第248話 風の軌跡強化月間その6~模擬戦・コロナvsウルティナ~
表とはいえ、ここはウルティナの別荘地。
庭があり多少なりとも動けるスペースはあるものの、そこまでおおっぴらに戦えるような大きさではない。
そんな飛んで跳ねるには狭すぎる場所で、今自分はウルティナと相対していた。
少し離れたところではブレイヴとミーシャ、そしてドルンが集まりこちらを窺っている。
「ちょっと待ってねー。ぱぱっと結界張っちゃうからー」
そう言いウルティナが家などに手をかざすと、自分達を中心とした周囲の物が淡い光の膜に包まれた。
これが彼女が言っている結界なのだろう。
……魔法についてはそこまで詳しい訳ではないが、こんなおしゃべり感覚で使える物ではなかったはずだ。
「はい、これでおっけーよ。ただ結界部分は草とか窓でも強度持ってるから気をつけてね」
「あ、はい」
とりあえず周囲を確認。
結界の範囲は大体自分とウルティナの中間点を中心に半径十メートルぐらいだろうか。
ただしその範囲内に入っている家屋などは表面を覆うような形で保護されているといった様子。
何も無い場所は半透明の薄い壁みたいな感じだ。見た目はヤマルの《軽光》魔法で作った壁が一番近そうである。
「それでは始めようか。制限時間は五分。時間が経過するか、どちらかが気絶、もしくは我が止めに入った段階で終了だ。何か質問は?」
「あの、本当にこれ使っても……?」
そう言ってブレイヴに見せるのは現在自分が使ってる予備の剣。
ドルンが作ってくれたものに比べては質は落ちるものの、問題なく斬れる武器だ。刃を潰してもいない為、万一の事を考えると不安が過ぎる。
しかしブレイヴは問題無いときっぱりと断言した。
「構わん。むしろ首を刎ねるぐらいの気構えで行け」
「えぇ……」
そんなことしたらウルティナが死んでしまうではないか。
可能な限り怪我はさせたくないのだけど……。
「大丈夫だ。殺しても死なないようなやつだからな」
「それってゾンビか何か……?」
「失礼ねー。こんな若々しい美女なのにゾンビだなんて」
「はっはっは、お祓いや聖職者で倒せるなら苦労はせんのだがな!」
軽快に笑うブレイヴだが、改めてウルティナは本当に人間なのだろうかと勘ぐってしまう。
人の身でありながら年齢不詳。もしかしたら不老不死と呼べる存在なのでは……と普通なら一笑するような考えがついつい浮かんでしまう程だ。
「さて、やる前にコロナに一つだけアドバイスをしよう。いいか、
「う、うん。わかりました……」
「いいか、終了の合図はこちらで行う。それまでは絶対に止まるんじゃないぞ」
何か異常とも取れるほどのブレイヴの念の押しように警戒心が高まる。
いや、実際ウルティナと幾度と無く戦ったブレイヴからのアドバイスだ。きっと彼にしか分からないような何かがあるに違いない。
「さてさて、コロナちゃんもそろそろいーい?」
「あ、はい。お願いします!」
剣を抜き正面に構えると、ウルティナはたった五メートルほど先の位置に立ちこちらに向いていた。
それは近接戦闘の距離。ウルティナが張った結界はそこまで広くは無いが、しかしまだ後ろに下がる距離はある。
「大丈夫よー。この距離でも問題ないから」
こちらが思っていることに気付いたのか、にへらと笑いながら軽いノリでそう返すウルティナ。
だがそんな彼女からは気負いも無いし油断も何も感じられない。さもこれが当然とばかりの佇まいだ。
実力の差はあるのは予想はついているけど、魔術師である彼女がここまで余裕なのは何故だろう。
「よし、では始めるぞ」
しかし戦えば分かるか、と意識を切り替え剣を握る手に力を込める。
開始と同時に距離を詰め一気に制圧。魔法を使う隙も距離を取る暇も与えない。
頭の中で最初の段取りを決め、開始と同時に飛び込めるよう足に力を込め――
「始め!!」
「《天く》「はぁい♪」」
こちらが《天駆》をするよりも速く、いきなり目の前に現れたウルティナ。
突然眼前に広がる彼女の顔に意識にブレーキがかかり、反射的に体を仰け反らせてしまう。
(しま――)
思ったときにはすでに遅し。
剣を振るうよりも速く彼女の手がこちらの腹部にそっと触れると同時。
まるでハンマーを振るわれたような衝撃と共に物凄い勢いで後ろへと弾き飛ばされた。
◇
「すげぇな。あのコロナが赤子扱いか」
「やはりドルン氏も気になるか?」
「あぁ」
こちらの隣で腕を組み、目の前の模擬戦を観察するドルン。
その視線の先で繰り広げられている戦いは戦いといえるものではなく一方的な展開だ。
「《天駆》!」
魔力のはじける音と共にコロナが加速。
空中を駆け音が鳴る度にその軌道を変えウルティナへと迫る。
対するウルティナは距離を取る様に動きつつ無詠唱で《ファイアボール》を複数展開。突撃するコロナへつるべ打ちとばかりに浴びせていく。
一発目、二発目は回避に成功するも、三発目は剣で弾くことを余儀なくされ四発目で肩に被弾。
服が焦げバランスを崩すコロナだが、《天駆》で強制的に持ち直しウルティナへと急接近。勢いそのままに高速の刺突を繰り出す。
「ダメよ、そんな見え見えの攻撃じゃ」
だがそんなコロナの攻撃も突如現れた土の壁によって阻まれる。
剣は壁に突き刺さるも突破までは行かず完全に勢いを殺されるコロナ。即座に剣を引き抜こうとするが何かに気づいたのか剣から手を離し後ろへと飛びのく。
その直後だった。
「うわぁ……」
近くのミーシャが感心交じりのなんとも言えない声を漏らす。
それもそうだろう。コロナが離れた直後、壁から複数の円錐状の土の槍が勢いよく生えたのだ。
動きを止めた後に仕留めるカウンター系の魔法だが、ウルティナの場合詠唱も無ければ魔法名を言う事も稀だ。
もちろん自身と戦ったときに使ってた魔法の中には、強力な分詠唱や魔法名を用いるものもあった。
だがコロナとの実力差ではそこまで出すことも無いだろう。だからこそ読みづらい。
「ほらほら、そこにいると危ないぞー」
そして壁の裏側からウルティナが手を添えると、今度は土の槍がすべてコロナに向けて射出される。
思わず目を見開き驚愕するコロナだが、体を捻り《天駆》で強制的にその射線上から脱出する。
「よいしょぉー!」
「ッ!!」
だがその先にはまるで読んでいたかのようにウルティナが待ち構えていた。
壁の後ろから何時の間にか飛び出した彼女は手に持った杖を大上段から振り下ろす。しかしそこは近接職の面目か、コロナはその杖を両手で掴み直撃を防いだ。
「《
「くぅ……!」
しかしウルティナが魔法を唱えた瞬間、空中にいたコロナの体がまるで引っ張られるように地面に吸い寄せられる。
どうにかして着地をするもコロナの足が地面に着いた瞬間、そこを起点に地面が陥没し始めた。
「重……!」
「ほらほらー、早く脱出しないと潰れちゃうわよー」
「こ、のぉーー!!」
手を捻り握ってた杖を強引に横に逸らすと同時にその場からコロナは脱出に成功する。
対するウルティナの杖が地面に到達すると、まるで鉄の塊を振り下ろしたかのように重い音と共に地面にめり込んだ。
そしてその隙を逃すコロナではない。
素早く壁に刺さった剣の元へ動くと力任せに強引に抜き、その反動を使ってウルティナへと再接近。
ウルティナも向かってくるコロナへと体を向けると彼女を迎撃するべく魔法を展開していく。
「どうだ、ミーシャ。ムカつくぐらい非常に不本意ではあるが、あれが我が認める魔術師の最高峰だ」
「すごいとしか言いようがないわね。魔術師なのに格闘戦も出来るなんて……」
まさに感嘆の声しか出ない様子のミーシャだが彼女の言っていることは違う。
ウルティナは接近戦はしているが別に格闘戦は行っていない。手を伸ばせば相手に届くような距離で戦っているあの光景は一見近接戦闘の体術を修めたかのように見える。
しかし彼女が行っているのは終始魔術師としての戦いだ。
その事をミーシャに教えると、彼女は信じられないものを見るように戸惑った表情を浮かべる。
「え、でも今だってコロナちゃんの攻撃捌いてるじゃない」
「捌いているがあれはすべて魔法だ。《身体強化》に《
「らぷらす?」
「あいつが言うには予知に近い予測をする魔法なんだそうだ。先に動きが分かってれば回避が楽になるだろう?」
「そんな魔法まであるのね……。むしろそんなの相手にどう戦ってたのよ?」
「我の場合は手早い方法として閉じ込めてから全方位攻撃とかだったな。いくら予測を立てようが逃げ場が無い程の攻撃で埋めてしまえばよかろう?」
「そんなの出来るのあんただけよ……」
まぁ実際のところ《短期未来予測》の対抗策はいくつかある。今言った全方位攻撃はその手法の一つでしかない。
似たような方法ではウルティナの身体能力などでは追いつけないほどの速度で殴るとかもある。
後はあれはあくまで予知に近い予測であるということを逆手に取る方法もいいかもしれない。
例えば同じ距離でも取れる手段が複数ある相手ならば予測の精度は下がる。そう言った意味では『近づいて斬る』しか攻撃手段が無いコロナとは相性が悪いだろう。
逆に様々な手段が取れるヤマルであれば《短期未来予測》は外れやすくなるかもしれない。もっともヤマルの場合は仮に外れてもどうとでもなる実力だから使う必要性が無いとも言えるが……。
「まぁお前もそうだが魔術師は遠距離と言う固定概念を持ってるやつほど
全距離対応型超速機動魔術師。それがあのウルティナと戦って出た結論だ。
今は見せてないがあいつは平気で高速で空を飛ぶし短距離ならば空間跳躍すら行う。いや、空間跳躍は今もやっているか。あいつの体が所々ブレて見えるのは瞬間的にそれを使ってるからだろう。
正直なところ単純なスペックだけならばウルティナは自分の足元にも及ばない。むしろミーシャとトントンか少し下ぐらいだ。
しかし扱える手札の多さと悪辣さが群を抜いている。
不足分を魔法で補い、こちらを阻害し、あの手この手を用いて不利を有利に塗り替える。魔力が低いからとたかをくくってたら超火力魔法で焼かれたことすらあった。今や懐かしい思い出だ。
お陰で先の大戦ではあいつの相手をするのが自分しかいなかった。野放しにしておくと軍の被害が増える一方だったからな。
「まぁそろそろ時間か。ミーシャよ、良く見ておけ。人の皮を被った悪魔の所業が見れるぞ」
「悪魔って……」
呆れ半分と言った様子ではあったが、こちらの言葉に従い二人の模擬戦を注視し始めるミーシャ。
その視線の先では相変わらずウルティナが終始圧倒していた。
コロナが剣を振ろうとする瞬間に合わせ腕や脚を重点的に魔法で攻める。強引に剣を振ってもウルティナは射程外に退避しているか、あえてくっ付く様なゼロ距離まで近づいている。
剣を扱う以上刃が当たらねば真価は発揮できない。普通の魔術師ならばあそこまでくっ付かれても直接殴られて終了だろうが、ウルティナの《魔法盾》は腰の入っていないコロナのパンチ程度ならば容易に弾く。
(自分の好きな戦い方をさせてもらえないと言うのは存外に鬱憤が溜まるものだからな……)
経験者として言わせて貰うならば、本当にウルティナとの戦いは楽しくないのだ。
もちろんあいつの戦い方は理に適っており、そうしなければならないと言うのは頭では分かっている。だがやられた側はたまったものではない。
そしてコロナも十分それを味わっているのだろう。模擬戦前の遠慮はどこへやら、今では普通に攻撃を繰り出している。
だが当たらない。当たっても決定打とは程遠い。だから不満が募る。
過去の経験から彼女の心情が手に取る様に分かるからこそ、頭に血が登っていると言う事が容易に想像できた。
そしてその様な相手は得てして攻撃が単調になりがちになる。
その隙を突き倒すことは戦いのセオリーだが、そんな場面だからこそウルティナの外道の技が効果的に光るのだ。
「やあああ!!」
何度目かのコロナの攻撃。剣を右から左への特大のスイング。
あのような見え見えの攻撃などウルティナでなくてもそうそう当たるものではない。
「け、ふっ……」
だからこそ、そのあり得ない光景に動きが止まる。思考が停止する。
コロナの攻撃はウルティナの体を捕らえ、肩から両断されたその体が僅かにずれる。
ドルンもミーシャも、そして戦ってるコロナですら信じられないものを見たような驚愕の表情。まさかあのウルティナが、と言う言葉が頭を駆け巡っているのだろう。
(だから
終了の合図はまだ出していない。それはすなわち、この模擬戦が未だ続行中であると言うこと。
その事に頭が回っていれば気付けたかもしれないが、今のあのコロナの状態では無理かと諦める。
「ざーんねん、幻でしたー♪」
「!?」
コロナの真後ろにいつの間にか現れたウルティナ。
即座に気付き離れようとするコロナの反応は見事ではあったが、先の光景のせいか普段よりも精細の欠いた動きではウルティナから逃れること適わず。
その手がコロナの後頭部に伸ばされると、彼女は意識を奪われ地面へと倒れ伏した。
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