第246話 風の軌跡強化月間その4~コロナとブレイヴ(+ミーシャ)2~


「やはり『必殺技』であろう」


 ブレイヴやミーシャと議論を重ねること数日。

 今日も夜の時間を使い三人で円陣を組むように座っては、出来る事、出来ない事、やりたい事など様々な意見を交わす。

 そんな中、ブレイヴがまるで結論付けたかのようにそう言葉を漏らした。


「必殺技……?」

「うむ。良いではないか、必殺技」

「あー、コロナちゃん。あんまりこーゆーこと真面目に聞いちゃ駄目よ」

「何故だ?! 男なら必殺技の一つや二つ憧れるものだろう?!」

「コロナちゃんは女の子よ!」


 目の前の魔王夫婦漫才を取り敢えず横に置き、一先ずはブレイヴの言う必殺技について頭の中で検討をする。

 以前ならミーシャ同様に気にも留めなかっただろう。もしかしたら心の中で笑っていたかもしれない。

 しかしここ数日の話し合いによって、出てきたアイデアに対してまずは検討をするという考えが自然と身に付いていた。


(必殺技……ニュアンスとしては強力な技ってことだよね)


 トライデント時代でもそう言った強力な技や魔法を使う人はいた。

 もちろん自分の《天駆》の様に恒常的に使う技の人もいたし、中には双方使う人だっていた。

 イワンなんてその最たる例だろう。

 どちらが上か下かという事は無いと思っていたが、ここに来て一撃に重きを置いた手段が自分に無い事が悔やまれる。


「まぁ聞けミーシャ。確かに必殺技は一見して無駄に見えるかもしれん。しかしそこには夢と浪漫が詰まって――」

「夢と浪漫より現実と堅実を詰めなさい!」

「むぅ……。だが実際必殺技を一つでも持っていると心構えがかわってくるぞ」

「へー、どんなの?」


 いかにもミーシャはあまり真剣に取り合ってない口調だったが、当のブレイヴは大真面目に話し始める。


「実際心の拠り所になる。『自分にはまだこれが残っている』『これを撃てば勝てる』と言った感じにな。あらゆる不利を覆す可能性があれば心が折れることはあるまい」

「……確かに一理あるわね。でもやって効かなかったらどうするのよ」

「その場合は単純明快では無いか。自身の最強技が効かない相手ならば何をしても決定打にはならぬだろう。撤退の基準としては十分だ」

「不利が長引いて撃った後に逃げる体力がありません、じゃ話にならないわよ」

「なら初手で撃つのも手だな。強さ不明の相手ならば様子見も手だが、手っ取り早く自身の最強の手札を用いて効くか効かないか調べることは大きな指針となろう。どちらにせよ威力の高い技は覚えておいて損はあるまい」


 攻撃力の不足を補うと言う観点から見ればブレイヴの言う必殺技は一応は理に適っている。

 もちろん新しいものの開発は難易度が高く一人で行うには限界もある。

 しかし目の前にいるのは新旧の魔王二人、それもブレイヴはトップクラスの戦闘能力の持ち主だ。

 指導者としての力はミーシャの方が高そうな気はするが、ブレイヴレベルの人間から意見やアドバイス、胸を貸してもらえるだけでも普通に特訓するより進展度合いは間違いなく変わるだろう。


「それに本人も結構乗り気のようだが?」

「あ、ダメよコロナちゃん! 感化されちゃったら将来こうなっちゃうかもしれないのよ!?」

「はっはっは、未来の勇者候補か。素晴らしいではないか」

「良くない!」

「むぅ、我が伴侶は中々辛辣だな」

「はんっ?!」


 ぼふんっ、とまるで一瞬で血液が沸騰したかのように顔を真っ赤にし動きが止まるミーシャ。

 伴侶と言うのは事実だけど、このような調子では今後ミーシャが大丈夫なのか、同じ女性としてちょっと不安が残る。


「さて、ミーシャが静かになったところで話を続けようか」

「え、あの……いいのかなぁ」

「構わんよ。さて、必殺技ともなれば一から作らねばならん。となれば慣れた剣の必殺技が良いだろう。今回は期限もあるしな」


 確かにブレイヴの言うとおり新しい武器や魔法から産み出すよりは、ずっと使ってきた剣の方が習得は早い。

 全く手を付けてないものから産み出すのも手段の一つとしては大いにアリだが、やはり人王国の王都までの期間を考えるとどうしても時間が足りない。

 だから必殺技を作るなら剣、と言うのは分かる。自分も《天駆》以外の明確な強みが得れるのは望むところではある。

 ただ……。


「えっと、必殺技は決定事項?」

「良いと思うがな、必殺技。議論を重ねるのは大事だがいたずらに時間を消費しすぎるのも問題だ。そろそろ何をすべきか決定せねばなるまい。今までの議論の中で他にやりたいものがあれば優先はするがどうだ?」


 ブレイヴの言葉に今までの議論を頭の中で振り返る。

 正統派の内容から奇抜なもの、自分では思いつかないようなアイデアや魔法を得意とするミーシャらしい意見もあった。

 自分ひとりでは到底思いつけないような数々の可能性の芽。

 その中で自分が一番良いと思った内容は……。


「そう……うん、必殺技かどうかはさておき、強力な技を覚えることは必要だと思う」

「うむ、そう言ってくれると思っていたぞ」


 こちらの回答にブレイヴがとても満足げな笑みを浮かべると、話は次の段階へと移っていく。


「さて、指針が『必殺技』となったわけだが、剣技もしくはそれに準ずると言うことでいいか?」

「うん、それでお願いします。剣以外も魅力的だけど、一ヵ月後に合わせるとなると基礎から学ぶには時間が足りなそうだし……」

「では次はどの様な技にするかだな。決まっていることは『剣を使い』『高威力』であること……可能であれば希望は叶える所存だが?」


 どうだ、とブレイヴに問われるも、今決まったばかりではまだ完成形が全く見えないのでイメージが覚束ない。

 とりあえず現状ではその二点以外は希望が無いと返しておく。


「でも高い威力の技ってどうするの?」

(あ、ミーシャさん起きた)


 まるで何事も無かったかのように復活したミーシャが再び会話に参加してくる。

 そしてブレイヴも特に気にすることなく自然に会話を続けた。


「一番早い手段ならば既存の手を昇華する方法だな」

「となるとコロナちゃんなら《天駆》の強化?」


 現状は《身体強化》と共に多用している《天駆》。むしろこの二つしか使えないが、ヤマルの《生活魔法》同様に恒常的に使える自分の便利な魔法。

 多用出来る一方で高威力技ではなく、主に連続で攻撃することでダメージを積み上げていくタイプだ。

 そもそも急加速する魔法なので、攻撃ではなく魔法としての種類は補助魔法に属する。


「《天駆》の強化も悪くは無いが、威力を求めるのであれば現実的ではないな」

「あれ、そうなの?」

「うむ。コロナよ、確認だが《天駆》で斬り込む際は速度を攻撃に加算していると見なしていいか?」

「うん。斬るにしても突くにしても、勢いを乗せてるし……」

「であればやはりをどうにかしたいところだが、現状では難しいであろうな」


 その言葉に少しだけカチンときた。

 いや、別に《天駆》が万能だと言うつもりは無い。実際ストーンゴーレムに対して攻撃面では無力だったのは認める。

 ただこれまでも、そしてこれからも使うであろう自分の十八番に対して欠点があるとか言われると感情が先に立ってしまう。

 そんなこちらの様子に気付いたのか、ブレイヴがコホンと一つ咳払いをすると改めて口を開いた。


「少し言葉足らずだったな。《天駆》に欠点があると言うより、お前が《天駆》を用いて攻撃することに対して欠点があるが正しいか」

「ちょっと……!」


 すかさずミーシャが割って入ろうとするものの、ブレイヴはそれを片手で制し尚も話を続ける。


「《天駆》での攻撃での欠点。それはコロナよ、お前自身が軽すぎるのだ。小柄なお前では攻撃時の質量が足りてない。後はそうだな……獣人とは言え犬型のお前では筋力も普通ぐらいなのだろう?」

「う……」


 今までヤマル達にも指摘されなかったことを言われ思わず言葉に詰まる。

 そう、自分の筋力は獣人の中でも普通……もちろん傭兵など戦うことを生業としている獣人の中で普通の部類だ。むしろ少し下かもしれない。

 小柄な体と犬型では速度を出す筋力ならばなんら問題ない。しかし力比べともなればそれこそトライデントの頃からでも下から数えた方が断然早かった。

 最初に武器を選ぶ際に小型の刃物で戦う事も考慮した。しかし対魔物となれば大型の敵と戦うこともある。

 その事を考えると刀身の短いナイフや短剣では致命傷を与え辛い。

 だから速度を殺さずに扱えるぎりぎりのラインである片手半剣バスタードソードを選択し、これまでもずっとそれを扱ってきた。


「今までは己の軽さを剣で補ってきたのだろう。だがあの戦い方で威力を上げるとなれば重さと筋力は必須。しかし筋力も一ヶ月鍛えたところで小柄な体では多くは望めまい。重さは論外だな。重くなれば確かに威力は増えるが、代わりに持ち味が死んでしまう」

「えーと……つまりどういうことなの?」

「筋力、体つき、それに伴う体重増加。この三つがバランスよく育って初めて現状よりも一歩先の強化、つまり威力上昇に繋がると言う事だ」

「……それってコロナちゃんが今よりもっとしっかりした体つきになって叶うことよね。将来的にはともかく、今すぐとか一ヶ月じゃ無理じゃないの?」

「うむ。なので現状の延長上での必殺技は望めまい。あぁ、コロナよ。誤解無き様念のために言うが、今までの戦い方が間違っていると言うわけでは無いぞ。少なくとも攻撃が通じる敵ならば、あの戦い方は理に適っているからな」


 今までの戦い方は間違いではなく、あくまで戦術の一つだと言うブレイヴ。

 しかし突きつけられたのは現状のままでは強くなれないと言う事実だ。

 もちろん彼が言うようにこの体が……それこそ一般的な大人の女性ぐらいになれば望みはあるとのことだけど……。


「それじゃ私は強くなれないの……?」


 戦闘力に関しては早熟だと言う自覚はある。

 父の影響もあり小さい頃から腕っ節が強かったし、トライデントへの加入も他の人に比べとても早かった。

 現在の戦い方を身につけたのも、子ども時代からの小柄な体をどうにかしようとして辿り着いたからだ。

 だけど最も得意とするやり方が頭打ちなんて……。


「? 何を言っている、そんなわけなかろう」

「……ほんと?」

「あくまで今の戦い方ではと言っただけだ。剣を使った他の戦い方を身につけるだけでも戦術の幅が広がるぞ。……とは言えそれをコロナ自身が身につけるのはまだ時間が掛かるだろう。その辺りはお前も分かるだろう?」

「うん、今のも形にするのに年単位で掛かってるし……」


 ここから新しい形を作るとなるととても一ヶ月では間に合いそうに無い。

 新しい形を作り体に馴染ませるともなれば相応に時間がかかるものなのだから。


「さて、話が新しい戦い方にずれてしまったので元に戻すぞ。あくまで今回の目標は一撃が強い攻撃方法だからな」

「うん」

「何、まだお前は若い。戦い方は追々考えていけばよいのだ。さて、正攻法……つまりコロナ自身を強くしての《天駆》の強化案は現状難しいという結論が出たわけだが……」

「なーんかその言い方だと邪道なやり方だとあるって言いたげね」

「ある意味戦う事を生業にしてるコロナからすれば邪道に思われるかもしれないがな。身近にいるではないか、強さを外から取り入れてる男が」


 言われ、頭に浮かぶのは自分の一番身近なあの人。

 身体能力だけで言えば間違いなくからっきし。だけど魔法を覚え、戦狼を従え、武器を揃え足りない部分を補う自分の雇い主。


「まぁヤマルは自身の伸び代が殆ど無い事は自覚しているからな。だからこそ我々と違い己が身を鍛えるという工程を完全に取り払えてるとも言える」

「でもヤマルも私と一緒にトレーニングはしてるよ?」

「しかしそれは体力面などだろう? 我も過去模擬戦に付き合った時に思ったが、ヤマルは実践的な戦い方の動きをするではなく、自身の手札の実践的な扱い方を見出すような感じであったしな」


 確かにブレイヴの言うとおり彼のやり方は自分達とは異なる。

 こちらが『出来ない事を出来る様にする』と言う前に進むような鍛え方なら、彼の場合『出来る事でやれることを増やす』と言う横へ広げるやり方だ。

 現在自分はその前に進む事が困難になっている。だけど彼の手法を真似するのであれば……。


「気付いたか。だが我らはヤマル程すぐに手は増やせん。魔法にしても魔道書で簡単に覚えれる人間と違い自ら生み出さねばならんからな」

「と言うことはつまり……」

「うむ、ドルン氏のところへ行こう。我らの考えを伝え、まずは一番強くなれる武器を打ってもらうべきだ」


 『武器の見直し・強化』は単純だが効果は高い。無論武器ありきになるため無くしたり使えなくなったりすると一気に効果は消滅する。

 だからこそ武器に左右されない手法で強くなりたかったけど……。


「コロナよ、顔に出ているぞ。『武器に強さを依存しすぎるのはどうなのか』とな」

「うぇ?! え、あ、そんな顔してた……?」

「うむ。武器を強くしたことで己自身の強さが止まることを危惧しているのであろう? だが武器とて限界はある。武器と共に成長していけばよいのだ、心配はするな。……ミーシャよ、何だこの手は?」

「いえ、何か熱でもあるのかなーと」


 ぴたりとブレイヴの頬に右手を当て、左手を自身の額に当て熱が無いか調べるミーシャ。

 言いたい事は何となく分かるけど……本当に普段の言動の結果がこういうときに出てくるものなんだなと思う。


「ともかくまずはドルン氏を交え武器について話し合おう。場合によっては今とは違う剣を使った技も考えることが出来るかもしれん」


 ミーシャの手を軽く払い早速行動とばかりに立ち上がるブレイヴ。

 そしてカーゴの周りで見張りをしているヤマル達に少し離れると伝え、ドルンが篭りっきりであるウルティナの別荘の一角へと向かうことにしたのだった。



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