第234話 ドワーフ流戦闘術
獣亜連合国においてちょっとした話がある。
ある時、多種族が集まり酒盛りをした。それぞれが自身の種族について語り合っているとこんな話題が出た。
『ドワーフが敵と相対した際、何を一番気にするか』
それを聞いたある獣人はこう答える。
『やっぱ"速さ"っしょ! 力はあるけど足の速い相手は苦手って感じするしな!』
なるほど、確かにその通りだと周りの面々が頷く。
しかしある亜人は言う。
『"射程"ですかね。頑丈で耐久性は抜群ですが、手の届かない敵だと手も足も出ないのでは?』
確かにそちらも大事だと話が更に盛り上がりをみせる。
だがそんな中、当のドワーフは違うとばかりに笑みを浮かべ、その場にいる全員が思い付かない答えを述べた。
『いいか、俺らドワーフは何よりもまず……』
◇
視界の先でコロナが舞う。
自分が作った銃剣を背負い、《風守》の加護の影響下で動く彼女をゴーレムは全く捉えきれていない。
だがそんな彼女が繰り出す斬撃は硬い体に阻まれる。
避ける、斬る、避ける、斬る、もう一つ斬り避けざまにカウンターで斬る。
ゴーレムの体に確かに刻まれる斬撃の痕。しかし悲しいかな、コロナの攻撃力をゴーレムの防御力が上回っているため決定打どころか有効打にすらなっていない。
しかしそれでもゴーレムにとっては間違いなく敵と言う存在。それが目の前で飛び回っては否が応にも相手をせざるを得ない。
(さて、あいつが時間を稼いでる間にやることやっちまわねぇとな)
そして意識の底にある魔法のスイッチをONにする。
(《
初めに起動するのは《物質分析眼》。これを発動することで石や土、樹木等の自然界にあるものから獣の牙や魔物の骨などいわゆる『素材』、果ては『加工物』等に対する情報量が上がる。
ドワーフが種族として物に対する知識が多かったり真贋に強かったり他種族よりも適切な素材を扱える理由はここにある。
(体はその辺にある岩なのは間違いねぇが解せねぇな。あの剣はそんなヤワな造りに仕上げちゃいねぇ)
ドワーフとして、そしてあの剣を鍛えた鍛冶師として武器の性能は過不足なく頭の中に入っている。
ヤマルが振り回すならまだしも、あのコロナが扱う以上この辺りの岩に負けるとは到底思えない。
ゴーレムと言う特性上、体が出来上がる際に多少なりとも素体になった物の強度が上がるのは知っている。しかしそれを加味してもやはり今の状況はおかしい。
そして接近しつつ更に観察しているとある事に気付いた。
「ち、そう言うことか……」
その結果に思わず小さく悪態をついてしまう。
体全体に見える魔力が通常のゴーレムよりも多い。カレドラがこの地には魔力がよく集まると言っていたが、恐らくはそれが原因だろう。
ゴーレム本体の核である魔石がこの地の魔力で通常よりも強化され、更にこの辺りの石には核と同様に十二分に魔力が染み渡っている。そのため擬似的な《
(だが結局やることは変わってねぇんだよな)
硬い原因が分かったところで結局のところゴーレムの体をぶち抜くしかない。
そして今回それをやるのは
今まではコロナの攻撃力が単純に上回ってるのと、あんなデカブツの攻撃をほぼ完全に見切る速さがあった為ほぼ任せていた。現にどのゴーレムも質量があるため、例え頑丈とは言え被弾覚悟の自分と無傷で抑えれるコロナでは安全面に大きな差があるからだ。
しかし今回、それもゴーレムの装甲を抜くことに関して言えばこちらに分がある。
それはコロナよりも力があるからではない。
全身無機物であり物質で構成されている――つまるところドワーフにとって最も攻撃が通じる相手だからだ。
(《
《物質分析眼》を起点に第二の魔法である《物質探知眼》を発動。
この魔法はその物に対する強度の強弱や性質を視覚化する。
自分のような鍛冶師ならば槌を振るう際に使い、作成した武具が均一に仕上がっているか、どこか打ち損じで弱点が出来上がってないかなどの見極めに使う。
炭鉱夫ならばツルハシで穴を掘る際に用い作業の速度を上げるなど、使い方は各職業によって様々だ。
故に殆どのドワーフにとって、この魔法はとても身近な魔法である。
そしてこれは物質の塊でもあるゴーレムに対しても、もちろんこの魔法は適用される。
(やっぱ元が岩だけに弱点はあるな。ピンポイントで叩きゃ砕けそうだが、トロいとは言え動く相手には中々骨が折れるな)
眼に映る世界にははっきりとゴーレムの体の弱点とそれ以外が見えている。
無論弱点を叩けば即撃破、と言うわけではないが、かといって狙わない理由はない。
そして最終的に狙う箇所も自分には見えていた。
それは一番頑丈そうな胴体の胸部。ゴーレムは核である魔石を中心に体を形成する性質上、その核はほぼ胴体部の中心にある。
ただひとつ問題があるとすれば、ゴーレムの胴体はつまるところ三メートル以上も高さのある位置と言うことだろう。
どうにかして近づき、そしてあの高所にある胸部を破壊することが自分に課せられた使命だ。
「っし、行くか!!」
気合と根性を体に注入。
そして
◇
岩陰に身を隠し、自分は《
ストーンゴーレムに対し《天駆》を用いて相手の気を逸らすコロナ。
そして足元ではドルンが槌を振るい、コロナでは傷をつける事が出来なかったあの体表を徐々にではあるが砕きつつある。
ひとつ槌を振るうたびに表皮と呼べそうな部分が剥がれ落ちるのがこちらからでも見えた。
しかし……
「どう?」
「えっと……コロナさんよりは有効そうですが……」
エルフィリアの目は自分以上に事の詳細が良く見える。
それによるとドルンの攻撃は間違いなくゴーレムの体を傷つけてはいる。しかし思うような有効打になっていないせいか、どうも忌々しげな表情をしているようだ。
「中々苦労してそうだな」
声を掛けられ振り返ると、後ろには両手を組み前を見据えているブレイヴの姿。
完全に岩陰から体を出している形だが、危険なぞ無いと言わんばかりの堂々とした佇まいだ。
「もしかして協力してもらえるとか?」
「ははは、面白い冗談ではあるな」
高笑いで返すブレイヴだが、割と真面目に要請を出したいところではある。
攻撃が通らないと言うことはジリ貧になりかねない。戦ってる二人の体力も魔力も無限にあるわけではないのだ。
「まぁ手伝いは出来ないが少しだけ協力はしよう。実はドルン氏らドワーフであればあのゴーレム相手ならばもっと有効打は出せるな」
「え、でも、その……見てる限りではそこまでは……」
「まぁ聞け。ドルン氏は間違いなくゴーレムの弱点部分を狙っている。だが如何せん向こうが動くせいか狙いきれていないようだ。それに頑丈なドワーフと言えど、あの質量のゴーレム相手だ。直撃を受ける可能性考えると慎重にならざる得ないと言うところか」
何せ有効打を出せるのが現時点でドルン氏だけだしな、とブレイヴはそう言って意見を締めくくる。
つまりブレイヴの見立てではドルンはあのゴーレムに対してもっと有効な攻撃が可能である。だが狙い辛いせいでそれが遅々として進んでいない、と言ったところか。
「さて、それを踏まえた上でヤマル達はどう動く? 無論このまま見ているのも手段の一つではあるな」
「……ブレイヴさんは自分達が何か出来る、と?」
「さてな、出来るとも言えるし出来ないとも言える。やった結果事態が悪くなるかもしれないし、彼らの手助けになるやもしれん。そこは良く考えることだ。しかし時間は有限だ。今も刻一刻と状況は変わっているのだからな」
ブレイヴの言葉にしばし黙考。
するかしないか、する場合何が出来るか、その場合前に出る危険を冒してでもやる価値はあるか。
考えることは多い。だがそれよりもまず確認しなくてはいけないことがある。
隣にいるエルフィリアの方へ顔を向け言葉を発しようとした矢先、こちらに気付いた彼女が首を縦に振り先に言葉を紡いだ。
「出来ることがあるのでしたらやりましょう。ヤマルさんもそうしたいんですよね?」
「何か見透かされちゃってるね」
「ふふ、ヤマルさん分かりやすいですし」
「わふ」
そんなに分かりやすいのかな、俺。エルフィリアが指摘するどころかポチにまで同意されるぐらい顔に出てるってことなのか。
ともあれ皆の意思は固まった。後は如何にして行動に移すかの相談だ。
「援護射撃はどうかな。エルフィは攻撃魔法はあったよね?」
「あるにはありますけど威力が足りるかどうか……強い魔法は範囲系ですのでコロナさんはまだしもドルンさん巻き込んじゃいそうですし……」
「俺も武器貸しちゃってるからなぁ。まぁ手元にあってもコロナの剣がダメな以上無理っぽいけど」
そしてポチも戦狼になったところで爪も牙も効かないだろう。
《軽光》魔法も論外だ。とても威力が足りるとは思えない。
となると攻撃を用いた援護は望めないと言うことになる。
「じゃぁ動きを止めるか鈍らせる方向になるかなぁ」
「でもすごく重そうですよ、あれ……」
「まぁオール石だもんね」
あんなのが二足歩行でバランス取って戦えてるあたりやはり異世界だと実感してしまう。
一応ゴーレムは人型である以上、動きに制限を加えるならやり方は決まってくる。例えば足を縛る、転倒させるなどだ。
問題はあの巨体と重さだ。その辺のロープで縛っても効果は無いだろうし、転がそうにもあんな超重量級を倒すなんて無茶が過ぎる。
(いや、馬鹿正直に力技で行く必要もない。と言うか自分たちじゃ無理。要はバランスを崩せばいいんだよね)
例えば柔道でも重量級の相手を投げたりする技もある。
流石に心得が無い自分がゴーレム相手にそんなことなど出来るはずも無いが、重い相手のバランスを崩すと言うなら考える方向性は一緒だ。
(自分があのゴーレムだったとして、今コロナ達と相対してると仮定して……)
気分としてはきっと羽虫とかをあしらうような感じだろう。ただ非常にうざったそうだ。
斜面に足はしっかり着いているこの状態でバランスを崩すような、そんな状況が果たしてあるか。
いや……。
「斜面?」
「……あの、ヤマルさん? それで何か手段が……」
「エルフィ、ちょっと耳貸して」
ひゃい!?と何故か小さな悲鳴を上げられつつも、二人と一匹が物陰に隠れ顔を突き合わせては秘密の談合の開始だ。
ポチを肩に乗せ密談とばかりに小声で思いついたことを話してみる。
「どう、出来そう?」
「そうですね……。近づく必要がありますが出来なくはないかと……」
「ん、俺も近づかなきゃダメだし。ポチは大丈夫? この足場だと普段よりかなりキツいよ?」
「わふ!」
任せろ、と言っているようだが慣れぬ足場ではあまり無理はさせられない。
迅速にやることを済ませ早々に離脱するのが良さそうだ。
「じゃぁ早速準備をしよう。エルフィ、ロープ出して」
「はい!」
そしてそれぞれの役割を決めたところで行動を開始する。
そんなこちらの様子をブレイヴは笑みを浮かべながら見守っているのだった。
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