第242話 師弟関係
「と言う訳でヤマル君は今日からあたしの弟子よ!」
「…………はい?」
明けて翌日。
朝一で見たのがマガビト達の濃い顔面という中々レアな経験をしていたところにウルティナがやってきた。
そしておはようと挨拶をする間も無く、先の言葉を告げられたのだ。
「……えーと?」
「喜びなさい。このあたしの弟子になれるなんてドラゴンを倒すより難しいんだから! いやー、ヤマル君ってば超ラッキーボーイ!」
「いや、そうではなくて……」
結果ではなく過程を教えて欲しい。
昨日の今日で一体何がどうなったら自分が彼女の弟子になると言う状況に陥るのか。
「朝からやかましいぞ」
「あ、マー君おはよー。ほら、マー君もちゃんと伝えなさいな」
「……はぁ、まぁよい。コロナよ、今日から我が直々に鍛えてやろう」
「え、私も?!」
まだ寝ぼけ眼だったコロナもこれには驚いたようで、耳と尻尾をピンと立てながら声を挙げる。
しかし奇怪な行動は今に始まったことではないが、何故いきなりこうなったのか……。
もしかしてあれか。似た者同士が集まったことで変な相乗効果が発生したとかそういうのか?
「あの、せめて経緯を教えてくださいよ……」
このままでは流されかねないのでため息一つ溢しつつ説明を求める。
そして二人から聞いた話をまとめると、まごうことなくただのとばっちりだった。
どうやら昨日自分達がミーシャの激甘トークに付き合ってる頃、久方振りに会った二人は何故か死闘を繰り広げていたらしい。
結局決着はつかずどっちが上か下かで口論となり、そして紆余曲折を経て育成力で勝負をつけようという事になったそうだ。
その紆余曲折に何があったか知りたかったが、当人達も売り言葉に買い言葉と次々に変わっていった為良く覚えてないとのこと。
ともあれそこで白羽の矢を立てられたのが自分とコロナである。
ウルティナは自分を、ブレイヴはコロナを鍛え競わせようという事になったのだ。
「つまりヤマル君はあたしの、コロナちゃんはマー君の代わりに戦うの。代理戦争よー」
「……拒否権は?」
「無いわよー」
「降参します」
「させないわよー?」
「いや無理に決まってるでしょう!?」
要するにコロナと戦えと言っているのだこの人は。
確かに模擬戦や訓練で何回か手合わせは……いや、手合わせと言うよりは指導を受けたことはある。
結果は言わずもがな。そもそも自分の身を守ってもらうためのコロナなのだ。
戦闘のプロの傭兵相手に、多少魔法が使えるようになったとは言え基本一般人の自分が勝てるはずがない。実際勝った事等一度たりとも無い。
それに……。
「あの、私もヤマルに剣向けたく無いんだけど……」
おずおずと手をあげコロナが自らの心情を吐露する。そしてその気持ちは自分も一緒だった。
もし仮に戦う事になったとしても、自分の戦闘力の大半は銃剣に集約される。コロナにはあまり効かないと思うが、それでもあんな危ないものを彼女に向けたくは無い。
もしこれが自分もちゃんと戦える剣士ならば模擬刀などで打ち合う事も出来たのだろうけど……。
しかしそんなこちらの考えなどお見通しとばかりに、ウルティナはしたり顔で問題ないと豊満な胸をこれでもかと張った。
あ、コロナがちょっとダメージ受けて凹んでる……。
「大丈夫大丈夫、そんなヤマル君の考えは全てお見通しよー」
「アァ、ソウデシタネ……」
くそ、折角寝て昨日の事忘れかけてたのに……。
「まぁあたし達みたいに正面切って戦っても二人ともまともに実力出せないでしょ? だからあたしは考えました、どうやったら公平に判断できるかを」
「一応言っておくと我との共同案だからな。そこは安心してくれ」
「共同?! 嫁の私差し置いて共同……!」
ミーシャさん、ステイ。
何か妙なところで飛び火した彼女を宥めすかし、ウルティナに先に話を進めるよう促す。
正直現状で話を脱線させたくないのだ。きっと面倒な事になるし……。
「二人にはあたしが用意したものと戦ってもらい、それを倒すまでの時間を競ってもらいます。つまりタイムアタックねー」
「戦うものに関しては昨日の内にこいつと決めておいた。だから相手に関しては我も知っている」
「もちろん早く倒せたほうの勝ち。何か質問あれば今の内に聞くわよー」
すでにやる事が確定しているのが悲しいがもはや突っ込まない。
むしろこのペア相手に逆らえる人材がこの世界にいるかすら怪しい。そんな天上人からの無茶要求に対し、木っ端の自分では抗える方法など無いのだから。
……まぁポジティブに考えるのであれば強くなれるのは歓迎すべきところ。それも教えてくれる相手が(性格を置いておけば)この世界の人間の魔術師の祖であるウルティナ自身だ。
そう、これは彼女が言うようにラッキーな事なんだ。うん、これはラッキーこれはラッキーこれはラッキー……。
「ヤマル?」
「大丈夫、これはラッキーなこと……」
「ちょ、ヤマル!?」
がっくんがっくんと肩を揺すられた事でちょっと飛びかけてた意識が強制的に引き戻される。
精神を守るために何か強い自己暗示掛けてたような気がするけど……。
「……おい、そっちは本当に大丈夫なんだろうな。強くした結果廃人になってたとかは流石にマズいぞ」
「そっちこそ鍛えた結果ブレイヴ二号が出来上がってるとかは勘弁してよねー?」
「「…………」」
あ、コロナが自分が廃人になったら嫌だなぁって目をしてる。
そして自分もこの子がブレイヴと同じノリになるのは嫌だ。彼と一緒に屋根の上から登場するシーンとか悪夢でしかない。
「で、質問無いならお話はもう終わりだけどー?」
「あ、すいません。ではいくつか気になってることを……」
逃れえぬ運命ならば今出来る事はせめて突発的な出来事を避けること。
コロナとの勝負はやるにしても、せめてダメージは最小限にすると言う一心で詳細を問う事にした。
◇
「それでヤマル君達はウルティナ様と、コロナちゃんはあいつと特訓する事になったのよね?」
「えぇ。と言っても移動しながらですから一日中みっちりってわけでもないんですけどね」
あれからマガビトの集落を出立し、最寄の町で預けていたカーゴを受け取った。
そしてそのまま町を出て、今はディモンジアへ続く魔国の街道を歩いている。
現在外に出ているのは自分とポチ、それにエルフィリアとミーシャだ。
「まぁコロと戦うじゃなくて競う方式だったのは良かったですよ。正直勝てるビジョン全く浮かばないですし」
「コロナさんの動きって速いですもんね……」
「単純な速さだけならポチいればいいけど、平面的な動き限定だからなぁ。室内とか無理だし、そもそもあの速度で立体的な動きするの反則だよ……」
「わふ……」
基本大体の生物は上からの攻撃には対処し辛いのだ。あの速度で直上から襲われたらひとたまりも無い。
「まぁでも時期が少し空いてるのは良かったんじゃないかしら。あの方から学べばヤマル君も強くなるんじゃない?」
「そうですね……どう転ぶか分からないけど、対戦の日まではまだまだ時間ありますしね」
あの時質問をした一つにいつ戦うのかと聞いたところ、戦う場合それなりに大きい場所が欲しく、かつ出来れば互いに万全の体調が望ましいと言うことで王都に戻ってからと言う事になった。
ここからディモンジアまで七日、そこから国境まで十日、更に人王国に入ってから王都まで半月。
つまり王都に戻るには最短でも大よそ一ヶ月は掛かる計算だ。
「後はハンデがどこまで有利になるかでしょうね」
そして自分とコロナを競わせる際に公平性を出すためのハンデ。
基礎スペックからして圧倒的な差があるために設けられたが、これをどこまで活かせるかが勝つ為のポイントになる。
「でも情報って大事よ。私も国政に携わってるとそれが良く分かるし」
「でしょうね。自分達もエルフィが加わってから彼女の目には助けられてますからね。やっぱり先手で相手がどうなのか分かるのは大きいですよ」
不意に褒められたため恥ずかしそうに俯くエルフィリアの横でハンデの内容を思い出す。
同じ相手と戦うタイムアタック方式なわけだが、今回ハンデとして設けられたのは自分に対する情報アドバンテージだ。
具体的にはコロナが先に戦う。
戦う相手は当日まで不明なので何が出てくるか分からない。だから攻略法や対策を立てる事が出来ないのだ。
そんな中、先に戦うのがコロナである。同じ相手と戦う以上、コロナの戦いを見ることでその敵の大きさ、攻撃方法、特性や弱点など知れる点は大きい。
手探りで戦うコロナと直前ではあるが対策が出来るこの差を彼らはハンデとして設定した。
またウルティナやブレイヴは事前に決めている為どの様な相手が出てくるか知ってはいるが、今回の特訓ではその相手への対策ではなくどんな相手が出ても問題ないように鍛えるとの事だ。
「ハンデだけ聞けばちょっとズルいようにも聞こえるけどね」
「でもブレイヴさん達が言っていた事も事実ですし……」
「『このパーティーにおいてどんな敵が出ても最前線で相対するのはコロナであり、如何なる敵でも戦えるようになるべきだ。前衛として対応力は必須だからな』だったっけ。あいつカッコ良かったわねぇ」
のろけ出してきたミーシャはさておき、実際ブレイヴの言うことは最もな意見だった。
その為コロナもこのハンデについては快く了承をしていたのを覚えている。
「あの、ヤマルさん。ちょっと気になることあるんですが……」
「ん?」
何だろう。見るとエルフィリアが何となく困ったような表情をしている。
「ウルティナさん、今後もご一緒されるんですよね?」
「まぁ、そうだね」
「それでヤマルさんに何故か私も鍛えてくれるんですよね?」
「うん、そうなってるね」
「…………」
「……? どうしたの?」
何だろう。色々おかしいことではあるがとりあえずどれも決まった事のはずだ。
どこか見落としたことでもあったのだろうか。
「いえ、その……対戦相手のコロナさんを鍛えるってことは、ブレイヴさんも一緒に来るのでしょうか?」
「「………………」」
ギギギ……とまるで錆びたブリキ細工のような動きでミーシャを見ると、彼女も同じ様な動きでこちらを見ていた。
確かにコロナを鍛えるってことは彼女が言うようにブレイヴも連れて行くという話になってくるが……。
「……あの、ミーシャさん……?」
「……結婚式新婚生活ハネムーン一つ屋根の下そしてついに二人は結ばれ……」
「ちょ、ミーシャさん戻ってきてくださいって!!」
まずいまずい非常にまずい!
ブツブツと早口で呟くミーシャの様子も大概マズいが、このメンバーで最大戦力の彼女が使い物にならない現状が非っっっっ常にマズい!!
今魔物に襲われたら――――
「ヤマルさん、何か来てますよ!!」
嫌な予感が当たるとはよく言ったもので、エルフィリアが指差すその先には土ぼこりを上げて向かってくる複数の魔物の姿。
と言うかあいつら行きは襲ってこなかったくせにこういうときだけ都合よくきやがって……!
「あーもう!! 《
自身に魔法を掛け大きく息を吸い込むと、何をするか気づいたポチとエルフィリアは揃って自分の耳を塞ぐ。
「全・員・集・合ーーーーーー!!!!」
音量全開。
ポチの
~おまけ~
「ふ、他愛も無い」
「もぅ、こんなの相手に呼び出さないでよねー」
うん、まぁなんだ。自分で助けを呼んでおいてあれだが……。
「これはひどい」
目の前には元魔物だった物体がいくつも散乱していた。
なんだろう、この『Lv99の戦士がス○イムを殴打したらこうなる』を生で見せられたような感じ。
いやぁ、それに生物って陸上で破裂するのね。肉塊は見慣れていたつもりだが、まさか肉花火を見る機会があるとは思わなかった。
どこぞの王子が『汚ねぇ花火だぜ』と言ってたが確かに汚いわ、これ。まさかその光景が目の前で繰り広げられるとはなー、あはは……はぁ……。
「……俺、この人に鍛えられるのか」
「ヤマル、一緒に頑張ろ……」
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