第240話 英雄と英雄


 この世界に来てから色々と知識や常識を仕入れる機会は何度もあった。

 獣亜連合国の時もそうだったし、この魔国に来る際にも下調べはちゃんと行った。もちろんその中には人王国と他国との歴史なども入っている。


 人王国側の主観も幾分か入っているが、歴史では大筋この様な話になっている。

 自分がこの世界に呼ばれる二百年程前。人王国、獣亜連合国、魔国は互いに戦争状態であり、その中でも特に優勢だったのが当時の魔王、『災厄の魔王』が率いる魔国だ。

 元々数で劣る魔国ではあるが個人としての性能は他より高く、その中でも一際際立つのがこの魔王。

 この世界の歴史に残る名の戦いにおいて姿を現しては、ほぼ一人で敵をなぎ倒していく。

 魔国においても歴代最強として尊敬と畏怖を集めたそうだ。

 しかしある時を境にこの魔王の被害がめっきりと減る事になる。

 人王国の秘術である異世界人の召喚。何度かの挑戦と数十名の命を媒介に呼ばれたその中に(流石に召喚方法は本には書かれていなかったが)、後に『伝説の魔女』と呼ばれる一人の異世界人がこの地に降り立った。

 彼女は人では成し得なかった魔法の知恵と技術を分け与え、更に個人としても当時の魔王と何度とも渡り合った。

 この為『魔王』と言う最大戦力を魔女にぶつけざるを得なくなり、他の戦線においても数で勝る人王国、また人王国にリソースを割かれた事で獣亜連合国にも押し返され、結果現在の領土での和平交渉へと繋がっていく。


 戦後、魔女や魔王はそれぞれの自国にて英雄となり、数年後に一線を退いたところで話は締めくくられていた。

 その後の二人がどうなったか定かでは無いのだが……。


「大体昔からマー君言うのは止めろと言っているだろう!」

「えー、マー君可愛いでしょ」

「今の我はマティアスではなくブレイヴだ! そこを間違えるでない!」

「じゃぁブーちゃん?」

「~~~~~~~~ッッ!!」


 すごい、あのブレイヴが手玉に取られている。

 頭をガシガシと掻き毟り地団太を踏む彼の姿は中々見れるものではない。

 ……いや、そうじゃなくて。


「何というか……」

「すごいね。この二人って歴史に名を残す英雄なんだよね?」

「そのはずなんだけどね……」


 叡智の魔王であるマテウスも中々色ボケ魔王と言った感じだったし、獣亜連合国の現英雄であるイワンもコロナを異常に可愛がっている。そして目の前の二人は言わずもがな。

 英雄と呼ばれる人はやはりそういう活躍できる場が無いとただの変人になってしまうのだろうかと思わずにはいられない光景だった。


「ヤマルさんヤマルさん……」

「ん?」


 不意にエルフィリアがこちらの服の袖をひっぱり、耳元で小声で話しかけてくる。


「あの、ウルティナさんもご一緒されるんですよね?」

「まぁ、そう……うぇ?!」


 思わず変な声が出た。

 つまり魔都ディモンジアまではブレイヴとウルティナを一緒に同行させると言うことになる。

 出会って数分ですでにこの状態だ。これが数日も続くとなるとどうなるか……。

 それにもう一つ。


「…………」


 見ると完全に機能停止している現魔王様。何というか、うん、燃え尽きたように白い。

 まぁ確かに自分が恋慕している男にあんなにも馴れ馴れしく接する女性が出てきたのだ。こうなってしまうのも無理も無いし、少なからずショックは受けてしまうだろう。


「……なぁ、魔王様ちぃとダメージ受けすぎじゃねぇか?」

「今までこういう事無かったのかな。ブレイヴさんがあの魔王なら、魔国でも人気ありそうなのに」

「でも今の普段の言動がアレでしょ。寄ってくる人が少なかったのかもしれないね」

「魔都の皆さんの反応見るとそうかもしれませんね……」

「わふ」


 それかあれかな。この人の事分かってあげれるのは自分だけ、と思ってたら実はそうではなかったみたいなパターン。

 その場合ミーシャにとって不幸なのはブレイヴに寄ろうとした人物が皆無だったことだろう。

 何せ現在は勇者として数々の奇行をしている人が、昔は歴代最強の魔王である。もし変に触れてその力が返ってくるかと思えば普通の人なら二の足を踏むかもしれない。

 ましてや魔族の中には長命種の人もいる。当時のブレイヴを知っている人が未だ存命と言うことも十二分にありえるのだ。


 そんなことを考えながらミーシャをどうしようかと思っていると、ふとウルティナと目が合い……そして気付く。

 彼女には強制的に自分の全てを見られている。それは見聞きした事や経験した事、自分がどう思いどう考えたかなど全てだ。

 つまり自分の知識経由でミーシャがブレイヴに恋慕していることは筒抜けで……。

 そしてこちらの懸念を察したかのようにウルティナはにんまりと、それはそれはとても清々しい笑顔を浮かべた。


「あの、ウルティナさん。流石にそれは人としてどうかと……」


 だがそんな願いも虚しく、ウルティナはブレイヴに近づくと肘で彼の横腹を軽くつつきミーシャに向かって指を差す。


「マー君マー君。あの可愛い子誰? マー君の彼女?」

「かのっ?! いえいえいえ! 私とそいつはなんと言いますか……」


 あ、復活した。

 しかしどうするんだろう。正直どう転んでもミーシャにとって良い未来が見えない。

 朴念仁では無いと思うけど、我が道を行くを体現したようなブレイヴに恋愛話。それも自身に向けられたその手の話が理解出来るかと言われたら正直なところ不安しか残らない。

 そしてそんなことは自分以上にある意味付き合いの長いウルティナが気付かないはずもなく。


「ねぇねぇ、どこでマー君と知り合ったのー?」

「あー……その。あいつとは昔助けてもらったのが切っ掛けで……」

「おい、あまりそいつに突っ掛かるな」

「あれあれー、男の嫉妬はカッコ悪い危なっ?!」


 ウルティナが上体を仰け反らすと同時、先ほどまで彼女がいた場所に何かが高速で通り過ぎる。

 あまりの速さに何が通り過ぎたか不明だが、ウルティナが焦っている辺り割と殺傷能力があるものだったのだろう。


「全く、マー君は冗談通じないんだからー」


 ねぇ?とブレイヴに警戒しつつもウルティナはミーシャの隣までちゃっかり移動し同意を求めるも、当のミーシャはどう反応して良いか分からず愛想笑いを浮かべるだけだった。


「やはりこの場で処すべきだな……」

「おっと、マー君クールダウンクールダウン」


 落ち着こうよーと両手を挙げ降参ポーズをするウルティナ。

 だが自分でヒートアップさせておいて落ち着かせようとする辺り、この人はほんといい性格をしていると思う。


「でも実際のところマー君どうなのよー? 結婚とかそーゆーの無かったのー? それとももう妻子持ちだったり?」

「妻も子もいない。いた試しも無い」

「あらま、勿体無い。でもまぁ結婚とかその辺は考えそれぞれだもんねー。ちなみにしなかったのなんで?」

「何故貴様に言わねばならん?」

「別に黙っても良いけど言ってくれるまでずっと聞くわよー?」


 本当にこいつは……と言った呆れた視線をブレイヴは送るも、ウルティナは笑顔で受け流すだけだった。

 もはや無理だと諦めたのか、ため息一つしとてもめんどくさそうにブレイヴはその理由を告げた。


「将来を約束したやつがいる。それだけだ」



「「「「ええええええええええぇぇぇぇーーーーーーーーー??!?!?」」」」


 突然の婚約者発言に自分どころかコロナもエルフィリアも、果てはあのウルティナまでもが驚愕の声を挙げる。

 いや、もはや驚きなんてものではない。

 今日だけでウルティナが伝説の魔女であり、ブレイヴが実は当時の魔王だったと立て続けに驚く話があったが、このインパクトはそれ以上であった。

 ブレイヴに婚約者が? そんな人物影も形も見受けられなかったのに?

 色々な疑問が浮かんでは消え、何か言葉を紡ごうとしても頭の中で文章が纏まらない。

 そんな中、どさり……とまるで何かが地面に倒れたかのような音が背後から聞こえ……。


「ってミーシャさん、しっかりーーーー!!」

「こ、婚約……私、知らな……」


 あまりのショックからか体を痙攣させうわ言を繰り返すミーシャ。

 慌てて彼女の上体を起こし声を掛けるも、こちらの言葉には全く反応しない。


 とりあえずミーシャを寝かせれるよう皆に指示を出していると、そんなこちらを見たウルティナがポツリと小さく言葉を漏らした。


「さすが勇者の一撃。見事に魔王を倒したわね……」

「いや、そんな上手いこと言ってる場合じゃないですよ……」


 ある意味勇者に打倒された魔王を介抱するため、今日はこの場にて一夜を明かす事になるのだった。



 ◇



 マレビトの集落?にある巨木の隣でキャンプを設営する。

 一応ここまで案内してくれたゴブリンのリーダーには話して許可は貰った。彼……彼女かもしれないが、ゴブリンが言うにはあの門をくぐった自分は裏長の客人になるので好きに使ってよいとのこと。

 そもそも当の裏長であるウルティナが一緒に居るのでかなり敵意の様な物は和らいだと思う。


 しかしウルティナは何故ここにいたのだろう。

 魔国の、しかも魔族ですらこないであろうマガビトが集まるこの地に。

 彼女ほどの実績があれば人王国で左団扇生活も出来そうなものだが……。


「あー、追っかけがめんどくさくなっちゃってねー。ほら、あたしって人間の魔術の祖じゃない? 適当にあしらってたんだけどねー」

「なるほど……ちなみにここ選んだのは?」

「人が来なさそうってのが一番かなー。彼らの言葉分かるのあたしみたいな召喚組ぐらいだし。それに魔国は全体的に魔素あるし、マガビトの研究したかったってのもあるわねー」


 夕飯の準備をしつつ彼女にそれとなく聞くとそのような答えが返ってきた。ちなみにあのゴブリンに門を呼び出す魔法を教えたのも研究の成果の一つなのだそうだ。

 そんなことをしているうちに各マガビトの種族間の問題を解決したことで裏長として調停役のような位置になったとのこと。

 ちなみに裏があるなら表長もいるの?と聞いたところ、表の長は各種族の長がそれにあたるらしい。例えばゴブリンならここまで案内してた杖を持った個体がそれにあたるそうだ。


 しかしウルティナとブレイヴを交互に見て思う。

 片や俗世を離れ研究を積む人王国の英雄。

 片や勇者として魔国の為に動く英雄。

 前者が人に必要されつつも疎んで離れたことに対し、後者が人に必要とされたいと願いながら疎まれ離れていく。

 何というか……本当に真逆な道を進んでいる二人だとつくづく感じた。


「と言うかその子を寝かすのってあたしの家でも良かったんじゃないのー?」

「貴様の家で休ませるなど空腹の魔物の前に肉を置くより危険ではないか」

「マー君、それは失礼すぎじゃないかなー?」

「本当に何もしないと我の目を見て言えるか? ……おい、何故目を逸らす?」

「だって瞳術掛けられそうだしー」


 ち、と舌打ちするブレイヴだが、ウルティナはウルティナで確かに何かしそうである。

 何せ出会って数分で全てを暴け出される羽目に遭うという実績が……うぅ……。


「ヤマル、どうしたの?」

「いや、なんでもない……」


 もう忘れよう。野良犬に噛まれたと思わないとやってられない。


「ぅ……あれ……?」

「あ、皆さん! ミーシャさんが気がつきましたよ!」


 ミーシャを介抱していたエルフィリアが彼女が起きたことを教えてくれた。

 上体を起こしどこかふわっとした雰囲気が出ているミーシャを見る限り、もしかしたらあの時の記憶が飛んでる可能性もあるかもしれない。

 だがそうそう上手い話は転がっていないわけで。

 

「あれ、私何で寝て……」

「大丈夫か?」

「……あ」


 単に心配して声をかけただけのブレイヴだったが、彼の顔を見て何があったのか思い出したらしい。

 途端にブレイヴから目を逸らし、俯き加減に下を向くミーシャの顔はとても暗く寂しそうなものだった。


(……気まずい)


 一番気まずそうなのはミーシャのそばにいるエルフィリアだろう。どうしてよいかわからずしきりに右に左に顔をさまよわせている。


「いや、まさかそんなに嫌だったとは思わなくてな。これは我の配慮不足だ、すまぬ」

「……ううん、大丈夫。その、ちょっと……じゃないけどびっくりしちゃって……」


 あー……他人事ではあるんだけど心が痛い。

 目の前で失恋現場見るのは二度目だが、本当にこう言う時どう声をかけていいか分からない。

 ……そこ、あたしに任せて!な顔しないで下さい。ウルティナさんが混じると絶対こじれるから。


「やはりこう言う事はもっと場を整えてからであったか。皆も済まないが先の話は他言無用で頼む」


 空気を読み全員が頷きを以って返すも、約一名今にも喋りだしそうな顔をしていた。

 そんなウルティナの様子は予測済みだったらしく、ブレイヴは本日何度目かのため息を漏らすと改めてミーシャに向き直る。


「ミーシャもそれで良いか?」

「え、うん……別にいいけど、何で私に聞くのよ」

「……? 何を言っている、お前は当事者だろう? 我との結婚話について今は黙っていて欲しかったからショック受けたのではないのか?」



「「「「ええええええええええぇぇぇぇーーーーーーーーー??!?!?」」」」


 本日二度目の大絶叫が辺りにこだまする。

 は、え? 相手はミーシャ? え、もしかして自分たち今まで彼らの盛大な惚気に付き合わされただけ?

 何を驚いているのだと心底不思議そうな顔をするブレイヴと、彼が言った言葉がまったく頭に入っていないような顔をするミーシャ。

 目を丸くしてパチパチと瞬きをし、ようやくその意味を脳内が理解したのかあっという間に顔を真っ赤に染め……


「きゅぅ」

「ミーシャさんしっかりーーーー!!」


 再び気絶し倒れこむミーシャに慌てて駆け寄り再び介抱に取り掛かる。

 そんな皆の横で『やっぱり魔王特攻ね……』とウルティナだけがのんきに呟いていた。


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