第233話 カレドラからの依頼
「え、魔物をですか?」
「うむ。ちょうど山の表層にいるからそいつを倒してきて欲しい」
明けて翌朝。
ドラゴンと寝食を共にすると言う貴重な体験をしたなぁと思っていると、カレドラから魔物退治の話が持ち上がった。
彼が言うには魔素が多いこの地では定期的にそいつが現れるらしい。
普段ならカレドラが倒すのだが、今回ちょうど自分達が居るので代わりに倒してきて欲しいと言うことだった。
「……え、もしかしてカレドラさんでもキツい相手とかですか? 正直そんなの絶対無理ですよ」
「ふぉっふぉ、違う違う。わしなら一瞬じゃが色々と面倒での」
続く彼の言葉を要約すればカレドラの場合は威力が高すぎて色々と被害が出やすいとのこと。
ブレスを使えばマガビトの森まで吹き飛ばし、かといって表に出ればその巨体から斜面を崩したりするのは当たり前。
最悪自身が姿を現すことで色々と問題が起こる可能性もあるそうだ。
「と言うか魔物なら本能的にカレドラさんから離れてくれるんじゃ……」
「まぁ相手を見ればわかるが逆にこっちに寄って来るのじゃよ。最近は上の穴に姿が見えたら直上にブレスを撃って吹き飛ばしておるがの」
「ここの大穴はそのせいですか。じゃぁ今回もそれでいいような……」
「あっちがその配置に来るまで気を揉むのものぅ。まぁ契約の延長みたいなもんじゃと思っておくれ。予定より
「う……」
そう言われると口を噤むしかない。
確かに彼には魔宝石以外でも色々と便宜を図ってもらった。ここで拒否をするのは信義にもとるかもしれない。
「分かりました。可能な限り何とかしてみます」
◇
「と言うわけで魔物退治することになったのよ」
道中で今回の経緯について皆に話しつつ、遺跡に入った道を逆に辿っていく。
程なくして通路が終わり、山の斜面の入り口から外に出た。
久方振りの日光に目を細めつつ周囲を見るも、件の魔物と思しきものの姿はどこにも見当たらなかった。
「……いないですね。少なくとも見える範囲には何も」
「気配も無いね。ヤマルの方は?」
「引っかからないなぁ。相変わらず風が強いから、普段よりも索敵精度落ちてるし……」
《
とりあえずいつまでもこの場所にいるわけにもいかないため、コロナを先頭に斜面から山道の方へと向かう事にした。
周囲を注意しながら何とか勾配が緩い場所へと全員が無事辿り着く。
「「ふぁ……」」
さて、魔物を探すかと言った所で不意に重なる二つの声。
一つは自分、そしてもう一つはドルン。お互いに欠伸をかみ締めつつも同じタイミングだったためかついつい顔を見合わせてしまった。
「眠そうね。ヤマル君達は昨日遅かったんだっけ?」
「そうですね。結構遅くまでカレドラさんと話してました」
「そしてドルン氏は徹夜で調査だったか」
「あぁ、ついつい夢中になって気づいたら朝になってたな。さっき軽く仮眠は取ったが……っと?」
眠い目を擦りその理由を話していた矢先、不意に地面が小さく揺れる。
地震か、と思うも少し違う。この振動は何か大きなものが動くような――
「アレか」
その存在に最初に気づいたのはブレイヴだった。
自分達が立つ位置よりやや下、数十メートルほど離れた先の斜面が急に盛り上がり、そして地面の中から何かが出てくる。
斜面の石や土を撒き散らし、中から現れたのは全長五メートル以上はあろう巨大な人。いや、あれは……。
「ゴーレムか」
ブレイヴが呟く魔物の名前に即座に全員が臨戦態勢を取る。
ゴーレム。この世界ではたまに見かける無機物系の魔物の一種。
その巨大な体から繰り出す攻撃は強力にして絶大。生半可な戦士では質量差によってあっという間に潰されてしまう。
特徴としては生まれた場所の特性を持つところだろう。
過去に旅の道中何度かゴーレムと戦ったこともある。その時は土の地面だったため、体は土くれで構成されたアースゴーレムと呼ばれるゴーレムだった。
なおその時の戦闘は戦闘らしいことは何一つ起こらなかった。
コロナが即座に突っ込みアースゴーレムの四肢を切り飛ばした挙句、達磨状態になったゴーレムから核である魔石を探して砕いたからだ。
ゴーレム戦では如何にして核である魔石を砕くかが大事とその時教えてもらったのを覚えている。
だが今回のゴーレムは……。
「ストーンゴーレム……」
岩肌から生まれたから当然と言えば当然のその風体。
大小さまざまな岩石から出来た、見るからに硬く、そして重そうなゴーレムである。
「まぁあの程度ならば問題なかろう。我とミーシャはここで見ているから皆で戦うが良い」
「え、一緒に戦ってくれないんですか?」
「最近あまり戦闘しなかっただろう? 戦闘勘が鈍りかねん。我ら抜きで戦った方が良いと思うが」
どうだ、と言うブレイヴの問いかけに最初に頷いたのはコロナだった。
おそらくブレイヴが言ってることは間違っていないのだろう。そして頷いたと言うことは自分達だけで問題なく戦えると彼女が判断をしたと言うことでもある。
「何、いざとなったら手を貸そうではないか。無論そうならないことを祈ってはいるがな」
「でもあまり無茶しちゃダメよ。足場もそんなに良くないんだしね」
そしてミーシャの言葉が終わると同時、ストーンゴーレムがその巨体をこちらに向ける。
一歩その足が斜面を踏むたびに砂煙が舞い、そして強風によって流されていった。
「ドルンさんは皆をお願い!」
「気ぃつけろよ。あいつ多分かなり硬ぇぞ」
うん、と頷き返すと、コロナはその身を低くして斜面を這う様に駆け下りていく。
対するストーンゴーレムは近づく敵――コロナに対し迎撃態勢。幾分かゆっくりではあるが体を捻り右手を上げ、そしてストレートパンチを繰り出した。
その拳に向けなおも正面からコロナは突き進み、そして寸でのところで体を捻ってはその攻撃を回避。のみならずそのままストーンゴーレムの懐へともぐりこむ。
だが次の瞬間、空を切ったゴーレムの拳が斜面に着弾し、そして地面が爆ぜた。
「ッ?!」
飛び散る無数の小石。それも真後ろから襲われたコロナは剣に手をかけるのをやめ即座にゴーレムの股下から背後に抜ける。動きは更に続き、勢いそのままに近場の岩陰に身を隠した。
まるでショットガンのような石の驟雨。なんとかそれをやり過ごすも、岩と石が激しくぶつかり合う音が周囲にこだましていく。
「こりゃ予想以上に厄介だな……」
流石に数十メートル先の攻撃はこちらまでは届かなかったものの、全体像が見渡せるだけに何が起こったのかが明確にわかってしまう。
ドルンが言うように、攻撃を外したところで質量と威力に任せた全方位の散弾が飛んでくる。
幸いなのは体を構成するのが岩や石のため、ただでさえ遅いゴーレム種の中でも更に鈍重である事ぐらいだろうか。
そしてその事に対して気付かないコロナではなかった。
攻撃が止むと同時に岩陰から飛び出し抜刀。まずはとばかりにゴーレムの右足に対し駆け抜け様に横に薙ぐ。
だがその結果は甲高い音と共に表面が軽く削れただけ。
ダマスカス鋼で出来た剣の斬撃を、何故かあのゴーレムは岩の身でありながらほぼ完全に防ぎ切った。
これには流石のコロナも驚きを隠せないようで、そのまま斜面を駆け上がりこちらへと一旦戻ってくる。
「ドルンさん!」
「硬さも予想以上だな。何か鉱物でも取り込んだか?」
「でも見た感じそんなの無かったよ」
ドルンの横に立ち今の一連の攻防に対し、二人は即座に分析を始める。
鍛えた剣を弾く石となればそこには何らかの理由が隠されている。
しかし一番可能性がある鉱物の線が薄いとなると如何様にしてあの硬度を保っているのだろうか。
「こ、コロナさん! 来てる、来てますよ!」
自分の背中ごしにエルフィリアが件のゴーレムを指差し慌てた声をあげる。
コロナを追うようにゆっくりではあるが、一歩一歩こちらに近づく様は徐々に追い詰められているような独特の威圧感があった。
「前に出て調べるしかねぇか。コロナ、交代だ。俺がメイン、お前があいつの注意を引け」
「かく乱だね。となると……」
「ん、これね」
役割の交代を即座に了承したコロナはこちらの方へ顔を向ける。
そして今のやり取りから彼女が何を言いたいのか分かったため、肩に担いでた銃剣を手早く彼女へと手渡した。
「ごめんね、大事な武器なのに」
「流石に今回は俺は役に立てそうに無いからなぁ。それにこの風じゃ《
「……気づいてたの?」
「そりゃね。どれだけコロが戦ってるの後ろで見たと思ってるのさ」
先ほどのやり取りでコロナは《天駆》を使わず、地面を這うようにして動いていた、
そして昨日この道を歩くときもすごく風に煽られていたので、その事から何を欲しているのか察することが出来た。
この武器に付与されている《風守》の加護なら、どんな強風だろうとその影響を受けることなく動く事が出来る。
それに自分が銃剣を持っていたところで、相手はコロナの剣を弾くほどの硬さのゴーレムだ。援護をしたところで弾かれるのは目に見えている。
「まぁ気づいてると思うけど、銃剣の矢や風じゃあまり効果無さそうだからね」
「うん、背負うだけにしておくよ」
折りたたみ状態の銃剣を受け取ったコロナがベルトを調整しそれを体にしっかりと固定すると、彼女のはためいていた衣服がピタリと動きを止める。
代わりに渡した瞬間から自分には強風が容赦無く浴びせられた。この斜面と足場も相成ってバランスを取るだけでも足に力を入れる必要がある。
昨日この状態で皆山登りしてたかと思うと、コロナとエルフィには貸してあげても良かったかもしれない。内心でそう反省しつつ、とりあえず今は目の前の脅威に注視することにする。
「よし、行くぞ!」
「ん!」
コロナは頷くと同時に《天駆》で空を駆け一気にストーンゴーレムへと再接近。
向こうも敵が再び来たと視認したようで迎撃態勢を取ると再び戦闘が開始される。
先程と違い《天駆》を駆使しながら飛び交うコロナにゴーレムが拳を繰り出すも、その悉くが虚しく空を切る。
相手より高度を取るように一撃離脱を心がける戦法の為、先程のような礫が発生するようなことは起こらなかった。
「さて、コロナがいい感じに気を引いてる間に俺も行くか。エルフィリア、魔法をくれ」
「あ、はい!」
エルフィリアが手早くドルンに補助魔法をかけてる間に、彼はこちらを向きある岩影の一つを指し示す。
「悪いが今回はヤマル達の出番は無しだ。そこに隠れててくれ。ゴーレムが向かうことは無いと思うが、さっきの礫が飛ぶ可能性はある。それぞれ魔法で防御しておけ」
「ん、了解。でも大丈夫? なんかすごい硬そうだけど……」
コロナの攻撃さえ弾くゴーレムだ。ドルンも筋力があるとは言え、魔法を使わぬパワーファイターである。
ゲームならあの手の敵には魔法が効くのが相場だが、現実は残念なことに『魔法が効きやすい』のではなく『魔法の火力で硬い装甲をぶち抜く』が正しいらしい。
そして魔法と言えばエルフィリアだが、彼女の魔法は補助が殆どである。
こんな状態でどうするんだろうと思っていると、ドルンはさも問題ないとばかりに自身の胸を叩いた。
「まぁ見てろ。ドワーフの戦い方っての教えてやる」
そしてエルフィリアが魔法を一通りかけ終えると、「んじゃ、行ってくるわ」と軽い口調でドルンもゴーレムの方へと駆け出して行った。
コロナが気を引いてるため全く気づく様子はないが、近づいたところでどう対処するのだろうと内心首を傾げてしまう。
「大丈夫でしょうか……」
「まぁドルンのあの口ぶりから何か策ありって感じだったけどね」
とりあえずドルンに言われたように自分とエルフィリア、そしてポチは大きめの岩陰に身を隠しそこから二人の戦いを見守る事にする。
完全に二人に任せる形で何とも情け無い姿と言う自覚はあるが、足を引っ張らないと言うこともまた大事な役割なのだ。
「でも俺らは俺らで何か出来る事は無いか模索しよう。無理に出る必要は無いけど、いつ出る場面に遭遇するか分からないしね」
「……はい! お二人に任せすぎるのも気が引けちゃいますもんね!」
こちらの言葉に大きく頷くエルフィリア。
その顔を見て先ほど補助魔法をかけた為に現状一番役に立てて無いの自分なんだよなぁと心の中で漏らしつつ、銃剣無しでも何かやれることは無いか知恵を搾ることにするのだった。
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