第245話 風の軌跡強化月間その3~ヤマル達とウルティナ~


「さー、はじめるわよー……」

「何かテンション低いですね。体調悪いのでしたらまた今度でも……」

「大丈夫だーいじょーぶー……。ちょっと武具のことで語り合って寝不足なだけよぉー……」


 とは言うものの右に左に頭がフラフラしている今のウルティナの姿ではまったく説得力がない。

 現在時刻はスマホを見ると朝十時を回ったぐらい。昨日指定された時間にウルティナに別荘の庭まで来るようにと言われた。

 だがいざやってきたはいいもののウルティナはおらず、しばらく待ってたところようやく姿を現した彼女だったが、その状態は見ての通りだった。

 そんなフラフラ状態のウルティナが元に戻るまでの間、エルフィリアとの雑談を再開する事にする。


「でも何か不思議ですね。私達はここにいるのに、外ではコロナさん達がカーゴ動かしてますし」

「そうだね。カーゴに乗ってる分には景色動くけど、ここだと完全に隔絶されてるもんね」


 現在カーゴとこのウルティナの別荘は《門》で繋がっている。

 こうして自分達は地面の上に立っているのに、外に出れば移動してるのは確かに不思議な感覚だ。

 日本だとなんだろう。フェリーあたりに乗るとこういう感じになるかもしれない。


「そう言えば今はブレイヴさんがカーゴ引っ張ってるんだっけ。魔国の人が見たらひっくり返るんじゃないかな」


 そして予定では現在はブレイヴがカーゴを引いている時間のはずだ。

 もし誰か昔からブレイヴのことを知ってる人が居たらどんな顔をするだろう。災厄の魔王が馬車馬の真似事していると言う事実は、当時を知ってる人からすれば卒倒するかもしれない。

 まぁカーゴは見た目は重そうだが実際はエルフィリアでも引ける代物だ。移動だけなら何ら問題ないが、エルフィリアに引かせるのと一緒で見てくれが良く無さそうだ。

 なお当の本人はカーゴを引く事に対しては特に気にしていなかったことを付け加えておく。


「ふぁ……んぅ、ヤマルくーん、《生活魔法》使えるなら水出せるよねー。ちょっと頂戴~……」

「あ、はーい」


 一瞬脳裏に過ぎったブレイヴの幻影が『今だヤマル、ヤツに放水するのだ!』と囁いてきたがそれを無視し、ウルティナの近くで《生活の水》を使い手から水を出す。

 ウルティナは水が出たことを確認するとそのままそれで顔を洗い始めた。化粧とかしてないのかなぁとも思ったが、何となく口に出すのも憚れたので黙っておくことにする。


「ふぅ……。うん、良い弟子を持ってあたしは幸せだよー」

「師弟関係実質初日もいいとこですよね?」

「細かいことは気にしないの。さてさて、では今日から弟子ヤマル君育成計画はいりまーす。はい拍手拍手ー!」

「「わ、わぁー……!」」


 ノリについていけない自分とエルフィリアでは拍手もなんだかまばらになってしまっていた。

 それでもそこまで気にしていないのか、ウルティナは特に何も言うことなく改めてこちらへと向き直る。


「と言っても実はもう考えてあるのよねー。ヤマル君の修行方法♪」

「あ、そうなんですね。……あの、ウルティナさ「師匠」……師匠、一つやる前に聞きたいことあるんですが」

「ん、なぁに? スリーサイズだったら後でたっぷりと……」

「いやいやいや、そうじゃなくて! ってエルフィも意味ありげな目でこっち見ないで!」


 慌てるこちらににやりと笑みを浮かべるウルティナの表情はいたずらっ子そのものだ。

 あの、だから分かったので胸持ち上げて強調するのは止めて欲しい。目のやり場に困るし……。


「はぁ……。えーと、それでですね。何で自分なのかなぁって」

「何で、ってそりゃマー君との勝負するためでしょ」

「あ、そうじゃなくてですね。ブレイヴさんがコロを鍛えるのはまぁ分かるんですよ。でも魔術師のウル……師匠の鍛え先が自分なのが何故かなぁって。魔法ならそれこそエルフィの方が得意ですし、そもそも魔力が殆ど無い自分より適任者はこの世界には山ほどいますし」


 そう、今回の育成力の勝負であるならわざわざ自分を選ぶ必要が無い。

 そもそもブレイヴとウルティナに師事されたいと思う人はそれこそ掃いて捨てるぐらいいるだろう。その中から同レベルの人材を選ぶこと自体造作もないはずだ。

 今回近場にいたのが自分達だったからを理由にするとしても、ブレイヴがコロナを選ぶのはまだ分かる。

 コロナは若いしまだまだ伸び代がある。それこそブレイヴが鍛えてくれればもっと強くなるだろうと素人の自分でも予想ぐらいはつく程に。

 しかしウルティナはエルフィリアではなく自分を選んだ。これが分からない。

 もちろんエルフィリアはエルフ、つまり亜人であり、人間と他の種族では魔術体系が違うと言う部分は確かにある。しかし種族差を差し引いても、へっぽこな自分を選ぶよりは魔術師同士の方が相性が良いのは誰の目にも明らかだ。

 

「そうねー。まぁあたし弟子取ること自体は初めてじゃないんだけどね」

「そうなんですか?」

「そうよー。魔法教えるにあたって才能ありそうな子何人か集めてしご……んんっ、みっちり教えたからね」


 今絶対しごいたと言おうとしたぞこの人……。


「あの……その方たちは……?」

「あら、エルちゃんも興味津々? まぁまぁ優秀だったけどあたしの手解きで皆すごい魔術師に仕上げてやったわよー」

「あ、あはは……」


 『仕上げて』『やった』か……。

 ウルティナが優秀言うぐらいだから多分元々才能があった人なんだろう。そして自分のおかげですごい魔術師になったと強調しているあたりがウルティナらしいといえる。

 ……実際物凄い魔術師になったんだろうなぁ。目の前の人は論外として、それを除くとそれこそ歴史書に載るような人達な気がする。

 機会があったらその人の名前を聞いてみるのもいいかも知れない。


「でもそれなら尚の事普通に魔術師の人がいいんじゃ。経験あるんですし……」

「えーだってつまんないしー」

「えぇぇ……」

「普通にやったら普通に優秀な魔術師出来上がるんだものー。なら逆にヤマル君みたいな魔力しょっぼい子を育てたら面白いと思わない?」

「しょっぼい……」

「あ、あのあの、ヤマルさんは魔力少なくても良いとこたくさんありますから……!」


 うぅ……エルフィリアの心遣いが優しくて泣けてくる。

 一瞬『ほんと? 例えばどんなとこ?』と返そうと思ったが、もし言葉を詰まらせるようなことがあれば立ち直れなさそうな気がしたのでやめておいた。

 この質問はきっと誰も得しない。


「まぁハンデ付きとはいえヤマル君がコロナちゃんに勝てばあたしの有能っぷりが際立つってものよー。そーゆー訳だから頑張ってね?」


 あたしのために、とニッコリと笑顔を浮かべるウルティナだが、なんと言うかほんと一から十まで自分の為に動いている様はもはや清々しさすら感じる。


「まぁ可能な限りは頑張りますが……それでどうするんですか? 勝つための方針とか色々考えないといけませんけど」

「ふっふっふ……勿論考えてるわよー。と言うか今回はこれしかないんだけどね」


 そしてウルティナが手のひらを上に開くと、虚空からいきなり本が現れた。

 まるで魔道書の様な本は彼女の手に収まると、ひとりでにページがめくられていく。


「ヤマル君が今回コロナちゃんに勝つために絶対的に足りないもの……それは『攻撃力』よ!」

「……攻撃力、ですか」


 攻撃力、すなわち敵を打ち倒す力。

 こちらの世界に来てから慢性的に悩まされていたそれは、銃剣を造ってもらったことで一先ずは解消された項目だ。

 ただしそれは自分にとっての解消、すなわち自己防衛の範疇に過ぎない。

 もちろん攻勢に出ることもあるが、それはあくまで銃剣を使って対処出来る範囲での話だ。


「今回は撃破までのタイムアタックだからね。普通ならちまちまやるのも一つの手だけど、相手があのコロナちゃんなら攻撃力の確保は必須よ」

「それは分かります。だけど自分の場合攻撃力に関してはドルンの領分になりますよ。俺じゃどうしようも出来ません」


 旅に慣れ体力はついてきたし筋力も上がった自覚はある。

 しかしそれでもなお身体能力はこの世界基準では貧弱そのもの。土台からしてそもそもマイナススタートなのだから、一ヶ月かそこらで急激に上がるものではない。

 かといってウルティナ十八番の魔法を鍛えるとなっても根本的に魔力が足りない。

 ポチの協力でそれっぽく魔法は出しているし、最近では《軽光》魔法も使っているが、あくまで土台は《生活魔法》なのだ。

 自分の魔力では例え良くなったとしても初級魔法系が一発撃てれば僥倖だろう。仮にファイアボールが一発撃てるようになったところで攻撃力の確保にはなるが決定打にはなりえない。

 ではどうやったら自分は強化されるか、と言えば先のドルンの出番である。

 足らないのならば他から持ってくればよい。その最たる例が武器であり防具だ。


 その事を知らないウルティナとは思わなかったが、確認の意味も込めて思ったことを告げる。

 すると彼女はこちらの意見に一定の理解を示した上で大丈夫よと返してきた。


「それがどうにかできる方法があるのよねー」

「え、マジですか?」

「マジもマジ。大体あたしの素の身体能力とか魔力ってマー君よりもずっと下よ? まぁあっちが規格外すぎるだけだと思うけど……。でもそんなマー君相手にあれこれやって互角に渡り合ってたあたしが言うんだから間違いなし!」


 どうだー、恐れいったかーと胸を張るウルティナだが、そんな彼女の格好よりも今言った言葉が衝撃的だった。

 彼女の言葉が真実ならば、能力が劣る相手に対し互角に渡り合う手法が確立されていると言うことになる。

 カレドラと正面で戦えるブレイヴのことだ。生半可な攻撃ではびくともしないだろう。

 そんな相手に能力が低いウルティナが有効打を与えられる。つまり彼女には何かしら差を生める手法を編みだしたと言う事に他ならなかった。


「あたしとマー君の関係をそのままヤマル君とコロナちゃんに当てはめるわけじゃないけどねー。でも足りない攻撃力を増やす方法はちゃーんとあるよ。それもヤマル君でも実現可能な方法でねー」

「……その方法教えてもらっても?」

「もちろんそのつもりよ。たーだーしー、あたしは厳しいわよー?」

「……あの、出来れば前に頭覗いた時みたいに自分が凹まない程度でお願いしたく……」

「それはヤマル君次第かなー? ではまずはこちら! 取り出したるはあたし謹製の魔道書が二冊!」


 先に出ていた本が一瞬の内に消すと、ウルティナはまるで天を突く様に両手を大きく掲げる。

 すると再び虚空から別の本が姿を現し彼女の手に納まった。それも片手に一冊ずつの合計二冊、どちらも辞書並みの厚みがある。

 そして本を高らかに掲げたまま、仰々しくもウルティナが此度の修行方法を発表した。



「ヤマル君の修行内容はー…………じゃん!! こちらの魔道書を使って新魔法、そして『必殺技』を覚えていただきまーす!!」





~おまけ~


ウルティナ「あ、二冊合わせてコレぐらいね?」

ヤマル「ぶっ!? 金取るんですか?!」

ウルティナ「言ったでしょー、厳しくいくって」

ヤマル「懐事情も厳しくしないでください……。と言うか師匠が弟子から金巻き上げちゃダメでしょ!」

ウルティナ「ヤマル君。君とあたしは師弟である前に仲間よ。あなたとは対等の立場でありたいの」

ヤマル「……本音は?」

ウルティナ「魔国で遊ぶお金頂戴ー!」

ヤマル「せめてフリだけでも悪びれる顔してください……」

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