第243話 風の軌跡強化月間その1 ~ドルンとウルティナ~
「お待たせ、首尾はどうー?」
「いや、こいつは……すげぇな。さすが伝説の魔女様ってわけか」
「んふふー、もっと褒めてもいいのよー?」
自分の別荘でもある研究室の一軒屋。
そこから少し離れた場所の
いや、正確には家屋ではなく鍛冶場となる小屋だ。
その小屋の中は今は何も無いがらんどうの空間が広がっている。だが数日もすれば目の前のドワーフ、ドルンが望むような環境が整う予定だ。
「でもいいのか? ここは特定のヤツしか入れねぇような場所だろ?」
「いいのよー。あたしも目的があって貸し出すわけだしね」
「俺に環境を貸すって事は何か造って欲しいってことか? だが生憎魔女様の目に適いそうなモンは造れるかは微妙だぞ。本職は剣とかの鍛冶屋だからな」
「知ってるわよー。貴方に頼むのはあの子達の武具、それもとびきりのをね」
そして彼に造ってもらいたい物、すなわちヤマルやコロナ、もちろん目の前の本人やエルフィリアらの武具を可能な限り製作して欲しいと依頼を出す。
その為にわざわざこの場の一角を広げ環境を整えたのだから。
しかし目の前のドルンはどこか訝しげな目線をこちらに返してくる。
「魔女様に頼まれるのは光栄だがどういう風の吹き回しだ? それも昨日今日会ったばかりの俺らに目を掛けてくれる理由が分からねぇな」
「さっきも言ったでしょ、あたしにも目的があるって。そしてそれには貴方の協力が欠かせないのよ」
「目的、なぁ……」
真っ直ぐこちらを見つめるその目は真意を問いただすような目。
だが自分の魔女としての立場を考慮しているのか、若干二の足を踏んでいる。そんなところだろう。
そして
頑固で真っ直ぐな職人気質の性格の相手に有効な手段。それは……『誠意』。
「あたしの目的は簡単に言えば二つよ。一つは貴方達を強くすること。理由はざっと言うとあたしと一緒だと変な手合いに絡まれる可能性があるからね」
自身の知名度、この身に流れる魔力に膨大な知識。そんな自分と繋がりを持とうと邪な考えを持つ人間は確実に存在する。と言うかいた。
そんな相手から少しでも身を守れるようになって欲しい。仮にいなくても旅する冒険者一行であれば強くなることはマイナスでは無い。
そう尤もらしい言葉を並べそれを伝えると、少しだけ彼の疑いの目が和らぐ。
もちろんこれは嘘ではないが真実でもない。実際のところはレイス絡みで巻き込んでしまった際の保険のようなものだ。
「……もう一つは?」
「こっちは完全に私事ね。あたしは未知を既知にすることを望んでいる。だから貴方が手にした
「……素材についてはどこで知った?」
「ちょっと訳ありでヤマル君からね。その際色々教えてもらったわ。鍛冶師として一流なだけではなく、あの銃剣を作り上げた貴方であればきっとあたしの望むものを形にしてくれるって思ったのよ」
先と違いこちらは本当。
この二百年の間、この世界で自分は色々な研究をしてきた。その中には様々な理由から頓挫した計画や研究もある。
今回の事だってそうだ。自分とて伝説の魔女と呼ばれる才女。鍛冶の知識はもちろん持っている。
しかしそんな人間でも自身の研究を形にするだけの鍛冶の技術と経験は残念ながら持っていない。
だが今目の前にはそれを可能とする腕前を持った本職がいる。これを利用しない手は無かった。
「もちろん、場所を提供したぐらいで聞いてもらえるとは思ってないわよ。例えば必要ならこれを自由に使ってもらっても構わないわ」
そう言うとドルンに良く見えるような位置で何も無い空中に軽くなぞるように指を這わせる。
するとなぞった先から空間が裂け、そこから様々なものが重力に従い落ちてきた。
出したものは多種多様な鉱石。もちろん自分にはどれが必要になるか分からないので、可能な限り手札は見せる。
「これは……!」
「これまで使い道は無かったけど今まで溜めていた物よ」
「すげぇ……
「どうやら気に入ってくれたみたいね」
彼は何も言わないが、目は口ほどに物を言うとはヤマルの世界の言葉だったか。
少なくとも先ほどの疑いの目はもはや完全に霧散していた。
「ただ設計の際はあたしの意見やアイデアも取り入れてもらうことになるわね。もちろん専門家である貴方の意見は尊重するけど、可能な限り叶えてもらえるかしら」
「内容次第だ。しかし魔女様のアイデアっつーことは……」
「えぇ、魔道具や魔道装具のアイデアに近しくなると思うわ。今使われてる魔道具の基礎理論も元を正せばあたしが出したものよ」
その事実に思わずドルンの喉が鳴る。
ヤマルの知識からこのドルンはかなり知識欲がある。しかも貪欲に吸収する姿勢を持ち、人王国では魔術師ギルドから魔道具に関連する知識の開示を直談判するほどだ。
そんな彼がこの自分からの誘いを蹴るだろうか。
「どう、あたしと協力して最高の物を造ってみたくない?」
そして最後の一押しとばかりに追撃の一言。
ゆっくりと彼に手を差し出すと、その野太い腕が伸びるまでそう時間は掛からなかった。
◇
(これでよし、と……)
自分の別荘の空間からカーゴの中へと戻ってくる。
ドルンは準備のためあちらに置いて来たが、『門』を自在に抜けれるよう設定を施しておいた。
必要な時はきっとここから出てくるだろう。
(しっかしヤマル君も面白いもの持ってるわよねー。お陰で移動しながら鍛冶仕事出来る環境が整ったのだから万々歳だけどねー)
現在別荘へと続く『門』はこのカーゴの後部に設置されている。
もっと具体的に言えばカーゴ内部から荷台に続くドア。これを別荘の『門』と繋いだ。
空間転移系は便利だけど、開けてる最中の魔力消費量と、『門』自身が四枠に囲われた場所に設置しなければいけないと言う制約が付いているのは難点だろう。そのうち改良せねば。
しかしそのお陰でここからいつでも別荘に戻れる。更に移動中は不可能だった鍛冶仕事が出来るのは、今の彼らからすればとても大きいだろう。
「さてさて、次は……」
外にいるヤマル君と修行について相談でもするかなー。でもなー、マー君達いるところだと話し辛いなー。
別に今回は対戦じゃないから手の内ばらしても問題ないし、ヤマル君たちからすれば戦力強化に繋がるのだから隠す理由としては薄いの分かってるけど……。
うん、やっぱり内緒にしよう。こういうことは当日実演と同時に発表してあっと言わせたほうが絶対面白い!
そして驚くマー君をおちょくって……でもわざと漏らして優越感浸っちゃうのも面白いかなー。
「魔女様、ちょっといいか?」
「わひゅ!?」
「……わひゅ?」
「なんでもないわよー、なんでも。それでどうしたの?」
真後ろの門から突然現れたドルンにちょっとびっくりしてしまった。
ひらひらと両手で何も問題ないとアピールをし、改めて彼に向き直る。
「あぁ、室内の構想が大よそ固まった。確か必要な物は用意してくれるんだったよな」
「えぇ。物にもよるけど大体はいけると思うわよー」
「後早速で悪いんだが最初に作るものの相談をしたい。ここでもいいが……」
「いえ、戻りましょ。必要な物も出せるなら出すし」
と言う訳で二人揃って鍛冶小屋へ。
早速とばかりにドルンは紙を一枚こちらへと差し出してくる。
「必要なもんはこれにまとめた。とりあえず確認してもらえるか?」
「えーと、机に棚に炉に金床に……まぁ基本の鍛冶場って感じね」
「あぁ。と言うか自分で頼んどいてアレだが、炉とか用意できるのか?」
「まぁ普通の炉ならねー」
よっぽど特殊なのでなければ炉の製法も頭に入っている。
後は魔法で形を整えて設置して……うん、大丈夫そうね。
「それで最初に造るものの話だっけ」
「あぁ、何しろ初めてづくしだからな。ドラゴンの素材、新しい金属、そして魔女様からの要望とやることは多い。だからまず先に大筋でどの様な武具を作るか決めておきたい」
「新しい金属って……」
そう言えば竜の素材と掛け合わせた合金作るとか言ってたんだっけ。
具体案はあの子の記憶からは特に読み取れなかったけど……。
「竜の素材と別のモン掛け合わせたやつだ。掛け合わせる素材は魔女様から貰った石を使って色々試すつもりだが……」
「ソレが出来た後何を造るかってとこかしら?」
「あぁ。俺だけなら鉄や鋼、擬似神鋼を使うところだが、魔道具要素を含むなら魔法銀の相性も見たい。その上で造るとなれば従来の形から逸脱することも視野に入れねばならん」
「基本はあの子達の武器だからそのままでもいい気はするけど……でも、そうねー。普通に造ったんじゃあ面白くないわよねぇ?」
「あぁ、こんだけ最高の素材に魔道具監修の魔女様がいるんだ。普通のモン造るんじゃぁ面白くねぇもんなぁ」
あぁ、良い。このドルンってドワーフも自分と一緒だ。
未知を開拓することに貪欲で、それを叶える確かな下地があり、何よりソレを楽しむ性格。
自分は魔術、あちらは鍛冶。アプローチするものは違えど根源は同じ。それすなわち『同志』と呼ぶ。
(懐かしいわねー……昔はよくバカやったもんだけど)
まだまだ半人前で無茶やってた遠い昔を思い出し思わず笑みがこぼれる。
あの時灯した好奇心と言う心の炎は未だ胸の中で燃え続けている。
時には燻ることもあったが、それでも決して消えることの無かった自分の原動力は、今新たな同志を迎えたことで再び燃え上がっていた。
「さぁ、どんなのが出来上がるのか楽しみねー」
未だ影も形も見えぬ完成品に心を踊らせ、時間の許す限り二人で熱く語り合うのだった。
◇
「ヤマルー、そろそろご飯だからドルンさんとウルティナさん呼んできてくれるー?」
「了解ー」
お椀にスープを注いでいるコロナからこの場にいない二人を呼ぶように頼まれる。
確か今日一日はウルティナはドルンに付き合うと言っていた。
何をするのかと思いきや、彼女はカーゴの一角をあの一軒家の場所と繋げ、あまつさえそこに鍛治場を作ると言い出したのだ。
そんな無茶な……と思うこちらを他所に、彼女はさも当たり前のように門を作り空間を繋ぎ合わせた。
そしてドルンと一緒に門の向こうに消えたわけだが、それ以降は二人とも姿を見ていない。
「と言うか竜の素材も消えてるし……」
ついでに向こうに必要そうなものあったら運んであげようと思い、カーゴの後部のドアを開けるも積んであった素材はもぬけの殻。
多分すでに持って行ったのだろうが……よく門くぐれたな。幅とか結構足りないと思ってたのに……。
(まぁあの人なら何でもありか)
自分では良く分からない魔法の概念をこの世界に持ち込んだ魔女様だ。
何というか、実際はそんなことないんだろうけど何でも出来そうな雰囲気はある。
とりあえず後部のドアを閉めカーゴの中に入っては門をくぐる。すると彼女の一軒屋から少し離れた場所に見覚えのない小屋が建っていた。
多分あれがドルン用に誂えた鍛冶場だろう。どうやったら一日で建つのか不思議で仕方ないが、『魔法』の二文字を以って自身の心を強制的に納得させる。
「ドルンー、ウルティナさんー。そろそろご飯――」
「おー良いわねー! それならここをこうしてこの形にすれば……!!」
「ふむむぅ、なるほど! しかし強度面はどうだ? 両立どころか全てを満たさねばならんぞ?」
「そこはこいつとこれの配合をこうして……いえ、何なら武器そのものに強化系付与を持たせるのもありね」
「そうか! 所持者ではなく武器自身が己の刀身を強化すれば……いいぞいいぞぉ!!」
「創作意欲沸きまくるわよーーーー!! あっはっはっはーーーー!!」
――――パタン。
何も言わずにドアを閉めた。きっとこれが正解の選択肢だと確信を持って行動できたと思う。
彼らには後でご飯を持っていってあげよう。玄関先に置いておけばきっと気づいてくれるだろうし、正直あの渦中に飛び込むのは勇気ではなく無謀である。
「…………はぁ」
ただあの片割れに明日以降教えを受けると思うと、ため息を漏らさずにはいられなかった。
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