第244話 風の軌跡強化月間その2~コロナとブレイヴ(+ミーシャ)~


「さて、早速修行を始めよう。と、言いたいところではあるがな」

「?」


 ディモンジアへと向かう道中の野営地。時刻はすでに日も落ち辺りも夕闇に包まれている。

 食事の片付けも終え、見張りの当番を除けば残りのメンバーが思い思いに過ごす時間。

 しかし今日から時間がある時はブレイヴに稽古をつけてもらう事になっている。


「ふーむ……」


 こちらを見てどうしたものかな、と悩むブレイヴ。

 何の因果かこの度彼から戦いの手ほどきを学ぶ事になった。

 つい先日までは自称勇者だった彼だが、その正体は先の大戦で魔国最強と評された魔王マティアス。

 自分はその名前は知らなかったものの、当時の魔王一人に獣亜連合国は悉く敗走したと言う話だけは聞いている。


(う~ん……)


 改めてみてもそうは思えないのが不思議なところだ。

 自分とていっぱしの傭兵の自負はある。これでも相手の強さを見分ける目や嗅覚は備わっていると思っていた。

 でもブレイヴからはあまりそのような感じがしないのだ。

 単に実力が離れすぎているか、それとも意図的に強さを隠す何かを彼がしているか……。

 後は……


(やっぱり普段の言動だよね)


 (当人が思う理想の)勇者としての立ち振る舞い。そしてミーシャに説教され、四天王と言っていたお偉いさん達からは囲まれて足蹴にされていた。

 とても当時恐れられていた人には見えないのだ。それに以前模擬戦をやった自分は分かるけど、過去の光景から見れば強そうにも思えない。


「まぁ基本は実戦形式でよかろう。だがその前に方針決めだな」


 まぁそこに座れ、とブレイヴに促されたので、彼の正面にちょこんと座る。

 彼も地面に腰を下ろし胡坐をかくと、その隣にはちゃっかりミーシャが座っていた。


「……なんだ?」

「ううん、単純に興味あるだけよ」

あいつウルティナのスパイではないよな?」

「そんなわけ無いでしょ!」


 あ、小気味良い音と共に綺麗に頭を叩かれた。

 すごいなぁ。角度、速度、音共に満点。一連の動作の滑らかさは無駄と言うものをそぎ落とした最適な動き。

 才能ではなく、長年の経験の積み重ねによって研鑽された動きだった。そしてこれからも更に磨きがかかるんだろう。


「痛いではないか」

「変なこと言うからでしょ」

「懸念点は聞いておくべきと思うが……まぁ良い、話を戻そう。先も言ったが修行の方針自体は実戦形式をメインにするつもりだ。基礎が出来ているコロナならば体に教え込む方がいいだろう」


 ただし、と腕を組みながらブレイヴは真面目な表情で話を続ける。


「ただしただ戦うだけでは駄目だ。我と剣を交える意味を見出ださねばならん」

「剣を交える意味……?」

「うむ。例えばこのまま我と剣を交え修行を行ったとしよう。程度の差はあれど、コロナはきっと強くなるだろう。しかしそれは現状の状態を高めるようなものだ」


 つまりだ、と人差し指を立てブレイヴは言葉を続ける。


「今のままで強くなりたいのであればそれでよし。しかしコロナが思うものがあるのならそれを考えて交えねばならん。例えばより速くなりたいのであれば、どのようにして速く動くかだな。それを意識するかしないかで目指す先が変わってくる」

「……あの、あなたは本当にブレイヴさん?」

「お前もミーシャみたいなことを言うんじゃない」


 ごめんなさい、と苦笑するとミーシャも釣られて笑みを溢してくれた。

 二人の笑い声とブレイヴのちょっと困った顔に少しだけ辺りの雰囲気が和らいでいく。


「それでどうなんだ。何も希望がなければとりあえずこのままだ。あるのであれば剣の前に意見を交える必要がある」

「そう……ですね」


 思い起こすのは直近のストーンゴーレム戦。

 戦えなかった訳ではない。実際あのゴーレム相手には一撃たりとも貰うことは無かった。

 しかし自分では歯が立たなかった。

 あの時は皆の協力と剣の犠牲でなんとかなったものの、自分の攻撃がちゃんと通れば皆ももっと楽が出来ただろう。

 力が、欲しい。


「ふむ、自分の未熟さを悟り、それでも尚上を向いている目だな」

「はい、力が欲しいです……。私に足りないのは敵を打ち倒す攻撃力。敵との相性が悪くても、ヤマルを……皆を守るのが私の役目だから……!」


 この人なら、あの歴代最強と謳われた魔王であるブレイヴなら、師事することでもっと強くなれるかもしれない。

 顔をあげ、彼の目をじっと見据える。するとブレイヴもこちらを少しの間見ていたが、不意に小さく息を吐いた。


「力を求めること自体は間違ってはいない。大なり小なり、それこそヤマルですら求めるものであろう。だがその力の使い道を誤ってはならんぞ。何故求めたか、何にその力を振るうのかは常に心に置いておくことだ」

「あーあー、説教じみちゃって」

「何、成り行きとは言え今のコロナは我の弟子だからな。師匠としてはこういうものであろう?」


 肘でブレイヴの小脇を突くミーシャと、笑みを浮かべたまま掛けられた言葉を受け流すブレイヴ。

 一応まだ婚約者と言う間柄だが、付き合いの長さからか熟年夫婦のように自然なやりとりに見える。


「後は一人で何もかも解決しようとしない、と言うことだな。確かに己の力で事を成すのが一番だろう。しかし困難が立ち塞がり一人で苦しいならば仲間を頼ることだ。先のストーンゴーレムの時など良い例だな。コロナとしては苦いものだったかも知れぬが、我から見れば一つの目的に向かって全員の力を合わせたあの光景は眩しく思えたぞ」

「そう、かな……。ううん、そうだね」


 ドルンがいなければ核を露出できなかったし、ヤマルやエルフィリアがいなければ転倒させる事も叶わなかった。

 ポチだってヤマル達を素早く運び、また緊急退避用の足として役に立った。

 あの戦い、どれもこれも、もちろん自分も含めて確かに皆で戦った。全員が足りないものを補って、結果皆で打ち倒した一戦だ。

 もちろん今までみたいに自分が倒せれば一番なのだろうけど、ブレイヴが言いたいのは強くなっても必ず一人で戦う必要は無いと言うことなのだろう。


「さて、少々説教臭くなってしまったな」

「ううん、そんなことないよ。ブレイヴさん、ありがとうございます」

「はっはっは。何、気にするな。さて、では修行の方向性が決まったところで詳細を詰めるとしよう」

「つまりどうやってコロナちゃんの攻撃力を上げるかよね」

「うむ。だがここはあえてヤマルに教えてもらった方法を使おうと思う」

「ヤマルに教えてもらった方法……? 何か強くなる方法を教えて貰ったとか?」


 いや、とこちらの問いかけに首を振り、ブレイヴがその事について説明を始める。


「カレドラのとこにいる時に軽く雑談した際の話だったんだがな。問題に直面したとき、どう対処するより何故その問題が起きたのかを調べるという手法だそうだ。今回はコロナの件だから強さに関してになるが、他の問題の際にも使えると思うぞ」

「えーと、つまりそのヤマル君の方法だと、『コロナちゃんの攻撃力をどう上げるか』じゃなくて『何故攻撃力が不足しているか』を考えるってこと?」

「そう言うことだ。問題を掘り下げ、その上でそれに対しての案を出す手法だな。とは言え『何故攻撃力が不足しているか』では何に対して不足しているかが不明瞭だ。よって今回は具体的に『ストーンゴーレムに対して何故攻撃が通じなかったか』としよう。コロナが気にしだしたのもこいつとの戦闘だろうしな」


 それで良いか?と言うブレイヴの問いかけに首を縦に振り問題ないと意思を返す。


「では早速はじめるとしよう。まず『何故攻撃が通じなかったか』の掘り下げだ。ヤマルが言うには基本的な事から突飛な意見でも構わないそうだ。最終的には意見はまとめるが、まずは様々な視点から色んな意見を出すことが大事と言っていたな」

「えっと、『ゴーレムの体に剣が弾かれたから』とかそんな感じ?」

「うむ、そうだな。ミーシャは何かないか?」

「え、そうねぇ……。そもそも『ゴーレムに剣で戦いを挑んだから』とかかしら」

「うむ、素晴らしいな! コロナの意見からは『剣を使った際の攻撃力の不足』、ミーシャの意見からは『剣以外の攻撃手段の不足』と言う問題点が出てきた訳だ。この様に問題を細分化し、克服すべき点、対処可能な点などを挙げていけば、最終的にコロナが目指す『攻撃力を上げる』手段が出せるであろう」


 ブレイヴの言葉に、『お~……』と自分とミーシャの声が重なる。双方共に感嘆の声だった。

 確かに自分は純粋な『剣で戦うための攻撃力上昇』しか頭になかったが、ミーシャの言う様に別に剣だけに拘る必要は無い。この点についてはまさに目から鱗だった。

 例えば先のストーンゴーレム戦の際、もし自分がドルンと同様に槌の様な打撃武器を扱えたのなら結果はまた変わったと思う。エルフィリアの様な魔法が使えたら一方的に攻撃すら出来た可能性だってある。

 もちろん剣以外を使うことに対して問題が無い訳ではない。

 単純に自分との武器や魔法の相性もあるだろうし、それを使うための習熟度も必要だ。

 またこれらの修練に時間を割くため、剣の習熟度が止まる、最悪変な癖が付いて逆に弱くなる可能性もある。


(なるほど……こうやってメリットとデメリットを明確にするんだね)


 その上で最善を取る。

 ミーシャの意見だとデメリットを許容しても戦いの幅を増やす価値があるか。自分の意見だと現状の弱点を抱えたまま更に強くなっても良いのか。

 正直今の二つの意見だけでも頭を悩ませるには十分だった。

 だけど……


「うむ、良い顔をしているな。自分がどう強くなるかの岐路に立っている顔だ。コロナよ、正直ワクワクしているであろう。自らの可能性を伸ばす事が出来るまたとないチャンスに」


 そう、自分は今わくわくしている。

 がむしゃらに今の強さを追い求めるのではなく、それを一つの選択肢として広がった可能性の岐路に立っている今この瞬間に。

 返事の代わりに頷き一つ。そして真っ直ぐにブレイヴを見ると、彼はとても満足そうな笑みを浮かべこちらに頷きを返す。


「さぁ、存分に語り合おうではないか!」


 仰々しく手を広げそうブレイヴが宣言を行い、この日は時間の許す限り言葉を交わしていくのだった。


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