠は自分には普通じゃないことさせたいんじゃないかなぁ、ってね。普通じゃない少ない魔力で普通じゃない魔法を使って普通じゃない戦い方をする。実際俺が今やってることなんて師匠以外できる人いなさそうだしね」


 《生活魔法》は自分以外の人間ならかなりの集中力がいるし、『魔力固定法』はそもそも人の領域ではない。

 今回覚えた《追加構文》も習得方法は限られている。

 どれも他者から与えられた力なので厳密には自分のやってることは他人でも出来る可能性はあるが、その確率は果てしなく低いだろう。

 むしろ普通の人ならこんな茨の道を進まずとも、ちゃんとした魔法を覚えれば済むことだ。


「だから在り来たりの強さじゃなくて、誰にも真似できない事でアドバンテージを取れる様にしたいんじゃないかな」


 敵と対峙したときの情報アドバンテージの高さは無視できないものがある。

 直接的な強さとは直結しなくても、見た事も無い魔法や戦い方から即座に対策を打ち立てるのは容易ではない。

 どの様に仕掛けようとしているのか、どんな効果があるのか、危険性は、有効的な対処法は、etc……。

 存外に『分からない』と言うことは心理的な圧がかかるものなのだ。

 それはこの世界に来て命のやり取りをするようになって得た知識と経験から確信を持って言える事実である。


「でもまぁ師匠のことだし、単純に見たことも無いのを知りたいだけかもね。魔力が少ないって俺の欠点も、師匠からすれば希少なサンプルに見えてそうだし」

「あー……」


 その様子が思い浮かんだのか、物凄く合点がいったといった様子の顔をするコロナ。

 ウルティナと出会って十日と経っていないが、その短い期間だけで彼女の人となりが良く伝わってるのが分かる光景だ。


「とりあえず俺のとこはそんな感じだよ。そっちは?」

「んー、私も方針決まったからそれに向けてブレイヴさんとやってる感じ。でもちょっとドルンさん次第の部分があるかな?」

「ってことは武器回り辺り? そう言えばドルンが工房に篭ってからご飯時とか以外は殆ど見かけてないな……。ちょっと気になるし後で様子見てくるよ」


 明日には魔都に到着して数日は滞在するだろう。

 人王国に向けての準備もあるが、ここに戻ってくるまでにマガビトの森を抜け、ドラゴンの住まう遺跡に赴き、トドメに英雄二人との邂逅とイベント尽くめだった。

 帰路では各員修行も追加され、ドルンに至っては手探り状態での武具の作成である。

 彼の手伝いが自分には出来るとは思えないが様子見ぐらいはしたほうが良いだろう。一応このパーティーのリーダーではあるんだし。


「うん、ヤマルからも声掛けてあげてね。あ、そう言えばエルさんとポチちゃんもヤマルと一緒にウルティナさんに見てもらってるんだっけ。そっちはどんな感じなの?」


 くるりと元気よく体を反転させ、エルフィリアの方を向くコロナ。

 だがまるでそんなコロナの視線から逃げるかのように、彼女は首を真横に向けてしまっていた。そしてアレを思い出しているのだろう、頬と長い耳が見る見るうちに赤く染まっていく。


「……エルさん?」


 名を呼ばれ、まるで悪いことが発覚した子供のようにエルフィリアは体をビクリと震わせる。

 その様子を見たコロナはどうしたのと心配そうにこちらに視線を送ってくるが、あの時の事を思い出してはこちらも同情めいた視線を送ることしか出来なかった。


「んー、まぁちょっと色々あってね……」


 一応話して良いか問うも『恥ずかしいからヤマルさんから……』とのことだったので自分が代わりに話すことにする。


「俺がこの魔法覚えたときの事だったんだけどね」


 当時のことを思い出しながら、ポツリポツリとコロナにその時の事を語り始めていった。


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