第232話 契約と履行
「……戻ったか」
「うん、無事目的の物は見つけたわよ。そっちは?」
「まだ調べてる最中だな。ところでヤマルはどうした。一緒に行ったはずだろう?」
通路の奥からミーシャ達が戻ってきたことを横目に確認するが、何故かヤマルだけがその中にいなかった。
短い付き合いではあるが皆が彼から離れるのは珍しいことのように思える。
特にポチは片時も離れない印象が強いからだ。
「ちょっとカレドラさんと二人きりで話したいことがあるんだって」
「ほぉ」
ミーシャの言葉に思わず感心の声が漏れる。
話の内容も気になるが、よくアレとサシで話す気になったものだ。
自身は慣れてはいるものの、カレドラは強さもさることながら純粋に巨体と言うだけで見る者を圧倒させる。
先ほどカレドラのお遊びで少しの時間ではあるが対峙したとは言え、普通ならば二度と前に立ちたくないと思う者も少なくない。
ヤマルはどこかで何かしらの訓練でも受けたのだろうか。あまり殺伐とした世界とは無縁そうな男と思っていたが、どこかで強者の殺気を受ける事があったのかもしれない。
(しかし何を話しているのやら)
エルフ程では無いが自分とて夜目は効くしある程度ならば遠くも見渡せる。
視界の先、通路の向こうでは確かにカレドラとヤマルが何か話し合っていた。
殺伐とした雰囲気ではなく、普通……いや、見上げるような形でヤマルが何かしら願いを言っているといったところだろう。
しかし彼がカレドラに願うようなものなどこれ以上あるだろうか。
目的の物は手に入れた。しかも仲間のドルンも竜の骸を貰う許可は降りた。
そもそもヤマルはあちらの世界に帰るのだから、必要な物はもう何もないと思うのだが……。
(……ん?)
見るとカレドラと話し終えたヤマルはこちらに戻らず別の場所へと向かっていった。
向かった先は先ほど彼らが魔宝石を採りに行った方でも遺跡の入り口の方でもない。残った最後の通路の方だ。
遺跡の構造がこの部屋と同じであれば、その先には似たような部屋があると思われる。
「……あれ。どうかしたの?」
「あ、いえ。何でもありません……」
横目で見るとエルフィリアも自分と同じ様にあちらを見ていたらしい。
ヤマルがどこか行ったことで表情が出てしまったのであろう。それに気づいたミーシャに声を掛けられていた。
(まぁ気にするほどのことでもないか)
少なくともカレドラはあのような見てくれではあるがよっぽどまともな感性を持つ。
あの若かったアホドラゴンらと違い、例え矮小な存在であろうともぞんざいに扱うことは無い。
そんなカレドラに指示されてあちらに向かったのなら、多分何かしらの意味はあるのだろう。
そして視線を部屋の入り口から逸らし室内へと向け、ドルンの作業を見守ることしばし。
入り口の方からヤマルが何かを抱えながら戻ってきた。
◇
「何から何まで本当にありがとうございます」
「うむ。だが先の契約は必ず履行するようにの」
「わかりました。今夜にでも」
カレドラに何度目かの頭を下げ、皆が待つ部屋へと戻ることにする。
今この手にはちょっとしたものを抱えていた。
これもカレドラからの許可を得ていただいた一品。これは元々貰う予定は無かったのだが、何かに使えるかもと思いダメ元で頼んだのだ。
そしてカレドラから提示されたある契約を結ぶことで、抱えたこれを含め全て希望通りに事を進めることが出来た。
(しっかし良いのかなぁ……。契約と言うほど仰々しい内容じゃないんだけど……)
叶った願いに対し結んだ契約が軽すぎることに若干心苦しく感じる。
無論この契約、つまり対価はカレドラが望んだ事なのであちらとしては良いのだろう。
ドラゴンと人、それも日本人の自身の感性とは違うと言えばそれまでなのだが、気になるものは気になってしまうのだ。
とは言え自分からレートを吊り上げる勇気もなく、相手の望んだ内容で受理をするに至った。
(まぁ今更あれこれ考えても仕方無いか)
軽く頭を振り気持ちを切り替えると、もうそこは皆が待つ部屋だった。
室内に入るとドルン以外が一斉にこちらに向いたので返事の代わりに空いた手を小さく挙げる。
「ただいま」
「あ、おかえり! お話長かったね」
「まぁ他にもちょっとね」
「ふぅん。ところで何を持ってるの?」
早速コロナが抱えていた物を見ては何なのかと尋ねてくる。
今自分が手にしているのは光る大きなボウルのような物だ。光っているのは《軽光》魔法で表面を包んでいる為である。
「カレドラさんがこれも持っていって良いって言うから貰ってきたんだ。何と竜の卵の殻だよ」
その瞬間、作業していたドルンが弾かれるようにこちらへと振り向く。
鬼気迫る、と言うほどではないにしろ、かなり迫力のある表情をしていた。見慣れている顔とは言え少し怖い。
「ヤマル、そいつも見せて貰っていいか?」
「あ、うん。もちろん良いよ。むしろドルンに渡すつもりで持ってきたんだし」
若干圧倒されつつも床に竜の卵の殻を置き魔法を解除する。すると光に覆われた卵の姿が露になった。
この卵の個体が生まれたのはもう百年以上も前の事。現在もどこかにいるのか、はたまたブレイヴに倒されたのかは不明だが、こうして殻だけは今なおここに残っている。
大きさは自分が抱えれるほどの大きさもあるボウル状。年月のせいか表面はくすんでいるものの、劣化している様子は感じられない。
母親の個体のせいか、ドラゴンは一律こうなのかは分からないが鶏のような白基調。ただし斑点のような黄緑色の模様がついていた。
「大きな殻ですね」
「まぁドラゴンだからだろうな。しかしこれは……ほぉ」
こちらに来たドルンが置いた卵の殻を掲げ表面をまじまじと観察し始める。
後で知ったことだがドラゴンの卵は他の素材より見ることがない貴重な物だったらしい。
存在自体は過去の人々によって確認はされていたのだが、何せ入手するにはドラゴンの住まいに出向く必要がある。
卵がある巣とはつまるところ複数のドラゴンが確実にいると言うことであり、そんな場所に勇んでいく人はそうそういない。
その様な理由もあり、こうしてお目にかかれるのは大変貴重なのだそうだ。
「使えそう?」
「正直なところ分からん。が、そそられる物であることは確かだ」
ともあれこれは持ち帰り詳しく調査をすることになった。
他の素材も大概だが、これは爪などとは違いそのまま使うのが難しいのが理由らしい。頭に被るには大きすぎであり、盾として使うには持ち手が無く湾曲過ぎる。
それにドラゴンの卵と言うことはこれはドラゴンの体内で作られた物。生まれる前の赤子を守る母が与えた最初の鉄壁の護りである。
その様な物が特別な物じゃないはずがない。
「……という訳だ、分かったか?」
「い、いえっさー……」
正直そこまで考えてなかったのでドルンに思いっきり熱弁されてしまった。
言いたいことを吐き出したためか、ようやくと言った感じでドルンは徐々に落ち着きを取り戻す。
「とにかくこれはありがたく頂戴しよう。カレドラ殿には再度感謝をせねばな」
そう言うとドルンは入り口の方を向き、深々と頭を下げるのだった。
◇
「――とまぁ自分の世界でもドラゴンの伝記や神話はたくさんあります。実在したかは定かではありませんが……」
あれから数時間が経ち、現在は日も落ちた夜の一幕。
今日はこの遺跡にて一夜を過ごすことになった。
帰るには時間が遅いと言うのと、ドルンの選定作業がまだ済んでいない為だ。
それにもう一つ、自分にはどうしてもやることが残っている。
最初にカレドラに相対した吹き抜けの場所で、今自分は元の世界での竜のことについて話していた。
異世界に伝わる神話などが物珍しいせいか、この場にいる全員が耳を傾けている。
何故このような話をしているのかと言えばこれがカレドラと交わした契約だからだ。
長い間この場に留まるのはやはり退屈なようで、外の世界、それも異世界である日本の話を聞きたがったのだ。
今は竜についてだが、先程までは人種や食生活など自分にとっては当たり前の事を話していた。
こんなことで希少な素材を貰って良かったと思う反面、このようなことは自分しか知りえない情報であるので向こうからしたら希少だと言うこともわかっている。
あまり実感は湧かないけど……。
「ふむ、そちらの世界にはドラゴンはおらぬのか」
「はい。でも広い世界ですが何故か各地域で竜と剣の話はセットで出てくるんですよね。カレドラさん見てると本当は昔はいたんじゃないかなぁと思えてきます」
見上げる巨体はインパクトは十分であり、畏怖を感じさせるものだ。
もし過去の人々がこの様なドラゴンを目にしたのなら、後世にその存在を残そうとしてもなんら不思議ではない。
「私としては魔法が全く無い世界ってのが信じられないわね。それでいてこの世界よりは繁栄しているんでしょう?」
「繁栄してるかはさておき、進んでる部分はたくさんありますね。けど逆に魔法があればいいのにって思う部分も多々ありますし。ポーション類なんか正にそれですよ」
外科医真っ青の魔法の傷薬。
病気に関してはやはり日本の方が上な気はするが、事外科に関しては間違いなくこちらが上だ。
ただしポーションなどありき前提なので、無かった場合は元の世界に軍配があがりそうではある。
「私はそのでんしゃとかひこうきがすごいなーって思うよ。遠くまですごい速さで運んでくれるんでしょ?」
「たしかにそれらがあれば物流が活発化するのは明白だな。ミーシャ、魔国で研究してはどうだ?」
「確かに実装されれば魅力的だとは思うんだけど……」
頬に手を当て、どう、出来そう?といった視線をこちらに向けるミーシャだが、残念だが自分の中では難しいと判断せざるを得ない。
この世界で色んな場所に出向き旅をした経験が、彼女の問いかけに対し首を横に振らせる。
「技術面は今は無理でもその内出来そうではあるんですが、やはり魔物の存在が大きすぎるかと」
例えば電車を走らせても町から町に伸ばしたレールをどう守るかと言う話になる。
動物なら柵を設けるなどをすれば大半は防げるが、魔物ではそうはいかない。
飛行機にしても空を飛ぶ魔物に襲われる可能性もある。
自動車が現状では一番現実的そうではあるが、効率良く走らせるなら道路整備は必須だ。こちらも魔物に荒らされないようにしなければならない。
結局のところ必要なインフラを整えなければ使えず、その整えるためには魔物の根絶が必要になる。
その事を丁寧に説明すると、ミーシャが残念とばかりに苦笑を漏らした。
「なのでうちの世界の物を作るのではなく、この世界に合った似たようなのを模索するのが良いかと思います」
「カーゴのようにか?」
「あれは例外かと……便利ではあるんですが量産出来そうにないですし」
そもそも静止状態で浮遊する物なんて……いや、空を飛ぶ魔法があるんだし、魔道具ならばもしかしたら出来るかもしれない。
コストや技術面で色々大変そうだけど。
「大体こんな所ですかね。さて、次は何にしましょうか」
「そうじゃな……では今度はそちらの世界の武器はどうか? こちらの人間なら剣に魔法にと言った感じだが、魔法の無い世界の武器は果たしてどのようなものか。例えばわしを倒せる物とかあったりするのかとかの」
中々予想がしづらい話を持ち込まれた。
カレドラを倒せそうな武器……と言うか、この場合兵器になるだろうか。
ただこのドラゴンだとミサイルですら効くのか正直怪しい感じもする。いや、ミサイルの威力見たこと無いから想像でしかないけど。
「では分かってる範囲で歴史交えてお話します。まぁ途中までは似てはいるんでしょうけど……」
こうして竜との一夜は更けて行く。
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