第241話 砂糖は口から生産できる


 昔、魔国にドラゴンが現れたことがあった。

 この事は以前カレドラから聞いたとおりであるが、実はその中でまだ知らない事があった。


 まずこの時ブレイヴがドラゴンを撃退したという話だったが、実際はまだ魔王マティアスの頃であったと言うこと。

 そしてドラゴンに襲われた住人の中に、幼い頃のミーシャがいた事だ。

 たまたま出かけていたミーシャは運悪くドラゴンの襲来に遭遇。いたぶられながらも気丈に抗ってはいたが、圧倒的な力と数の差にもはやダメかと思ったその時だった。

 颯爽とマントを靡かせながらミーシャを庇うかのように立つ一人の魔族おとこ

 その男はドラゴンの一撃を防ぎ、あまつさえ撃退してみせたのだそうだ。


『すまない、遅くなった。……よく頑張ったな』


 男の大きな手で頭を撫られ、優しく声を掛けられたことで緊張の糸が切れたミーシャは彼の胸の中で大泣きしたんだとか。

 そして日本人的には良くある物語のパターンだが、その時にマティアスを好きになり、彼に見合うべく色々な努力をする事になった。

 まぁ結果としては彼女の望み通りの形に収まったわけだが……。




「それでね、あいつってば――」


 復活したミーシャのトークが止まらない。

 ブレイヴとの出会い、そして好きになった理由を赤裸々に語ってくれたのだが、盛大なノロケ交えたその話をコロナとエルフィリアの二人と共に約二時間に渡って聞く羽目になった。

 よっぽど嬉しかったのか普段の凛とした雰囲気は鳴りを潜め、まさに恋する乙女全開といった様子。ミーシャはこちらが聞いてもいないあの時の思い出やブレイヴがいかにカッコ良かったか等を軽快に語っていく。


「ヤマルさん、白湯ってこんなに甘かったでしたっけ……」

「う~……口からお砂糖吐きそう……」

「まぁ、うん。もうちょっと我慢しよ」


 何せ百年以上越しに恋が成就したのだ。

 今まで様々な苦労もしただけに溜め込まれた気持ちは相当量だろう。彼女にも色々お世話になったので、聞き手としてはしっかり付き合うつもりである。


 ちなみにブレイヴとドルンは女子会には雰囲気的には混ざりたくないとどこか行ってしまい、ウルティナは明日から出かける為マガビト達と何か話してくると言っていたのでこの場にはいない。


「それで、えーと、多分婚約された切っ掛けってのがさっきの……」

「えぇ、昔の私グッジョ!って感じよね」


 満足げに当時を思い出しうんうんと首を縦に振るミーシャ。

 こちらもよくある話だが、助けてもらったブレイヴに対し『お嫁さんになってあげる!』と言ったそうだ。上から目線なのが子どもらしくなんとも微笑ましい。

 するとブレイヴは笑いながら『お前が大きくなって良い女になった時にな』と返したそうだ。

 その約束を原動力にこうしてミーシャは魔王になる程の力をつけ、また彼に相応しくあろうと外見にも色々気を使った。

 もちろんミーシャとてバカではない。

 こんな子どもの頃の口約束などこちらの世界でもよくある話らしく、ある程度大人になったところで『あいつはもう忘れているんだろうなぁ』と思っていた。

 彼女にとって誤算だったのが、この子どもの頃の約束をブレイヴが律儀に覚えていた事だろう。現在でこそあんな感じではあるが、それを差し引いても彼の力と影響力は計り知れないものがある。

 今までブレイヴにそのような浮いた話が一切無かったこと自体おかしいのだが、恋する乙女のミーシャはラッキーとしか思ってなかった。恋は盲目なんて言葉はあるけど、それはこの世界でも適用されるのかもしれない。


「……ヤマル君達には本当に感謝してるのよ。君達がいなかったらあいつとの関係なんてきっと進んでなかったでしょうし」

「や、今回の件は俺ら何もしてないですから……」


 たまたまあのウルティナトラブルメーカーが面白おかしく話題振ったから発覚しただけ。ミーシャから感謝されるようなことなど何一つしていない。

 その事を伝えると彼女は違うよと小さく首を横に振る。


「でもヤマル君達が居なかったらここに来ることも無かったしね。それに前に服の件であいつにアドバイスしてくれたんでしょ?」

「あ、はい」


 以前図書館でブレイヴに相談されアドバイスをした件のことだろう。

 確かブレイヴがミーシャに引っ張られて出ていったが、この様子を見る限りは上手くいったみたいだ。


「アイツとまともにその……デ、デートできた数少ない事例だし……。だ、だからね? 魔王としては立場的に無理だけど私個人としてなら皆に協力するから、困ったことがあれば何でも言ってね」


 そう言い頬を赤らめはにかむミーシャは本当に幸せそうな顔をしていた。



 ◇



 まるで森の中の一角を切り取ったかのようなスペースにポツンと佇む小さな家。

 普通に見るのであれば場所以外は違和感は感じないであろう。

 しかし周囲の森には強力な結界、それこそ入る事も出る事も不可能な強力なものが展開してある。

 誰にもこの場所を知られたくないと言った気持ちが込められているような隔絶した環境だ。


「マー君も住みたい?」

「そんなわけないだろう。魔窟を住処に出来るのはそれを作った者だけだ」

「居心地いいのにー」


 ぷぅ、と口を尖らせ後ろから現れたのはこの家屋の持ち主であるウルティナ。

 彼女の拠点となるべき場所に足を運んだのは自身の長い年月を以っても今回が初めてのことだ。


「それで何用か。わざわざ皆と離し我だけを呼び出すのだから相応の事か?」

「もっちろん。今こそあの時の続きをだから危ないって!? 小粋な魔女のジョークに問答無用で魔力弾ぶっ放すの止めてよね!」

「チ……なんだ違うのか」


 ここなら目撃者もいないため消すには絶好の機会と思ったのだが。

 しかしこの女の事だからきっとあの時のようにまた何事もなく現れるのだろう。 


「全く、そんなんじゃ女の子にモテないわよー」

「嫁がいるのだから問題無かろう?」

「おーおー、ノロけちゃってまぁ。恋のキューピッドに対してもう少し感謝の念くれてもバチは当たらないと思うんだけどなー」

「他人の世話より自分の事を心配したらどうだ? 現状では独り身のやっかみにしか聞こえんぞ」

「あたしはマー君と違ってより取り見取りなんですぅー! 見なさい、この若くて瑞々しいパーフェクトボディを! 知性と美貌を兼ね備えたあたしに掛かればどんな男の子も一撃必殺!」

「殺してどうする。と言うか人間で二百も越えればババアじゃないのか? むしろ妖怪の類に足を突っ込んでいるので……なんだ?」

「いやぁ、ちょっとデリカシー無いマー君にはこの場でお仕置きした方がいいかなぁ、って」

「良かろう、ならばあの時同様掛かって来るがよい! 返り討ちにしてくれよう!!」



「まぁそれで本題入るわけなんだけどー。まぁまずはこれを見てくれる?」


 とりあえず三十分ほど戦った後、改めてウルティナが用件を切り出す。

 しかし割と本気で戦ったのは久しぶりではなかろうか。相変わらずこいつの戦い方はいやらしいの一言に尽きる。

 わざわざここに呼び出したのも領域による補助を狙ってのことではないかと疑うほどだ。

 まぁ家を壊そうとしたらマジ泣きしたので止めたのだが、その隙に一撃繰り出す辺り性格の悪さが窺える。


「性格が悪いんじゃなくてしたたかなんですー」

「勝手に人の心を代弁するのは止めろ」

「あれ、マー君そんなこと思ってそうな顔してたのに違った? まぁそれは置いておいてちょっと待ってねー」


 そう言って胸元から取り出した薄い箱の様な物……ではない。あれは確か見覚えがある。


「確かすまほだったか。ヤマルの所有物だと思ったが」

「うん、ちょっと借りたの」

「……許可は取ったのであろうな?」

「大丈夫、後でこっそり返しておくわよー」


 つまり無許可と。

 今はミーシャらと話してるであろう友人の顔を思い浮かべつつ、自身と同じように振り回されるヤマルには同情を禁じえない。

 そんなこちらの心情を余所にウルティナはすまほを手馴れた手つきで使っていく。そう、ヤマルの世界の道具でこちらの世界ではまともに使える人間が居ないであろうあの道具をだ。


「……ヤマルの頭の中を覗いたな?」

「未知の異世界知識に溢れる探究心抑えれなくってねー。まぁ向こうもあたしに用事あったし報酬の前払いってやつよ。でも良く気づいたわね?」

「貴様ので我が国の作戦本部が使い物にならなくなったからな。嫌でも分かる」


 当時の事を思い出しても本当にこいつのえげつなさが光る。

 普通の魔族じゃ太刀打ち出来ない程強い上に神出鬼没。おまけに数分捕らわれるだけで頭の中隅々まで見られるのだ。

 おかげで対人王国戦にて作戦情報は筒抜け。魔法を得た人王国軍に待ち伏せされたり罠を張られたりと散々な目に合った。

 結果『個々の戦力を以って臨機応変に当たれ』ぐらいの作戦と言えるかどうかも分からない指針しか成り立たなくなる始末だ。

 しかも対獣亜連合国の作戦もリークするというおまけ付き。無論ウルティナはリークの際当然の如く獣亜連合国の情報も仕入れていたことを付け加えておく。

 

「このスマホっての良いわねー。あたしじゃ作り方はさっぱり分からないけど、あの子の知識からは向こうでは必須の道具だったみたいねー。実際便利機能満載だし。っと、出た出た。これ見てくれる?」

「コレは確かしゃしんと言ったヤツだったか。……ッ!?」


 を見たとき体の内からゾワリとしたものが湧き上がってくるのを感じた。

 抑えきれない感情が魔力と共に外に溢れ、周囲がまるで強風に煽られたかのように揺れ動く。


「はいマー君、クールダウンクールダウン」

「……コレはどこでだ?」

「ヤマル君の記憶からすれば人王国ね。時期はそこそこ前。あの子は情報提出用として残してたみたいだけど」


 すまほの画面に映し出されたのは三つ首の歪な魔物の死体。

 熊の魔物の両肩から人間と獣人が生えた様なソレは大よそ自然に発生するものではなく……そしてこの手口を自分は知っている。


「……レイスか」

「多分ね。あの時消したと思ったのに、ホントしつこいわねー」

「欠片でも残ってたか。この期に及んでまだ害を成すつもりか」

「むしろ活動できるようになるまで時間掛かったってあたりかしらねぇ。ホント、自身の目的のために他人に迷惑掛けるの止めて欲しいわよねー。ねぇ、魔国で有名な勇者ブレイヴさん?」

「あぁ、全くだな。人の頭覗き魔女ウルティナよ」


 あっはっは!と互いに煽り倒したところで話は更に続く。


「それで他にはどんな情報があるのだ?」

「んー、ヤマル君の経験とかだから裏取りはできてないんだけどねー」


 ウルティナから情報を聞くと言うことはヤマルから無断で話を聞くという事。

 正直かなり後ろめたさはある。何せ間接的とは言えやってることは目の前の女と同じ事だからだ。

 しかし事が事だけに今は情報は何よりも欲しい。

 そして分かった事と言えば魔物と合体していた人と獣人の素性とヤマル達との関係性。それに付随して少し前に起こった人王国での王族事件等々。

 魔国としては人王国の秘密を一つ握った様な物だが……。


「……その貴族の人間もかの獣人もそそのかされた……いや、手口が一緒なら揺さぶられたか?」

「この分だと第一王妃も怪しいわねー。発覚してないだけで他にも同様の事件ありそうだけど……」

「よっぽど大きく取り上げられない限りはその辺の雑多な事件に紛れ込んでるのが関の山だろうな。だがここに来て分かりやすく出てきたか……」

「あいつも大概実験とその結果の繰り返しをするタイプだったからね。前よりも合成の精度と安定性上がってるみたいだし、我慢できなかったんじゃない?」

「もしくはばれてもよいほど力をつけた、か……」


 しかしそうなると厄介だ。奴の足取りの掴み辛さは群を抜いている。

 水面下で動かれた場合、このように露見しない限り追い詰める手立てはあまりない。


「で、マー君。この件についてあたしと手を組まない?」

「ほぅ、我に頼みごととは随分殊勝な心がけではないか」

「そんな事言っても分かってるんでしょー? 相手がレイスなら他の子にやらせられないって。それにこれはあたし達の仕事。あの時逃したなら今度こそきっちり引導を渡す、でしょ?」

「野放しにするのも危険か……。良かろう」


 こいつと組むことは甚だ不本意ではあるが、ウルティナは自身が認めている数少ない人間だ。無論性格以外は、だが。


「それで具体的には何か案があるのだろうな?」

「もちろん。そうじゃなきゃマー君をわざわざ呼びださないわよ。とりあえずマー君には時が来たらその時は動いてもらうとして、現状やれることはいくつかあるわ」


 そう言うとウルティナが一つ目、と人差し指を立てる。


「まずレイスを確実に仕留める手段の確立。これはこっちでアテがあるからやっておくわ」


 そして二つ目、と今度は中指を立て指の数を二つに増やす。


「レイスの居場所の特定。現状どこにいるか分からない以上人海戦術で情報を集めるしか無いわね。とりあえずあの魔王様に頼んでそれっぽい情報集めてもらえるかしら?」

「いいだろう」


 こちらからの色好い返事を貰えた事に満足した表情を浮かべるウルティナは、最後に、と薬指を立てる。


風の軌跡あの子達の戦力強化」

「ふむ。その根拠は?」

レイスよー? 逆恨み全開であたし達の所に来る可能性は十分考えられるじゃない。巻き込みたくは無いけど、少なくとも……それこそヤマル君はすでに関わっちゃってるからね」

「ならば強くしておけば生き残れる率は高くなる、か」


 自分とて友人達が殺される目に合うのは忍びない。

 ウルティナこいつが付いている以上そうそう手は出せないと思うが、四六時中一緒と言うわけでもない。

 ならば当人達を強くすること事で生存率を上げると言うことは理に適っている。

 幸いな事に彼らは冒険者だ。強くなれること自体は歓迎してくれるだろう。

 だが……


「しかしどの様な手段を以って強くするか、だな」


 一口に強くすると言っても訓練や修行、魔法や技術の習得、装備の更新などその手段は多岐に渡る。

 その事を口にするとウルティナは口元に手を当て少々考え込んだ後、まとめた結論を口にした。


「装備更新についてはドワーフのドルンさんに頼むのが良いわねー。幸い現在とても良い素材揃ってるし」

「うむ。だがまだアイデアを出している段階だがな」

「知ってるわよ。でも切羽詰る状況になってからじゃ遅いし、あたしも手を貸すつもり。その間に手分けして残りの子たちを鍛えましょ」

「心得た。しかし鍛えるのは構わぬが怪しまれないか? 貴様と我の関係が明るみになった今、突然の手解きの提案など受け入れられはすれど勘ぐられる事は容易に想像できるぞ」


 こんなんでも一応人王国では超が付くほど有名な魔女のウルティナ。

 そしてかつての魔王かつ現勇者として羨望を集める自分。我らから教わることはこの世界に住まう人ならば控えめに言っても諸手を挙げて歓迎されるだろう。

 きまぐれと押し通す事も出来なくは無いが、事ヤマルに関していえば割と目の前の女の性格はばれていると見てよい。そんな女がきまぐれや慈善事業で教導することを是とするか甚だ疑問だ。

 しかしそれも予測済みなのか、ウルティナはチッチッチ、と人差し指を横に振ってしたり顔を浮かべた。その顔目掛け思わず横っ面をはたきかけたくなったが、寛大な心を以ってこれを許容し続く言葉を促す。


「我に策有りってね。あたしに任せれば怪しまれずにあの子達に受け入れてもらうぐらい造作もないわよー」


 くふふと見るからに碌な事を考えて無さそうな笑みを溢したので、念の為彼女の考えを聞きとりあえず問題ないと判断する。

 その後どの様にして強くするかは各々で決めるということで話が纏まり、本日の話はお開きとなった。






~おまけ~


ウルティナ「この状況って嫁のいる旦那との密会ってみたいねー。マー君、早速不倫?」

ブレイヴ 「ははは、冗談は存在だけにしておきたまえ」

ウルティナ「よーし、お姉さんそのケンカ買っちゃうぞー!」

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